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2004/11/30


政春と清治、そして浦部による更なる思考錯誤の日々が始まった。
香月から授かった電磁場測定器を使用するのは、政春と清治の2人
の時に限られたが、浦部は次々と放鳩地の設定をして、40数羽の選抜した選手鳩による訓練へと着々とデータの集積を重ねる。政春と清治は清竜号他数羽の優秀な鳩群によって、敦盛を中心とした小型電磁場測定器のデータを集めていた。更に、香月博士によって高山からの訓練アドバイスと、高度測定器も送られて来て、繰り返し検証が行われていた。
そんな日々の中、浦部の家に道明寺が訪問した。自身たっぷりの明るい表情であった。
「浦部さん、前にお話させて貰った時の答えを見つけましたよ」
強豪の名を欲しいままにする、自信家で理論家でもある若い競翔家。しかし、その根底にある、人知れぬ努力を知らない浦部では無かった。そして彼と向かい合った。
「・・・と言う訳でですね。河原連合会独自の400キロレースは、更にその後続く500キロ、600キロ、700キロ、800キロ、900キロ、1000キロ、1100キロ、1200キロ、1300キロの中から長距離レースにとって非常に重要な位置となるのです。それまでの開催されていた400キロレースと比べると、誰もが、何でそんな放鳩地を・・と思うでしょうが、つまりこの台形こそ赤坂峠の強風に影響されない、そして又迂回距離はあるものの、飛翔速度が落ちないコースであると言う事です」
「うむ。良く調べたね、ご明察!」
してやったりと、満面得意顔の道明寺の表情がぱっと明るくなった。しかし、浦部が続けて言う。
「それで?君の推理はそれだけかな?」
「え・・?それだけで充分でしょう。他に何か・・ありますか?」
怪訝そうな表情になり、道明寺が聞き返した。
「まあ、1つは正解。そう言う狙いではあるが、じゃあ・・何で君は敦盛コースを戻る鳩群については言及しないんだ?」
「敦盛は・・好不調の波が激しいから避けたのでしょう?」
「全く視点が違う。それが君と私の考えの相違だ」
浦部は少し厳しい顔をした。道明寺は浦部の顔を見返した。
「では・・?どう言う意味でしょう?」
道明寺は、少しむっとした表情であった。浦部が穏やかな口調で言う。
「競翔とは、成績・・順位の事だけを言うんじゃない。帰還率について君はどう思っている?」
「・・それは、難しい質問ですが、自分の場合は、約5割を目途にして居ます。この地区では相当自分では高い方だと思っています」
「うん・・。君の鳩舎は優秀だと私も思う。つまり、400キロ河原連合会独自の放鳩地とは、その後続く、中から長距離における帰還率の問題対策であって、君の言う順位とか成績はむしろ2次的な産物でしかない。普通に考えて見ても、実距離430キロの鳩舎が480キロになってしまうハンディを持つんだ。それは不利である事は誰もが分かる事実だろう?」
「ですが、今春における俵鳩舎は圧倒的な速さで、5連勝してるじゃないですか。このコース設定に不利等無いじゃないですか。近隣5地区と合わせても、ダントツですから」
「だから、それが君の読みの甘さだと言うんだ。どうしてその優勝鳩が迂回したんだと君は見る?」
「そう見て間違い無いでしょう?」
「うーーむ・・。もう少し君には考えて見て欲しかったんだが、まあ、しょうが無いだろう。いいかね?どんな優秀な鳩であっても、一羽が単独で400キロ、500キロのレースに於いて後続を40キロも50キロも引き離して飛翔出来る訳が無い。引き合いに出すが、500キロレースの中部連合会の優勝鳩は実距離450キロで分速1213・872メートルだ。つまり逆算すれば、この鳩はこの時刻には(地図見せながら)この付近に居た事になる。他の連合会の優勝鳩群もここを通過する。しかし、河原連合会の優勝鳩がそこから分岐点のここを迂回して、それから他の鳩を圧倒的に引き離して、分速を1800メートル台に上げながら戻るとは考えにくい。つまり実距離540キロにあたる訳だから、この鳩は赤坂峠をこの時間に多少は迂回しながらも戻った。それが大きく迂回した一群との差と見るべきじゃないのか?」
「・・そこまで・・分析されていたのですか・・ふう・・でもそれは考えられる事ですね。それで、他鳩との差が・・しかし、そうなら、過去の例と全く相反する事になると思いますが」
「まだ君の視点は画一だ。確かに敦盛は通らず、迂回したとしても、河原連合会にとっては最短距離。分速がややそこで落ちたとしても、帰舎時間に当てはめれば納得が出来る」
「つまり・・これまでの常識を覆すような鳩が出現したと見るべきですか?」
「ふむ・・君の目からすればそうなるだろうなあ・・実は、我々はその風に負けない、むしろ風に向かって飛び帰るような血統を目指して来たんだ。だから私の鳩舎の血統は殆ど入れ替わった。これは、どう自分が旧血統に固執したとしても成し得ない問題でもあったから・・しかし、それも大きな問題がある」
「・・・そんな改良を・・?少し納得出来たような気がします。自分にとって、浦部さんのお話は眼から鱗が落ちるようなものですが、大きな問題とは・・?」
「君は1を聞けば、10を悟るような鋭い人物だ。その血統を中心として従来通りの訓練を行ったと同時に、旧血統には新放鳩地への準備として訓練も行って来た。君も理解出来ると思うが、この横風は、次第に遠く距離が伸びて行く競翔には辛い」
「・・つまり、中距離までしか、その血統は通用しないと?」
「そうなんだ。両刃の剣でね。500キロレース以降は格段に新コースが生きて来る。その為の新放鳩地である」
「簡単じゃないですか、それなら。短距離鳩と長距離鳩を分ければ良い」
「はは・・それも一般的だなあ・・」
浦部はにこりとした。