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そして・・待ち望んだ初競翔の日がやって来た。
持ち寄り場所は、政春の印刷所の資材倉庫を提供した。既に、何名かの河原連合会の会員とは顔見知りであり、清治が参加予定の文部杯は、5名。高校2年生の梶原を筆頭として、一番年下が勿論小学一年生の清治だった。わいわい、がやがやと、持ち寄り場所はにぎやかで、浦部が政春・清治をその場で紹介する。
「皆さん。既にご存知の方も大勢居られますが、新しく俵さんが、連合会へ加入下さいました。競翔に参加するのは、この清治君です。当連合会は小さな所帯ではありますが、昨年も10羽のGN記録鳩を出すなど目覚しい発展をしております。若い会を皆さんが盛り立てて、これからもよろしくお願いします」
ぱちぱちと手を叩くにこやかな顔、顔。政春も清治も少し興奮していた。
ほぼ、参加鳩の準備が終わった後で、放鳩車に鳩を移す段階になって、清治がある者の横に行く。その者は連合会の花川と言うベテラン競翔家であった。
「おじちゃん・・その鳩、苦しいって言ってるよ・・」
指差した清治の言葉に、2、3人が花川の横に居たが、注視した。
「え・・?僕、何だって?」
清治は一羽の鳩を指差した。呆気に取られた格好で、周囲がぽかんとしている。競翔歴30年に迫るベテラン競翔家の花川は、河原連合会の前会長でもあり、中心人物だ。
浦部がそこに来た。政春は少し離れた所で会員達と談笑をしている。
「どうしたの?」
「この子が・・この鳩を指差して、鳩が苦しいって言ってるって言うんだ・・はは。」
少し首を傾げて不可解とでも言うような表情で、花川は笑った。
「へえ・・花川さん、少しその鳩見せて?」
浦部が言うと、
「浦部君、君までおかしな事を言うね」
花川がその鳩を放鳩籠から出した。他の鳩達は既に、放鳩車に入れられようとしていた。
「花川さん・・この子の言う通りだ・・咽頭炎じゃ無いですか?この鳩」
「え・・」
花川は、驚いた様子で、浦部から鳩を受け取った。
「そ・・んな・・」
花川が、蒼白になった。
「し・・しかし、この子は鳩を触っても無かった。何で・・?」
周囲が清治を見る、清治は恥ずかしそうに浦部の後に隠れた。そこへ、政春が近寄って来た。
「どうしました?」
「俵さん・・一体この子は何者なんです・・競翔を初めて間も無く、こんな小さい子がこんな大羽数の中の病気の鳩一羽を見分けるなんて」
花川が言うと、周りもざわざわとした。浦部が言う。
「はは・・花川さん、それよりは、貴方の管理の方だ。どうして、こんな咽頭炎の鳩を連れて来たんです?大事なレースに」
「いや・・わしの家の側に最近工場の焼却場が出来てね、その煤煙のせいかも知れない。色々工場には文句を言ったり、煙突も高くして貰ったり、鳩舎の位置もずらしたりしてるんだが・・」
「成る程・・で・・清治君ですけど、別に花川さんが驚く事も無い。この鳩をじっと最初から見てたんだろう?清治君」
「う・・うん。息が苦しそうだったから」
「ほら・・ね」
政春が、又清治の能力か・・そう思ったが、純粋な清治の目が病鳩を見抜いたと分かって、一同は再び雑談の中に居た。勿論、花川の鳩は不参加となって、連れて帰る事に。
「清治君・・有難うね。お陰で、おじさんの鳩苦しめないで済んだよ」
そう言って帰って行った。
政春が浦部に礼を言っている。
「済みません、浦部さん」
「はは。俵さん、何でも能力にしない事ですよ。清治君は純粋で汚れの無い目をしています。嘗ての香月君もそうでした。大人には見えない感覚なんですよ。大げさにしたらいけません」
「はい」
実は、こんな程度の能力等、清治はまだ覚醒すらしていない時期の話。ただ、今は純粋な鳩を飼う少年であった。次の日・・一斉に鳩は100キロ先の放鳩地から飛び立ち、8時丁度に清治が一番に戻って来ると言った、浦部の血統の鳩が帰舎。平凡なタイムではあったが、文部杯5名の中では、2番目の記録だった。初競翔2位の成績を収め、清治の競翔人生が幕を開けた。
「よう!やったな、清治!」
もう、人気者になった小さな競翔家清治は、200キロレースでも同じ鳩が5位。一羽も脱落させる事無く、300キロレースにも堂々9位入賞。同じ鳩が3連続入賞をした。そこで、浦部の助言通り、この鳩と同腹の鳩2羽は300キロレースでストックされて、いよいよ、一羽も脱落していない、香月暁号系10羽参加の400キロレースが始まる。予想天候は曇り。これからは河原連合会の若鳩達の登竜門と言われる、極端に記録鳩が低下する競翔へ進む訳だ。
「明日は天候が悪そうですね」
政春が浦部に言うと、
「まあ・・こんなもんでしょ。分速は落ちますが、いつもの通りですよ。それにしても流石は暁号系ですよね。一羽も脱落しないで、ここまで来ている」
「いやあ・・全部浦部さんに教えて貰った通りにしているだけです」
政春は答えた。
「段々筋肉が柔らかくなって来ましたよね。まさしく超距離を飛ぶ鳩だ・・」
浦部は、俵鳩舎を通して、香月系を眺めていた。