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2003.11.17

「あれは、放鳩車と言ってな、放鳩する時に使うだけだ。この車は、俺の自家用車だよ」
奇妙な出会い、奇妙な関係であった。何で、社長はこの少年を連れて来いと言ったんだろう・・。佐久間は思った。
もうすぐ春の競翔も始まると言うのに・・
「おう!待ってたぞ。さあ、行くか」
電話して待ち合わせた喫茶店で、羽崎社長の、今度は黒塗りの高級車に乗り換える。その喫茶店からは、恰幅の良い初老の男が乗り込んだ。修治少年にとっては、余りにも場違いな自分の格好と、このアンバランスさに不安そうな表情を浮かべていた。しばらく走ると、
「さあ・・着いたで」
喫茶店から乗り込んで来た、恰幅の良い初老の男がそう言った。そこは大きな木工所のような工場であった。修治少年は全く、このドライブの意図が分からず、きょろきょろとしていた。
「佐久間君!」
羽崎の声で、佐久間が車を奥の方へ向けてハンドルを切って行くと、大きな倉庫が見えた。様々な材木、そして家具がそこには置かれていた。
「さ・・降りまひょか」
その恰幅の良い男に連れられて、きょろきょろしながら修治少年は不安そうに、付いて行く。修治のその肩をポンと佐久間は叩き、
「とって食やあしねえよ。まず、腹こしらえでもしようや」
大きな倉庫の横にある、白い平屋モルタルの建物に入ると、それは社員食堂のようであった。かなり広く、長テーブルだけでも20卓はあって、座になっている窓際は、木目の綺麗な座卓が5つある。その一つに、恰幅の良い男は座るよう勧めた。
「はは。金村君には何も、ゆうて無かったわな。ここがわしの工場で、わしは新川忠雄ゆう者や」(一部をご覧下さった方・・覚えて居られるでしょうか?川上鳩舎から旧主流鳩を譲り受けたあの新川氏である。あれからもう10年が経過していた)参考にされる方は、こちらをクリック
「ま、そう言う事だ。まずは、ここの社員食堂で、昼飯をご馳走になろう。美味いんだぜ、ここの飯」
佐久間が言った。
佐久間が注文した、特製のラーメンと餃子を食べながら、その脇の卓で談笑する羽崎と、新川だった。
佐久間の食いっぷりは凄まじく、そのラーメンと餃子をあっと言う間にたいらげると、今度はカレーライスに大盛りのチャーハンを追加した。修治にも追加を勧められるが、とても入らないと、水を貰った。
「わはは。佐久間はん、今日はその程度でええんでっか?」
新川が笑う。
「ええ、今日は腹6分目位で止めときます、ははは」
「わあははは。佐久間はんらしゅう無い。ま、今日は羽崎社長はんと一緒でっさかいな、ははは」
「いつも、佐久間がお世話頂いとります、新川はん」
「何の、何の!佐久間はんは、何人前分も仕事しはります。上得意の羽崎はんの大事な社員さんに、せめて飯位腹一杯食べて貰うのに、何のお世話がありまっかいな。ははは」
修治が、呆れたような顔をして佐久間を見ている。これで腹6分目・・見た目も体もゴリラやと思っていた。
「わしは、佐久間はんの食べっぷりを見たら、嬉しおます」
「へへ・・そんなに言われたら、もう一杯頼もうかな」
その佐久間の言葉に、苦笑いしながら羽崎が言う。
「今日は、その位にしとけ、佐久間。それに、今日は金村君の事で来たんやさかい」
「え・・俺の事・・て?」
修治が目を見開いた。
「何や、何も言うとらんのかいな、佐久間君」
羽崎が言う。
「あ・・自分は、何にも聞いてませんが・・?」
「あれ・・そやったかいな・・そりゃ済まん」
羽崎は笑った。佐久間も笑った。修治がぽかんとしていた。
「ほんなら、説明しょ」
羽崎は茶を飲みながら、言った。