トップへ  次へ
2004.1.6


鈴木が、途中入社として管理部門に配属されたのは、間も無くの事であった。佐久間がまず行なったのは、木村木材の仕入れ、経理伝票のチェックであった。
「ふうん・・木村さん。この共和物産から仕入れた2億の木材を、1億8千万円で引き取って貰った損失が響いてますね。それ以前は殆ど黒字の商いですよ」
「そうでんねん、佐久間はん。わしは、思わず大きな商いやと飛びついてしもうた。年末も近いし、従業員にも賞与を余分に渡してやれると思うてましたんや」
「その木材を引き取ったのが、岩井運送と、共和海運ですか。成る程・・。材料を転がしただけで、丸々共和物産は2000万円の荒利を得た訳だ。今度はそれを転売する・・2重の儲けじゃないですか」
佐久間は、そう言って資料をテーブルの上に置いた。
「・・つくづく・・共和物産の岡村ちゅう人は汚いやり方をしますわ。そやけど、羽崎専務はんが中へ入ってくれたお陰でこれだけで済みましたんや」
「へえー・・羽崎専務が・・ねえ」
佐久間が首を捻った。
「あの・・何か・・?」
木村が佐久間に尋ねる。
「あ、いやいや。で?その損失分の2000万円は、どう処理されました?」
「その件でしたら、羽崎専務はんから、新川家具へ納める材料やゆうて、大口の注文を回して貰いました」
「あ、はい。この帳簿に載ってますね、はい。分かりました」
不安な表情の木村が言った。
「あの、佐久間はん。わしは・・この仕事一本でやって来ました。そやから、今更他の仕事は出来しません。安生お願いします」
にこっと佐久間は笑った。
「分かってますよ、木村さん。一緒に頑張りましょう」
そう言って、佐久間は、その足で今度は新川の所へ来ていた。
新川の所では、大きな受注があって、忙しそうに仕事をこなしていた。
「ほう・・ラワンを使った家具ですか。それはどこから?」
「ええ、かなり大きな仕事ですんで、山田木工ゆう神戸の会社から仕入れました。なかなかええ材料でっせ。見ます?」
「いえいえ。結構です。新川さんが良い材料だと言うんでしたら、間違い無いでしょう。で?その山田木工さんと言うのは、良く取引されるんですか?」
「あ、いや。殆ど仕入れた事はおまへん。けど、同業者から、かなり材木を持ってると言う話を聞いて、見に行ったんですわ。他にも、海に相当在庫を持ってるちゅう事ですわ」
「そうですか。その仕入れ値段を教えて貰えますか?」
「これですわ」
佐久間は、その帳面の一部をメモすると、鈴木の所へ持って行った。
「それじゃ、鈴木君頼んだよ」
「はい。分かりました」
佐久間は、、叉あちこちへと走って行った。
「市村担当!これ、どこへ置いたらよろしいか?」
部下である柳原が、イベント用の花瓶の置く位置を聞いて来た。
「そこら辺に置いたらええやないか。その位自分で考えんかい!」
腹立たしそうに、市村は答えた。なんで、そんな細かい事まで自分に聞いてくるのだ、そう言う顔だった。
「はあ・・分かりました」
柳原は、言われた通り、その辺に花瓶を置いて、忙しそうにショールームに戻って行った。
「わあ!誰やねん、こんな所に花瓶を置いたんは!」
イベントを担当する、桜井課長が怒った。
「おーい、柳原、ちょっとこっち来い!」
桜井は、柳原を呼び寄せると、大きい声で怒鳴った。
「せ・・せやかて、担当が、ええと言わはりましてん・・」
少し口を尖らせて、柳原が答えた。
「何ぃ?・・阿呆ぅ!ちょっと考えて行動せえや」
柳原は怒られて、市村の方に視線を向けながらも、叉その花瓶を向こうの方に移動した。
「担当!分からへんのやったら、要らん事言わんといてくんなはれ。余計な仕事が増えるだけでっさかい」
この桜井と言う男は骨太で、猛烈な社員だった。
「な・・何やと・・」
平気で、役員である市村にも食ってかかるこの桜井には、閉口して憮然としながら、市村は管理室に戻った。
「佐伯君、ちょっとその書類こっち持って来てくれ」
市村が若い女子社員の佐伯にそう言った。
「あ、それは困ります。先ほど佐久間担当から、預かってますから」
鈴木がそう答えた。
「何や、鈴木、新入社員のお前になんでそないな経理伝票を持って来るのや」
市村は、いぶかしそうな顔をしながら聞いた。
「自分には分かりません。けど、市村部長。この書類を見せろとゆわはるんでしたら、佐久間担当に許可貰ってからにしてくれますか?それじゃ無いと、自分は信用が無くなりますから」
「ち・・どいつも、こいつも。もう!ええわい!」
入社したばかりの新人にまで言い切られる市村は、そう言って怒鳴った。