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清治と一緒に鳩を飼いだして、数週間が経った。見違える程明るくなり、俵夫婦にも心を開き始めた清治を見ながら、やっと家族と言う運命共同体が始動し始めた。
浦部と、再び会ったのは、1ヶ月後であった。競翔が終了して、浦部が自身の子供を連れて公園で遊んでいる所に俵夫婦が出会った。
「ああ、こんにちわ」
浦部が声を掛ける。
「あ!浦部さん。どうも、先日は色々有難う御座いました」
政春、弓子が頭を下げる。
「ご連絡しようと思っていたのですが、競翔もあり、仕事の方も忙しかったので」
浦部が言う。
「あ、いえいえ。とんでも無いですよ」
政春が手を振って答える。
「お子さん、元気そうですね。お名前は?」
「清治と言います」
「あっちに、私の子達が居ます。遊んでおいで、清治君」
清治は、ブランコ付近で遊んでいる子供達の所へ走って行った。やや離れて弓子も付いて行く。
ベンチに座りながら、政春と浦部が談笑を始める。
「はは・・なるほど。俵さんは、あの本を詳しく読んで下さったんだ」
「読めば、読むほど競翔の世界は深いものですね。それと、愛鳩家の姿勢と言うものに感服致しました。」
「凄い方達です。自分の人生の中で、短い間でも一緒に競翔をやれて幸せでした。」
浦部が遠い目をしながらそう言った。
「浦部さんは、もうこちらで?」
「はい。以前の東神原市から、この地に工場が移転して、今はここが本社工場となっています。自分も結婚し、子供も生まれ、ここに家も建てました。私の両親も近々呼び寄せるつもりです」
「川上さんや、香月博士にお会いする事は?」
「川上さんは、今は競翔鳩協会の理事をされており、とても多忙な日々を送られています。数年前まで競翔の方には参加されていましたが、現在は、白川系鳩群は使翔されておりません。又、香月博士は、現在南米の方に行かれていて、香月系は、芳川と言う方が使翔されております。」
「そうなんですか・・」
俵は少しがっかりしたように言った。
「あ・・いえ。でも、白川系は香月博士の長男である、香月昇星と言う少年が引き継ぐようです。香月博士は、実は川上真二さんの娘さんと結婚されているんですよ。義理の親子関係にあたるんです」
「おう!そうなんですか。」
「噂では、南米での研究も終えられて、近々日本に戻ってくるそうですが・・」
「競翔と言う言葉すら知らなかった私ですが、奇妙な縁によって、子供と一緒に鳩の世界にわくわくしている自分が今、居ます」
「俵さんが、その気でしたら、一緒に清治君と競翔をやって見ませんか?」
「私等が・・出来るものでしょうか?」
「鳩に対する愛情さえあれば、競翔鳩を飼う、又競翔をすると言うのは難しい事ではありません。この河原連合会は小さな競翔の会ですが、皆さん楽しく参加されております。私が会長をしておりますので」
「あ・・そうなんですか。清治さえ良ければ、一緒に鳩レースをやって見たいなあ」
他に趣味も無かった政春だったが、素晴らしい本に出会い、浦部に出会って、競翔に興味が湧いている自分を感じていた。何よりも、子供清治と一緒に同じ趣味を持つと言う事が、50前の男にとって子供に近づけるような気がした。浦部は、この後も深く政春と関わる事となる。
家に戻って、弓子と話をする政春だった。
「そうなの、あの浦部さんは、河原連合会と言う所の会長さんなのね」
「ああ、今まで、殆ど無趣味で生きて来た私だが、どうだろう?清治と一緒に競翔と言うものをやって見たいと思うんだが」
「清ちゃん?お父さんと一緒に鳩レースってやって見る?」
「うん。」
こくんと清治は頷いた。まだ、父、母とは呼んでくれないが、清治は、日ごとに俵夫婦に心を許しはじめて居た。