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Only You  

11/23/2001

 このお話は徳島にある架空の銀行を舞台にしております。シリーズトップ&主人公の説明
主人公たちも苦労して、少しだけ歳をとりました。 平良は得意先係へ希望配転し、毎日原付で走り回って、ますます顔が黒くなりました。
 坂東はあいかわらず融資担当窓口に座っています。

平良 篤史
(たいら・あつし)
沖縄出身、長身で色グロな、もと高校球児。
⇒見た目はトロピカル。 見かけによらずけっこう繊細なやつ。
 坂東 直己
 (ばんどう・なおき) 
徳島出身。阿波踊りの笛の名手。色白でほっそりしている。
⇒みかけによらず、強引な性格。
桜間 優
(さくらま すぐる)
今年銀行に入ったばかり。 この銀行初の東大出身者。
為替窓口にいる。


 ジェット機が、アメリカの有名なビルに突っ込んだ。 故郷の沖縄は、ベースがあるから怖いっていう観光客のキャンセルでずうっと大変だ。
 
 どこにいたって、危ないのはおんなじだ。
 外回りから帰ってくると、バカでかいかばんを担いでロビーを歩き、貸付の方に回って、坂東さんに鍵を開けてもらう。
「お帰り、平良」
 坂東さんに声をかけられるのがうれしくて、わざわざちょこっと遠回りしてしまう。
「そとは寒い?」
「ちょっとね。雨になりそうですよ」
「平良、今日な。 ちょっと融資先へ行く予定なんだけど、そこで肉を買うと思う。 お前んとこで焼肉しようよ。かまわないか?」
「いいですよ」
おれはうれしいのに、ちょっとぶっきらぼうに答える。 
「じゃあ、あとでな。がんばって」
 坂東さんの営業用でない笑顔を見ると、心がぽっと温かくなる。

 為替のカウンタでは、桜間が座っている。 手元で繰っていた伝票から顔を上げて、おれを見た。

 見てほしくない。 顔をそらそうと思うけれど、それじゃ負け犬みたいだから、おれはぐっと睨み返す。
 メガネをやめて、コンタクトにしているので、底光りのする切れ長の目が前より大きく見える。
 顔は変わっていない。 あいかわらず色が白いが、もうニキビはなかった。 昔は長めだった髪を、キレイに散髪して、まるで、まっとうな銀行員のようだ。
 桜間はおれをみて、いやな笑い方をした。
 これが、東大卒の微笑だ。 取締役、次期頭取のご子息だ。 そして……。 こいつを見るとおれは、凶暴な感情に駆られることがある。
「お疲れさまです」
「ああ」
 お前には用はない、声もかけるな、顔も見るな。 黙って仕事だけしてろ。
 腹の中で吐き捨てて、おれは逃げるように二階の営業室に上がった。

 仕事を終えたのが8時すぎ、休憩室をのぞくと、坂東さんがおれを待っていた。 おれを見ると立ち上がり、休憩室の傍らの冷蔵庫を開けて、包みを出した。 
「…買いすぎたかな。 でもまあ食べ盛りだから、平良」
「…ごめん、もっとはやく帰れると思ったんだけど」
「いや。 まだ早いじゃないか」
「もうみんな帰ったんでですか?」
「ああ」
 桜間は、といいかけて、「一階みんな帰ったみたいですか」とおれは言い直した。
「ああ、流動性もみんな帰った」
「桜間は……」
 聞いてから自分でもぞっとする。 嫌いだと思ってると、よけいに頭がそっちに行ってしまうんだ。
「ああ、お坊ちゃんたちは今日は、同期の飲み会だってサ。さっき出て行った」
 
 それから坂東さんの駐車場まで、おれの自転車で走り(二人乗りだ)そこから坂東さんのワゴン車に自転車をのっけた。

 二人で近所のスーパーに行き、野菜を買う。 嫌いなピーマンを買うのをいやがるおれを、子供みたいだといって坂東さんは笑った。

 シイタケ、キャベツ、レトルトのとうもろこし。 それから、ジャガイモを入れる坂東さんを見て、おれは不思議に思った。
「焼肉にジャガイモ? 坂東さん、それおいしいの?」
「おいしいよ! 癖になる!」

