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2004.2.29

連合会に参加していた修治は、韓、春と意気投合した事で競翔人生の幕開けとなったが、第一印象とは裏腹に、次第に韓と言う少年に深く傾注して行く事になる。その競翔への取り組み、手腕には特別なものがあり、初レースに胸躍らせる修治だが、韓の豊富な知識には、感服する部分が多かった。その傍らに、羽崎のハンドラーを退いた米次のアドバイスもあったが、修治の持ち鳩は、決して素晴らしい競翔鳩と言えるレベルでは無かった。今の修治にとっては、川上氏著の「手記」香月著「競翔について」の2冊がバイブルであり、競翔は結果を求めるものでは無かったからである。
こうして、修治の競翔はスタートする事になった。
この総会の日、韓に誘われて、羽崎社長、米次と一緒に韓の親父さんが経営する中華料理屋へ行く事になった修治だった。
関西でも有名な店らしかった。
「すげ・・めっちゃ美味いわ」
羽崎社長が、にこにこしながら言う。
「強豪名高い韓君やが、元々この店のオーナーである親父さんの鳩や。店が関西中でも名店と騒がれて忙しなってから、息子である韓君が引き継いだ訳や。学生競翔家ちゅうても、この西郷連合会でも最強の鳩舎やさかい」
「韓、何系を使翔してんのや?」
「今の主力はデルバール系や。ヨーロッパチャンピオン鳩が何羽か居る」
「へえ・・・」
修治が韓が強い訳や・・そう思った。
「あ・・いらっしゃい、羽崎はん」
その韓の親父である、韓定義さんが、少し出っ張った腹で羽崎達の前に現れた。在日2世である韓国人で、奥さんは台湾出身だそうだ。羽崎社長との親交も深く、レストランの装飾品に到るまでHZKで仕入れられ、上得意でもある。
「いつも、ご贔屓に預かり有難う御座います」
羽崎社長が言うと、
「いやいや、とんでもありまへん。羽崎社長はんの所は、品物も間違いありまへんし、新川家具の手作りのオーダー品は、一切手を抜く事の無い最高品。ええもんを私が選ばせて貰うてるだけですわ」
「おおきに」
羽崎社長が深くお辞儀すると、韓オーナーは奥へ戻って行った。
「韓さんがな、このレストランを始めた時は小さな屋台からやったんやで」
羽崎が言う。
「へえ・・」
修治が答える。
「韓さんは、努力の人や。辛い修行をして、寝る間も惜しんで料理の勉強をしはって。この店を出すまでには、相当の借金もあったそうや。けど、2年で完済したんや」
「凄いなあ・・韓の親父さん」
修治が言うと、少し嬉しそうに韓はにこっとした。
「佐久間、修治に韓君の鳩の事話したり。わしは、韓はんと奥で話をしてくるさかい」
羽崎社長にとっても、韓オーナーは特別の人のようだった。
「韓君の親父さんの鳩と言うのは、ここの店を出す時、無担保でポンと保証金を出してくれた人からの預かりものなんだ」
「えっ!自分が好きで集めた鳩とちゃうの?」
「韓君の親父さんは、それ程鳩が好きなんじゃ無いんだよな。大事な人からの預かりものだから、一生懸命世話して来たんだよ。」
「韓!じゃ、自分は?」
修治が韓に聞いた。米次が答える。
「俺から説明するよ。鳩を飼って使翔してるのは、この韓君で次男坊。長男は生真面目で、律儀な性格で、この店のコック長をやっている。長女は語学堪能の才媛で、今はアメリカの旅行社に勤めている。3人兄弟なんだ」
「ふうん・・」
「でな、韓君はその兄弟の中で、人一倍努力家で、研究熱心で父親の血を一番受け継いでいる。そう俺は見ているし、事情があって、それぞれ兄弟の母親は違うけど、今のオーナーの奥さんが、韓君のお母さんだ」
「済みません、佐久間さん、代わりに言って貰うて・・自分からは説明よおしませんので」
韓が少し、曇った表情で言った。
「俺・・韓、最初見た時、苦労知らんぼんぼんやと思うた。せやけど、色々苦労してんのやな」
修治が韓の顔を見つめて言った。
「まあ、人それぞれだよ。友達って言うのは、相性の問題でもある。本当は、鳩が一番好きなのは、長男の定明君なんだ。けど、後継ぎと言う事でそんな時間が無かった。その気持ちを引き受けたってのが、韓君だ」
「よう・・分からへん・・」
修治が答えた。
「ま、その内、韓君が何でこんなに競翔に強いのか分かると思うぜ。何しろ、半端じゃないからな。な、韓君」
「ふふ・・佐久間さん、もう勘弁して下さい」
韓が少し照れ笑いした。修治が韓に興味を少し持ち始めていた・・。