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香月が、2週間後に政春の所へ暁号系の子鳩10羽を送ってくると言う約束をして、次の訪問地に向かって行った。恐るべき競翔家・・・動物学者としての天分の才をまざまざと見せつけられた浦部にも、新たに、競翔家としての闘志が湧いてくるようだった。
俵家にも香月は来たが、清治の頭を少しなでただけだった。人見知りをする清治は殆ど香月に言葉を返さなかった。
「清治君。小さな競翔家として頑張ってね」
香月はさわやかな笑顔を残して去った。
俵家・・しかし、まだまだこの後、騒動が起きる・・・3日後の事だった。
「俵さん!大変です!」
市役所の職員、今西学が、小太りの体をゆすりながら、慌てて駆けつけた。
「何事です。今西さん」
政春が、半身裸のまま応対に出た。
「貴方!」
弓子が慌てて、浴衣を持って来る。
「ああ。失礼」
清治も玄関へ。
「大変な事ですよ、三皇神社の大楠の根元を掘り起こしている者が居るのです」
「ええっ!そりゃ、大変だ」
政春が言うと、
「知ってるよ?白い眉毛のおじいちゃんだ」
「え・・?」
今西が、言葉を失った。
「な・・何で?この子が?」
今西が清治の言葉に呆然としていた。
「さあ!行こう、安西君」
政春は、今西を促して、浴衣のまま車で彼と走った。
・・まさか・・脇坂博士が・・?
そのまさか・であった。もうかなりの所まで掘っているようだった。
「何してるんですか!止めなさい!」
今西が言うと、
「何じゃ?お前は・・」
穴から顔を覗かせたのは、やはり脇坂だった。
「先生・・何で、こんな無茶を」
「おう・・俵君か、どうしてここへ?」
「こっちが聞きたいですよ、誰の許可を得てここを掘ってるんですか?」
「許可?・・ああ、大学へ聞けばええわい」
脇坂は事もなげに作業を続けた。
「T大学が、そんな許可出す訳ないでしょう。宮内庁の管轄なのに」
「おかしな事を言うもんだ。なら、なんで、ここの神主が勝手に掘った。宮内庁の許可を得たのか?」
「・・そ・・それは」
政春も、今西も黙った。
「それ見い・・わしは文化庁のフリーパスを持って居る。考古学的に貴重なものは、T大学を通じて後でどうにでもなるわ」
「しかし・・」
政春が言うと、
「ああ、もう気が散ってしょうがない。俵、今晩はお前の家に泊まるぞ、ええのう」
そう言って強引に脇坂は、作業を中断して俵家に向かったのだ。
「あ・・あの・・」
今西が声を掛けるが、政春が手で済まないと合図を送った。呆気に取られた今西がそこに立って居た。先日掘った大楠から南側にある、3本の楠木の中心の一本だった。神木では無いが、やはり、無許可で掘れる場所では無い。
突然の脇坂の来訪に驚きながら、弓子は食事の支度をする。
「弓子さん、久しぶりじゃのう」
「先生こそ、お元気で」
「政春と結婚した頃は、おしとやかな少女に見えたが、年取ったのう、あんたも」
「相変わらず・・先生もって言っておきましょうか」
毒舌に弓子はくすっと笑った。清治が奥から顔を覗かせる。
「お・・政春、お前の子か?」
「はい」
「えらい・・まだ小さいが・・これ坊主。名前は何と言うんじゃ?」
脇坂が手招きするが、清治は政春の後に隠れた。
「ん?人見知りをするようじゃのう・・これ名前は?」
「清治」
「せいじか・・うむ。何年生なんじゃ?」
清治が人差指を立てた。
「一年生か・・お前達も大変じゃのう、一人か?」
「そうです」
政春が答えた。
しばらくすると、清治も少し慣れたのか政春の膝に乗って、脇坂の酔い話に耳を傾けていた。
「わはは・・するとじゃのう、その男が言う訳じゃ。これ・・お前はどこから来なすった?と。男は答えない。うんともすんとも言わない・・それもその筈、声を掛けたのは、田んぼの案山子じゃったと言う訳じゃ」
「きゃはは」
清治が笑った。脇坂がにやっとする。
「ふぉほほ・・面白いか、せいじ。それならこう言う話はどうじゃ・・」
豊富な話題に加えて、脇坂の話は宇宙まで広がって行く。きらきら目を輝かせながら清治も聞いていた。
「・・と言う訳でな。この宇宙とは表裏一体。つまり、暗闇があれば、昼間もあって、隣り合っていると言う事なんじゃ」
「ふうん・・」