 なんだか、新婚さんが買い物をするみたいで、ちょっとうれしい。
 それから、帰りに酒屋に寄って、坂東さんの好きなワインを買った。
 アパートへ帰ってきて、二人で野菜切って、ホットプレートで肉を焼いて食った。 おれのとなりで、坂東さんは白いシャツを腕まくりして(そしてボタンは二つはずしている)いろいろ手伝おうとするけど、狭い台所だから動きがとれなくて、ときどき体が触れてしまう。

 本当に新婚みたいだった(当然奥さんは坂東さんだ。たとえバリタチだろうが、坂東さんが奥さんだ。)

 あらかた食べてしまってから、ふとテレビをつけたのが、間違いだった。 近頃もニュースというと、話題はひとつしかない。
 あの有名なビルが、煙を上げて崩れていくシーンだ。
 ひどいね。許せないね……犯人は死刑だな、絶対。 少し酔っていたおれは(犯人はもう自爆して死んでるのにもかかわらず)そんなことを口走っていた。
「まったく人の命をなんだと思ってるんだろうね」

 坂東さんは、うまそうに食後のコーヒーを飲んでいた。

「まったくだ。 バブルが崩壊しててよかったよ」
なんて言い出した。
「バブル?」

「ほら、バブルがはじけてなくて景気がよかったらさ。 うちの銀行も撤退してなかっただろ。 そしたらさ。悪くしたら、おれかお前か、あのビルで死んでたかもよ?」
「撤退?」
「知らなかった? とっくに撤退したけど、昔はあのツイン・タワーに支店出してたんだぞ」
「………」
「そこでずっと働いてなくてもさ。 研修だなんだって、あっちに行かされてたかもしれないじゃないか? まったくおれたちは運がいい。でかい銀行もいいけど、死んだらワヤだもんなあ」
「………坂東さん」
「ん?」
「坂東さんて……自分のことばっか……。 死んだひととか。その人の家族とか……考えないんですかああっ!!」
「うん。 考えない」

 即答されて、おれは絶句した。
 坂東さんは、そんなおれを面白そうに見ていたが、言葉を続けた。
「他人の不幸は100年でも我慢できるっていうだろ?」
「ううっ!」
 なんてサイテーに薄情な、ヤマトンチュなんだ。

「おれは自分がいっちばんかわいい。誰だってそうだろ? 平良は違うのか?」
「……!!」
 坂東さんの形のいい唇が、薄くルージュを引いたようにつやつやしている。焼肉のアブラのせいだろう。
 
 そのキレイな口から飛び出してきた言葉は、こうだった。

「えっちするときだってそうだ。 おれは自分が気持ちいいようにヤリたい。なのに平良、おまえってば…いつまでも痛い痛いって。 おれはすごく入れたいのに…奥のほうまで全部」
「ばっ! 坂東さんっ!」
 半分腹を立てながら、おれは顔が熱くなってしまう。
 
「……大きな声だすなって。大きな声はえっちのときだけでいい」
「………!!! スケベおやじっ!!」
 いたずらっぽい目で坂東さんは笑う。 煽ってるんだ、これ。

「怒るなよ。 せっかくうまい焼肉食って…元気つけたんじゃないか」
「……やっぱ、おやじだあ…」
「おやじでごめんな。 でもせっかくの週末なんだ。 年柄年中、目標目標で締められて、くたくたになるまで働いてさ。 やっとこ週末で、こうして二人でメシ食ってるんだ。 ほかのことは考えたくない」

 坂東さんは、ずいっとちゃぶ台をよけると、ひざを立てておれのほうににじり寄り、おれの肩を抱いて、後ろの壁に押し付けて、
「お前以外のことは考えたくない」とささやいた。 きゃあ。
 腰を抜かしたわけじゃないけど、思わず横すわりになってしまう。
 坂東さんのほうが小さいのに、見上げるようなかっこうになってしまう。 そうして、そのまま坂東さんの唇に言葉を封じられてしまう……。 ぼうっとなった耳に、ニュースが遠い世界のように叫びたてている。
 遠い世界のことは、重要なようで実はどうでもいいことだということを、思い知る。 今おれのそばにある、あったかい体だけがすべてなんだ。
「手のひら荒れてるな。 カバン重いの持ってるから」
 坂東さんはおれの手のひらにも優しくキスをする。ふわふわした髪が手首をくすぐっていく。

