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2004/11/16

道明寺が浦部の家を訪ねて来たのは、それから一週間後の寒い日だった。そこには、政春と共に、清治も丁度来ていた。
「・・と言う訳で、浦部さんのお話を聞いてまして、敦盛の地理とか解き明かさねばならないものがあると感じた次第です」
政春、浦部が頷いた。清治は浦部の子供達と遊ぶと言って部屋を出て行った。
「これはね、道明寺君。実際我々は科学者では無いので、根拠としてどうなんだと説明するのは難しいんだけど、現実に香月博士とか、今大学院生になっているが、T大学の志村君と言う考古学を学ぶ学生、それに有名な脇坂博士が指摘されている事で、敦盛は強い磁場を発生する何か鉱脈があるとか、或いは磁場を持った特異な地だと言う事なんだ」
「成る程・・そうですか。それ程有名な方達が指摘されているのなら・・でもそれならば、鳩の帰還コースとして敦盛を鳩群が避けて通るのは道理であって、この前浦部さんが言われたように、敦盛を避けずに真直ぐ戻る鳩とは?考えられないのじゃ無いのですか?」
「それがだね、なかなか理解して貰えないんだが、優秀な鳩であれば有る程最短コースを常に選択しながら飛び帰ると言う事だ。事実敦盛手前の100キロ内外に戻って来ている鳩はほぼ、他地区優勝鳩群と同時刻にはそこへ居る筈だと言う事だ」
「迂回すれば・・自分も考えましたが、せいぜい20キロ程度です。それが分速で100メートルも離される事になるのでしょうか」
「そこで、帰還コースの地理的条件を見なければならない。たかが20キロと君は言ったし、殆どの者もそう思っている事だろう。が・・これを見たまえ」
嘗ての川上氏、香月少年のやりとりのように、浦部は道明寺に分厚い資料を見せた。その資料を眺めている道明寺の横で、政春と、浦部が今後の交配について話合っている。今春にはいよいよ、香月暁号系と、風神系の交配で得られた2次鳩達が競翔に参加される事になり、その事は、現在講演等で多忙極める香月には伝えてある。浦部は香月暁号系を伝授する役目を自らが担おうとしているのであった。それは、まだ競翔歴の浅い政春氏と共同で行う事で、少しでも多くのデータをまず得ようとしているのだ。そして・・
「これほどまでのデータを・・?」
道明寺が一通り目を通した後、浦部の顔を見上げた。
「まだまだ・・だ。これだけ訓練を重ねたからと言って、それが完全なものにはなりはしない。だからと言って、データを重ねる事は非常に大事な事だから、訓練によってどんどん蓄積すればするほど、あるものが見えて来る」
「つまり・・帰還コースに当たる赤坂峠付近において、山から吹き降ろす横風が大きく競翔に左右されると見て良いですか?」
道明寺の言葉に政春が答えた。
「流石に強豪と名高い道明寺君です。その資料にある、5月後半から6月と、9月中旬から10月初旬には、赤坂付近で、東からの吹き降ろしの風が吹く事が多い。それは、即ち500キロ競翔以降における当連合会、及び帰還コースに当たる近隣3連合会の地理的不利を意味してると考えて差し支えないでしょう」
「浦部さんを深く尊敬してますが、ここまで科学的に競翔を行う方とは存知ませんでした。」
「いやいや・・こんな事は大した事では無いよ。自分はもっともっと凄い人達と過去に競翔をしてきたんだ」
浦部は遠くを見るような目で道明寺に答えた。
道明寺は深く頷く。
「では・・教えて下さい。今お二人が話して居られた香月暁号系と、聞きなれない、風神系・・とは?その交配とは・・?又、トップ集団を形成する鳩が敢えて敦盛に向かうその訳とは・・?」
鋭い人物だ・・政春は思った。道明寺は、オペル系、シオン系を使翔する、近隣連合会である、山北連合会のトップ競翔家だ。
「まず、敦盛を何故トップ集団が飛び帰ろうとするのか、それは放鳩地から鳩舎までの帰舎コースに拠るものが大きい。その理由とはこれだ」
浦部は、各レースにおける鳩群の気象条件に拠る帰還コースを何通りも道明寺に見せた。
「・・うーーん・・良く・・分からないなあ・・」
道明寺が眉間に皺を寄せながら答えた。すると、
「コースは見せたが、ここで気象条件に拠る鳩の飛翔高度を見る必要がある」
浦部がそれを道明寺に指し示した。
「ははあ・・高気圧と低気圧では随分高度が違いますね・・」
「その通り。低気圧の競翔では、この河原連合会でも上位には食い込んでいるんだ。しかし、高気圧の時の高速レースにおいては、殆ど入賞が無い。何を意味するか、それは敦盛と言う地形だけでは無く、山頂付近における何かが、大きく競翔の妨げになっていると言う事。そして、鳩群は優秀であれば有るほどこの付近を通るコースを選ぶ訳だから、ここで、大きく迷う事となる・・それが電磁波なのか、磁場なのかは先ほど言ったように、私には分からないんだ」
「納得しました・・感服しましたよ、浦部さん。」
道明寺は少し理論家で、悪く言えばそちらが勝っているような人物だが、浦部の説明には隙間が無かった。
「では・・何故・・当代一と言われる競翔鳩世界を白川系と2分するような素晴らしい血統・・一群である、香月暁号系を改良・・いえ、もしくは異種交配させる目的とは何でしょうか。既に、今春の成績が証明しているにも関わらず」
「・・じゃあ、逆に聞くが、香月暁号系について、君はどの程度の知識を持っているのか?」
「香月博士が南米で、4000キロ以上の飛翔を実現させて居られますし、その血統とは旧日下系を改良したものだと聞いています。立ち姿の綺麗な姿勢の鳩群です。特に栗系統の血筋は素晴らしいと・・」
「ふふ・・一般的だねえ・・それは、殆どの競翔家は知っている事だ」
「それ以上の情報は・・だって・・無理でしょう?・・浦部さん」
困惑した表情になって道明寺が答えた。
「つまりだね、私が言いたいのは、そんな特徴なんかじゃ無くて、香月暁号系は日本の地形によって変化し得る、改良をまだまだ可能とする奥の深い血統だと言う事なんだ。」
「これ以上・・?世界中が注目する香月暁号系、或いは、他3種の系統もでしょうか?」
「そうだ。もっと、もっとだ。香月暁号系はその中でも可能性を無限に秘める血統だと言えるね」
「だとしたら、そのままの血統でもっともっとこの地で使翔させたら良いのでは?」
「・・じゃ、君は先程の私の説明を理解出来ていない事になる」
「分かりません・・脱帽ですよ、浦部さん・・」