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2003.12.9


この日の晩、一心不乱に新川社長から貰った本を読む、修治だった。
「なあ、修ちゃん、何、熱心に本読んでるん?何の本?」
美弥子さんが聞く。
「あ・・これな。新川社長に貰うた鳩の本やねん。この手記ちゅうのは実話でな。ほんで、新川社長の知り合いの人で、今、競翔鳩協会の理事やってはる偉い人やねん。ほんでな、この手記に出て来る香月っちゅう人な、16歳で初めてのレースで全国優勝しはって、その後も超銘鳩を使翔した人で、天才言われる博士やねん。その人は、日本では飽きたらんゆうて、今は南米の方に行ってはるらしいけど、その人の師匠と言う人物が、この川上さんと言う人で、その香月はんを身近で、見て来た歴史を綴った手記やねん。それまでの、様々な苦労をこの一冊の本に集約してはって、もう感動ものやねん。ほんま凄い人やねん」
「ふうん、そうやの。修ちゃん、あんたもそう言う世界に入れて良かったね」
「それも感動ものやけどな、うちの新川社長が、その川上さんゆう人の鳩を譲って貰う、その内訳話が叉泣けるねん。俺な、仕事に関しては一切妥協せん社長も尊敬してるけどな、この鳩に関しての新川社長の信念や、義理人情にも感動したんや」
「修ちゃん、新川さんの所で一生懸命、頑張らな、あかんね」
台所で、美弥子が涙を溜めていた。
「うん・・。あ・・そら勿論なんやけどな、今日俺な、あんちゃんに会うたで、淡路島で」
「あ・・ほんま。でも、何でやろねえ、淡路島やなんて」
「うん、淡路島の大磯ゆうフェリー乗り場やねんけど、お母んな、今朝ゆうてたやろ?世の中には、物好きも居てるって」
「・・そんな事ゆうてた?忘れたわ」
「何やなあ・・、声掛けてへんのやけど、綺麗な女の人と腕組んでたねん」
がちゃん・・台所で音が聞こえる。
「どないした!お母ん、大丈夫か?」
「あ・・あはは。ドジやな、お母ちゃん、指滑らせてもうたわ」
「気つけえや?お母ん」
「で・・それで、佐久間はんどないしはったの?」
「・・どうもせえへん、新川社長と俺は、そのまま戻んて来た」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから、しばらく経った。修治の鳩が卵を産み、それを温め始めたのだ。それが嬉しくて、修治は佐久間の所へ電話を掛けた。そして、今晩来ると言う事になった。最近の佐久間は晩も遅いし、修治と会うのは3週間振りの事であった。
佐久間が家に来たのは9時頃だった。
「まあ!佐久間はん、来はるんなら言うといて欲しかったわ。どなんしょ・・私、何の用意も出来てへん。御免ね、佐久間はん」
「いやいや、お構いなく。あれ・・けど、修治には言ってたんだけどな。あ・・本当に美弥子さん、結構ですから」
慌てて仕度を始める美弥子さんに、佐久間は声を掛けた。丁度、修治がこの時間に戻って来た。
「あ、あんちゃん、来てたんか。あのな、鳩が卵を温め始めたねん」
「おう!修治、さっき見せて貰ったよ。今2つ目が揃った所だから、18日後には、孵化だな。けど、ケイ号は、初卵だから、本当はこの卵を取って、次の卵を温めさせた方が良いんだがなあ・・どうする?」
「そんなん、嫌や。これは、俺の競翔人生のスタートや。あの香月博士もそうやったやろ?」
「ほう・・修治、あの川上さんの手記読んだな?どうだ、涙ちょちょ切れただろう」
「うん・・もう、感動もんやった。何ちゅうても、川上さんの言葉『常に愛情を注いで鳩に接する』これは、最高の言葉や」
「おう・・その言葉を感じる奴は、見込みがあるぞ」
「へへ・・」
修治が照れ笑いした。台所奥から美弥子さんが出て来た。
「もう!修ちゃん!何で、今日佐久間はんが来はるゆうのに、言うてくれへんかったん!」
美弥子さんが、修治に怒った。
「あれ・・忘れてもうてたわ・・御免」
修治は、佐久間の顔を見て笑った。佐久間も笑った。