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2004/11/12

山川が2人に茶を勧めると、少し待っていて下さいと、奥へ引っ込むと、又2人の前に今度は放鳩籠を持って現れた。
「訳は、この鳩です。見てくれますか?浦部さんがご興味ある特徴です」
浦部と政春は、その鳩を放鳩籠から自分達が取り出しながら触診した。
浦部の眼が鋭いものに変わった。政春も横で見ている。
「深い色の柿眼をしている・・筋肉は硬くも無く、柔らかくもなく・・体は中程度。ふうむ・・羽毛は実に密でしなやかだ。主羽・・おお・・これは・・」
浦部が声を上げた。
「香月博士が仰いました。それが、私の風神系の特徴です。大羽先端4枚が殆ど同じ長さで、特別長く、それを支える副翼も中羽が通常12枚ですが、私の鳩は13枚あります。そして幅が広いのです。私は自分の鳩の中から競翔で、安定した力を発揮するこの一群を選んでそれを中心に淘汰を繰り返し、そして風神系と言うこの地域独自の血統を作って来ました。しかし、10年近く前に台風による直撃で、種鳩鳩舎が消滅。多くの鳩を失いました。その時、甥から預かった風神系源流の、花川雨竜号を中心に新風神系を作って来たのです」
うんうん・・浦部が頷いた。
「まさしく・・確か、昨春の1300キロレースの近畿地区3位のこの鳩だったか、主翼の先端の長さと副翼の厚さ、広さに自分の理想とする鳩を思い出した。風神系の存在は、以前にその山川さんの甥である静雄君から聞いた事があって、それで色々調べて山川さんに電話する事になったんです・・奇遇と言えば奇遇。私の以前の浦部系統を使翔されているのが静雄君で・・」
政春が、一人言を言うように喋る浦部の横から山川さんに聞いた。
「では・?香月博士はどう言われたのでしょうか?」
「惜しむらくは、この鳩の筋肉だと言われました。スピードも、体力もその能力も素晴らしいものがある。しかし、筋肉だけは、改良すべき点がありますね・と」
「自分には、想像以上の鳩で、筋肉の硬さはこの血統独自のものかな・・そう感じましたが・・」
浦部が言うと、
「はい。風神系は確かにこのままでも素晴らしい活躍が出来る。しかし、長い目でこの血統を見る時、一代で終わる可能性を否定出来ないと」
「凡庸の私には博士の言うような事は即座には理解出来ないが、さて・・先ほどの鳩舎の上空を鳩が飛ばない事の疑問がまだだ・・今も一羽も鳩舎上空を飛んでいない」
「はは・・浦部さんも視点がまるで違いますね・・そうです。私の鳩舎の鳩達は今の時間は飛翔しません。あるものを待っているのです」
「あるものとは・・?」
「もうすぐ・・ですから、もうしばらく。・・それで、浦部さんはこの私の鳩を見てどう思われますか?」
山川が言うと、その前に政春が言う。
「あの・・差し出がましい事でありますし、浦部さんが、今日ここへ私を連れて来て下さったのは、何か特別な意味もあっての事でしょう。浦部さん・・?」
「あ・・実は・・。俵さんの所で香月暁号系が使翔されているのを山川さん、ご存知ですか?」
「え・・!香月暁号系ですって!は・・初めてですよ。そんな話は・ほ、本当ですか!」
山川が驚いた。
「はい・・・山川さんには香月博士はその事は言ってなかったんですよね。なら、偶然では無く、私が風神系に興味を持ったのは大きな意味があった訳です、これは必然のような気もします」
「必然・・?」
山川が聞く。政春も浦部の顔を見る。
「何故・・風神系に興味を示したか、そしてその必然とは・・花川雨竜号こそ、紫竜号と同じ血を引く鳩だからですよ」
「えっ!」
俵が驚いた。山川が頷く、そして、
「私も静雄から送られて来たこの鳩の血統書を見て驚きました。そして、その非凡な成績を。更に驚くのは、花川雨竜号は、河原連合会の花川達治さんの姪御さんであり、話を聞くにつれ、これは、電話を下さったのは偶然では無いと思いました」
