トップへ  次へ
2003.11.22

1週間して、佐久間は約束通り、修治に羽崎鳩舎の鳩を見せていた。
「綺麗な鳩やなあ・・」
修治が言った。
「ファブリ―系と言ってな、輸入系で、最高の血筋ばかりだ。」
「へえ・・」
修治には血統なんか、どうでも良かった。ただ純粋に綺麗な鳩・・それを感心して見ていた。
「関西では、新川鳩舎や、有名な鳩舎も拓さんあるが、新川さん所の長距離系とはいかないが、まあ、羽崎鳩舎も、そこそこなもんなんだぜ。」
「ふうん」
「ちょっと、この鳩見るか?」
突然そう言って佐久間が抱いて来たのは、栗二匹と言う羽色の、まだぴーぴー泣いている雛鳩だった。
「軽いな」
修治は鳩を抱くとそう言った。
「ああ、この鳩の父鳩は生後2週間で、突然死んでしまってな、母鳩も全く餌をやらなくなって、他の同時期に生まれた子鳩も居なかったんで、俺が餌やって育てて来た鳩だ」
「これ・・何か可哀相な奴やねんな」
「そうだよな・・なあ、俺は偉そうに人様に言える男じゃないが、こんな鳩も一生懸命生きて居るんだ。修治・・お前が、新川さんの所で、勤まるようだったら、この鳩やっても良いぞ」
「えっ!ほんま?ほんまにくれるんか!」
修治は嬉しそうに言った。
「でも・・あかんわ、長屋じゃ飼われへん」
すぐ、淋しそうに修治は言う。
「ま、飼うつもりなら、そのつもりでここへ置いとくさ。どうせ、競翔鳩としては、無理だろうしな」
「何で?」
「競翔鳩に必要なのは、まず体だ。栄養不足のせいで、この鳩は順調な生育が出来ていない。競翔鳩と言ってもな、生まれて来る子鳩が全部競翔鳩としての条件を満たしてなんか居ないのさ。その中の何割か、残るだけ。そう言うものなんだ」
「ふうん・・・益々気に要ったわ。その鳩、俺が貰う」
「そうなれるよう、頑張ってくれ」
次の日だった、修治が3週間ぶりに中学校へ来ていた。卒業までもう、2週間を切った日であった。
「よお、修ちゃん、久し振りやんか」
不良仲間の長身で、細身、キツイ目の、千崎速人が声を掛ける。
「おう」
修治が手を上げた。
「どないしたんや?修ちゃん」
「どないもあれへんわい。卒業だけは、きちっとしとこ思うてな」
「へ・・。それよりな。耳寄りの情報があんねん」
千崎が言う。
「それがな、我悪羅の頭が誘ってくれてんねん、修ちゃん、チームに入りたいゆうとったやろ?」
「千・・俺な。働こ、思うてんねん。ほんでな、今はその事で気持一杯なんやねん」
「そんなもん、働いたらええがな。そやけど、一緒に走ろうで、我悪羅で」
千崎は、なおも誘いを掛けた。
「ま、叉な」
そう言って、修治は、その場を離れて、職員室へ向かった。担任の太い眉毛で、濃い顎鬚の剃り跡の青い、三宅と言う先生の机の前に立った。
「お・・金村。出て来たんか」
「先生、俺、就職しよ思うてんねん」
「おう!そうか、決まったんか?良かったのう」
三宅は、嬉しそうに言った。散々迷惑を掛けて来た担任だったが、初めて見せる笑顔だった。
「へ・・」
職員室を出て、教室へ戻ると、すぐ声を掛けた女の子が居た。
学級委員長をやってる、活発な美少女で、新田恵利と言った。
「金村君、ごっつ久し振りな気がするわね」
「お・・おう」
喋った事も殆ど無い高根の花だ。
「あのね、もうすぐ卒業でしょ?金村君が学校に来たら、お願いしようって思うてたの。あのね、技術家庭科で作ったオルゴールあるでしょ?うち、欲しいなって」
卒業前に、技術家庭科の授業で作る記念のオルゴールで、女の子に伝統であげるようになっていた。学校へ殆ど出てこない金村のオルゴールは、まだ残っていたのだ。しかし、新田程の子なら、もう幾つもオルゴールは貰って居る筈。何故自分のが欲しいと言うのだろう?修治は、不思議な顔をして新田を見上げた。長い黒髪のまぶしい顔だ。修治は目を伏せた。
「あかんの?金村君」
淋しそうに、新田が言う。
「あ・・いや・・別に」
修治は慌てて答えた。
「わあ!嬉しい!有難う!金村君」
新田は凄く嬉しそうな顔をして、仲の良い友達の前で、そのオルゴールを見せびらかせた。
「ち・・何か嬉しそうやんけ・・修ちゃん」
同じクラスの、やはり不良仲間の田村亮二が、その様子を離れた机から見ていた。眉毛を剃った顔に、金髪の髪のややがっしりした体型の少年だ。