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6月に入って、俵夫婦が浦部の家に招待されていた。清治は、すっかり浦部の子供達と仲良くなっていた。
「俵さんの所は印刷業をされているんですね。鳩の飼育に関して、もう小雑誌を作っておられるとは驚きました」
浦部がにこにこしながら言った。
「商売柄です。自分なりに整理して、浦部さんのアドバイスも参考にさせて頂きました」
「熱心で頭が下がります」
政春の生真面目で、几帳面な性格を見て、感心して浦部はその小雑誌を眺めた。
「ところで、今日お呼びしたのは、子供達と清治君に遊んで貰う為もありますが、実はお約束した子鳩が順調に巣立ちを迎えています。その中から俵さんに好きな鳩を選んで頂こうと思いまして」
「ああ、それは光栄です。でも、本当に甘えても良いんでしょうか?」
「その昔、私の師匠である、倶楽部長の川上さんが言われました。鳩が好きならどの鳩でも良いから持って帰りなさい−ーと。私も同じです。鳩が好きで熱心な方なら、自ら進んで進呈致します。それが趣味の世界と言うものでは無いでしょうか」
「有難う御座います」
政春は、素直にその気持ちを受けた。
「清治、父さんとちょっと鳩小屋の方へ行こうか?」
「うん!」
弓子と、浦部の奥さんの幸江さんが談笑する居間を後にして、清治と政春は、浦部と一緒に鳩小屋へ。2坪程の鳩小屋ではあるが、新築と一緒に建てたと言う事で、綺麗な作りだった。政春はもう2度目。清治が目をくりくりして鳩小屋を眺めていた。
「清治君、こっちおいで」
浦部の手招きで、清治が鳩小屋の中に入った。殆ど濃胡麻と言われる黒っぽい鳩群だった。
「ふふ。鳩がたくさん居るだろう?」
清治の様子に、微笑みながら浦部が言う。清治の目が輝いていた。政春も嬉しそうに鳩小屋の外からその様子を眺めていた。
「ここに、5羽の子鳩が居る。その中から好きな鳩2羽を選びなさい」
浦部が言うと、清治がすぐ、2羽の鳩を指差した。
「ほう・・」
浦部がそう言いながら、2羽の子鳩を捕まえた。「ピー、ピー」
子鳩が泣く。
「良い鳩選んだね。清治君。どうして、躊躇わずに2羽を希望したの?」
浦部が質問した。
「この鳩のお父さんは、こっちの鳩で、お母さんは、あの鳩だから」
「えっ・・!」
非常に浦部が驚いた様子だった。政春が鳩舎の外から声を掛けた。
「あの・・浦部さん・・?」
「あ・・ああ、済みません。子鳩はもう巣立ちしていて、両親鳩からは離してるし、まさか清治君が見てもいない、この子鳩の親鳩を言い当てた事に驚きました・・」
まさしく、清治は正確に2羽の親鳩を言い当てたのだ。それも5羽の中から同腹の兄弟を・・。
「・・清治には、幼い子特有の感受性と言うか、そう言う能力があるのだろうか・・」
政春も唸った。
「驚きましたが、そう言う感性があるのでしょうね。香月博士以来の驚きですよ」
「ほう・・香月博士も又?」
「あの方は、天才的な洞察力の持ち主でした。その分析力や、判断力、明晰な頭脳からコンピュータの様に見抜く能力がありましたが、清治君にも、そう言う能力があるのかも知れないですね」
「はあ・・しかし・・」
政春には、清治がそんな天分を有しているとは思えなかったが、清治が選んだ2羽は、やはり、浦部鳩舎の主流鳩の子であった事だ。嬉しそうに鳩を貰って帰る俵親子に、浦部が次週に俵家へお邪魔しますと手を振った。
その夜の俵家
「これで、神社から拾って来た鳩と3羽になったな。浦部さんに聞いたんだが、子取り用の種鳩と言うのも必要なようだ。そちらも進呈すると言われたんだけど、辞退したよ。そこまで甘える訳には行かないし、自分も少し勉強しようと思ってる」
政春が子供のような顔をして言う政春を見ながら、笑いながら答えた。
「まるで、貴方の方が夢中のようね」
「はは。今まで、趣味と言う趣味も無かったからなあ。それに清治が喜ぶ事なら、自分も好きになれそうだ」
「清ちゃん、どうしてこの2羽にしたの?」
弓子がテレビ漫画を見ている清治に尋ねた。
「夢に見たんだ。僕がこの2羽を貰うの」
「そうなの」
俵夫妻は、顔を見合わせた。幼い頃、幾度がそう言う夢を見た事がるような気がした2人だった。幼い子供が見る感受性のような感性であろうか・・そう2人は思った。