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パーティ会場に人が集まり始めた。その一人目が芳川だった。
「よう!」
芳川が浦部の顔を見て声を掛けた。
「芳川さん、お久しぶりです」
「浦ちゃん・・どうしてたの?引越ししてから余り顔見て無いね」
「なかなか動けなくて・・芳川さん、今年も絶好調ですね」
芳川は東神原連合会の副会長を現在務めている。やや最近太り気味なんだと笑っていた。
「ははは」
佐野が政春を紹介すると、4人で会場に入った。すぐ目の前に立っていたのは、磯川だった。今は磯川総合病院の副院長で、口髭を伸ばした、長身のダンディーな人だった。
佐野が挨拶をする。
「お久しぶりです。磯川さん」
「皆、久しぶりだねえ。元気だったかい?佐野君には良く会うけど。芳川さん、元気?あ、浦ちゃん、どうしてたの?元気かい?」
一人、一人に磯川が声を掛けて、懐かしそうに表情を緩めた。政春も紹介された。
「ははは」
すぐ和やかな輪が出来る。一人、一人入室して来る人々を確認するように、磯川は入り口に立っていたらしい。芳川の次には、関西から佐久間修二、韓が入室した。2人とも関西最強鳩舎として顔が知られている事もあって、佐野、芳川とも挨拶を交わす。次に入室して来たのは、S工大教授の掛川、そしてかなり高齢であるが、香月の恩師である前学長の桑原が車椅子で。流石に香月の交友関係や、著名な人達の入室には、政春も緊張していた。日下前鳩協会理事もまだ矍鑠として入室。2人とも80歳を過ぎたと言うのに、元気そうな様子だった。そして、川上氏も真っ白な髪で、入室。4名がすぐ周囲に集まった。
「おう!磯川君も来てたのか、病院ではお世話になりっぱなしだ。年をとると辛いねえ、ははは」
「まだまだお元気ですよ、川上さんは」
磯川がそう言うと、川上氏は、浦部を見てにこりと笑った。
「浦部君・・おう・・懐かしいなあ。河原連合会で頑張っている事は聞いてるよ。元気そうで何より」
浦部は目頭をあつくしながら、川上氏に最敬礼しながら手を握った。川上氏の側には、修二、韓も挨拶をしに行った。
続々と入室して来る中で、やはり、鳩関係の人達が・・日下部氏夫妻、そして、香月の家族が入って来た。香織夫人は一際あでやかで、美しい人だと政春は思った。東大の医学部入学が決まっていると言う、きらめくような美少年、香月昇星。一人、一人に挨拶を交わしながら、政春と同じような、競翔を始めて間も無い人達も4、5名居て、20数人程のパーティーとなった。香月が司会を始める。
「えー、皆さんこんばんわ。講演から引き続いてこちらへ参加して下さった方も居ると思いますが、本日は、本当に有難う御座います。5年前から、南米に行ってまして、日本に戻ったり、又行ったりの繰り返しでしたが、ようやくあちらでの研究も終わって、今後は日本でS工大に席を置く傍ら、自分の夢であったフリーの獣医師として活動する事になりました。本来ならば、皆さんにお知らせする所、色んな行事や、講演を控えて居りまして、ついついご報告が遅れました事を、この場でお詫び申し上げます。」
その人の放つオーラと言うか、清涼の気が自然と会場を包んでいた。香月は短い挨拶をした後、会場の人達一人、一人と談笑。そして、旧交を確認した後、最後に政春、浦部の所にもやって来た。
「浦ちゃん・・お元気そうで」
浦部は、肩を震わせて香月と握手した。言葉は要らない。何十年ぶりの再会も一瞬でその穴を埋めるようだった。
「立派になられて・・」
浦部がそう言うと、
「ご活躍のようですね、ドマレー系と、尾内松風系と言う系統を使翔されているようですね?現在」
政春が、側で聞いていた。
「ええ。以前の南部系では100キロの壁が越えられなかったんで」
「河原ですか」
「そう、河原です」
浦部が答えると、香月は少し考えて、答えた。
「風ですね、やはり。海辺からの強風と、敦盛が盆地なので、地形が難しいですよね。スピードが要求される」
「その通りです。流石に香月博士」
浦部が言うと、
「博士は止めて下さい。俺にとっては、浦ちゃん、香月君で。ははは」
その一言で、政春は凄く身近に香月を感じた。
「こちらの方は?」
「俵です。浦部さんに鳩を頂き、子供と一緒に秋から競翔をする者です」
「そうですか、浦ちゃんの所で。それは楽しみですね」
「あの、ぶしつけなご質問をさせて下さい。香月暁号系について少し」
「良いですよ。あちらへ座って話をしましょう」
香月はにこにこしながら、ソファーに政春達を勧めた。同席させて下さいと、修二、韓が加わった。
「時間はたっぷりあります。どうぞ。楽しい鳩の話をしましょう。」
「韓です。以前より是非お会いしたいと思ってました。本日は、皆さんとお話出来る機会が出来て光栄です」
「佐久間です。こちらへ本日来られている、川上さんには6年前、自分の結婚式においで頂きました。香月博士には是非お話をお伺いたいしたいと前々から思って居りました」
「浦部です。香月・・君とは、以前同じ東神原連合会で競翔をやってました。今は、河原連合会で競翔をしています。」
「俵です。全くの競翔素人で、高名な皆さんと同席させて頂くのは恐縮です」
その紹介の席上に、突然異風な人物が現れた。
桑原が声を掛けた。
「おお!脇坂博士」
その声に、政春が立ち上がった。
