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2003.12.25


「あ・・ちょっと待っとれ」
そう言うと、工藤は事務所の入り口のドアへ張り紙をした。
『修治へ・・1時間位で、戻って来る。お前が行き違いで戻って来たら、待っとけ』
「下手くそな字ぃ・・」
理沙が笑った。いつもの理沙だった。
「お勉強は、社会勉強で充分やっとるわい」
そう言って、理沙に工藤は、ヘルメットを渡した。
「行くで!」
けたたましい爆音を響かせながら、工藤と理沙が走る、理沙はしっかりと工藤の背中にしがみついた。大きな、広い背中であった。景色が、次第にモノクロになって、線状に伸びて行く・・。
「あれえ・・工藤先輩居れへんやん」
一流しを終えて、戻って来た修治だった。そして、張り紙を見つけた。
「何々・・1時間したら戻って来るぅ?何時頃出て行ったんか、分からへんやん・・かなわんなあ・・あの人には」
しかし、ご機嫌で、修治はマッハを工藤の店の前に止めて、彼等の帰りを待っていた。マッハは完全復活していたのだ。
それから30分後、工藤達が戻って来る。
「あ・・あれ?理沙さんも一緒やったんですか?」
修治が言う。
「おい!修治。今度は交代や」
「え・・?」
「お前のマッハを理沙が運転する、お前はケツに乗れ」
「何で・・?」
修治がぽかんと突っ立っている。
「あんたの姉ちゃんの代わりは出来んけどな、うちが恵姉ちゃんや思うて、後・・乗り・」
理沙の言葉で、修治は黙って頷いた。爆音が響く。修治は理沙にしがみついた。自分が運転するより遙にマッハは速かった。20分後、マッハは再び、修理工場へ戻って来た。
「・・理沙さん・・・凄すぎ・・」
修治が、少し青い顔をしていた。
「まあ、うちもサーキットで走っとったさかいな。でも、これからは、千のコーチや」
「え・・?」
修治は、交互に工藤と理沙を見た。今までと何かが違って見えた。
「よし!修治。今度はわしのケツに乗れ」
乗らねばならない気がした。修治は頷いた。工藤の走りは速いと言うより、乱暴な走りで、怖かったが、どこかで、父親、姉の後に乗ってるような安心感もあった。10分後、マッハは戻って来た。
「先輩、理沙さん、おおきに。あの・・ケツに乗せて貰うて、初めて分かりました。2人共、俺なんかのレベルを遙に超えてますわ。俺は、チームで走ろうとは、今後も思わんです。それに、今日はお父んと、姉ちゃんの後乗ってるようで・・嬉しかったです。ほんまに、おおきに」
工藤と理沙が、修治の肩をポンと叩いた。狂犬と呼ばれた不良の面影は、もう、どこにも無かった。
「あの・・ついでに、理沙さん、要らん事言うて生意気ですけど、ここの、ショーウインドウを工藤先輩に改装して貰うて、W1飾って貰うたら、・・どうですか?・・すんません、要らん事言うようですが」
理沙は一瞬困った表情を見せたが、修治に、にこっと笑って、
「オーナー・・お願いします。うち、もう単車は卒業しますよって」
工藤は頷いた。
「よっしゃ・・理沙、お前は今日から正式に工藤レーシングの社員や」
「名前変えはるんですか?先輩」
「わしの夢は、サーキット場で自作のバイクを走らす事や。千も亮も加わったし、理沙も飯村の夢を継ぎたいやろ。今、思うた事や無い。本気やで」
「俺、応援しますよ」
叉、大きな流れが変わった。修治、17歳を迎えようとしていた晩秋であった。工藤、米次、理沙との出会いもあったが、修治を大きく変えたのは、一冊の本であった。何時か・・川上氏のように・・。競翔界に飛び込み、自分も生きたい・・そう思っていた時・・。