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2003.12.24


それから、一ヶ月が経過しようとしていた。修治のマッハがほぼ完成したのだ。にこにこしながら修治が日曜日に、工藤の所へやって来た。
修理工場は休みなのに、工藤と理沙が店を開けて待ってくれていた。
「おう!」
工藤が、修治にマッハのキーを渡す。
「すげえ・・・新品見たいや・・」
修治が感激したように、見回した。
「長い事掛かってしもたけどな。やっと部品も揃うたわ。無い部品は特注で作って貰うたり、板金に出したり、メッキもしたり。ま、わしの自信作や。どんな具合か、走って来いや。ここで待ってるさかい」
「うん!」
ヘルメットを被ると、感触を確かめるように、「ウォン!ウォン!」マッハ独特の甲高いエンジン音が響く。実にスムーズにマッハが発進、その音を心地良さそうに工藤が聞いていた。
「嬉しそうやね、あの子・・」
理沙も嬉しそうに言った。
「あいつの、父ちゃんと姉ちゃんの思い出のバイクや。やっと一緒に乗れるんやさかいな」
「ねえ・・ちょっと聞いてもええ?オーナー」
「おう・・ま、事務所でコーヒーでも飲もやないか」
「ええ・・」
理沙がコーヒーを容れると、工藤と向かい合わせに座った。
「なあ・・何でうちの事、何も聞かへんの?オーナー」
「ん?聞いて欲しいんか?」
「そんなんちゃうけど・・うちな、あの子に言われてん。うちがW1にこだわってんのは、俺と同じ気持ちやからちゃうかって。初めてあの子と会うた時、自分の気持ちをうちに話してくれたんよ。あの子の父さんが、『もう、ちょっとしたら、マッハに乗せてやれるな』その言葉をずっとあの子は持ってて、思い出を抱いて来たのやわ。うち、よう分かるねん、その気持ち。うちの気持ちをあの子は一瞬で見抜いてしもうた。あの子が、でも、マッハに乗るんは、やっとこれでその思い出から脱皮出来る・・そう思うんよ・・」
「わしは・・悪いけどな、お前等の気持ち・・自分自身の中ではよお分からへん。せやけどな、理沙、1つだけ言えるで。修治は、ここらでも相当暴れた口の不良やった。もう手がつけられん位やった。けど、今のあいつ見てどう思う?」
「・・気の強いとこはあるけど、真っ直ぐな普通の男の子や」
「何が、あいつを変えた・・思う?」
「・・分からへん・・・」
「真っ直ぐ自分を見てくれる目や。逃げんと正面から自分を見てくれる目や。人間は所詮一人では生きられん。自分を見てくれる人が必要なんや。わしはな、理沙が明るう振舞ってるけど、どこか淋しそうな目してると思うた。修治も一緒やった。この前、ここへ来た佐久間も一緒やった。わしは、その人の気持ちになって同情しょうとは思わへん。だから聞かへんかったんや」
「オーナー・・うちな・・うちな・・」
理沙の目から涙が溢れた。工藤の大きい心に気持ちが吸い込まれたのだ・・。
「泣かんでええ。おい!理沙!裏にな、ドウカティあんのや。お客さんのやけど、今からレースジャケットに着替えて来い。」
「え・・?」
「お前の元彼の代わりはよおせんけど、女ケツ乗せて走るんは、初めてや」
「うん!」
理沙が答えた。着替えて出て行くと、工藤がバイクを準備して待っていた。