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母性・・そんなテーマで、広々とした帝国ホテルの一室は、講演を聞く人々で一杯に埋められていた。
動物界における母性について・・香月は涼やかか顔だった。その声は凛として、誠に分かり易く、そして理路整然。南米で、5年間やって来た研究の一環として様々な事例をあげながら、講演を聞きに来た人を魅了していた。顔は日焼けで黒かったが、その眼は光り輝き、一目で政春も、その香月の持つ人間的魅力、雰囲気に引き込まれた。
講演の小休止で、一端ロビーに出た時、政春が興奮した様子で浦部に、
「いやあ、浦部さん、想像していた以上ですよ。香月博士はニューカッスル病のワクチンにも深く寄与されているようですね」
「実は、自分も感動して思わず目頭があつくなりました。益々素晴らしい人に成長されている・・」
その浦部に一人の者が声を掛けた。
「浦ちゃん・・?」
「え・?」
浦部と政春はその声の主を見た。
「あ!佐野さん?お久しぶりです」
「やっぱり浦ちゃんだ。電話で声は聞いてるけど、もう何年も会って無いよね?君も変わったなあ」
「はは。佐野さんだって」
年をお互い経て来て、中堅と言うより、今は2人とも連合会を引っ張る若い会長達だ。若いと言っても、もう佐野は40歳を過ぎ、浦部も40歳前だ。お互いの近況をソファーで話し合った。
「そうなの、へえ・・。あ、申し遅れました、佐野と申します。初めまして、俵さん。」
「いえ、こちらこそ、関東の最強連合会の会長さんにお会い出来て光栄です」
「今晩のパーティにも?」
「はい、何度も場違いだとお断りしようと思ったのですが、出来れば。今はこの講演を聞きながら是非に思っています」
「それは、是非。」
佐野はにこやかに笑って、政春と握手した。浦部が聞いた。
「あの、佐野さん、今晩は他にどう言う方が?」
「あ、ああ。今日のパーティは、川上氏の白川系を香月昇星君が引継ぐ話と、香月君の帰国の事が主らしい。だから、特に誰かを指名したと言う事じゃなく、その関係者と言うのかな、親しい友人達を呼んだらしいんだ。だから芳川さんも来るし、関西から新川さんも呼ぼうとしたけど、もうかなりの年だしね、体調も余り芳しくないそうで、代わりに新川川上系後継者の、佐久間さんと、もう一人韓さんが来るらしいね。後はねえ・・あの人も来るらしいよ、磯川さん」
「へえっ!」
「香月君が帰国したら、又競翔を再開するかも知れないね」
「はは。有り得るよね。で、香月君も日本で競翔を再開するのかな?」
「分からない・・けど、今晩のパーティで、何か言うんじゃないのかな」
「楽しみですね」
政春がそう言った。講演の2部が始まり、3人は熱心に講演に聞き入っていた。
講演後、軽い食事でもして行こうと言う事で、佐野、浦部、政春の3人は帝国ホテル近くの蕎麦屋で、軽く夕食を取りながら談笑していた。
「ほう!そうなんですか、お子さんは予知夢を。成るほど。へえ、霊感が強いのかな?その子は」
「どうなんでしょう。ただ、青銅の剣が出て来たのは驚きましたけど」
「白蛇・童馬・青銅・紅水晶・勾玉・・しかし、その紫竜と言うのが興味あるよなあ」
佐野が目を細めた。しかし、浦部が、
「駄目ですよ、佐野さん。
紫竜号は、超超銘鳩ですけど、あのGN帰還後一年で、生涯を終えた事についてやはり無謀だっただの、動物虐待だの散々バッシングされて、香月博士は辛かったんですから」
浦部がそう言うと、
「身近に居た俺達が一番分かっていたよね。あの大偉業の後、確かに
紫竜号の目の輝きが無くなった事を。香月君が、あそこまで使翔したのは、深い訳があっての事だったんだと。だから、俺達も同様に苦しんだんだ」
佐野も言う。
「あの・・自分は書物の中からしか香月博士と
紫竜号については知りません。良ければ、もう少しお話していただけませんか?どうして、香月博士がバッシングされる事があったのでしょうか?手記には、はっきりと示されている筈です。香月博士は、記録の為に競翔したんでは無いのでしょう?」
「そうです。でも、結果として酷使の原因に、
紫竜号の1000キロ以上3連続参加があったと、人々は言うのです。そしてその命を縮めたのは、酷使であると。それは、紫竜号が余りにも偉大過ぎる記録を残したからです。しかし、それは香月博士だからこそ、成し得られた事も人々は分からずに」
浦部が答えた。
「理不尽ですよね。さぞ、悔しかったでしょう」
政春が言った。
「香月君は堂々としてましたよ。そして、余りにも彼自身の考えや、行動が我々の理解を超えていたせいもあります。誤解は、ありとあらゆる機会に徐々に解けました。結局彼自身が偉大過ぎた訳です。それは、私達の共通の師匠である川上さんにも、最初は理解出来ない事だったんですから当然ですよ」
「でも、基本は1つですよね?」
「良い事を仰る、俵さん。その通りですよ。根本が抜けていたら、鳩を飼う資格はありません。道具じゃないんですから、鳩は家族なんですから」
佐野が答える。
「ああ、やはり今日来て良かった。お二人のような立派な競翔家の声を聞けたから」
政春は、大きく頷いた。