四国ペンギンズ
四電ペンギンズ
オリーブマラソン2026
第48回 小豆島オリーブマラソン大会
2026年5月17日(日)、第48回小豆島オリーブマラソン全国大会が開催された。
この大会は29年前の1997年の第20回大会から参加し続けており、我々にとっては欠かすことのできない重要なマラソン大会だ。
愚かでヒステリックな新型コロナウイルスのバカ騒ぎのため2020年から2022年までの3年間は中止になったが、2023年になってようやく復活した。
ところーが!なんと昨年2025年は再び中止になってしまった。
小豆島町の発表によると、
「大阪万博や瀬戸芸の春会期と開催時期が重なり、島内の宿泊施設やフェリー、バスの混雑やスタッフ不足などが予想されることから中止を決めました」
との事だ。
また、
「新型コロナウイルス感染拡大で小豆島の宿泊、観光業界は苦境に立たされ、島内の宿泊施設の客室数はコロナ禍前と比べて1000室ほど減った」
らしい。
それで2023年と2024年の大会では出場者数をコロナのバカ騒ぎ前の5000人から3000人に規模縮小していたようだ。
出場者の9割以上が島外のランナーだから、仕方ない面があるかも。
しかも、
「2026年以降の開催は時期やコースを見直すかどうかも含め今後検討する」
なんて言ってたので、オリーブマラソンが今後どうなるか、予断を許さない危機的な状況だった。
て言うか、正直言って、このままオリーブマラソンは廃止になってしまうのではないかと内心思っていた。
ところが、今年は早々に復活することが発表された。良かった良かった。
〜 エントリー 〜
上にも書いたように、この大会には1997年の第20回大会から参加し続けている。随分、長い間、出場を続けてきたもんだと感慨深い。
昔はヨタヨタ走っていると地元の老人が「ふれあい賞」なんて札を首に掛けてくれて景品を貰えるなど、のんびりしたムードが漂った牧歌的でアットホームな大会だった。
しかしながら、昨今は異常なまでのマラソンブームにより様変わりしてきた。
この大会に限った事ではないが、以前は田舎のマラソン大会で定員が一杯になるなんて事はあり得なかったから、誰でも気が向いたらエントリーして参加できていた。
それが最近は、世紀末的なマラソン狂走曲のせいで、こんなローカルなマラソン大会でも申し込み受付が始まったら、あっという間に定員いっぱいになり、油断して少しでも申し込みが遅れると参加できなくなってしまう。
なので、自分も忘れないようにエントリー受付開始時間を書いたメモをあちこちに貼ると同時に、他のメンバーにもしつこく何度も注意喚起のメールを送ってきた。
このような状況を一変させたのがコロナのバカ騒ぎだ。コロナのバカ騒ぎのせいで全国的に全てのマラソン大会が中止になっいる間に多くのランナーの気持ちはマラソン大会から離れてしまった。
そのため、久しぶりに再開されたマラソン大会は、どこも軒並み参加希望者が激減した。以前は競争率が5倍ほどで参加するのが至難の業だった大阪マラソンまでもが定員割れになったりした。
ランナーの気持ちが離れてしまった理由としては、参加者の気持ちを考えもせず自分勝手に大会を中止にした事務局への怒りや、異常なまでの参加費の高騰だ。
このような複合的な要因により、マラソン大会への参加に無関心になった人々は多い。
特にマラソン大会の経験が浅いランナーには、無関心になった人も多いだろう。私の周りにもいっぱいいる。
世紀末的なマラソンブームが起きたため、よく分からないまま周囲に流されてマラソン大会に出ていたけど、マラソン大会の中止をきっかけに、マラソン大会に出る意義を冷静に考えて、冷めたと言うか飽きた人が出てもおかしくはない。
一方、我々のように、世紀末的なマラソンブームが起きるずっと以前からマラソン大会に出ているマラソン大会中毒者にとっては、マラソン大会への参加を見合わせるなんて事はあり得ないので、参加希望者が激減した事はとても喜ばしい事態だ。
抽選制の大会は毎年応募してもなかなか当選しないし、先着順の大会ではエントリー開始前からパソコンの前でスタンバイして、エントリー開始になると同時に必死でパソコンのキーボードを叩いていた。
