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2003.12.11


そして、叉・・数日が経った。
「ええっ?その話やったら、佐久間はんが違うってゆうてはりましたよ」
美弥子の声がする。経理課の女子事務員が、首を振る。
「いや、間違いあらへん。相手は、山本建材はん所の一人娘らしいわ。羽崎社長が持って来はった縁談らしいわよ」
「ほんなら、もう決まりって事?」
「それは、分からへんけど、佐久間はんは、社長には絶対服従やもんね」
「あら、それは言い過ぎやわ。佐久間はんは、社長を尊敬しはってるし、社長もそろそろ、佐久間はんの身を固めさせて、しかるべき地位をって事でしょ?」
「それはそうやわね・・羽崎専務派に対する為にも」
わいわいがやがや・・・どこの会社でも見慣れた風景だ。それに女子社員の情報は、かなり正確で、信憑性もある。美弥子は思った。
「・・・何で、嘘つきはったんやろう・・」と。
佐久間は、そんな次の日、工藤の所へ寄り道をしていた.
「おう、久し振りやんけ」
「まあ、中々忙しくてな・」
「お前、修治の所へ行ってるか?」
「10日位前に行ったよ。鳩の事で」
「ほうか・・美弥子さんとは?」
「・・・?ああ、手料理作って貰ってな。いつも、これが美味くてなあ」
佐久間が、嬉しそうな顔をして答えた。
「なあ、修治がこの前ゆうとったけど、お前、ほんまに淡路行って無かったんか?何ぼ何でも、2人がお前を見間違う程、世の中に似てる人が居るとは思わへんで、わしは・・」
「ああ・・その事か・・実は行ってた」
「やっぱりや・・。ほんで、お前・・その娘と結婚するんか?」
「分からん・・。けど、恩人である羽崎社長の縁談で、相手の女性は綺麗で、はきはきしていて、明るくて、完璧な人だ。こんな風体の俺だから、てっきり断られると思ってたから、俺の生い立ちや、その他を全部話したんだよ。そしたら、来週叉お会いしましょうって言う事になっちまってさ」
「お前の腹はどうやねん、それが第一やろ?」
「勿体無い程の女性だ。それに、山本社長は、関西でも中堅の建材会社をやっている。この縁談は、山本社長にとっても、羽崎グループの一員となる上でのステップだからな。俺からは断れん」
「ち・・煮え切らん奴っちゃ。お前の腹はどやねんって聞いとんやんか、おう!」
工藤の目が光った。
「お・・おい、何でそんなに怖い顔するんだよ、ったく」
「ええか、佐久間。お前の気持をゆうたろ。お前は、その相手の女性には悪い感情は持ってへん。せやけど、心の中では、早く断ってくれたらええのに・・。そう思うてる。それは、お前が実は心の中に好きな人が居て、その人と一緒になれたらええのに、そう思うてるからや。けど、お前はよう口に出して言われへん。ええか!お前がこの縁談進めて結婚したとする、せやけど、そんな気持やったらその相手に失礼やし、お前自身が心に思う人が居てて、幸せになれる思うとんのかい!」
「な・・何が、分かるんだよ、工藤。羽崎社長はな、孤児の俺を引き取って大学まで出してくれた。その話通りだったとしよう。でも、俺には、社長を裏切るような真似が出来る訳無いじゃないか」
「阿呆ぅ!羽崎社長は、そんなこんまい器量の人やあらへんわい。お前の事を、心底自分の子やと思うてはる。それにな、お前は2人の女性をうじうじしとったら泣かす事になるんやで?ええわ・・お前がその女性と結婚するゆうなら、わしが、お前が好きな女性・・美弥子さんにプロポーズしたる」
「えっ!バ・・馬鹿、な、何を言うんだ!」
「本気やで、わしは」
工藤の目は、本気の目だった。
「な・・何でだよ、工藤」
「わしはな、同情なんかやあらへんぞ。女手一つで、一生懸命、修治のような悪餓鬼を育てて、何度も自殺未遂しようとした美弥子はんの事をよお知っとる。死んだ亭主と、長女を思うて泣かん日は無かったやろう。けど、修治が居るさかい、自殺を踏み止まって、今まで生きて来たんや。その美弥子はんが、最近よお笑うようになった。生き生きしとる。何でか分かるか?佐久間、美弥子はんは、お前に惚れとる。お前を好きになったからやで。そのいじらしい程の美弥子はんを、叉涙で濡らすんなら、わしが土下座しても美弥子はんと一緒になって幸せにしたるんじゃ」
「そ・・そんな」
「早う行けや!お前が行かにゃあ、わしが行くゆうてるやんけ!」
工藤が吼えた、千崎、田村がびっくりして向こうから見ている。
「・・・お前には・・渡さん!」
そう言って佐久間は、飛び出した。
「やれやれ・・世話掛けるやっちゃで・・」
工藤が溜息をついた。