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2003.12.3


週末前の慌しい日だった。羽崎グループ内の、各テナントを回る佐久間の前に、自転車がいきなり横道から出て来た。
「あっ!」
咄嗟にハンドルを切ったものの、自転車は横転し、乗っていた女性が倒れた。
「だ、大丈夫ですか!」
佐久間が車から降りた。
「え・・ええ、済みません。私が悪いんです。飛び出して・・」
「足・・怪我されてますね。これはいかん、病院へ行きましょう!」
「いえ・・大丈夫・・い・・いたた・・」
女性は足を押さえた。
「失礼!」
佐久間は、その女性を軽々と抱くと、助手席に乗せた。自転車も、バンの後ろに積む。
「あ・・あの」
女性は、その素早い行動に驚いた。有無を言わせぬ早さだった。
「あ・・・決して貴方をさらう訳では無いですから。俺は、羽崎インテリアショップの営業マンの佐久間と申します」
「え・・佐久間さん・・?」
この女性は修治の母、美弥子さんだった。驚いたような佐久間の顔・・。
「は・・何か・・?自分を、知って居られるとか・・」
動き始めた車の中で、そんな不思議な会話は、進行していた。
「もしかして、修治がお世話になっている、佐久間さんですやろか?」
「えっ!ひょっとして、修治のお母さんですか!うわ・・これは大変な事に」
佐久間が驚いた。
「あの、私がうっかり飛び出したんですから、気にされんといて下さい。もう、良いですから、ほんまに」
「そうは行きません!運転する俺が気を付ける事ですから」
そう言いながら、木崎接骨院へ入った佐久間と、美弥子さんであった。
「ありゃ・・どんな組み合わせや・・これは」
「俺が運転してまして、この方に怪我を」
「いえ、そうやおません。私が佐久間はんの前に飛び出したんです」
「ふぉほほ。どちらも庇い合いかいな・・どれどれ・・」
「あ・・痛・・いたたた」
「捻挫しとるわい。こりゃ、当分あかんのお」
「困ったわ。スーパーに、連絡もせなあかんし・・」
美弥子さんは困った顔をした。生活も掛かっているから、重大な事態だ、怪我は。
「あ・・スーパーは、どちらのですか?連絡します」
佐久間は、すぐスーパーに連絡した。
「有難う御座います。色々・・お世話になりまして」
「のお・・ものはついでと言う事もある、佐久間君」
木崎は佐久間に耳打ちした。
「あ・・そうなんですか!金村さんは、銀行にお勤めだったんですね」
佐久間が言った。
「あら・・いややわ、先生。もう、結婚前の話ですわ」
美弥子が手を振った。
「修治な、あれからここへ、これ・・持って来てくれたんや」
木崎が、木材で作った、花入れを美弥子に見せた。
「あいつの、精一杯の礼のつもりやろけど、嬉しかったで。死んだ父親そっくりや。手先が器用な奴じゃわい」
「そんな事を・・全然知りませんでした」
「なあ、美弥子はん。修治も働き始めた所やし、あんたも、そろそろ、別の事も考えて見んか?」
「先生・・何の話ですか?」
「この佐久間はんの会社は、羽崎グループゆうて関西でも有数の会社や。そこの経理の事務員が、先月結婚退社して、募集せなあかんちゅうて聞いとる。だから、あんたをどや?って佐久間君に言うとる」
「先生・・私は、こんなおばちゃん、若い子に混じって・・ふふふ。おかしいわあ」
美弥子が笑った。
「美弥子さんは、おばさんなんかじゃ無いですよ!若いし、綺麗です!」
佐久間は大きい声で言った。
「いややわあ、恥かしい・・」
美弥子の顔は、赤くなった。
その後、木崎医院を出て、佐久間の運転で長屋の前に戻って来たら、修治が玄関に飛び出て来た。佐久間が美弥子さんを抱いて、家の中に入ろうとする。修治が呆然としている。
「こら、修治、何をぼけっとしてるんだ。早く座れるようにしないか!」
「ど・・どないなっとんねん」
慌てて修治が家の中を片付け、美弥子を座らせた。
「あ・・お茶でも」
美弥子が、動こうとするのを佐久間は制した。
「駄目ですよ。動いたら。今日は、俺が飯作りますから、そこでじっとしてて下さい。ほら!修治!手伝うんだよ!」
佐久間のペースに嵌められて、修治は右往左往しながら、手伝った。材料は、佐久間が帰りの道中に買ったものだった。
「まあ・・美味しい」
美弥子が、佐久間の料理を褒めた。
「ほんまや・・顔に似あわへん」
修治も言った。
「これ!修ちゃん」
美弥子が怒る。
「いやいや・・本当の事ですから、一人暮らしですから、料理は自己流ですけど」
今日の出来事を聞いて、修治はやっと納得した。美弥子は、木崎先生の話は無しですからと、何度も言ったが、
明日迎えに来るからと、強引に美弥子に言う。
「修治、しばらくお母さんも大変なんだから、自分のもんは自分でやって、お母さんを助けてやれよ」
「分かったよ、よねあんちゃん」
美弥子は、佐久間と修治の間に特別の関係が出来ている事を察した。明らかに修治も変化していた。
次の朝、目が覚めると、佐久間が立っていた。
「ど・・どなんしたんや、よねあんちゃん」
修治がびっくりした。
「朝飯、作って来た」
「あ・・あほかいな・・お母んが作ってるで?」
「え・・もう動けるのか?あれ・・木崎先生はしばらく駄目だって・・」
佐久間は拍子抜けした顔をした。
「はは・・そやからヤブやっちゅうたやんけ」
修治が笑った。
「あれ・・佐久間はん、どないしはったの?」
「は・・はあ・・」
「あ・・作って来てくれはったの?朝ごはん・・まあ・・おおきに。一緒に食べますか、それなら」
「はい!」
嬉しそうな顔をして、佐久間が家の中に入った。
「美味い!美弥子さんの朝飯の方が断然美味い!」
佐久間は、どんぶり飯に3杯たいらげた。
「お母ん・・もう飯・・呼ぶなや・ほんまに底なしやからな、このあんちゃん」
修治がマジな顔で耳打ちした。
楽しそうに美弥子は笑った。何年ぶりかで見るような笑顔だった。