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「自分にはちんぷんかんぷんだ。ははは」
浦部が笑った。
「申し訳ありません、浦部さん。ただ、敦盛と言う指摘については、香月博士も地磁気について語って居られました。我々競翔家・・失礼・・私はまだ競翔家ですらない・・。でも、関係ある事につながるかもと思ってお呼びしたのです」
「へえ・・地磁気の事を香月博士が?やはりなあ・・」
志村が唸った。
「ははあ・・何かあるね?志村君」
政春が少しにやっと笑った。
「俵先輩と呼ばせて頂きますが、知って居られる通り、脇坂博士は地質学、鉱物学分野でもかなり精通された方です。我々考古学者は、当然その地の土壌や、堆積物を探る事ですから、敦盛の地層や、岩石等も調べています」
「で・・?磁力場をどう見る?」
「南東から、逢坂峠に沿って、岩崎川が流れていますが、その岩崎川の西側の山には、磁力が強い傾向があります」
「磁鉄鉱が多いと言う事かな?」
「いえ、脇坂博士も自分も、その磁気は、磁鉄鉱では無く、ロードストーン天然磁石)として見ています。古くから知られていますが、西洋では、12世紀から航海時に方位磁針として利用されていました。三国志時代の中国でも、諸葛孔明がロードストーンを使用して、方位を測定したと言われています。ロードストーンが生成されるには強い磁力(磁石が持つ鉄を引き寄せる力)が必要です。その発生源として、落雷で地表に流れた大電流が考えられています」
「大電流?」
「そうです。何らかの要因で、強い電流が流れた可能性があると言う事です」
「大規模な落雷か?」
「分かりません。ただ言えるのは、今各地で調査している事ですが、発掘に深く関与している、ある共通点があるからです」
「脇坂博士が岡山で発掘調査を行うと言うのは?」
「詳しくは言えませんが、岡山のある場所では、平安時代よりまだ前の時代に古城があったと言う想定の元に発掘計画が進んでいます。又深く関係あるのが、その地に無い筈の岩石が多量にあると言う事です。そう言った不可思議な過去世を紐解く事が、自分達の研究だと思っています」
「今は私も、小さな印刷会社の親父だ。それ以上は聞かない事にしよう」
政春はそう言った。志村は、話し合えば合うほど不思議な魅力を感じる青年だ・・浦部はそう思った。
結局、その日は、地形の探索をしただけで、幾つかの資料を抱えて、志村は帰って行った。ただ浦部にとっては、敦盛の地形がこれから改良して行く鳩の交配に大きな影響があるように感じられた・・。
そうして、時間は経って行く。
子鳩はすくすくと成長をして、産毛が抜け落ちる頃、一本の電話が入った。浦部からだった。
「俵さん、香月君が来週こっちへやって来ますよ」
「えっ!本当だったんですね、浦部さん」
「いよいよ、キャラバンでの移動動物診療室がスタートするそうです。今回は一ヶ月の予定だそうで、俵さんの鳩舎と、自分の鳩舎にも立ち寄ると言う事です」
「うわ・・それこそ、浦部さんじゃ無いですが、掃除しとかなきゃ、鳩小屋」
「ははは」
実行に移しかけた香月の夢の一歩だ。政春は清治に話した。
「黒い顔のおじさん」
まだ見ぬ顔の香月を、清治は言い当てた。以前夢に見た人だと言う。俵家を中心にしながら、周囲には、香月博士、脇坂博士、そして、若き日の志村・・錚々たる人々がまるで、何かに吸い寄せられるように集結して行く。
「やあ!」
香月が浦部の家に訪れた。勿論政春も呼ばれていた。さっそく香月は鳩舎を見る。
「ほう・・良い鳩が揃ってるね、浦ちゃん。GN1300キロ記録鳩は何羽居るの?」
「今は、5羽だよ」
「濃胡麻で統一された、当に松風系。ドマレー系は・・すると、灰胡麻の一群かな?」
香月がそう言いながら、数羽の鳩を触診した。
「良いね。流石に浦ちゃん、管理技術は完璧だよ」
「君に褒められると、自分も自信がつくよ」
居間に戻って、香月が来訪の目的を告げた。
