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2003.11.18

「実はな、この前金村君が診て貰うた、木崎はんによう頼まれたんや」
「あのヤブに・・?」
金村が少し怒ったような顔をした。
「まあ、聞け。木崎はんはな、お前の死んだ父親・・一志はんを良う知ってはるそうや。腕のええ指物大工やったらしいのう。いつも木崎はんに、昔痛めた腰を診てもらうお礼に、玄関の戸やら窓やら直してあげてたそうや。事故の事・・良う知ってはってな・・お前が今の様になったんも、ごっつ心配してはる」
「俺・・関係無いですわ・・」
修治は小さい声で、ややふて腐れたように答えた。
「わしもお節介やとは思うんねんけどな、木崎先生は、ほんまに下町の名医や思うとる。心の温かいお人や、わしもえらい世話にもなった。そのお人に頼まれたら、嫌とは言えんのや。」
「で・・何を頼まれたん・・?」
「これ、見てみい」
新川が、大工道具を差し出した。
「な・・に?」
修治は、聞いた。
「お前の母さんから預かったんや」
「えっ!」
「色々話聞かせて貰うた。誤解したらあかんで。わしはお前の家の事や、お前自身の素性とか、そんなもん調べる為にお母さんに逢うたんと違うねん。腕のええお父さんの道具をちょっと見て見たかったからや」
「何で、お父んの道具を見る必要がありますねん」
「木崎先生の所で、お前のお父さんの作ったゆう椅子を見せて貰うた。見事な細工やった。それで、お前の家に行ったんや」
「・・・・・」
修治は、黙ってその道具を見つめていた。
「あの・・新川社長、羽崎社長、ちょっと俺と修治を2人にさせて貰えませんか?話・・したいんです」
佐久間が言う。
「・・よっしゃ。」
羽崎と、新川が食堂から出て行った。
修治が佐久間を睨んだ。
「こら・・おのれら、俺の家の事ごちゃごちゃ抜かしよって、何のつもりや!」
顔には赤みを帯びて、修治は怒りの表情になった。佐久間は静かな口調で言う。
「詮索・・されるのは俺も嫌だ。お前が怒るのは、良く分かる」
「帰るで、俺は!」
「まあ、ちょっと待てよ。ここの新川社長も、鳩・・飼ってるんだぜ。見せて貰おうや」
怒りの先が、はぐらかされたようで、修治は、
「何・・ゆうとんや、あんた?」
佐久間は、まっすぐに修治の目を見ていた。
「何やねん、ほんまにお前ら・・」
修治は少し斜めに佐久間を睨んだ。
「興味あるんだろう?鳩の事少し」
「もう、ええわい」
吐き捨てるように修治が言う。
「ここの新川社長の鳩小屋には、CHの称号を貰った凄い鳩が居るんだぜ。見ても損は無いだろう、今日来た甲斐があるじゃないか」
「あんたは、従業員やろが、命令に背いてええんかい」
「命令?誰が、誰を?」
「何か知らんけど・・」
修治は、口篭った。
「言ったろ?俺も今日の事は何にも聞いて無いし、お前に約束したのは、鳩を見せるって事だけだ。だから約束は守るよ。それだけだ」
佐久間は、何かを修治が感じているその先には、全く踏み込まなかった。
「修治・・お前・・鳩を初めて抱いた時、優しい顔になった」
「ふん・・せやから何やっちゅうねん」
「ここの社長も、俺の社長も、鳩が好きなんだ。見せて貰おうや」
少し間があった。修治の顔が少し落ち着いた。
「ま・・それだけやったら・・」
「良し、それじゃ行こうや」
佐久間が少し先に言って、向こうで新川社長に何か言っている。
修治を手招きした。修治が早歩きして、そこへ行く。
工場の奥へ行くと、倉庫があり、その倉庫の上には無数の鳩が飛んでいる。鉄製の階段を昇って、屋上に出ると、修治の長屋より広いかと思われる大きな鳩舎が3つ並んで建っていた。
「うわ・・・」
修治が驚いた。