俵が問う。
「その作使翔された花川さんとは?」
「現在、世界的に有名なピアノ作曲家であり、演奏家である花川美里さんですよ」
山川が答えると、
「へえっ!あの花川美里さん・・でも・・どうして?」
「色々あるから、説明をするのは、時間も掛かります。後から俵さんに説明しますよ」
浦部が答えた。
山川が少し答えた。
「静雄と、花川さんに特別な関係がある
(華と紅蓮においてご説明しています。この第3部では、省略します)からです。それよりも、浦部さんが、興味を示されたのは、この一群の特徴でしょう」
浦部が続けた。
「そうです。この地区の強風に負けない風切り羽と副翼、そして風に負けない筋力を持った鳩が風神系。自分はこの風神系を見て感じた事はやはり適者適存の法則だと思う訳です。そして我々の地区も又然りです。その地区に相応しい環境に適した血統が残って行くと言う事実です。確かに香月暁号系は、超長距離を飛翔するに適した一群であり、俵さんの鳩舎に居るどの鳩も図抜けた鳩達です。私が独自で改良して来た鳩群より更にその上を行く。しかし、香月暁号系は日本での使翔を始めたばかり。香月博士が言われるように、日本の気象条件、地理風土に適する一群は多種多様な枝分かれをするに違い無い。自分の一代で完成出来るとは思っていないとまで言われています。こんなに素晴らしい一群を持ってしても・・。自分は香月暁号系を俵さんと一緒にこれから改良して行きたいと思うようになり、それで今日お邪魔しました」
「え・・浦部さん・・」
政春が目を開いた。
「浦部さん・・どうして?」
浦部は答え無かった。しかし、その目はまっすぐ山川の顔を凝視していた。
「・・分かりました。多分・・香月博士も私の風神系を改良してくださるヒントを与えて下さったのでしょう。浦部さん、もうすぐ時間です。御見せしましょう、まず、私の風神系を」
3人が鳩舎に向かって外へ出ると、清治はにこにこと鳩舎の屋根を見上げていた。
山川さんが、手に持ったお菓子を清治に与えると、微笑みながら聞いた。
「清治君・・どうして、空を見上げているの?」
「うん・・もうすぐ鳩が飛び立ちそうだから見てるんだよ」
「えっ・・!」
山川氏が驚く。それを察して政春が答える。
「あ・・山川さん・・この子・・清治は、感受性が普通の子より強いと言うか、時々こんな予想をするんです」
「・・そうですか・・しかし驚いたなあ。この子がここの風を知っているとは」
「風?」
浦部と政春が声を発すると同時に今まで静かであった、周囲の木が揺らめいた。同時に選手鳩鳩舎から、一斉に鳩が飛び出した。羽音が響く。きゅるきゅるきゅる。パンパン・・力強い羽音だった。瞬く間に鳩群は海辺方向に高く舞い上がって行った。
「凄い・・!」
政春が空を見上げた。それは大きな一群となって旋回を高く始めていた。
「この地区には午後1時を回ると、海からの風が吹きます。その風を鳩達は待っているようでこの時間になると一斉に飛び出すんですよ。それも私の鳩舎の鳩達は風に向かってまるで挑戦しているかのように」
「・・道理・・。風切り羽と、副翼・・筋肉の強さを・・。まさしく風神系だ」
政春と浦部が言った。
「浦部さん、俵さん。香月博士はこう言われて帰られました。この血統を試したい地区がある・・。それはまさしく浦部さん達の連合会のある地区です。私も、香月暁号系と言う素晴らしい血統の鳩達と是非、夢を見たいです」
何と言う運命の輪廻・・紫竜号血統と、暁号血統が今交わろうとしている。そして・・この血統こそ、日本競翔界を変えて行くような、大きなものに繋がるとは・・
固い握手をして、こうして、浦部・俵鳩舎によって新しい香月暁号系の交配が始まろうとして居た。大きな転機が訪れた。