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2003.12.18

慌てて、米次も修治の横に立った。
「おっ!・・今度は本隊だ。ええっ・・こんなに早く・・?・・修治、こっちへ来て鳩笛を吹け!」
「うん!」
興奮した様子の修治が鳩笛を吹く。
羽崎が鳩舎奥で、時計を見る。まだ10時前だった。
「戻って来たあ!」
修治が声を上げる。一羽がタラップに舞い降りた。素早くゴム輪を外して打刻する米次。続けて、2羽が戻って来る。笛を吹き続ける修治。
「よっしゃあ!もう良いぞ、修治」
米次がタイムを取ったのは5羽だった。後続が、続々と戻っていた。
「どうだ?鳩が戻って来る瞬間って言うのは、良いもんだろう?」
「うん・・すげえ・・上空に点見たいに見えたんが、段々鳩の形になって、もの凄い勢いで落下するように、ツバメ見たいに羽を折りたたんで、この鳩舎に戻って来たねん。もう・・最高やで、あんちゃん!」
興奮して、目をきらきらさせながら、修治は答えた。ぽんと米次は修治の肩を叩くと、
「そうか、そうか・・。ところでな、今日の帰舎タイムは、とてつも無く早いんだぞ」
「そうなん?」
羽崎鳩舎は、この300キロレースに67羽参加して、59羽が既に戻って居た。
その晩、修治が美弥子に一生懸命に今日の事を話していた。
「あんな、お母ん。もう、凄いんやって。こうやってな、びゅーんと落ちて来るように帰って来たねん。その鳩はな、うちのイチ号の兄弟やねんで」
にこにこしながら美弥子もそれを聞いている。
10時を回って米次が家に戻って来た。
「あんちゃん!どうやった?」
「ああ、3位、6位、9位だ」
「優勝出来へんかったん?」
「残念ながらな・・・この西郷連合会にも、天才少年ってのが居てさ、今回もその子が1、2位、4位だ」
「へえ・・・。その子って?」
「ああ、お前と同じ年だけどさ、韓君って言うんだ。ファンネ系の飛び筋を持ってる。親父さんの代継ぎだがな」
「ふうん、天才かあ・・へえ・・」
「ねえ、よーちゃん、何か食べる?」
美弥子さんが言う。
「そういや・・社長に軽食貰ってたんだけど、食って無いや。食べる、食べる。修治も食うだろう?」
「食う!」
話の続きがしたそうな修治だったが、鳩の事は少しだった。
「・・と言う訳でさ、来月から役員になる事がほぼ決まったよ」
「おめでとう御座います、よーちゃん」
「へえ、あんちゃん、出世するん?おめでとう」
「はは・・まあ、忙しくなって、おめでたいのやら、どうやらだけどさ。少し帰りも遅くなるんで、これからは、遅くなる時は先に食ってていいぞ」
「はい・・あの、この家は?」
美弥子さんが聞く。
「えっ?}
修治が少し驚いた顔をした。
「はは・・修治が驚いてるぞ。このままで構わんだろう?役員になったからって出る必要も無い。」
「ああ・・良かった。そやって、やっとこの家で鳩飼えるようになったんやもん。」
「鳩なら・・社長の所でも飼えるがな」
米次が言う。
「よーちゃん、社長さんが?」
「何度か、そう言った事がある、しかし、俺は、まだ29歳の若輩者だ」
その先の言葉は、美弥子も聞かなかったし、米次も言わなかった。修治も追求しなかった。米次の立場は何となく、感覚的にも修治には分かっているからだ。