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2003.12.16

工藤に手招きされて、奥へ入った神藤理沙だった。千崎達がにやにやしながら眺めている。
「これや・・」
工藤が指差す。
「わ・・これマッハやん。わぁ・・新品見たいやわ」
神藤は熱心にバイクに触った。
「そのバイクも訳ありでな、完全にフレームから直して、やっと今9割程度まで来た。もう少しやねん」
「ここまで出来る腕のオーナーやったら、安心やわ。それで、費用はどの位になんの?」
「さあて・・正直ゆうて、今から直して見んと分からんわ。期日も、よお言わん。何しろ、物が物やさかい・・」
「ね、お願いがあんねやけど」
「ん?」
「ここ、女性従業員募集してへんの?」
「はあっ?」
工藤が聞き直した。
「おやっさん!募集してるや無いですか!女性事務員さん。俺達は賛成ですよ!」
千崎、田村がいつの間にか、横に来ていた。
「あんなあ・・神藤さんよ。ここはな、族やってるような奴らが仰山来よんねん、めっちゃ、柄悪いねんで。そないな所で働けんのか?」
「そう言うの全然平気。レディース我夢!初代総長!神藤理沙!そんなもん全然平気やんけ!」
突如大きな声をあげた、神藤理沙にびくっとなった千崎、田村だったが、次には
「ええっ!あの我夢の初代やって?」
「何や、知っとんのかいな?」
工藤が聞く。
「知ってるも何も、イケイケの族ですよ、それに・・飯村はんの・・」
工藤が、腕を組んで考えて居た。
「ああっ!そやったら、あのくっそ生意気な女やんけ!かぁーー、こないに育つんかいな」
工藤は、頭の先から足の先まで、じっと神藤理沙を見た。
少し恥かしそうな顔をしたが、その神藤の方も・・
「ええっ!ひょっとしたら・・工藤って、あの鬼と言われた、雷神初代総長お?」
「せやんけ」
「うっそー・・・(絶句)・・あの・・失礼の数々、お許し下さい。けど・・余計にここで、働きとうなりました。お願いします」
「ち・・しゃあないのう・・ほな、W1直るまで、来たらええがな。せやけど、ゆうとくで、めっちゃハードやで、わしの所は、ええか?理沙」
工藤の天性の性分は、相手との距離を感じさせない応対と、この自然さだ。理沙と呼ばれる事に、全く違和感を感じ無かった神藤だった。
こんな事があって数日経った。修治が工藤の所にやって来る。そして、奥へすたすたと入って行く。神藤がその姿を見て、事務所から出て、様子を見ている。修治が自分のマッハに触ろうとした瞬間だった。
「こら!坊主!きちゃない手でバイク触るんやないで!」
修治の背後から、理沙の声が聞こえる。その声に修治は振り返った。
「誰・・?あんた・・」
「こっちこそ聞きたいわ。勝手に触るなよ、ゆうてるんが聞こえんか?」
無視して、修治はマッハに手を伸ばそうとする。
「このガキ!聞こえんちゅうなら、聞こえるようにしたろかい!」
いきなり胸ぐらを掴まれた修治は、
「おおーーい、HERP、HERP!・・千、亮!」
修治が万歳する。にこにこ笑いながら、千崎、田村がその場に来た。
「理沙さん、このバイクは、こいつ・・修ちゃんのもんですねん」
「え・・?あ、そうなん」
理沙はやっと手を離した。
「だ・・誰やねん、この凶暴な姉ちゃんは」
修治が千崎に聞く。
「うちか?うちは、この工藤修理工場の事務員の神藤理沙や・・堪忍な、早とちりで」
理沙が笑った、修治は呆気に取られた顔で、両手を広げた。お詫びに、事務所でコーヒーを容れて貰って、出先から戻って来た工藤と談笑する修治であった。
「あーーびっくりした。いきなり胸ぐら、ガバやねんもん」
「わはは、まだええ方や。この前理沙の手握った奴、5本の指の跡つく張り手や。もう一人は、玉金思いっきりキックやで」
「こ・・こえーー」
修治が股間を押さえた。
「この、鬼姫さんの体に触れるなんざ、100万年早いちゅうねん、ほほほ」
「はは。そやけど、この理沙姉さんが入ってええ事が一つあったわ」
「・・何やねん」
工藤が聞く。
「めっちゃ、コーヒーが美味いよって、あのまずいコーヒー飲まされてたん違うて・・ははは」
「け・・」
工藤がすねた。
「まあ、おおきに。修ちゃんゆうの?この理沙さんが可愛がったるさかいにな」
わははは・・笑いが漏れた。この理沙が加わったのは、工藤修理工場にとって、非常に大きな戦力だと修治は思った。
「やれやれ・・ま、ガキは色気より食い気や。もう修治も釣られてまいよったわ」
工藤が奥へ入って行った。修治が残る。改めて理沙を見ると、綺麗な、長い髪をした女性だと思った。
「なあ、理沙さん、一つだけ・・聞いてもええ?」
「ん?何やの?修ちゃん」
「あの・・ひょっとして、鬼羅亜の特攻隊長だった飯村はんの?」
理沙の顔が、少し硬くなった。怖い顔だった。
「あんたも、族やってんのか?」
「いや・・今はそんなもんに興味無いです。俺もやんちゃやっとって、13の時、鬼羅亜のケツついて走ってました。飯村はんは、伊藤はんの大親友だったと聞いてます。その単車がW1やったゆうのも知ってます。その当時、鬼姫言われたのは、レディース我夢の総長で、飯村はんと付き合っとったゆう話を聞いた事があります。それで、理沙さんがひょっとしてと思いましてん」
修治は、理沙を尊重するような口調で、静かに喋った。
「・・そうか。その通りや。あのW1は死んだ飯村のや・・けど、その訳は聞かん方がええよ」
「すんません、詮索するっちゅう気持はありません。せやけど、これだけは聞いて下さい。俺は小学3年の時に、今のマッハで、お父ん、姉ちゃんを亡くしました。俺はそれが辛うて、どうしようも無くて、暴れまくってました。けど、ここの工藤はんや、今、自分の義理の父親になってますが、佐久間米次ゆう人と逢うて、そのお陰で、今は家具工場の職人として、働いてます。もう馬鹿をやろうとは思いません。あの頃はまだ俺も小そうて、お父んや、姉ちゃんと一緒にバイクに乗せて貰われへんかったけど、このバイクを直して貰うたら、お父んや姉ちゃんのように、同じ風を感じて見たい思うてます。工藤先輩は、そんな俺の気持を分かってくれて、修理してくれてます。自分にとって尊敬出来る大きな人です。俺は初対面で、理沙さんにこんな事ゆうつもりや無かったんやけど、あの・・理沙さん、無茶したらあきませんよ。死んだ人は戻って来んです。工藤はんは、きっとその気持を受け止めて修理してくれはると思います・・」
理沙の表情が緩んだ。優しい顔になって、そして、顔が少し歪んだ、涙が一筋流れる。
「あんた・・ええ子やね。ほんま・・真っ直ぐな目して、うちもあの頃に戻った気になったわ、あの人そっくりな目や・・」
修治は黙って礼をすると、事務所を出た。修治の心は鋭敏に理沙の心の響きを感じたと言うのか・・同じ心の痛みを持つ同士・・。
そして、300キロの持ち寄り日になった。丁度授業が終わった時間に米次が学校に迎えに来た。自転車を車に押し込むと、出発・・修治はわくわくしていた。