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2003.12.12


その晩、修治と美弥子さんが話している。修治も会社で佐久間の事を聞いたのだ。
「・・ちゅう事や」
「・・そうらしいわね」
「何でやろ?何で嘘つかなあかんねやろ、なあ、お母ん?」
「さあ・・私には、分からん事です」
バタバタと美弥子は片付けをしていた。
そこへ佐久間が、突然やって来た。
「ああっ!あんちゃん」
はあはあと、外で大息をついている佐久間を、玄関先まで出て来た美弥子が、
「・・どないしはったんですか?佐久間はん・・大息をつきはって・・」
「あ・・あの・・俺と、俺と一緒になってください!美弥子さん」
「ちょ・・何言わはんの・・佐久間はん」
美弥子が、その場に口を押さえてしゃがみ込んだ。修治が、ぽかんをと口を開けて佐久間を見ている。
「あ・・あんちゃん。何・・?何ゆうてんねん・・」
「修治、済まん、今は美弥子さんと話がしたい。お前には、じっくり後で話をするから」
その佐久間の横に、工藤が後を追って来ていたらしく、作業着のままの姿で立った。
「修治・・ちょっとこっち来いや・・」
工藤が手招きする。修治は、訳が分からないと言う顔で工藤の横に来た。
工藤は、修治をZGに乗せて、走り出した。
「工藤先輩・・どないなってますねん」
「見ての通りやんけ。佐久間が美弥子さんの事が好きで、美弥子さんも佐久間の事が好きなんや。それだけのこっちゃ」
「お・・俺のお父んは、一人や!」
修治は、かっと目を開いて怒鳴った。
「その通りやんけ。佐久間が、お前の親父になれる訳あらへん」
「ちょ・・何ゆうてますねん、先輩」
工藤の答えが、理解出来なくて、修治は話がはぐらされたような気分だった。
「お前の不幸は、よお知っとるよ。ほんで、美弥子さんの辛さもわしは、分かっとるつもりや」
「・・先輩・・分かったように言わんで、貰えますか・・」
修治は、むっとした口調で言う。
「いいや。分かっとる。そやけど、まあ、聞け、修治。お前も男や、男の話をしようや無いか」
「そやけど・・俺は納得出来んですよ・・あんちゃんが社宅へ俺らを入れたのも、その為やったと思うや無いですか」
修治の表情は固かった。
「それは、違うで。修治、お前を病院に連れて行ったのも、わしん所へ来たのも、美弥子さんの息子やからと違うやろ。下心あって、そなん出来るような、器用な人間やあらへん。これまでの、お前との付き合いも、そんな下心があったと思うんか?」
「そ・・それは・・」
修治が口ごもった。
「のう、修治。こないな事ゆうて、お前は怒るかも知れんけどな。お前、父ちゃん、姉ちゃんが亡くなって気の毒やと思うで。せやけど、お前には、お袋さんが居てるや無いか」
「・・せやから、今から俺がしっかりして、親孝行しよ思うてるんや無いですか」
「せや。その通りや。けど、お前の場合、まだ家族が居るだけで、幸せや思わなあかんで」
「何、ゆうてますねん、工藤先輩、あんたには、両親が居てるや無いですか!」
修治は怒り口調で、早口に言った。
「わしの事やあらへんわい。佐久間は・・その家族すら、知らん」
「え・・?」
「佐久間の事・・ほんまは言いとう無いんや。けど、わしはあいつの親友として、心から好きになった女性と一緒になって欲しいと思うとる。ちょっとは、あいつの事も知って欲しいねや。そやから修二、聞いてくれへんか、頼むさかい」
「・・・・・・」
修治は、ここまで親友の為に頭を下げる工藤に対して、黙って頷くしか無かった。
「あいつはな、生まれてすぐ公園に捨てられたんや。その籠の中には、母親の実家の住所が書いてあったそうや。それから、捜し出したのが、佐久間の祖父、佐久間米次さんやねん」
「あ・・名前・・」
修治が初対面の時、笑った名前の事を思い出した。
「そうや。そのじいさんは、もうその時70の後半だったそうや。母親は、どこへ行ったのか分からへん。ひょっとしたら、その時にはこの世には居らへんかったかも知れへんわ。そのじいさんは、この世でたった一人のその孫を引き取り、必死の思いで、元々弱いその体で、育てたそうやけど、あいつが3つの時に、とうとう心臓麻痺で死んでしもうた。たまたま、見回りに来た役場の人が発見した時には、死んだじいさんの傍で、腹を空かして、片言で「よねじ・・よねじ」ゆうてたそうや。分かっているのは、佐久間と言う姓と、よねじと言う名前だけ。孤児院に引き取られて、その子は佐久間米次として育つ事になったんや」
「はあ・・ほんで米次・・・」
「佐久間は、そこで、小学3年生まで過ごした」
「何で、羽崎社長の所へ・?」