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2003.12.17


「あれ・・足どうしたんだ?」
戻って来た米次が尋ねた。
「私ってドジやから、つまずいたのよ。でも、心配ありませんから」
少しして、戻って来た修治も同じように言った。
「あれ?足どないしたんや?」
米次と美弥子が笑った。
「な・・何やねん。笑う事あらへんやろ、心配してんのに」
修治が怒る。
「御免、御免、俺と同じ事言ったからだよ、修治が」
はははは。笑い声が家に満ちる。美弥子も楽しそうに笑った。
そして、次の朝、
「よう!修治。放鳩は7時だから、早い鳩は11時には帰って来るぞ。そっちの鳩の世話が終わったら、早く来いよ」
既に2腹目の卵を抱卵していたイチ号、メグ号を毎朝、夢中になって眺めている修治だった。シュウ号はもう、空を飛び回って居た。
「後で、速攻で行くわ!あんちゃん!」
そう言ったすぐ後で、自転車に乗って追いかけて行った修治だった。自転車で20分掛からない所に羽崎鳩舎があった。
「お・・かなり急いで来よったなあ」
羽崎社長が微笑んだ。ぺこりとおじぎをする修治、にこにこ頷く羽崎社長。
「どや?子鳩の具合は?」
「はあ、凄い元気で、毎日飛び回ってますわ。けど、まだ一羽だけなんで、淋しそうで」
「後腹はもう、産んでんのか?」
「今、抱卵中ですねん」
「ほうか、後一腹位で、今年はもう産卵させるのは、止めとった方がええのう。親鳩が疲れるさかいな」
「はい!」
修治は、素直に頷いた。満足そうに羽崎社長が笑った。羽崎にとっては、義理の孫にあたる存在となった訳だ。
修治は、そんな羽崎の思いを分かる筈も無く、大空へ目を向けて居た。
「あっ・あんちゃん、あそこに鳩が飛んでんの見えるで」
「どれ・・?ああ・・あれは違う。レースの鳩は、今日のような快晴だと、点のような上空から、落ちて来るように急降下をするんだよ。それに、こんなに早く戻って来る筈も無い。ははは」
米次は笑ったが、修治は真剣な顔で、空を見上げていた。良い目だ・・米次は思った。
「のう、佐久間。修治君に鳩が戻って来るのを任せといて、ちょっとこっち来んか」
「はい・・・」
米次と羽崎が鳩舎の奥隅で、ぼしょぼしょ話をしていたが、空に集中している修治には一切その話は耳に入らない。想定帰舎時間まで、未だ・1時間半・・ある。
「・・・でな、山本はんが正式にうちのグループに加入する事になった。・・うん、そうや。来週の役員会で、山本はんも株主として加わって貰う事にした。お前も正式にグループの役員となって貰う。今度はあかんちゅうても、駄目やぞ。グループ株式の4割はわしが持っとるから、1割を家内、1割を山本はんに。専務が2割。常務が1割。残りを債権者や、親戚連中が持つ事になる。お前には、わしの分の1割を渡すよってな」
「・・と言う事は、専務と常務の発言力が増すと言う事にもなりますね」
「そこをやな、お前と、山本はんで、押さえて貰うんやないかい。あんな剛史(専務)のような連中には、会社は任せられんと思うてんのや」
「はい・・・」
山本建材の加入は心強い。しかし、米次には、まだ不安な気持ちも残っていた。
「ああ・・それにな、山本はんの所の加奈さんな、結婚するそうやで」
「ほお!本当ですか!良かった・・良かった」
「えらい一悶着もあったようやけど、最後に家出る言われて観念したそうや、山本はんも」
「へえ・・ところで相手の方は?」
「それがな、従業員らしいわ」
「ほう・・」
「それがな、どう見ても、うだつの上がらん男らしいわ。まあ、人は見かけにはよらへんさかい、あの聡明な加奈さんの事や、佐久間を見抜いた目もあるよって、相手は案外光るもんを持っとんのかも知れんなあ」
「はは、自分なんか。でも・・良かったですよ。これで、肩の重いものが取れました」
その時であった、空を一心に眺める修治が、突然大声を出した。
「ああ!あんちゃん!あんちゃん!あれ!」