これは夢だ。 そう思うと、沖田の心はスと心が軽くなった。 桜が見たいと思っていたから、きっとこんな夢を見たんだろう。 (何だ……) びっくりして損した! それもそうだ。普通に考えれば、未来になんてこれるはずがない。 (夢なら、楽しまなくちゃね!) 未来の夢など、見ようにも中々見れないのだから! いつもの調子を取り戻した総司は、にっこりと笑っての横に腰を下ろした。
堅実な生き方を
は突然横に腰を下ろした総司に、ビクリと肩を揺らして上目遣いで様子を伺った。 (まいったなぁ……) 確かにさっき脅かしたのは自分だとはいえ、夢の中の登場人物にまで嫌われたくない。 総司はくるりと体をの方へ向けてじっと彼女を見つめた。 まだ涙の後の残る赤い頬に気づいて、袖でぬぐってやる。 「よし!」 なぜか満足そうに頷く総司に、はわたわたと慌てた。 (これは夢だ) だから、この少女に自分の病がうつることはない。 せっかくできた話し相手だ。会話を楽しみたい! 総司は勤めて優しい表情を浮かべると、にっこりと笑って手始めに、と自己紹介を始めた。 「先ほどはすみません。驚かせてしまって……知ってるとは思いますが、私の名は沖田総司と申します」 「あ、ええと……! わ、私は です」 「さん。素敵なお名前ですね」 異性にそんなことを言われたことがないは、びっくりして真っ赤になった。 総司はそれを見て眼を丸くすると、小さく笑って土手の桜を見上げた。 「130年後の未来でも、桜は綺麗に咲いているんですね……」 「あ、はい。日本の花ですから」 「日本の花、ですか」 幕末にすむ彼には、その言い回しが特別に聞こえたのか。彼はうーんとうなるように言うと、眩しそうに目を細めて桜を見た。 「私が住んでいた時代をご存知ですか?」 「あ、はい……ちょっとだけ……」 「そうですか」 思えば、目の前の男と自分のいる時代がつながっているのは不思議な心地がする。 沖田もそう感じているのだろうか。 しばらくの無言の後、じっとを見て言った。 「この時代は……平和ですか?」 平和…… (どうだろう……) すぐには返事ができなかった。 日本は今は戦争はしていない。 だけど、平和だと胸を張って言えるだろうか? ――しかし、平和だとそう言わなければいけないような気がして……は頷いた。 「昔は大きな戦争があったけど――今はとても平和になりました」 「……そうですか……」 総司はそう言うと、腕を後ろについてふぅと表情を和らげた。 風が総司の長い髪に戯れるようにして吹いていく。 「確かに、ここは血の匂いがしない……」 「戦争はもうずっと前に終わったから」 私は戦争を知らないんです。 の言葉に、総司は柔らかな顔を向けた。 「それは……良い、所ですね……この時代に生きている人は、さぞかし幸せなんでしょうね」 「……はい」 複雑な思いを押し隠して、が頷く。 「良かった……私たちのしたことは、無駄じゃぁなかったんですね」 ほっとしたように総司が言う。 少しだけ、罪悪感が痛んだ。 これ以上この話題に触れられたくなくて、は急いで話題を変えた。 「あの、沖田さんって新撰組にいたんですよね?」 「はい」 「新撰組って、どんな所だったんですか?」 漫画やTVでは見たことがある。 だけど実際にそこにいた総司の言葉が聞いてみたい。 話題を変えるために振った話だったが、もともと父の影響でも新撰組のファンだ。 キラキラとしたまなざしを向けるに、総司は照れくさそうにはにかむと「そうですねぇ」ともったいぶったように言って、ちらりとを見た。 「私にとっての、家族みたいなものかな……」 「家族! 近藤さんがお父さんで土方さんがお母さんみたいな感じ!?」 の言葉に総司が噴出した。 「いやだなぁ! 土方さんが母上って! あんなおっかなくて男くさい母上はゴメンですよ!」 ケラケラと笑う総司にが首をかしげる。 「男くさい……?」 「男くさいですよ! 後の世にどんな土方像が伝わってるのかは知りませんけど! あの人は女好きだし――まぁ確かに顔は綺麗だけど……」 皆あの顔にだまされて、本性を知ったら別人じゃないかって位吃驚するんですよ! 笑いの残るものの大真面目な顔を作る総司に、は目を白黒とさせて「ふ、ふーん」と頷いた。 「あ! 信じてませんね!? 風呂に入る時だって妙に男らしくて! あんまりにも堂々としているもんだから、私たちのほうがドギマギしてしまったり……」 「風呂!?」 「日野にいた頃なんてバラガキって呼ばれてて、私もずいぶん苛められたんだから……」 「あー……」 それは何となく想像できる! 微妙な顔で頷くに、がくりと総司は肩を落とした。 「もしかして後の世にも伝わってるんですか?」 