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2003.11.16

次の週末だった。佐久間が、工藤の所に姿を現した。
「よお!」
工藤が真っ黒になった作業着のまま、立ち上がった。
「どうだ?修治は」
「おう・・それが、あれから毎日ここへ来とってな。ごそごそやっとるわ」
「へえ・・・」
佐久間は、意外そうにそう言った。
「それで、一日中何してる?」
「ああ・・わしも、ちょくちょく、これ持って来いとか、これちょっとやってくれゆうてるわ。案外、器用なんで、びっくりしたわ」
「へえ・・工藤の言う事は聞くんだな」
「へ・・わしも、修治どころや無い。相当暴れとった口やで、お前も知っての通り」
「はは・・まあな」
「それにな、あのマッハは、簡単には直れへんわい。何しろ事故車やさかい」
「知ってたのか・・お前は」
「おう・・事故ったのは、そこの要町の交差点で、6年前や。修治のお父んと、姉ちゃんが乗っとった」
「・・死んだのか?その2人は」
「即死やった。あいつが、小学3年生の時や」
「そうか・・羽崎社長も木崎先生から色々聞いたようだけど、俺には何にも言わん」
「聞かん方がええ。修治には辛い事やろし、あいつがああなったのも、分からん事もあらへん」
「そうだな・・。触れて欲しく無い過去は誰でもあるさ」
佐久間は答えた。
「世話掛けるな、工藤」
「へ・・お前とわしはどうせ腐れ縁やしの」
佐久間は、奥でごそごそやっている、修治少年の前に立った。確かに真っ黒になってごそごそやっているようだ。
「よお、足・・もう大丈夫か?修治」
見上げると、修治は答えた。
「ふん・・気安く呼ぶんやないで。よねじちゃん」
「このガキゃ・・本当にむかつく野郎だぜ」
「わしもや・・関東弁のおっさんなんか好かん」
佐久間は笑った。
「はは・・口の減らない野郎だぜ。・・ま、それはそうとして、お前、ちょっと時間くれよ」
修治少年がじっと佐久間の顔を見た。いかつい顔だが、怒っているようには見えなかった。ただ、その会話の先が見えない。それで黙っていた。
「嫌か?」
「だから、何でや?何の用やねん」
「この前一緒だった、社長知ってるだろ?飯を食おうって事でな。それで、お前に聞いて見た」
「何で・・?」
「知らん」
佐久間は、淡々として答えた。
修治は、叉黙った。
「嫌なら、結構だよ。俺には関係無い」
佐久間は、その場から立ち去ろうとした。
「なあ・・」
修治少年が言う。
「何だ?」
「条件がある」
「条件・・・はは。お前・・何様のつもりなんだよ」
佐久間は笑った。
「鳩・・見せて欲しいねん・・もう一回」
「は・・何だ。そんな事か・・そんなものだったら簡単だ。良いよ」
「ほんまか!」
修治少年の顔が輝いた。
「ふうん・・鳩に興味を持ったのか?俺はだな、羽崎鳩舎のハンドラーだぜ。なら、俺にも一つ条件がある」
「・・何じゃい・・」
「これからは佐久間さんと呼べ、良いな」
「嫌じゃ!」
「何だと!」
その様子に工藤が笑いながら声を掛けた。
「何や、お前ら漫才やっとんのかい。まあ・・修治もそやで。仮にもこの佐久間は、お前を助けてくれた人や。それに言うとくが、この佐久間は大学の時に全日本空手道大会で3位になった程の奴や。何しろ短気な事この上無い奴やさかい、怒らさん方がええで。ははは」
「しゃーない・・ほな、佐久間・・よねじさーん。行きまひょか。そのおっさんの所」
「か・・しゃあねえ・・腹立つガキだけど、ほんじゃ、工藤連れてくぞ」
「ああ、好きにしてくれや。別に修治は、わし所の従業員でも何でもあらへんさかい」
佐久間の車はランドクルーザーだった。
「何や・・トラックかと思うたわ」
修治が言う。