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2004.2.5


「ああ、市村君・・君の事やがな・・鈴木を呼んでくれ」
羽崎社長が、内線を繋ぐと、暫くして、鈴木が入室して来た。市村は終始落ち着かない様子だった。
鈴木が、一冊の資料を持って来て、羽崎社長に手渡した。そして、一礼をして退室する。
「市村・・これが、お前のポストや」
市村がその資料を受け取って、一枚目をめくった。顔面が見る見る内に、蒼白となった。
「のう・・市村。これはHZK統括本部のトップとしての言葉やあらへん。羽崎時代、お前は元銀行マンの幅広い交友を生かし、その辣腕を振るって、メインバンクとの交渉や、これまでの羽崎を大きくしてくれた原動力や。功績も認める。せやから、せめて、わしは解任の形は取りとう無いんや。お前が身体上の都合で、退任の形を取って欲しいのや」
その資料は市村が携わった、取引、資金の流れが詳細に記されていた。がっくりと市川は肩を落とした。そして、深々と羽崎社長に頭を下げると、
「明日、辞表を持って参ります。羽崎社長の温情に深く感謝申し上げますと共に、退職金の辞退を致します」
数々の背任行為をして来た男にしては、案外潔い引き際であった。
市川退室後、米次が、
「社長、巨額の不正を働いた市川さんに、甘い裁定じゃ無いですか?」
「そうですわ、何億の金ですから」
信一郎も言った。
「確かに何億の不正な金が動いとった。せやけど、それを今まで発見出来へんかったのは、この羽崎の不明。不正を見逃したのは、管理体制が甘かったと言う事や。それに、億の不正が、羽崎に直接損害を与えたもんではあらへん。要するに羽崎と言うブランドで、下請業者や、共和物産の岡村のような連中が、そう言う温床を作って来たのや。まず、組織を改革せにゃならん。それが先や。市村が億を不正しても、何十億の利益もこの羽崎に与えてくれたんや、わしはこれ以上は追及せえへん」
「分かりました」
米次と信一郎が、深々と頭を下げた。羽崎社長は大きい人だ。2人ともそう思った。
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そんないきさつを経て、この日、米次と修二は競翔連合会の総会に来ていたのだ。修二はきょろきょろと少し落ち着かなかった。
米次がハンドラーとしての競翔家の立場を退く事で、これから競翔家の門を叩く修二に、他の学生会員を紹介する為の同行でもあった。そして、5名の学生競翔家達が紹介された。年長から、Jrの長をしている、山崎正二(通称正兄、大学2年生)、顎髭を少し伸ばした長身の男だ。ついで、山根春樹(高校3年生。大人しい背が少し低い少年だ。そして、修二と同じ年が2人居る。その一人大きな修二にとって人生に影響を与える少年の、韓定昌(高校2年生。にこにこと気さくな少年で、色白であった)、もう一人、志賀誠(少しぶっきらぼうだが、修二とすぐ気が合った)そして、親子で競翔をしていると言う、米原良和(中学2年生)。以上の5名だ。ただ、この出会いの中で、修二は韓少年に対して、余り印象的には良く思わなかった。それは、修二が育って来た環境と余りにも違い過ぎるような、韓少年の身なり、そして、その応対の仕方であった。しかし、この志賀少年、韓少年。余りにも自分の競翔人生に大きな影響を与える出会いであった事をこの日の修二が知る由も無かった・・。
「よろしくな!」
韓少年が手を差し出した。修二も手を出した。志賀とも握手をした。
「へえ・・佐久間って、羽崎会長の所の鳩、導入してるんや」
韓が言った。
「まあ・・けど、落ちこぼれの鳩やけどな」
修二が答える。
「なあ、修二って呼んでええか?」
志賀が言う。
「おう、俺は、そう何時も呼ばれてるで」
「ほな、修二って俺も呼ぶ、俺は韓でええよ。志賀は、春って皆呼んでる」
「ほな、韓、春。これからよろしく頼むわ」
「任せとけ。修二」
同じ年で、同じ趣味の者同士、仲良くなるのも早かった。米次は少し離れた場所で、にこにこしながら彼等を眺めていた。