白い雲3トップへ 次へ
予想通り、曇天の空、時折強風も吹き荒れる中、3連合会合同の放鳩となったこの400キロ衆議院議長杯レースであるが、放鳩地から、海際、山際を縫うように飛び帰る鳩は、毎回分速900メートル台だ。嘗ての東神原連合会と同様に、ここで淘汰された鳩群は、これから700キロレース、河原連合会にとっては800キロがGPレースとなるが、900キロ、1000キロ、1100キロ、1200キロ、1300キロの大レースの参加へと向かって行く。一方、浦部が取る手法として、300キロ、500キロ、600キロ、1000キロ以上のレースと言った、各自の参加が分かれて行く目安のレースと言って良い。勿論浦部も20数羽の参加をしていた。
「9時に放鳩になりました。早い鳩で戻って来るのは3時過ぎでしょう」
浦部から電話を貰った政春は、少し思いついた事があって、清治と出かける事にした。
「どこ行くの?」
清治が尋ねる。
「ああ、少し買い物をしようと思ってさ。隣町のホームセンターに行こうとしてる」
「ホームセンター?」
「そうだよ。ところで、清治、何か欲しい物はあるか?」
「・・うーーん・・別に無いや」
自分から、欲しい物を強請る子では無かった。それは遠慮と言うより、清治が生まれ育った環境だろう。政春は普通の親として、純粋に子供が欲しい物を買うつもりで言ったもので、子供の機嫌を取る為に何かを与えると言う意思は無かった。
「実はさ、犬小屋を買おうと思うんだが・・どうだ?」
「えっ!犬!え・・何で、急に?」
清治の目が輝いた。
「花川さんにも勧められたんだが、犬ってのは外敵から鳩を守るのにも、番犬として飼うのにも良いそうだ。花川さんの所の犬の子が3匹居るんだが、知ってるだろ?清治も。もう生後3ヶ月になってて、誰か欲しい人居ないかって・・父さん、清治が嫌じゃ無かったら貰おうと思ってさ。嫌かい?」
「ううん!犬好き!要る!」
清治の目が輝いた。勿論清治が花川さんの家に行った時に、よく懐いていた子犬の頭を撫でていた事を政春が知っているからだ。清治は、嬉しそうにはしゃいで買い物に付き合った。妻弓子は少し反対したが、結局しぶしぶながらも賛成した。
ホームセンターで犬小屋を買って、餌容れや、餌を買った後、花川さんの所へ早速寄り道をする。やっぱり清治が希望したのは、一番頭を撫でていた一匹の子犬だった。
「ははは。喜んで貰えて嬉しいよ、清治君」
花川氏は、3匹の子犬の貰い手を探していた所だった。
「有難う御座います。清治がこんなに喜んでますので、大事に飼います」
「鳩とは又違う楽しみがありますよ、何と言っても、犬は清治君の弟のようなものだ」
花川氏がにこにことしている。あれから鳩舎も工夫をして、高価だが空気清浄機まで備えてある花川鳩舎は、立派な創りの大鳩舎だった。
「この犬、シロって名前つけたんだ」
「そうか。」
政春は頷いた。
「夢の良い事、シロの事だったんだ」
「ああ、そうなのか・・でも鳩の事じゃなくて?」
「ううん。それもあるけど」
「何だ、清治の夢は欲張りなんだなあ」
政春は笑った。清治も笑った。子犬はしきりに清治に甘えていた。
「まあ・・・可愛い子犬」
犬が嫌いなのかと思っていた弓子も、連れて戻って来た「シロ」の頭を撫でた。清治の喜びようから見て、やはり飼う事に賛成して良かったと思った。本当の家族のような生活が始まり、仕事も忙しく順調ではあるが、時折、清治が見せる淋しそうな視線に政春は気づいていた。それは、祖父亀吉の事であろう・・一切その事を口にしない清治だが、何時かは、話さねばならない事であった。
さて・・競翔に戻るが、薄暗い天候で、3時前から帰舎を待っていた2人の所へ、2羽の鳩が舞い降りた。
「おう!戻って来たぞ、清治」
政春は、2羽を打刻すると、鳩小屋の外で、シロが弓子に抱かれてきゃんきゃんと鳴いている。
どうしたのかと、政春が鳩舎の外へ出ると、清治が空を見上げている。
「どうした?清治」
「鳩・・こっちから戻って来るよ」
2羽の帰舎した方向からは逆の方向を清治が指差した。シロは清治に抱かれたくて鳴いているようだ。清治が弓子の手からシロを抱き上げた。
その清治の言葉の後、その空を見上げた政春であったが、
「おう・・!戻って来た」
その方向から5羽の鳩が飛び帰って来る。それは、全く放鳩地から逆方向であった。
4時前の事、10羽参加した鳩が2羽戻り、5羽今度は一斉に戻った。そして、ぱらぱらと4時半までに参加した全鳩が戻った時点で、浦部から電話が入った。
「えっ!全鳩帰舎ですか・・凄いなあ・・今日は皆散々で、3割も戻って無いですよ」