 坂東さんはとても優しくて、「自分がいっちばんかわいい」ようなやつだとは思えない。
 おれがおとなしくなって、坂東さんの背中に手を回したころだった。 おれはさっき聞いた、とても恥ずかしいせりふを思い出した。
 

 本当に奥のほうまで入れたいのかな。 さっき坂東さんが口走ったようなハードなのは、はじめにしたっきりだ。
 それでおれがパニックを起こしたのを見て、坂東さんは二度と入れてこようとはしない。

 おれが受けられないから、おれたち二人はずっと、ただ抱き合ったりキスしたり、口や手でするばっかりのえっちを繰り返してるんだけど。
 それはそれでいいと思ってた。 おれは坂東さんにキスされたり、キスしたり、抱きしめたり抱きしめられたりしている時間がとても好きだ。 いつまでもこうしていたいと思う。

 坂東さんは、でも、どう思ってるんだろうか。
 不安半分、くすぐったさ半分で、気まぐれにおれは聞いてみた。

「ねえ…坂東さん。 坂東さんは……入れたいんですか?」
「平良はいやかな、やっぱり」
 坂東さんがささやく。そして、おれのシャツのボタンを外していた手を、ふと止めた。 

「もしかしておれの、思い込み、かな」
 ちょっと、申し訳なさそうにも聞こえた。

「おれは、見た目で誤解されることが多くて…。仲良くなったやつは、たいていは…おれのことネコだと思うらしいんだ。好きな相手なら、やられるのもいやだとは思わない。 されると、やっぱり気持ちがいい。 でも。 …どっちかというと、するほうが好きなんだ。 平良は、正直に言って、するのと受けるのとどっちが好きなんだ?」

 逆に聞かれることになってしまった。
 どっちがスキって。

「坂東さん」
「平良は…本当はどっちがいい? 今まで、どっちが気持ちいいと思った?」
「どっちが…って…」
「お前の好きなようにするよ」

「好きなように…」
 おれはばかみたいに、鸚鵡返しするしかできなかった。

「お前の好きにしていい。 何でもしていい。 お前のこと好きだから」

「ばんどうさ…」
 坂東さんは、きらきらした目をおれに向ける。 急におれは震えが止まらなくなる。

 これは…おれがしていいよ、ってことなんだろうか。 おれに、来なさい、って誘ってるんだろうか。 どういう酔いかたをしたんだ、坂東さん。
「さあ」
 坂東さんが、重ねておれに挑んだ。

「おいで」
 今夜こそ、おれが、タチだ。 夢見てたことだ。 うれしいか? 平良。

 でもおれは、怖い。 足が震える。

 なんてことだ、実際におれがするのは、これが本当に初めてなんだ。 いつも坂東さんがリードしてくれて、おれはそれにあわせてればよかったんだから。
 そして坂東さん以外の男を、おれは知らない。

 ……昔、建築現場でされたことは、あれはセックスではなかった。あんなやつは人間じゃない。どんなに頭がよくても、人間ではない。
 ヤツは、全部なかったような顔をして、エリート然として。

 だめだ、こんなときに、いやなことを思い出すな、自分。

「そんな心配そうな顔して。」
 坂東さんは優しく顔を覗き込んだ。 
 もう、何も考えるのはよそう。 自分を大きく見せようとするのもやめよう。

 おれはなけなしのプライドを捨てて、言った。
「おれは、自分がしたことが、いっぺんもないんです」
 坂東さんは笑わなかった。 
「いつもの平良のままで…そのままでいい。 好きなようにしてくれたらそれでいい」

 だっておれがしたら、坂東さんは痛いかもしれないじゃないですか。 おれがされて痛かったことを坂東さんにできる? 坂東さんが好きでも、それでも辛くて耐えられないことを、坂東さんにできると思う?
 心の中で、くりかえしおれは叫ぶ。 心がいっぱいになって、言葉を発することもできない。 桜間のあざけるような笑顔が、またおれの気持ちを押しつぶす。
 
 うつむいてしまったおおれの顔を、優しく坂東さんが覗き込む。
 そして、子供に言うように、噛んで含めるように言いながら、おれの顔をそっと手のひらで挟んだ。

「何も心配しないでいい。だっておれは平良が好きだもん、平良のだったら痛くないよ?」
 その言葉に励まされて、おれは手のひらに添えられた坂東さんの手をつかんだ。

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