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2003.12.6


引越しは、夜半に終わった。皆で引越し祝いをしながら、修治が千崎達に嬉しそうに話している。
「あのな!俺、鳩をよねあんちゃんから貰うて、ここで飼うんや。ここ、鳩飼ってもええんやて、お母ん」
「何から何まで。ほんまに佐久間さん、有難う御座います」
美弥子が、佐久間にビールを注いだ。
「いえいえ、とんでも無い。これも縁だと思って下さい。人生は縁ですよ、美弥子さん」
ほんまにその縁があったらええな・・工藤は横で真っ赤になりながら、そう思った。
わははは・・なごやかな楽しい声が響いた。
そして・・一週間後の日曜日、社宅には佐久間が用意してくれたトラックに乗って、新川家具から半端になった材料が運ばれた。その日、丸一日かけて修治が一人で、鳩小屋を組み上げた。半坪程の小さな小屋だが、佐久間のアドバイスを守って、通気、換気等に気を使った良い出来だった。
佐久間が、大きな買い物袋を下げて戻って来た。鍋用の食材だった。
「おう・・なかなか良い出来だな」
「へへ・・」
修治は照れ臭そうに笑った。余程思い入れが強かったのか、細かい作業までこなしていた。
「まあ、この分なら来週迄には鳩を入れられそうだな。ほれ、俺からのプレゼントだ」
それは、細々とした、鉱物飼料や、巣皿、タラップ等、大きなダンボール箱一杯に詰まっていた。
「おおきに、あんちゃん」
「鳩が好きな者同志。礼には及ばんさ」
こうやって佐久間は、時々差し入れを持って、金村家を訪れるようになった。こうやって、食卓を囲むのは楽しいと佐久間は笑う。修治は本当の家族のような気がした。工藤と並ぶ、もう一人の頼もしい兄が出来たと思った。
4日後の夕方であった。約束通り、定時制高校から帰宅した修治の所へ、佐久間が2羽の鳩を持って来た。
「おおきに!ほんま、おおきに!」
修治は凄く喜んだ。不良少年と近隣から恐れられていた男が、まるで幼い子のような喜び。いや、これが本来の、修治の心そのものであろう、佐久間も微笑んだ。
「佐久間さん、お茶でも」
美弥子が、家の中から声を掛ける。修治が、にこにこしながら2羽の鳩を眺めている。
「あ・・いえ。今日はもう遅いので、失礼します。それでは・・」
そう言って、珍しく佐久間は、家の中には入らなかった。
「どない・・しはったんやろうねえ・・いつも一緒にご飯を食べはるのに・・」
残念そうにも聞こえる美弥子さんの言葉は、修治の耳には届いて居なかった。
しばらくして、修治が家の中に入って来た。
「うわ・・何や、この飯の量、お母ん、食べ切れんで・・」
少し元気が無さそうに、美弥子さんが言った。
「そうなんよ・・佐久間はんが食べはる思うて・・。こんなに余ってしもた。修ちゃん、余してええよ」
「そら、俺一人で食うのは無理や・。それよりな、お母ん、あんちゃんに貰うた鳩に、名前つけるねん」
「まあ・・何て?」
「お父んの一志の(一)の字、取ってカズ号、もう一羽は雌やさかい、姉ちゃんの名前、恵をもろて、メグ号やねん」
「修ちゃん・・・」
美弥子の目から涙が零れる。
「お母ん、泣いたらあかんがな。俺な、・・工藤はん見たいな、格好ええ男になりたいんや。工藤はんは、一人で、関西の暴走族をまとめはった凄い人や。その鳩の前には、雷神てつけるねん。雷神カズ号、雷神メグ号や。ほんで、あんちゃんに教えてもろて、鳩レースやりたいんや。ええやろ?」
「修ちゃんが、やりたい言うんなら、お母ちゃん、何も反対せえへん」
その晩、美弥子さんは、仏壇に手を合わせていた。
その佐久間だが、この夜は、羽崎社長に呼ばれて、市内の料亭に居た、それは、見合いの話であった。
山本加奈と言う、羽崎グループに近い山本建材の一人娘で、聡明で、綺麗な女性だった。
物語は、この2部に重要な人物である、佐久間米次を中心にこれからしばらく展開して行きます。
競翔鳩の事も勿論ありますが、この2部は人間社会の様々な出来事を中心に、20年前に書きました。少し改ざんしながら綴って行って居ります。