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2003.12.15


大きな波乱を予期させながらも、それぞれの思い、立場、人生を抱えながらも、この結婚は現実となった。だが、人間社会は、奇怪そのもの、摩訶不思議な出来事の連続である。佐久間の人生の幕は大きく、今・・開かれようとしていた。

修治が孵化させた第一腹は、一羽だけだった。多少のぎくしゃく感はあるものの、佐久間一家は、現在の旧金村家の社宅に同居の形で始まっていた。大きく変わった事は、母親美弥子さんが、見違える程明るくなった事と、毎朝、毎晩、米次(これ以下、全て米次と称します)が仏壇の前で手を合わす事だ。仏壇には、米次の祖父の位牌が増えていた。修治は、少し大人になった目で、2人を眺めて居た。自分の兄弟が出来た喜びか、その子鳩には、「シュウ」と言う名がつけられた。
「あんちゃん、あのな・・」
米次が出かけようとする時、修治が声を掛けた。
「おう!何だ、修治」
「秋レースが始まるやろ・・俺一回でええから、持ち寄り場所、見たいねん」
「ああ、いいぞ。来週が丁度300キロレースの持ち寄りだ。一緒に行くか?」
「うん!」
米次の包容力のある人間的大きさと、温かさに、修治の心も自然に受容していた。父子となった関係よりも、むしろ兄弟に近い関係となっていた。
美弥子さんは現在、羽崎を退社して、羽崎の経理の委託業務と言う形での自宅勤務になっている。修治の苗字も今は、勿論佐久間だった。修治自身が変わった訳では無いが、何かが大きく変わった気がしていた。そんな矢先にある出来事があった。
工藤の修理工場に、1人の女性ライダーが入って来た。
「いら・・・っしゃい。」
工藤は長身の女性ライダーを見て、少し驚いた、その女性の服は転んだものか、あちこち破れ、少し膝からも血が出ていた。
「これ・・直して欲しいねん」
「カワサキのW1やな・・かなりの年代もんやが・・ま、部品は取り寄せせなならんけど、それより、姉ちゃん、あんたの傷の方が先やで、それ」

「こんなんカスリ傷や」
「あかん、あかん。ちょっと入っておいで。傷薬位置いてあるよってな」
その様子を千崎、田村が見に来る。
「こらこら・・お前等、あっち戻っとれ、あっち」
奥へ戻るように、2人に指示する工藤。
「すぐ、女の人が入って来たら覗きに来よる。まあ・・健康的な証拠や」
その女性は笑った。工藤の自然な応対ぶりと喋り方が、可笑しかったのだ。
工藤が、脛の傷にバンドエイドを貼る。
「さあて・・ここから先は、わしも治療してやりたいが、店先やさかいな。姉ちゃん、奥に4畳間があるさかい、これと着替え。ほんで、他にも痛い所があるようやったら、わしを呼んでや、見に行くさかいな」
きょとんとして、女性は、その渡されたスーツを眺めた。
「あ・・それな。姉ちゃんに合うかどうか分からへんけど、今のライダースーツ着てる訳には行かへんやろ?誰も袖通して無いよって、安心しい」
「なんで・・そない親切にしてくれはんの?」
「さあ・・何でって言われてもな・・。せやけど、ここへ修理を依頼しに来てくれたお客さんやさかい、サービスや思うてや・あ・・修理代には上乗せせえへんさかいな、ははは。その服は、旧モデルやさかい」
「ふふ・・面白いオーナーやね。でも・・おおきに」
女性は奥へ入って行った。叉、千崎がその様子を見に行こうとする。
「こおら!覗き見したらしばき倒すぞ、お前等」
千崎は手を振って否定した。
「ちゃいますねん、古風なバイクに、ライダースーツ。何かアンバランスやけど、えらい、べっぴんさんやねえ・・」
千崎が言う。
「ほうか・・わしは、足しか良う見とらへんさかい。せやけど、えらい長い足やったのお・・」
「流石、おやっさんや!」
「ど阿呆!」
笑いが漏れた。その女性は、工藤が渡したライダースーツを着て、事務所に入って来た。長身の長い髪・・まさにぴったりスーツが似合って居た。
「ほう・・良う似合うとるわ・・そのスーツ背の高い女性用やったんで、売れ残っとったんやけど、姉ちゃんも背が高いなあ、何センチ?」
「普通、名前から聞かへん?オーナー」
「ああ・・せやったな、ほんなら、聞いとこか」
「ほんまに面白いオーナーやね」
女性はくすくす笑った。
「名前は神藤理沙、当年とって24歳であります、身長169センチ」
「さよか。神藤さんで、169センチもあんのかいな、足も長うて、白うて綺麗やし・・」
「やあだ・・エッチ」
工藤は頭をぽりぽり掻いた。
「あ・・叉やってもうたわ・・わしは思うた事隠せんのや・・そやからモテへんのやなあ」
神藤と言う女性は、そう嫌な顔でも無かった。
「どっから押して来たねん?バイク」
「御堂筋出たとこの、2つ目の交差点」
「あんた、そんなとこからここまでこの重いバイク押して来て、辛抱ええなあ」
「このバイクは命やねん」
「訳・・ありそうやのう・・」
工藤はじっと神藤理沙と名乗る女性を見た。長い髪で、確かに千崎が言う通り、美女だった。
「W1直る?」
神藤が聞く。
「ちょっと奥来て見るか?」
「ええ・・」