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AU号伝説

AU号伝説 第一章 第一篇 西方城

 
著作 じゅん
シーン1

ふう……』

 残暑厳しい、初秋のバス停に一人の女性が降り立った。
年は35,6才。地味なワンピース姿で、ボストンバックを一つ。大きな紙袋を下げていた。旅行者にしては、派手でなく、どこかからの帰りにしては、異様にバッグが脹らんでいた。
ハンカチを額に当てると、女は小さな紙切れを出し、見つめた。化粧気の無い平凡な顔立ちだったが、どこか、疲れた様子であった。

 やがて、女は山手に見える白い建物を目指して歩きだした。その建物はこの小さな盆地状の町の中で、一番高い丘の中腹にある町立病院だった。

 小さな町だが、決して活気の無い町では無かった。人通りも多く、歩いて行く途中には、旅行者らしい団体が歩いている。有名ではないが、この町は江戸時代より続く良質の温泉が吹き出る湯治の町として、知られている。女は山のふもとにある、一軒の駄菓子屋で、道を聞くと中腹に向かう本道は通らずに、人通りの少ないわき道に入った。女が立ち寄ったのは、古いお寺で、斎亜覚寺とある。

境内に入ると、一人の女の子がまりを持って遊んでいる。そのまりの手がそれて女の足元に転がる。女はまりを手にし、女の子に近づく。

 『はっ!』

 女は声をあげた、5、6歳と思われるその子だが、抜けるような肌白いまるで、人形のような美少女だった。女の子はきょとんとして、手を差し出している。女は我に返り、女の子にまりを手渡した。

 『有難う』

 礼を言いながらも女の子は、まだ不思議そうな顔をしている。

 『お嬢ちゃん、幾つ?』

 『5歳』

 それだけ言うと、女の子は、走りだし、又、まり遊びに興じ出した。女の子の様子を眺めながら、女は本堂に向かって歩き出した。小さな寺だが、掃除も草木の手入れもきちんと行き届いていた。

 女は本堂の前で手を合わせると、長い時間動かなかった。本堂の離れにあるお堂から出て来た和尚が女を見とめた。傍らには、まり遊びに飽きたか先ほどの女の子も真似して手を合わせている。微笑みながら、和尚が近づく。女の子は、和尚にいつもしているように飛びつく。

 『わ、ははは。元気がいいぞう。真世ちゃんは。あはは』
 和尚とじゃれあうその声に、女は驚いたように振り向き、礼をする。

 『ご供養ですかな?』

 和尚は訪ねた。

 『え、はい…』

 『良かったら、冷たい麦茶もありますから、本堂へでも』

 『えっ…で、でも』

 『はは、まあ、いいではないですか。この子も喉が乾いたと言って居る』

 ざっくばらんな和尚の誘いと、この美少女に少し気が向いていた女は、勧めるままに本堂に招かれた。この寺の本尊は、
不動明王であった。真言宗の寺らしい。

 勧める茶をいただきながら、この美少女の事を女は問うた。

 『この、お嬢さんは?』

 『ああ、この子はね、白川真世ちゃんと言ってこの裏手にある、市会犠員さんの所の子です。いつもこの時間はここで、遊んでいるんですよ』

 『そうですか。』 

 慈しむように、見つめる女。幾等信心が深くとも、微動だにしないほどの先程の女の祈りは、事情を感じさせた。

 『おばちゃん』 

 不意に真世と言う女の子が言う。

 『私、おばちゃん知ってるよ』

 『えっ…?』

 真世の言葉に女は、驚いたように、その顔を見つめた。

 『おばちゃんね、真世んちのお手伝いさん』

 『ええっ……!』

 女は声をあげた。

 『はは、いやいや。気にしないで下さい。この真世ちゃんは、時々夢に色んな事を見るらしく、私に話してくれるのですよ』

 『で、でも。私がこの町に来たのは、この先の家政婦紹介所。偶然でしょうか。まさか、こんな事』 

 和尚は驚いた様子も無く続けた。

 『ほ、嘘より出た誠とはこの事。白川議員の所では奥さんも病弱。もしかしたら、貴女本当にそうかも知れませんね』

 『あ、あの…。』

 『うん?』

 女の様子に何か感じ取った和尚。しかし、機敏なその口でこう言った。

 『貴女の、亡くした子供さんの供養ですかな?』

 『は、はい…』

 『宜しかろう、ああ、貴女は優しいお方だ。大丈夫ですよ。死んだ魂は、尊い仏になっている。報いがこの世にあろう筈も無い。まして、貴女が愛した子供さん。喜んで見守ってくれるだろう。私が読経して差し上げよう』

 そう言って、和尚は経を読んだ。その後で、家政婦紹介所に電話を入れると、

女に言った。

 『やはり、白川さんの所だそうです。この紹介状を持って行きなさい。真世ちゃんも大層貴女が気に入った様子。奥さんを助けてあげなさいよ。』

 『何から、何まで。』

 女は礼を言って真世の手を引こうとしたが、思い出したように、

 『あ、申し遅れました。岸田幸恵です。』

 『宜しく。斎亜和尚です。又何時でも』

 この町に住める事で、明るい眉になって、女は真世の手を引いて、家政婦紹介所へ行くと、白川邸へ向かった。