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香月系の真価と言うか、並外れた資質に、政春も改めて納得していた。香月博士直々の選りすぐりの一群が送られて来た証拠だ。難レースであったにも関わらず、この素晴らしい帰舎は・・。
開函場所へ一人で行った政春だったが、余り会員は居なかった。山崎と言うインテリ風の会員がパソコンを用意していた。
近年目覚しく発展しているパソコンであるが、この時代には、まだまだ高価なもので、聞けば、工業高校の先生だと言う。わずらわしい分速計算をするソフトを作っていると言う事で、近年のゴム輪からマイクロチップのPCネットワークの競翔の先走りであると言って良い。明らかに競翔のシステムが進化し始めている頃であった
「やあ!凄い良かったようですね、俵さんの所」
花川が声を掛けた。
「いやあ・・これまでのレースのように、ばらばらと戻って来たんで、自分の所がそんなに良いとは思いませんでした」
「いやいや、謙遜。私の所で、やっと当日5割です。それも5時過ぎてやっと鳩が何羽が戻って来たのですよ。その位なんです、今日は。俵さんの血統は、会長の所からと言う事でしたよね?会長は、今回4割程度だと言う事ですが・・」
政春が少し返答に困っていた所へ、浦部が横に来て座った。
「自分の所の血統は300キロでストックしてます。俵さんの400キロ参加鳩は関東のある鳩舎から預かっている鳩達ですよ」
「ほう!預かっていると・・。成る程。今の段階では聞けませんね、その鳩舎の名は。しかし・・それにしても一羽も初参加で、鳩を失っていないと言う事は凄いですわ」
政春が初参加とは、会員達も思えない程、既にその存在は河原連合会に浸透していた。
「発表します。記録当日124羽。優勝が俵清治君です」
「おおっ!」
その場に清治は居なかったが、全レースに入賞を続けて来た、俵清治の鳩が400キロレースになって優勝を飾った。2位も清治だった。大きな拍手で、政春は会員の祝福を受けた。
「でも、浦部さん。私は初めて競翔する訳ですが、何となく、自分の力ではなく、他人の力でやっているようで、まだ実感が湧きません」
浦部に正直な気持ちを語った政春であるが、
「そんなもんじゃ無いでしょうか?俵さん。誰しも、競翔をするにあたって人の教えを請い、それでアドバイスを聞きながら競翔する訳です。確かに今回の鳩は香月君から託された鳩群かも知れない。しかし、実際どんな優秀な血統、資質の鳩であろうと、その鳩舎の管理が全てを左右します。俵さんが、それが出来得る方だからの結果じゃ無いですか。それにきっと、これから先、子鳩を作出して、自分作の鳩達を競翔する事になったら、もっともっと実感も湧きますよ。それに、俵さん、この連合会は小さいですけど、そんなに甘くは無いですよ。強豪もたくさん居ますからね、ははは」
浦部の言葉に、頷いた政春であった。
・・確かに・・他人作出の鳩を使翔していると感じる、政春の競翔だが、それは彼自身の飼育歴が浅いせいかも知れないし、一回優勝したからと言って、それが全てを論じる結果にならない事は分かる。少し、言葉を軽々しく出した事を反省した政春であった。
結局、香月暁号系もその後の参加は見合わせる形で、初めての競翔の秋は終了した。
最終1000キロまである秋レースもやはり、花川、浦部が優勝を争う展開となって、花川が優勝した。
河原連合会の会員達のレベルも浦部が言うように、高いものと認識していた。
そして・・
大きな出来事も殆ど無く、秋・・そして冬を迎えようとしていた。あれから香月の連絡も無い。浦部とは、しょっちゅう最近会っている以外。
「俵さん、少し来週の休みに遠出しませんか?」
そんな政春の所に浦部から電話が入った。
「良いですよ。清治も一緒で構いませんか?」
「勿論です。じゃあ、7時過ぎにお迎えに来ます」
浦部は、日産のバンを購入していて、家族で良く出かけている。清治は、もうすぐ冬休みになるのでうきうきしていた。友達も沢山出来、口数は少ないが温和な性格の清治には、周囲も暖かく接していた。
小さい町でもあり、特にいじめっ子も少なく、周囲が家族のような所だった。あれから・・不思議と清治の予知夢も、予見も無かった。ごく普通の生活が続いている。弓子との母子関係も誠に順調で、清治は良く懐いていたし、政春にも甘えるようになっていた。
予定通りの時間に迎えに来た浦部に、頭をぴょこんと下げる清治。
「お早う、せいちゃん。迎えに来たよ。」
浦部とは、もう家族付き合いの間柄ともなっていた。
「お早うございます。浦部さん。お願いします」
弓子を残して、車は走り出した。
「せいちゃん、もうすぐ冬休みだね。うちへ遊びに来るかい?」
「うん!」
浦部の2人の子供達とも大の仲良しになっている清治だった。
「浦部さん、今日はどちらまで?」
政春が尋ねた。
「ああ、少し遠出になるんですが、関西に行こうと思っています」
「ほう!関西ですか。ひょっとして、韓さんとか、佐久間さんの所とか?」
「あ、いえ。余り知られて無い鳩舎なんですよ。少し面白い血統がありましてね、見て来ようと思っているんです。俵さんのご都合は?」
「勿論OKですよ。清治も喜んでいるし。私はどこへでも」
「はは・・少し高速道路を走りますからね」
一体・・どこへ連れて行ってくれるんだろう・・政春も楽しみになった。清治は買って貰ったばかりの本を夢中で読んでいた。
車は順調に走り、約2時間半後には、側道を走っていた。海岸通りに沿って景色が変わり、海沿いに差し掛かっていた・・。