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2004.3.10

「修治。この家具のコンセプトは何や?」
新川社長の厳しい顔に、どきどきしながら修治は答えた。
「え・・コンセプト?」
「そや。どんな気持ちを込めてこの家具を作ったか聞いとんのや」
「はい・・70過ぎのおばあさんに孫がプレゼントするゆうの聞いて、あの・・俺・・その、おばあさんの家に2回お邪魔しました。ほんで、プレゼントすると言う、お孫さんにも話を聞きました」
「ほう・・」
「この椅子は、縁側で陽のあたる時には、リクライニング出来るように、右手の所で角度を調整出来るように工夫しました。設計図も貰うたんですが、やっぱり使う人の身長とか、条件によって違うんで、畳の部屋にも使えるように、ちょっと台に畳にも優しい工夫をしたんです。設計の人には怒られたんやけど、けど、師匠からは、何も言われてません・・あの・・」
「修治、今度の仕事をお前に任せて見いゆうたんは、このわしや。」
「えっ?」
「ええか。木ちゅうんは命や。その命を木に与えられるんは、職人だけや。器用な奴は世の中になんぼでも居てる。綺麗なもんを作れゆうて、作れる者も仰山居てる。せやけど、その命が入ってへん家具は、所詮道具なんや。この新川家具でもオートメーションで、作業する工程はある。大量生産も出来る。せやけど、今日新川家具があるんは、オーダーメイドの家具を作って来た、新川家具職人の証でもある、半纏を着た、7人の職人が居るからや。この新川家具は、HZKの一員になっても、この心意気だけは、不滅やとわしは思うとる。修治・・この家具、魂が入っとる・・ええ家具やでえ」
「社長・・」
修治の目から止めど無く涙が溢れた。
次の朝、善さんが修治に聞いた。
「どやった?」
「社長がええ家具やってゆうてくれはりました」
修治は、真っ赤な目をして答えた。昨夜は興奮であんまり寝ていなかった。
「そうか。わしもそう思うてたわ。修治、お前は今日から、新川家具の8番目の職人さんやでえ」
善さんは、新川家具工場の紺の半纏を修治に渡した。
「善さん・・」
修治は感涙に咽んだ。何度頭をこづかれ、怒鳴られた事だろう。10年経ても、一人前になれない人間も居れば、修行に耐えられず辞めて行く者も多い。
「修治、職人ちゅうのは、いつまで経っても未完成や、修行の身や。せやから、お前は今からしっかり職人として地に足つけなあかんで」
「は・・はい」
涙をぬぐいながら、修治は答えた。善さんが、優しく肩を叩いた。
家に戻って来た修治は、渡された半纏を美弥子に見せていた。
「修ちゃん、おめでとう」
美弥子が涙ぐんだ。しかし、大男の米次が肩を震わせて泣いていた。なんだか修治はその様子が可笑しかった。
「泣くなや、あんちゃん。大きな図体して、可笑しいで」
「だけどな。新川さんに認めて貰うと言うのは、凄い事なんだよ。俺は、修治の父として、兄として見守るしか無かったからな。10年、15年やっても半纏を貰えない奴も居る。その中で、3年で、新川家具を代表する職人の半纏を貰えるなんて、これは、修治。お前の素質もあるが、それ以上にお前の気質や、心が備わって来た証拠だ。だから余計に嬉しいんだ」
若者には磨けば光る石がある。その石を光らせるのも、鈍らせるのも、その己の中に眠る意欲だ。意欲がある限りきっと石は光る。だが、若者にとって、人生は決して順風満帆なものでは無い。翻弄され、苦悩に刻まれ、そして、その中から重みのある人生観が形作られるのだ。
そして、修治の作った、リクライニングチェア−の納品の日がやって来た。特別に新川社長自らが運転して・・。
「まあ・・嬉しい・・」
おばあさんは、孫からのプレゼントであるその椅子を、自分が使う部屋に運んで貰うと、座り心地を確かめた。
「まあ・・腰の悪い私に、丁度ぴったり。これなら普段でも腰掛けられるわ。あ・・こんな事も出来るんやね。縁側に簡単に運べるわ・・。おおきに・・ほんまおおきに。嬉しいわ」
孫の贈り物に、心から喜びを表現するおばあさんだった。そして、
「職人さん。ほんまにおおきに。ええもん作って貰いました。何べんもここへ足を運んでくれはって、私の希望通り・・いえ、それ以上やわ」
おばあさんが修治の手を強く握った。修治は、涙が出そうになる程嬉しかった。
帰りの道中、新川社長が、特別に修治に昼食をごちそうしてくれた。
「修治、わしは、仕事に関しては一切妥協せん、正味の鬼や。せやけど、今日のおばあさんの顔忘れたらあかんぞ。家具職人は、使う人の気持ちになって、家具を作るんや。形だけどない綺麗なもん作っても、心が入ってへんもんはこの前もゆうたけど、ただの道具や。この意味をよう、心に置いて、新川家具職人の誇りを持って仕事してくれ」
「は・・はい、社長!」
新川社長の言葉が、ずんと胸に響いた修治だった。新川社長は仕事だけで無く、鳩にもそうだ。それは、即ち、川上氏に通じる言葉であった。この日修治は、大きな礎を心に刻んだのだった。
会社に戻って、夕方社長室で、善さんと新川社長が話をしていた。
「善さん、よう、修治を仕込んでくれたな、礼をゆうで」
「わしの力やおまへん。急に修治は変わったですわ。ぎすぎすしたあいつの内面が、温こう、包み込むようなもんになりました。わしも後何年ここで働く事が出来るか分からしませんけど、自分の後継者は、修治しか居らへんと思うてますわ」
「そうか、よう分かった。善さん」
若竹の勢いで伸びて行く修治。周囲の目は、確かに修治の成長をしっかり見守っていた。