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2004.3.15


それから数日経った休みの日、修治は韓と連れ立って、関西の有名鳩舎を訪れていた。
「・・・ちゅう訳で、わしの所は、輸入系を在来系に交配しとるんや。血統ちゅうのは、長年やって来たけどな。一本で行くゆうのは、どうしても限界がある。常に新しい血を導入して行く訳や」
「良う分かりました。長居鳩舎では、何分の一かで、異血導入している訳ですね?」
韓がメモを取っていた。修治は、一つ疑問に思った事があった。
「あの・・川上鳩舎の白川系は、ほぼ一本と聞きました。どこが違うんでしょうか?」
「わはは。あんなど偉い人と一緒にされたらわしも困るがな。あの血統ゆうのは、白川博士と言う、偉い学者が長年研究して創り上げた血統や。交配に方程式のようなもんがあって、50年先まで、考えているようなもんや。とても、そないな真似は出来へんわ」
それを聞いて、益々修治は、鳩競翔の世界の奥深さを感じた。
「あの・・もう一つ聞いてもええですか?香月博士の香月系は?」
「おう、あの稀世の超銘鳩、紫竜号の使翔者で、天才学者と言われる人やな?あの人は、日本の地形では物足らんゆうて、今、南米の方へ行ってはると聞いてる。やる事が違うわのう。香月系は3000キロ、4000キロを続々記録させとるし、超々長距離系や。日本では芳川鳩舎が使翔しとるけど、GCHや、GNレースでは、毎年優入賞させとる。白川系と並んで、今や日本を代表する血統や・・」
スケールの余りの大きさに、修治はしびれた。韓君が言う。
「有難う御座いました。長居さん。それでは、僕からも1つ質問させて貰いますけど、関西で唯一磯川パイロン系を使翔する鳩舎として、これからの抱負を聞かせて下さい」
「ははは。何や、インタビューを受けてる見たいやな。わしの目標ちゅうか、それは新川さんの川上系を破る事や。まだ一回も稚内GNでは、新川さんに届いてないさかい」
ここでも、川上氏の旧主流系の影響を見た。言うなれば、香月博士は、より川上系を発展させた香月系を作り、新川氏は、更に川上系を独自に関西で改良発展させた人だ。又、磯川パイロン系はこの5年、磯川氏が多忙の為に長居氏に委託使翔されている。それこそ、10年前の関東での川上、磯川の鳩群達の戦いが、関西で現実的に再現されていると言う事だ。日本鳩界に多大な影響を与えている3人の名がここにある。
帰り道の事だった。韓が言う。
「凄かったなあ。あのパイロン系。磯川先生の血統に、在来系を独自に配をさせて、関西の地に合うように改良しとる。深いわ・・ほんま競翔の世界は深いわ」
「韓かって凄いやん。デルバール系一筋で、西郷連合会のトップ競翔家やんか」
「まだまだ・・や。上には上が居るもんや。長居さんの鳩群見たやろ?その長居さんが、新川さんの川上系にかなわんと言うてはる。その新川さんの上には、香月系、白川系が雲の上のように存在しとる」
「会うて見たいのう・・・香月博士や、川上氏に・・」
修治が、遠い空を見上げながらそう言った。
「俺も・・同感や」

そんな日々を過ごしながら、そして・・・・

美弥子の陣痛が始まった。取得した自動車免許で、米次から貰った中古のカローラを運転して病院に駆けつける修治だった。米次も、修治の後から病院に駆けつけた。
「どうだ!」
「今、分娩室に入った所や」
修治は答えたが、ガタガタ震えていた。
「どうした?修治」
「う・・うん。無事に生まれてくれ・・そう思うとんのやけど、何や体がガタガタしてじっとしとられへんのや」
「修治、お前が兄貴になるんだぞ。しっかりしろ」
「う・・うん」
そう言う米次もそわそわと落ち着かなかった。工藤もやって来た。
「どうや?」
「まだだ」
「そうか、男は、こう言う時何も出来へん」
工藤は、小刻みに震えている修治の肩をポンと叩いた。
「修治、お前にとっては、弟か妹や。よう分かるで。」
「先輩・・生まれて来る子は、女の子ですわ。姉ちゃんの生まれ代わりや」
「そか・・そやな、女の子やで、きっと」
工藤は、そう言いながら、米次を見たが、そんな2人の会話もまるで聞こえて無いようだった。
「おぎゃあ!おぎゃあ・・」
赤ん坊の泣き声が聞こえる。
「皆さん、どうぞ。女の子ですよ、おめでとう御座います」
「やったあ!ゆうた通りや!」
まさしく修治の言う通りだった。赤ん坊を見ながら、修治の頬を涙が伝う。美弥子が修治の涙をぬぐってやった。米次は、頭が真っ白な状態のようで、ただ赤ん坊を抱いた。
「修ちゃん、年の離れた妹やけど、可愛がってやってね」
「うん。当たり前やんか・・うぐ・・うぐぐぐ」
言葉は続かなかった。
夕方になって、羽崎夫妻がやって来た。孫を見るような満面の笑顔であった。
「美弥子さん、よう頑張りはったなあ。ええ娘生まれて良かったなあ」
新生児室に入った、自分の妹をまばたきもせず、見つめる修治の肩を羽崎社長は優しくポンと叩いた。
「修治、お前もよう頑張ったのう。あの鬼の新川はんを納得させる家具を作ったんは、大したもんや。わしも何度も仕事の事ではやり合うたが、一切仕事に関しては妥協をせん男やさかいのう」
「俺・・社長に言われたんですわ。木は命や。その木に命を吹き込んで、温かいもんにするんも、無機質な道具にすんのも、職人さんの心やって。俺はその言葉忘れんです。これからもそうありたいと思います」
「そうか・・うん!」

この次の年、羽崎社長は、佐久間米次にHZKを譲って勇退する。佐久間米次社長、新川信一郎専務の新しい体制が出来たのだった。新川社長も同じく引退。鳩レースに専念する事になり、羽崎鳩舎のハンドラーとして、修治が手伝う事となる。

そして、修治の夜間高校卒業の日もやって来た。佐久間修治19歳と2ヶ月。新たな旅立ちであった。東京の大学へ通っている恵利とは、文通をしたり、夏休みや冬休みには、会っている。修治は夜間大学を受験して、通う事に決まっている。

そして・・・月日は流れた・・