トップへ  次へ
2004.3.5

最終章 修治少年

新川家具工場に勤めて3年目の春を迎えた。夜間高校3年生になった修治だった。義父である、米次は、HZKグループの専務取締役となり、多忙な日々を送っていた。依然住まいは、社宅内にあって、修治の日常には大きな変化は無い。工藤は第一子、和哉が誕生して、下にも置かない可愛がりようで、工藤ショップは大盛況である他、2輪レーサーとして、千崎が、250ccクラスで優勝する等、着々と実力を身につけていた。その修治だが、可愛い彼女、恵利との交際もスタートして、誠に順調ではあるが、進路希望の彼女とは、生活のリズムも違う為、目下の所大きな進展も無い。
さて、競翔家としてスタートした修治だが、初レースで当日文部杯、タイムはしたものの、全連合会の打刻タイム中一番遅いタイムである、34位。続いて、200キロJr杯、参加6羽全鳩戻っては来たものの、やはり打刻タイムは、28位。300キロレースでは当日一羽、一羽後日帰還と散々な成績。当然ながらその年の春は300キロレースで打ち切り。続いて、その秋。こちらも7羽スタートしたものの、400キロレースに当日2羽記録、500キロレースで後日帰りが一羽のみ。春よりは幾分良かったとは言え、次の年の春には、現役選手鳩持ち駒3羽と言う有様。そして、3年目の競翔を迎える今年の春、8羽スタートして、100キロ、200キロと順調で、300キロレースで5羽残り、どうにか、初雛であるシュウ号と、500キロレースで、2羽残ったもう一羽がカメ号。幾分成長したとは言え、どうにか、2羽の鳩を700キロレースに参加させる所まで来ていた。
春がこう言った。
「なあ、修ちゃん。何で、韓ちゃんの所の鳩貰えへんかったん?あげるゆうてたんやろ?」
「春・・俺な。川上さんの手記の中で香月博士が、香月系を作るゆうて師匠と違う道を歩む姿に感動したんや。俺な、そんな血統なんて大層なもんちゃうけど、自分の家族見たいな【雷神系】ちゅうもんを作って見たいんや。そやから、2羽のシュウとカメ号を種鳩にするつもりや。ほんで、もっともっと、鳩の資質を見極めれるように、勉強するわ。香月博士のように。韓ちゃんは自分で積み上げてここまで来たんや。俺も地道でも、そうしたいんや。勿論アドバイスは受けるで」
「おう!考えてんな、修ちゃんも。俺も頑張ろ!」
鳩の事も、着実な一歩を歩んでいる修治だが、仕事の方も、
「修・・ちょっとこれやって見い」
善さんが、特注の椅子図面を修治に渡した。
それはシンプルなデザインであったが、かなり高度な技術を要求される座卓兼、リクライニングチェアーであった。
「ええか、修。形だけ整えよ、思うんやないで。これを使う人は70も後半のおばあさんや。孫がプレゼントしたいからゆうて、うちに注文して来た。家具はのう、形やあらへん。心や。孫のおばあさんに対する暖かい気持ち。ほんで、この家具を使うおばあさんの気持ちになって、作って見い」
「はい」
初めて任される大きな仕事と、修治はやり甲斐を感じていた。
米次が新川家具へ来ていた。
「どうですか?修治の奴は」
「ええ顔つきになってきとりますわ。今日、善さんが、修治に初めて、注文を任せたゆうてました。口には出してまへんけど、善さんも修治の腕が上がったんを認めてますわ。それと、鳩の事もまるで変わったですなあ」
新川が米次にそう言った。
「ほう・・新川さんから見てどのように?」
「最近、鳩の交配とか、成績とかを良く聞いて来るんですわ。修治も競翔欲に目覚めて来たんかいなと、思うたんやけど、これがちょっと違うんですわ。鳩の資質を見極める目を養うとんやと言うんです」
「ほう・・」
「職人にとって、重要なんは、材料を見極める目です。この新川家具は、オーダーメイドの家具を作って来ました。それで素材を選ぶ目も職人にとっては重要です。それを聞いて、いよいよ修治も本物になって来たと思う次第ですわ」
米次は目を細めて新川の言葉を聞いていた。今晩少し早めに家に戻って、修治と話をしようと思ったのだった。