このようなストレスフルな状況が改善されて、昔の牧歌的な時代に戻るのであれば、少しくらい参加費が高騰しても許せる。
応募者の激減は、我々のように、いくら怒りと反発を抱えていても何だかんだ言いながらとにかくマラソン大会に出たいという中毒者にとっては喜ばしい状況なのだ。
ところが、マラソン大会の人気低迷への対抗措置として、多くのマラソン大会が定員を減らし始めている。
オリーブマラソンも復活してから定員が以前の5000人から3000人に減らされた。定員が減らされたとなると、参加希望者が減少しても競争率は高いままかもしれない。
さらに、昨年2025年は大会が中止になったから、今年の人気は全く読めない。中止が続いたもんだから人気も落ちるかもしれないが、去年出られなかった悔しさから今年は大勢のランナーがエントリーするかもしれない。
て事で、全く状況は見えない中、とりあえず素早くエントリーを進めた結果、私、支部長、D木谷さん、のらちゃん、長谷選手、T橋夫妻の7人が無事エントリーを済ませた。
〜 奴隷船の乗船券を入手 〜
オリーブマラソンは、近年、エントリーの競争も激しくなってきたが、なんと言っても交通の便の悪さが大きなネックだ。
小豆島は、四国と本州と、どちらからでも船で1〜2時間で行けるため、関西地方からの参加者も多く、そういう意味では立地の良い大会と言える。
しかし、レース会場である小豆島坂手地区には、港はあるけど船の定期航路がほとんど無い。あるのはジャンボフェリーだけだ。
なので、主催者が出している高松発の臨時船に乗るか、他の港へ定期便で行くか、どちらかの選択となる。
2007年は臨時船のチケットが入手できなかったため、定員8名の私の車に9人で乗り合わせて池田港に上陸して行ったが、移動に時間がかかるうえ、駐車場を探すのも一苦労で、会場へ着くのがギリギリになった。
そのため、その後は必死で臨時船のチケットを入手するよう努力している。
ただ、臨時船は古いフェリーボートを借り切ったものであるため、座席が少くて、早く行かないと通路の片隅に体を丸めてしゃがみ込むか、車両甲板に寝転がるしかない。
車両甲板は固い鉄板で、おまけに朝は冷え込み、冷たい波しぶきが飛んでくるし、帰りは逆に太陽熱で焼けて熱くなった鉄板の上で焼かれるお好み焼き状態になり、とても人間扱いされているとは思えない状況だ。
そのため、我々は、この臨時船を奴隷船と呼び、恐れおののいていた。
それなのに、最近の異常なマラソンブームにより、この奴隷船にすら早めに申し込まないと定員オーバーで乗船券を入手できなくなってきた。
奴隷船は満杯というか定員の3倍くらい詰め込まれるので、もはや家畜船と呼ぶのが相応しい阿鼻叫喚の世界だが、奴隷船だろうが家畜船だろうが、この乗船券ですら最近は入手が困難な状況だ。
マラソン大会への参加自体はランネットで申し込めるから簡単なんだけど、奴隷船のチケットは参加申込みとは連動しておらず、前回までは別途、郵便振込みで申し込まなければならなかった。
一体、どういうシステムなんだ!って文句を言いたくなるが、ともかくマラソン大会にはエントリーできても、奴隷船が定員一杯で交通手段に困る人が続出するのだ。
なので、いつも私が全員の分をまとめて素早く郵便振り込みで申し込み、全員分の奴隷船チケットを入手していた。
ところが、今年はこれが改善された。奴隷船のチケットもネットで申し込めるようになったのだ。
(支部長)「でもエントリーと奴隷船の申し込みが別になってたから戸惑ったよ」
(幹事長)「同感だよ。エントリーしたら自動的に連動するのかと思ってたのに、全然別の怪しげなサイトに入っていって申し込まないといけなかったよ」
(D木谷)「え?どゆこと?」
マラソン大会のエントリーをしていたら、「奴隷船には乗りますか?」なんて質問があったため、てっきり自動的に連携していくのかと思った。
ところが、実は何の関係も無く、後から各自で奴隷船専用の申し込みサイトに行って申し込まなければならなかった。
D木谷さんは、てっきり自動的に連携されているものとばかり思っていたから何もしてなかったけど、実は奴隷船の申し込みはできてなかったのだ。
