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陽射しが次第に強くなって来て、いよいよ初夏を迎えた。
見違える程逞しくなった子鳩達。清治も随分と明るくなって、友達も増えたようだ。 そんな日曜日の事であった。政春と清治が、少し家から離れた放鳩地へ来ていた。直線距離にして10キロ程であろうか。若鳩訓練の為であった。浦部鳩舎の2羽、香月からの10羽。共に素人目で見ても素晴らしい鳩達である。 「さあ、放すぞ、清治」 「うん!」 放たれた12羽の鳩達は、大きく旋回した後、山際を迂回しながら鳩舎方向とは逆に飛び、視界から見えなくなった。 「あれ・・何であっちの方に飛んで行くんだろうなあ・・」 政春が言う。清治は、全く違う空を眺めていた。 「あれ!」 清治が指差すと、その方向から先程視界から消えた鳩達が姿を現し、そしてそこから鳩舎方向へ消えて行った。 「清治・・あっちの方向から鳩が迂回して来て現れるのが分かっていたのかい?」 清治が首を横に振った。 単なる偶然か・・政春は、再び清治を乗せて少し遠回りして、ドライブを楽しみながら家に戻った。鳩達は鳩舎に戻っており、弓子も買い物に出かけているのか、不在だった。そこへ電話が掛かって来た。 「はい」 政春が電話を取ると、その電話の主は香月であった。 「あ!香月博士。どうも・・です。はい、凄い順調で、今日も放鳩訓練に行って来ました。ええ、はい。そうなんですか」 政春が電話を切ると、清治が鳩舎の前に立っていた。 「あのな、清治。この鳩を送って下さった香月博士が、来週鳩の様子を見に来てくださるって」 「知ってるよ」 「・・・又夢を見たのかい?」 こくんと清治は頷いた。清治の場合は予知夢であるが、香月の場合はその類まれな洞察力で、先を見る。政春は、清治の後から同じように鳩を見ながら、そう思っていた。電話の事は浦部にも伝えた。その浦部であるが、彼も又、一人の人物から電話を貰っていたのだ。 「丁度一緒になるなあ・・」 浦部が言う。 「香月博士と同じ日ですか?」 「ええ、偶然ですけど、佐野さんがこちらへ来るって言ってました」 「そうなんですか!佐野さんが?」 政春が頷いた。 「楽しくなりそうですね、佐野さんも凄く興味があるそうですよ。俵さんの所の香月暁号系が」 「ははあ・・成る程、それで・・」 「香月暁号系は、S工大に委託されていて、殆ど一般の人には触れる機会も少なく、佐野さんがどうしても見たいって、頼んで欲しいってね、ははは」 「何だ・・佐野さん程の人なら直接香月博士にお願いすれば良いのに」 政春が言うと、 「はは・・しかし、香月博士は、全国を飛び回って居られるから連絡がつかないらしいんですよ。それなら、顔見知りになった俵さんの所の鳩を見るのが一番だって。」 「成る程」 「それにね、佐野さんの情報に依ると、磯川パイロン系を関西から又戻して、磯川さんが競翔準備を始めたらしいですよ」 「へえっ!香月博士の影響は図り知れない訳だ」 「日本鳩界に多大な影響を与えた人が又戻って来た訳です。楽しみですね」 「はい・・」 俵は、地域こそ違え自分も興奮するのを感じた。 競翔・・政春にとって未知の世界・・だが、身近に触れる競翔家達の熱い思いはひしひしと感じていた。 そして・・日曜日がやって来た。香月が到着する前に佐野が浦部と共に、政春の所へやって来ていた。 「うーーん、凄いの一言だ。羽毛、体型、主翼、副翼・・どれを取っても非の打ち所が無い」 佐野が、鳩を触りながらそう言う。 「これだけ粒が揃っていて、まだまだ固定出来ていないと言うんだからね」 浦部が言う。 「でも、浦ちゃんの松風系も相当の出来だよ。特に、この2羽は先に浦ちゃんの所で見た若鳩達よりむしろ出来が良いのでは?」 「ははは。