話に引き込まれて、清治が脇坂に親近感を持ったようだ。元々祖父と二人暮し、年寄りには心を許せる部分があるのかも知れない。
「さあ・・清治、もう寝ないとな」
政春に促されて、清治が弓子と隣の部屋に移った。
「・・・実子では無かったか・・」
「今年、この家に来たんです」
「そうか・・」
脇坂は小さい声で言った。
「ところでな・・あの子を少し借りたいのだが・・」
「先生!」
政春は少し、強い口調で、そう言った。
「分かって居る。そう恐い顔をするな。ただ、どうしても知りたい事が1つある」
「清治は普通の子です。私達の子です」
「お前の気持ちは分かっていると言うとる」
「なら、何故?三皇神社からまだ何か出土すると言われるのですか?」
「宮司とは昨日話をした。残り少ない人生、宝玉を探したいと」
「しかし、無茶が過ぎますよ。先生が動けば、マスコミがすぐ嗅ぎ付ける。大騒ぎになるでしょう」
「日数を掛けたくないんじゃ、だから。あの子の予知夢とやらの力も少し借りたい」
「清治が見た夢の楠木はご神木でした。他には・・」
「実際、青銅の剣が出ておる。それも相当位の高い、貴族の物じゃ」
政春は少し、脇坂の顔を見た。皺が増えて、年を取ったなあ・・そう感じた。
「何があるのですか?紅水晶ですか?勾玉ですか?」
「昨日見せて貰ったわ、三皇神社のご神体を。紫水晶の勾玉じゃった」
「紅水晶だと聞いたのですが・・」
「・・・訳は言えん・・が、紅水晶は存在する、確かに。地球上で最も硬度の高いダイアモンドより硬い物質なんじゃ」
「何と・・」
俵が言葉を失った。
「のう・・お前もわしの門下生として、若い頃日本中を旅した男。わしが、どんな研究をしてきたか知って居るだろう。」
「はい・・しかし、考古学にロマンはあっても、現実には裏切られっぱなし。ロマンで飯は食えません。同じ考古学を学ぶ弓子との生活を選んだ私です。先生・・何をそう急がれるのでしょうか。」
「宮司も言うとった。お互い、もう動ける時間は少ない筈。なら、自分の夢、望みを少しでも実現したいと思うのも人情であろうが。わしにはそう時間も無い」
「・・・岡山で発掘作業がある前に何故?」
「今、温泉発掘で、それを当て込んだレジャー産業が進出に向けて地上げを進めて居る。それを阻止する為に学生連を作って、志村が貴重な埋蔵物があると言う事で反対運動を進めて居る。古城の存在はあるが、恐らく発掘しても貴重な物は出て来んだろうが」
「なら?・・・何でそんな、無益な発掘を?」
政春は首を傾げた。
「そこに埋蔵物が出て来んでも、繋がるからじゃ。岡山・敦盛・四国の赤星山の3角が」
「・・私が聞くべきでは無いようですね」
政春は自分も巻き込まれそうな気配を感じて、それ以上は聞かなかった。
「お前が、こんな資料を送って来たからじゃ。更に、わしの理論が前へ進んだ」
「・・・不思議なものだ。動物学者と、考古学者が、一点に交わって、同じ疑問に突き当たっている」
「香月博士の事か?ここへも来たらしいな」
「鳩を頂く予定です。この地で競翔してテストをしてくれと。志村君も来ました。同じ磁力線の事を言ってました」
「2人は、天才じゃ。わしが、40数年間で培ったものを類まれな推理と、分析力で既に見つけ出そうとして居る。わしが到達しかけている所まで昇ってくるのは、時間の問題であろう」
「・・・香月博士は動物学者では第一人者ですが、脇坂博士の所まで到達?」
政春は、首を傾げた。
「いずれ・・分かるだろうて。その根本に影響する事が、ここにあると見ている。それがここへ来たわしの目的じゃ」
「近い内に、香月博士は、脇坂博士と再会するだろうとも言って居られました」
「ふふ・・あの澄んだ瞳は何もかもお見通しなのでは・・そんな錯覚を覚える。動物学者で終わらすには、勿体無い人物じゃ」
「競翔家としても、到底私等が、到達し得ないレベルです。競翔とは科学なのかと思いました。
紫竜号を使翔させた、やはり凄い天才競翔家でした。」
「わしが興味あるのは、彼の遺伝子工学じゃ。やはりいずれ近い内に会うであろう・・で?清治君に協力しては貰えんのか?」
「明日の朝、清治に聞いて見ます。しかし、これが最初で最後ですよ、先生。私達はやっと今歩み始めたばかりなんですから」
「分かった。この件が終われば、もうここへは来ん」
脇坂に秘められたある種の決意に押されて、政春が頷いたのだった。