「う、うーん……」 逸話って言うか、イメージが? とは言えずに言葉を濁すに、「まいったなぁ」と総司は苦笑した。 「土方さんや近藤さんとは仲がよかったんでしょ?」 「仲がいいって言うか……うーん。そうですねぇ……ずっと小さい頃から一緒にいたから」 「だから、家族?」 「ええ」 よっぽど大切なのだろう。総司の柔らかな表情を見ていたら彼らの関係がわかったような気がする。 「……懐かしいな」 総司はポツリともらした。 「昔は――桜が咲いたら、こうして皆で花見をしたんですよ」 「皆って?」 「近藤さん、土方さん。原田さんに永倉さん。それと平助に井上さんに斎藤さんに山南さん!」 指折り数える総司に、はその場面を思い描いた。 きっと今。総司の脳裏にもその時の光景が蘇っているのだろう。懐かしそうに目を細めて――ちょっとだけ切なそうな顔をしている。 「花見には酒がつき物で、酔いが回ってくると原田さんなんかは私が止めるのも聞かず、徐に脱いで腹踊りを始めるんですよ!」 「――あ……そういや、原田さんって切腹の痕があるんだっけ……?」 「そうそう! それがすごく自慢らしくて!」 沖田はクスクスと笑った。 「永倉さんや土方さんは、私が止めようとすると面白がって原田さんをけしかけるんです!」 「えー!」 「山南さんは諦めたように苦笑するだけだし、近藤さんは 『あんまり他人に迷惑をかけるなよ!』 って言うだけで、放置ですよ! もう私に迷惑がかかってるっていうのに!」 近藤の台詞のところは口真似だろうか。わざと低く太い声を作って言うと、総司はへにゃりと眉尻を下げて、はクスクスと笑った。 「楽しそうですね!」 「ええ。そうですねぇ……楽しかったというか、恥ずかしかったというか」 うーん、と総司は悩むような顔を作ってみせる。 「あー! 私も行ってみたかったなぁ!」 心底うらやましそうにが言うと、総司はちょっと目を見開いて、次いで嬉しそうに破顔した。 「じゃあ今度! 花見をする時はさんに声をかけますね!」 「本当!? 絶対だよ! 忘れないでね! 絶対だから!」 「はいはい」 何度も念を押すに沖田は嬉しそうに笑った。 今度――。 そんな日が来ることがないのは、二人とも知っている。 だから――。 総司は、が自分の思い出を共有できるように花見の話をしては、は嬉しそうに時折声を上げて笑いながら相槌をうった。
まるでそこに試衛館の皆がいるような気がして――
楽しくて、嬉しくて―― 面白おかしく話す総司に、涙が出るほど笑い転げた。
どのくらいの間、そうして話していたのだろう? 小さく鳴いて擦り寄る子猫に、沖田はハッと我に返ると辺りを見回した。 「いけない。すっかりと話し込んでしまいましたね」 見ればもう空は夕焼けに染まっている。 陽が落ちて寒くなったのだろうか。子猫はしきりに鳴きながら沖田の手に体を擦り付けてくる。 「そろそろ返らなくちゃ――」 親に怒られる……。 わかっていたけど、沖田と話していたくて―― (そうだ! 沖田さんが家に来たらいいんだ!) は自分の考えにぱぁっと顔をほころばせると、総司はその内容に気が付いたのだろうか。ふっと寂しそうな笑みを浮かべて、の頬をなでるとが口を開く前に立ち上がった。 「さぁ! そろそろ私も帰らないと!」 腕に猫を抱いて腰を伸ばすしながらつとめて明るい声を出す。 彼女といるのは楽しい。 だけどこれは夢だ。 いつまでも夢に囚われているわけにはいかない。 自分は――! 早く体を直して、近藤たちの元へ帰らなければならないのだから! 優しく細める沖田の目に強い意思を見つけると、は諦めたように残念そうな顔をして口を閉ざした。 「いつかまた――」 総司が言う。 「うん。いつかまた」 「今度は花見をする時に」 「呼びに来てね!」 「約束しますよ」 「うん」 「――さん」 「ん?」
風が吹いた。 ピンクの花びらがいっせいに風に巻き上げられる。 花嵐の中―― 「あなたに会えて良かった……」 沖田はしみじみとした声で「ありがとう」小さく笑って、目を伏せた。 「待って!」嬉しそうな、寂しそうな。穏やかな声に別れを悟る。 「沖田さん!」 は必死に叫んだ。 「沖田さん!」 (待って!) まるで花にさらわれるかのように、視界いっぱいに広がった薄いピンクに沖田の姿がかききえる。 「私も――!」 は声を張り上げた。 「私も! あなたに会えて……!」 本当に良かった……!
自分の声は届いただろうか? 風がやんだ後、沖田の姿はそこにはなく―― は胸元をぎゅっと握ると、沖田の顔を心に焼き付けるようにそっと目を閉じた。
2009.10.9
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