好きな子鳩を選びなさいってここの清治君に言ったら、一番飛び筋の2羽を選んだ訳だ。2羽とも同腹だよ」 「ほほう・・清治君には、鳩を見抜く力が備わっているんだね」 そうこう言っている内に、香月が到着した。今度は清治が一番に香月の所へ走って行った。 「お!清治君、こんにちわ」 香月が微笑むと、清治も2度目になる香月の訪問に、笑みを返した。 「あのね、おじちゃん。僕の所で一番に戻ってくる鳩が居るんだ。教えてあげる」 「はは。」 清治の頭を撫でながら、香月が清治と一緒に玄関に入った。 「おや・・佐野さん」 家の中に佐野が訪問している事に、香月が少し驚いた。 「こんにちは、香月君。是非、暁号系を見たくてね、今日俵さんの所へ訪問したんだ。浦ちゃんとも話をしたかったしね」 「ははは。相変わらず、情報収集力は抜群ですよね」 偶然であったとは言え、にぎやかな会話となっていた。 「しかし、それにしてもあれだけ粒の揃った鳩達は、凄いよ」 佐野が言った。 「まだ、競翔にも参加させていません。鳩は資質が第一ですから」 「日本では初めてになるのかな?使翔は」 浦部が聞くと、 「そうです。初めてです。」 「私は現在短距離訓練を週に一回行っていますが、どうでしょうか?」 政春が聞くと、 「鳩競翔に方程式はありません。思うがままやられては如何でしょうか、俵さん。貴方は既にそれが出来る方と存じますので。それより、清治君。先程見せてくれるって言ってた鳩をおじさんに見せて貰えるかい?」 「うん」 佐野達が、不思議そうな顔をしながら聞く。 「清治君が何て?」 「この鳩舎で、一番に戻って来る鳩を見せてくれるって」 香月が答える。 「は・・又例の?」 浦部が言う。 「子供は純粋です。だから、動物の心が読めるんです。清治君は特に、その感受性が強いのかな?嘗ての私も予感めいたものはありましたから」 香月が平然と答えた。佐野達が顔を見合わせた。 政春が清治と鳩小屋から戻って来てその一羽を見せた。 「ほう!濃胡麻だ・・これ浦ちゃんの鳩だね?」 「清治君・・この鳩が一番に戻って来るの?」 浦部が尋ねると、 「うん、そうだよ。」 清治が答える。香月がその鳩を触った。 「ふむ・・・清治君にはやはり分かるようだね。私もそう思う」 香月が、鳩を佐野達に手渡し、そう言った。 佐野が答えた。 「自分から説明しようか・・この鳩は、松風系の特徴よりも、ドマレー系の特徴を持っている。主翼が体長に比して長いのと、オス鳩特有の筋肉をしていて、竜骨が短く、立ち姿。この鳩はスピード鳩と見る」 「流石・・佐野さん」 香月が言うと、政春が聞いた。 「あの・・ここに居られる方の鳩を観察する目が高すぎて、私には、分かりませんけど、この鳩は短距離向きの鳩だと言う事でしょうか?」 「そうですね、短・中距離向きレーサーでしょう。むしろ、この鳩と同腹のメスの方が長距離向きです。」 浦部が答えた。 「俵さん、鳩の資質と言うのは、ある程度分かるものです。暁号系の子鳩達の粒が揃っていると言われましたが、それはそう言う特徴を持った鳩を競翔参加用に残しているからですよ。」 香月が言うと、 「へえ・・やはり、全く違うよ、香月君は。我々は、幾度となく使翔させてそれから競翔鳩を見極めて行くけど、最初から既に、淘汰してるんだ」 佐野が唸った。 「とても、そのレベルには到達し得ないよ、我々凡夫は。でも、自分は自分の競翔をするさ」 浦部が言うと、にこりとして香月が頷いた。 「そうですよ、浦ちゃん、そして俵さん」 「清治君。有難う、大事にしてね。君なら間違い無いよ」 そう言って、香月は車に乗って帰って行った。 佐野達、浦部達と楽しい時間を過ごした後、政春は、清治にこう言った。 「清治、香月博士はこう言われた。お前は動物の心が分かるんだって。だから、父さんと一緒に競翔して行こうな。無理せず」 「うん」 |