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2004.3.7

その日、早めに帰宅した米次であった。美弥子と最近の出来事を楽しそうに話していた。修治は9時過ぎに夜間学校から戻って来た。
「今日は、早いな、米あんちゃん」
「おう。修治とちょっと話もしたくてな、早めに戻って来た」
「俺もな、あんちゃんに聞きたい事あったねん」
「そうか、そりゃ良かった」
久しぶりに食事をしながら、一家が揃った。
「なあ、あんちゃんに聞くけど、ファブリー系ゆうたら、スピードバードやけど、最近な、香月博士の出してる本見たら、競翔鳩を長い目で見る時、スピードバードを追及して交配を重ねる傾向と、競翔鳩の体形美を追求する事は相反する事ではあるが、自身はむしろ体形美を追求して来たとあるんやけど」
「うん・・今30そこそこの人だけど、競翔鳩を長い歴史として眺めてるよな。凄い人だ」
「香月系は、自分の人生の中では確立出来ないちゅうて言うてはる」
「そうだな。今、芳川鳩舎が使翔してるのは、飛び筋の一群であって、それは香月系の過程に過ぎないと言っているよな」
「俺な・・これ読んで思うたんや。こう言う視点ちゅうか、物事を常に客観的に捉えて、幅広い視野で考えるゆうのは、大事な事やと思うんや」
「ほう・・修治・・お前、成長したなあ。その通りだと俺も思うよ」
米次が目を細めて修治を見た。この2年間にずいぶん顔つきも大人びて来たな・・そう思った。
「俺な、鳩の事、前以上に好きになった。周りから見たら、ぱっとせえへんかも知れへんけど、シュウや、カメの2羽の500キロ記録鳩も出来た。韓のとこからも、要らんゆうたんやけど、この前やっぱり勢山系も貰うたし、交配して見よ思うてんねん」
「そうか、そうか」
米次は満足そうに頷いた。
修治が2階に戻った後、美弥子が言った。
「貴方のおかげやわ」
「そんな事無いさ。修治は、寂しさを紛らす為にやんちゃやってたんだろう。けど、鳩と言う家族が出来、信頼し、尊敬出来る師匠にも巡り合ったからだよ」
「運命ってあるんやね・・・ほら・・私の体にも」
「えっ・・?」
美弥子の妊娠を、米次はこの日初めて知った・・。
「何時・・・?」
「今、3ヶ月やの」
「何でもっと早く言わないんだ」
「貴方が、専務になって忙しそうにしてはったから・・もう少しはっきりして言おうと思ったのよ」
「や・・やったあ!」
米次が大声を出した。驚いて、修治が2階から降りて来た。
「な・・なんや、なんや。どないしたん!」
「わあっはっはは!」
米次が笑う。美弥子も笑う。
「修治!喜べ!お前の弟か、妹が出来るんだぞ!」
「え・・ほんま?ほんまか!母ちゃん」
美弥子は涙をハンカチでぬぐいながら頷いた。
「や・・やったあ!」
修治も小躍りした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2、3日した日曜日、修治が恵利とデートをしていた。
「そやの!修君の所、兄弟が出来んの。へえーー」
「何かな、俺な、めっちゃやる気になってんねん、今。やるでぇーー!」
「うち応援する!修君頑張ってな」
「おう。千の奴も来月プロデビューするしな」
「凄い人気らしいやん。千崎君、雑誌にも載ってるわ」
「亮が整備しとるからな」
「工藤ショップはどうすんの?」
「亮は、このまま残るそうや。千の代わりに、後輩やけど、雷神で走っとった森川ちゅうのと、亀田ちゅうのが入っとる。工藤ショップも、今は10人の大所帯やしな」
「和哉君、可愛いしね。今は、理沙姉さんも大変やわ」
「せやなあ・・今日行って見るか?今から」
「うん」
修治が工藤ショップに着くと、ショップは若者達でごった返していた。バイクを降りて、店の中に入ろうとした修治であったが、その時、一人の男と肩がぶつかった。
「おい!こら!どこ見て歩いとんじゃ!」
その若い男は、修治に怒鳴った。
「どこて・・前見て歩いてるんに決まってるやん」
修治が見返すと、
「何やこら・・」
かなり長身で、前髪をメッシュに染めた若者であった。
「駄目よ・・修君」
恵利が修治の袖を引っ張った。
その時、店の奥から田村が小走りに出てくる。
「おいおい、創平!そいつ誰や思うてんねん。突っ張っとったら、ぼこぼこにされるど、お前」
「あ・・亮先輩」
その長身が言った。創平と名乗る男は、亮に深々とおじぎをする。
「創平は、転校して来た奴やから、2こ上のこの旧姓金村修治を知らんかも知れへんけどな、中央と、新町しめとった男やで、こいつは」
「えっ!そやったんですか!知らん事とは言え、すんませんでした、先輩」
創平は平謝りに頭を下げた。
「ふ・・創平ちゅうの?お前・・苗字は?」
「田原創平言います。今中央3年ですねん」
「よお、似てるわ。以前の俺と。なあ、亮」
修治がにこっとして、亮に言う。
「そやの。こいつもちょくちょく遊びに来よんねんけど、ほんまに色々揉め事起こしてかなんわ」
創平は頭を掻いた。そう言う田村はそう言いながら、笑っていた。
「俺ね、千崎先輩に憧れてますねん。亮先輩にはいつも話を聞かせて貰うてます」
「そうか、創平はバイクレースが好きなんか」
「はい」
「頑張りや。メカニックはこの亮の奴最高やで。今や、この工藤ショップの片腕やさかいな」
ぺこっと挨拶をすると、田原は2、3人の取り巻きと帰って行った。
「亮!千の話やけど、250CCクラスのチャンピオンになって、今カワサキと契約しとるらしいな」
「そや。でもな、千ちゃん、工藤レーシングのネーム外さへんって頑張ってるらしいわ」
「千・・ええとこあるやんか」
「修ちゃん、俺等、オーナーの恩義忘れてへんで。あの人は、何も俺等の事聞きもせんで、信用してくれた。そやからここまで一生懸命やって来れたんや。俺な・・工藤オーナーが目標やねん」
「そうか・・亮。お前もええやっちゃのう」
嬉しそうに修治は亮の肩を叩いた。恵利もにこにこしながら2人を眺めていた。