「えっ・・先生が?」
脇坂に歩み寄る政春に、ソファーの3名が驚いた。
「脇坂って、あの世界的な考古学者の?」
香月が少し、失礼しますと、一端席を離れた。
「先生!」
政春が言うと、
「おう・・俵君じゃないか、どうしてここへ?」
「先生こそ」
「いや、ここに居られる桑原さんに呼ばれてな。それに、香月博士にも一度会って見たいと思うてたんじゃ」
「香月です。本日はおいで下さいまして有難う御座います」
「君が香月博士か、若いなあ・・。流石に良い目をされているわ」
「ははは。さあ、どうぞ、こちらへ」
思わぬ人が加わって、5名がソファーに座る事となった。余りに高名な考古学者が加わった事で、少し会話の方向が違うように思えたが、脇坂が競翔家の話を聞いて見たいと言った。政春が高名な脇坂博士の教え子だという事で、他のメンバーも少し政春を見る目が変わったようだ。
「それでは、ご質問という事で、俵さんが暁号系統の事を訊ねられていますので、そちらを先に」
「あ・・私等の素人が恥ずかしい質問なのですが、暁号は、ステッケルボード系の血と日下系を主に改良されたと聞き及びます」
「はい、その通りです」
「その中で、特に栗系の一群が淘汰されて、超超距離系として残ったと言う事でしょうか」
「旧日下系に栗系統の鳩が多かったと言う事も大きいでしょうね」
「主流は、では日下系なのでしょうか」
「あ、いえ。決してそうではありません。日下系には、色んな血が交配されてまして、ステッケルボード系の血も希薄ではありませんので」
ここで、韓が会話に加わった。
「博士。全ての血統を調べたら、やはり
スプリント号が出てきます。この鳩が源鳩ですよね?」
関西訛りで、韓が尋ねると、
「そうです。香月系の源鳩は
スプリント号になります」
修二も尋ねた。
「体型ですか?資質ですか?その主になった
スプリント号は、素晴らしい成績の鳩で、まだ現役の選手鳩の時に種鳩にされたと聞きますが」
「佐久間さんでしたね?新川川上系を元に、確か雷神系を現在使翔されているとか」
「覚えて頂いて光栄です。でも、雷神系は名ばかりで、実質は新川川上系です。ファブリー系の血が上手く合った事もありますので」
「そうですね、交配は確かに資質も必要ですが、体系・・つまり、血の合う、合わないと言う事もあります。どんなに優秀な鳩同士の交配でも、結果が出ると言うものではありませんから。色んな交配をして見る事も必要でしょう。確かに一群で、ある短い期間優秀な成績が出る事もあります。しかし、それを継続して証明されている血統と言うのは案外少ないんですよ」
「はい」
全員が頷いた。
「その中で、依然白川系や、勢山系、オペル系等、又在来系の南部系や、今西系等脈々と受け継がれている血統があります。何が違うのかと言う事に突き当たります。やはり血の循環、血液概論と言う白川博士の偉大な研究に向かうのです」
そこまで言う香月に、初めて脇坂が口を開いた。異風で、常人離れをした奇行の持ち主でもある彼は、短い頭髪の、白眉の人と言われる白く長い眉毛をして、目つきも鋭かった。
「おう・・それを聞きたかったんじゃ。白川博士の研究を引き継いで居られると言う事で、興味があって、桑原先生にお願いして本日参った次第。もう少しその辺を伺いたい。それは、今皆さんが質問されている内容に合致する事でもあるようだしな」
鋭い人だ・・この時香月は思った。さて、競翔家達と、考古学の権威との話をどう合致させようか、香月が考えていた。浦部は逆に興味津々で、昔のように、聞き役に回っていた。
「さて・・皆さんは近親と言う言葉を良く使いますよね?人は血の濃い結婚をしたりする事を禁じたり、避けて来ました。ところが、競翔鳩、或いは他の動物にも近親交配と言うのは、人為的や自然界でもある事です。特に、優秀な子孫を伝えると言う事で、近親交配をやったりします。ところが、弊害として、近親を重ねる事は非常に危険な行為でもあります。血の凝固・・鳥類までは、基本的には、生殖過程では血縁は問題にならない、成熟した個体にとって、血縁を認識する必要さえないと言えますが、生殖を、遺伝子シャッフルと捉えると、できるだけ違いのある遺伝子同士の交配の方が、有利かも知れません。その場合、性本能を発現させる『フェロモン』のタイプが、雌によっていくつかある。雄の側に、そのフェロモンの違いを認知する事ができる。その相互関係で、近親交配を回避しているケースは有り得ます。但し、フェロモンは、小さな分子ですから、血縁を鮮明に回避させられないと思います。どの生物、どの個体にも、「カンペキ」な遺伝情報を持ったものはない・・・とされています。つまり、その個体のプラス面もマイナス面も含んだ形で、次代に受け継がれるわけです。その際、生きて行く上で不都合な情報は、(全てでは無い)相手方の正常な情報でフォローされるため、実際に発現するケースは、だいぶ少なくなる・・・とされています。しかし、血の濃い個体同士ですと、プラスの面やマイナスの面も含めた、互いの遺伝情報がよく似ているために、遺伝情報のうち、本来ならば相手の持つ正常な情報によってフォローされ、発現しないはずの異常な情報が出てきてしまう・・・というのが、一般的にいう「血統弱化障害」です。兄弟や親子など、血の濃い個体同士で繁殖を行いますと、様々な障害が発生することが知られています。」