「・・と言う訳でね。3000キロ、4000キロを戻って来る力のある鳩が、何故日本の地で戻って来れないのか、それの研究をする為に、暁号系を中心とした各地でのテストをしたいんだ。当に、この地はうってつけ。浦ちゃん程の長距離系が、何で、100キロの壁にぶち当たったのかも、非常に関係ある話だから」
「聞いて良いかい?香月君」
浦部が言う。
「何なりと」
「その磁気のある場所とは敦盛の逢坂峠に沿って、岩崎川が流れていて、その岩崎川の西側の山の事であると見て良いのかい?」
「・・驚いた・・浦ちゃん、知ってたのかい?」
香月が驚いて浦部の顔を見た。
「はは・・俺にそんな知識がある訳無いよ。聞きかじりに言ったまで。志村と言うT大学の学生に聞いたんだ、先日」
「・・その学生って?前に自分が質問を受けた子かな・・?」
俵が言う。
「自分から説明しましょう。脇坂博士と同じT大学の考古学を学ぶ学生ですが、非常に頭脳明晰な若者です。私の後輩にも当たりますけど、先日敦盛に案内しました。この地に関する資料集めの為でした」
「成る程・・。動物学者である私が何故、その事に興味を持ったかと言えば、
紫竜号の3連続1000キロ以上参加の、前年度のGCH総合優勝に関する帰還コースでした。その山の磁力場が、紫竜号最後のレースとなった、GNに影響しているのです」
「初めて聞くよ・・そんな事・・」
浦部も政春も座り直した。
紫竜号の記録なんて、抹殺出来れば、そうしたかった。けど、どうしても、紫竜号のGC、CH、GNの軌跡を分析せずには居られなかったんだ」
「4大レース、そして、GP・・日本記録全国優勝・・数えれば、きりが無いよ。奇跡と言うより2度と出現しない鳩だ・・」
GC、CHレースに当日帰還して、GNレースも絶好のコンディションで臨んだ筈。しかし、予想外な結果だった」
「・・予想外って?3つも4大競翔を制覇してて?そのGNだって、39位の見事な成績じゃないか・・」
浦部は目をくりくりさせた。政春も同じ表情だった。
「敢えて・・浦ちゃんだから言うよ?GNは、当日
紫竜号が帰還出来る状況にあったんだ」
「ええっ!」
2人は同時に声を上げた。余りに衝撃的で、香月が信じられない事を言ったからである。しかし、何の根拠も無く、そんな事を言う香月では無かった。
「つまり、それぞれの放鳩地、帰還コースの気象、条件を把握していれば、その鳩がどの位のスピードで戻って来るのか、予想は出来る。確かに鳩レースに絶対は有り得ないし、どんな危険な状況も有り得るが、
紫竜号は、GCHレースで取った最短コースを選んだ為に、それは本能でもあるけど、やはり前年の危険を察知した山に突き当たったんだよ。しかし、その怖さを知っている紫竜号は迂回をする事になる。今、浦ちゃんが言ったように、何故か南側に磁力が乱れ、北側には影響が無いのか?それを探る為に各方面から調査もした。浦ちゃんが、自分の競翔家としての経験から察知したように、何で敦盛がその鳩の帰還コースの妨げになるのか、方向を惑わすのか・・それが磁力線だ。紫竜は迂回した為、に大きく距離をロスしてしまった訳だ。しかし、所詮は鳩・・本能が命じるまま、何度経験してもその最短コースを飛ぶ事だろう、かつてのネバー号がそうであったように」
「言葉も無い・・そんな事まで考えて競翔した事も無いよ」
浦部が言うと、政春も嘆息気味に言う。
「余りに衝撃的ですよ、香月博士。しかし、考古学者と動物学者の接点はどこにあるのですか?磁力線とは・・?」
「私が俵さんの申し出をお受けしたのは、是非試して欲しいからですよ、暁号系を、この地で。競翔は積み重ね。考古学も同じでしょう?真実は1つしかないのですから」
「是非・・お願いします。そこまで深い考えがあるとは思ってませんでした」
「俺もだ。でも、何故?浦ちゃんもって言ってくれないのかな?香月君は」
浦部が言うと、
「ははは。それはベテラン競翔家の浦ちゃんに失礼でしょう。それに、今日見た限り、以前の南部系を凌駕すればこそ、下回る出来では無いですよ。流石浦ちゃんです。松風系とは見る目が違います」
「ふふふ・・少し君にいじわるを言って見たが、ファイトが沸いて来たね。同じ連合会で、暁号系と同じ競翔が出来るなんて、嬉しいよ」
浦部はにこりとした。