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2003.12.7

2部2編 佐久間米次

 「わはは、この佐久間はね、わしの片腕ですねん。顔はこの通りですが、大学時代は空手で、全日本3位まで行きました。大学も法学部出てますし、働き者で気の優しい男ですねん」
羽崎は上機嫌で、山本建材の社長、山本喜一(のちの羽崎グループ役員)に、佐久間を紹介していた。
「ははは・どうりで逞しい体してはると思いましたわ。なあ、加奈。佐久間はんは若いけど、しっかりした方や。どや?今度の休みにでもどっか連れて行って貰うたらええ」
山本社長は、以前より佐久間の事は良く聞いていて、大変気にいった様子であった。
加奈が言う。
「佐久間さん、私、淡路の海を見たいんですけど、連れて行って貰えます?」
加奈は明るそうで、はきはきした性格のようだ。佐久間の事も、まんざらでも無い様子だった。
「は・・そしたら、今度の日曜日でも」
「何や、佐久間、こんな綺麗なお嬢さんが、そない言うてくれはってるんや、もう少し嬉しそうな顔して答えんか。ほんまに山本はん、無愛想な男ですんまへん、女性に気の効いた事よう言われしまへん奴ですねや」
「ははは。何の、何の。余分な事は男は言わん方がええ。信用出来ますわ」
「わははは」
所謂佐久間グループは今、株式上場を目指し、関西から、日本全国に販売網を広げようとしている最中で、この山本建材は、その中でも中核を形成しようと言う、大事なグループの一員として合併話が進んで居る。新川家具にしてもそうだ。羽崎四郎を中心とする、親社長派の得意先に位置する。羽崎四郎社長が、無論、この佐久間に政略的に結婚話を勧めているのでは無かった。羽崎グループの中核社員として、そろそろ身を固めさせて、社内に置ける立場を与えようとするつもりであった。後の説明になるが、佐久間は苗字こそ違うが、羽崎社長の養子として育てられた男である。一方、山本社長は、この羽崎の片腕の佐久間との結婚は、政略的な考えこそは持って居なかったが、そうなれば自分の羽崎グループ内での地位確保として、位置つけていた。それぞれ、思惑のある見合いではあった。その佐久間・・胸中は複雑だった。申し分の無い山本加奈と言う女性。そして、自分は羽崎社長の為に、この話は断るべき立場に無い・・そんな思いであったのだ。
そして、3日後だった。修治が、工藤の工場に姿を見せた。
「よお!」
「あ、修ちゃん」
千崎と田村が応対する。
「おう!修治来たんか。おう、千、亮。もう今日は上がってええぞ」
工藤が2人に声を掛ける。
「大将、もうちょいですねん。それ終わったら、帰らせて貰いますよって」
「おう・・」
工藤が少し目を細めた。
「あ・・そや、修治、ちょっとこっち来い」
工藤に呼ばれて、事務所横に行くと、
「おお!マッハが組みあがっとる!」
見違えるようになったマッハVが、そこにあった。各パーツは未だ全部は揃って居ないらしいが、どの部品もリストアされて、ぴかぴかだった。
「まだ、もう少し掛かりそうやけど、フレームを組んで、エンジン載せて半分ちゅう所やな。ええ感じやろ?」
「最高ですわ。俺も、もうちょっと頑張って、金、用意しますよって」
「金の事は気にせんでええわい。これは、わしも勉強する部分が一杯ある単車やさかい。それに、これを手伝ってるのは、千や、亮や。あいつ等、時間があったら、これいじっとる」
「あいつ等・・何や、凄い変わりよったですわ」
修治が言う。
「あいつ等な、どうせ、走るんならサーキット走るゆうてんねん。それで、今一生懸命になっとるようや」
「ほんまですか!あいつ等、何も言いよらへんし」
修治は奥で、ごそごそやっている2人を見ながら、微笑んだ。
「まあ、そこそこ、やんちゃやっとる奴の方がええ。まあ修治、お前はもう大丈夫や思うけど、道は間違えるなよ」
「はい、分かってます、先輩」
「おう・・ところでや・・お前にちょっと聞きたい事があんねやけどな」
「・・何ですか?」
「まあ、ちょっと座り。コーヒーでも容れるさかい」
工藤が容れてくれたインスタントコーヒーを飲みながら、
「先輩。実は、俺も聞こうと思うててんけど」
修治が先に言う。
「ん?何やねん」
「先輩が先やったんで、先輩から先に・・」
「いやいや・・大した事やあらへんねん、お前の所へ、佐久間がちょこちょこ行っとるか思うてな」
「はあ・・同じ社宅内ですんで、3日前も鳩持って来てくれて。先輩、俺鳩レースちゅうのをあんちゃんと一緒にやりたい思うてますねん」
「おう、そうか。そらええのう。で?変わり無いか?」
「え?変わり無いかって。俺?あんちゃん?俺はこの通りやし、あんちゃんは相変わらずですよ・・?」
「いやいや。それやったらええねん。それより、修治がわしに聞きたい事って何や?」
「はは。しょうも無い事ですねん。先輩、何で女子従業員雇わしませんの?結構最近この店、評判が出て来て、仕事も増えたって、千達に聞いてますよって」
「そらあのお・・そうしたいのはやまやまやけど、雷神復活してからちゅうもん、族仕様のバイクばっかり注文受けて、当局にも目つけられるわ、柄の悪いんばっかり来よるし、どやったら、可愛い女の子が入るんじゃ?」
「あははは。そうっすね。はははは」
修治が笑った。工藤は苦笑いしていた。
帰り際、修治が、
「あ・・変わった事もあらへんねんけど、お母ん、最近ちょっとおかしいんですわ。」
「おかしいって、どんな風に?仕事で疲れてはんのか?」
「いえ、そっちの仕事の方やったら、今の会社で働き出してから、いきいきと、はりきって仕事行ってますわ」
「ほな、どんな具合や?」
「それが・・時々ぼおっとして、遠く見つめるようになって、この前、あんちゃんが鳩持って来てくれた日も、思いっきり飯作りよりますねん。その時は、あんちゃんも用事があって一緒に飯食わへんかったやけど、幾らあんちゃんが居っても食べ切れん量ですねや。お陰で俺3日位食いすぎで腹パンパンですねん。ははは」
「へえ・・そうかいな。まあ・・修治。お母さんも、今まで心配掛けどうしやったんや。ちょっと気が抜けてるんかも知れへんの。大事にせなあかんぞ」
「ええ。分かってます」
修治が帰った後、工藤は思った。
「ひょっとして・・ひょっとするかも知れへんな・・」――と。
「大将!何がひょっとしますねん?」
千崎達が後ろに立っていた。
「お・・びっくりした。それよりお前等、今から飯食いに行くで!」
「おお!やったあ!」
千崎、田村は、喜んだ。