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2003.11.13

「こっちへ回って来いよ。見せてやるよ」
案外素直に少年は、足を引きずりながら、トラックの後に回った。
「え・・・な?」
少年は声を出す。放鳩車なんて生まれて初めて見るだろうし、無数にその中に居る鳩に驚いたのだ。
羽崎が微笑みながら言う。
「どうや?驚いたか?これは競翔鳩や」
「競翔鳩・・?」
「ああ、伝書鳩と言う言葉は聞いた事があるだろう、レース鳩とも言う。これだ。」
少年は黙ったまま鳩を凝視している。余程珍しいのだろう。
「佐久間君・・」
羽崎の言葉を解したように、佐久間はトラック横のボディーを開け、シーツを外すと、その中には鉄製の見事な放鳩ゲージが姿を現した。少年は、微動だにせず、凝視していた。
「坊主・・触って見るか?鳩を」
羽崎の言葉に少年は黙って、こくんと頷いた。意外そうな顔をしながら、佐久間は一羽の鳩を少年の前に抱き、そして、
「違う・・そうじゃない・・そうだ。右手の人指し指と中指だ・・そうだ。強く握るんじゃないぞ。そうだ。胸に左手を添えるようにだ。よし」
ぎすぎすした少年の顔が、一瞬だが童顔に戻った・・「ほお・・」佐久間は小さい声で呟いた。
「それじゃ、佐久間君!」
「はい!」
その言葉で、放鳩車の側面の扉は開かれ、中の鳩は一斉にすさまじい羽音と共に飛び出した。
その様子を呆気に取られたようにぽかんと見上げる少年。鳩群は旋回の後、一直線になって視界から消えようとしていた。まだ、鳩を抱いたまま、立っている少年。
「ほら、その鳩を放すんだよ」
「あ・・ああ」
少年は慌てて、鳩を頭上に放り上げた。その鳩は、一直線に鳩群を追いかけて飛び去った。
「ほう・・坊主の鳩が今年の本命やのお・・」
羽崎がそう言った。
「さて・・」
佐久間はそう言うと、田んぼの中に横たわったバイクを道路まで引きずって来た。
「さあ・・トラックに乗れ、坊主」
少年を再び、トラックに乗るように促す佐久間。少年は、佐久間を睨みつけ拒絶の姿勢。その少年を軽々と佐久間は抱きかかえ、トラックに押し込んだ。反対側から出ようとする、それを羽崎が制した。
「畜生!警察なんか行かへんぞ!俺は何も悪い事なんかしとらへんわい!」
「ふ・・何がだ、無免が悪い事じゃないのか」
佐久間は少年に言う。羽崎は、にこにこしている。
「来年になったら、ちゃんと取るわい!それまでの練習じゃ!」
「はははは。素晴らしい屁理屈だなあ。ま、でも、そんな事で警察に突き出したりはしないよ。とにかくだ・・このバイクを修理工場に持って行って、お前を病院で、きちっと診て貰う」
「余計な世話じゃ!」
「まあ・・ちょっとこれ見てろ」
そう言うと、佐久間はそのバイクを頭上に持ち上げた。150キロはあるバイクだ。少年は驚いた。
「ば・・化けもんか・・」
佐久間はトラックの荷台にそのバイクを載せた。ロープで倒れないように縛る。
少年は肝を潰していた。プロレスラーのような男だと。いかつい顔、厚い胸、幅広い肩、180センチは超えているその長身。
「坊主、この男は空手3段で、全日本で3位になった事があるねや。まあ、黙ってしばらく言う事を聞いとけ」
嘘では無い事はもう分かった。少年は黙って従う事にした。
「会長、まず、バイクは自分の知り合いの所へ持って行きます」
「おう」
「わし、事務所は行かへんぞ」
「はあっ?」
少年の言葉に佐久間は聞き返した。
「何だって?事務所・・?どこの?」
「そやって・・あんたら、こんな外国車のトラック転がして、さっきから言うてるやないか、会長って。わしはやくざなんかに用はあらへん」
「はあ・・はあっはっはははは。こりゃいい、大うけだ。はははは」
「わははは」
羽崎も笑った。
「な・・なんや、なんやねん!」
「頼むから、これ以上笑わすなよ。運転出来ん」
「ちゃう言うんけ、せやけど、こんな平日に、用心棒見たいな男連れて、放鳩車かなんか知らんけど、どう見たって、堅気には見えんわ。そやから、もう俺は平気やから、ここで、降ろしたってくれや、なあ」
「くっくっく・・。そうはいかん・・諦めろや・・坊主」
「くそお・・せやけどな、俺ん所はお母んと2人きりや、貧乏やさかい、金なんかあれへんぞ!」
少年は言う。
「これこれ・・佐久間君。もうええ加減にせんかい。坊主、わしはこう言うもんや」