郵便局で振り込むよりは多少、手間がかからなくなったけど、なかなか分かりにくいシステムだ。
奴隷船が出航するのは、以前は県民ホールの北側にある船着場だったのが、2023年からはJR高松駅の近くのフェリー乗り場に変わっていた。
それが今年は再び以前のように県民ホールの北側にある船着場になった。
(幹事長)「絶対に誰か間違えるような気がするから、間違えないように。特に支部長」
(支部長)「どき!」
〜 奴隷船に乗船 〜
いくらプラチナチケットの奴隷船乗船券を持っていても、遅く行ったら奴隷か家畜のように車両甲板に転がされてしまう。そのため、当日の朝は早起きをしなければならない。
奴隷船に人間の尊厳を維持したまま乗るには、かなり早く港に行かなければならないのだ。
以前は奴隷船が出港する1時間前に乗船開始となっていた。もちろん、乗船開始時間に行ったのでは既に座る場所は無くなっているので、それより早く行く必要がある。長年の経験から乗船開始の40分くらい前に行けば楽勝で座席を確保できるという法則が分かっていた。
今年は奴隷船が出港するのは7時25分となった。ただ、乗船開始が何時になるのかは分からない。でも、以前のような狂乱状態にはならないだろうから、6時集合とした。
多少、余裕を持って自宅を5時20分頃に出る事にしたので、4時半頃には起床した。4時半に起きるなんて若い頃なら想像を絶する世界だったが、高齢化が進んだ今は何の問題も無い。
予定通り、自転車に乗って家を出て、5時45分頃に港に着いた。既に支部長は列に並んでいたが、列と言っても支部長の他には数人しかいない。十分過ぎるほど早かったようだ。
ところが自転車を停める場所が見あたらない。
(幹事長)「自転車を停める場所が無いなあ」
(支部長)「あそこにあるよ。私もあそこに停めたよ」
支部長が指す方向を見ると、確かにたくさんの自転車が停めてある。
ところが、そこへ行ってみると、たくさんの自転車は全て鎖につながれている。どこかで回収した放置自転車をまとめて保管している場所のようだ。
支部長はその横にさりげなく自分の自転車を停めているので、私もその隣にさりげなく停めた。
しばらくすると長谷選手とD木谷さんもやってきた。
そのうちマラソン大会のスタッフもやってきた。聞くと、船が来るのは7時頃になるとの事で、乗船開始はその後だ。
以前なら出航の1時間前には乗船開始になっていたが、今年はだいぶ遅くなりそうだ。
今年から乗船券はネットで買えるようになったため、乗船券も紙ではなくスマホのQRコードだ。
まだまだ船は来そうにないが、とりあえずゲートが設けられ、そこで電子チケットの確認が行われる。そこを通過した人が桟橋に並ぶようになった。
スタッフも新しいシステムには慣れておらず、とても手際が悪い。これじゃあ大混乱に陥るぞ、と思ったが、そうでもない。乗船客が少ないからだ。
なぜか分からないが、乗船客の出足が悪い。以前なら出航の1時間前には長蛇の列が出来ていたのに、今日はとても少ない。
(幹事長)「どしたんやろ。人気が無くなってきたんかな?」
(支部長)「でも奴隷船の乗船券は早々に売り切れてたよ」
6時50分頃にJRで来るのらちゃんが到着した。
7時が近づいてきたら、ようやくどこからともなく船が出現して、すぐに乗船開始となった。かつてのような阿鼻叫喚の必死の席取りゲームは無くなり、割りとみんなゆったりと乗船して座席を確保した。
我々はいつものように2階部分の最前列のボックス席を確保した。
かつては一番下の車両甲板にはブルーシートが敷かれ、大量の奴隷が寝転がされていた。普段なら車両を積み込むところだ。
しかし、今年は甲板にブルーシートは敷かれていない。甲板に転がされる人はいないのかもしれない。
(支部長)「甲板に転がすのは違法なんと違うか」
(幹事長)「確かにあれは違法やろな」
そのため奴隷船の収容人数は減らされ、行列も短くなったのかもしれない。
客室も、以前なら足の踏み場も無いくらい通路にもいっぱい奴隷が転がっていたが、今日は大半の人が普通に座席に座っている。だいぶ環境が改善された。
〜 出港 〜
船に乗り込んでしばらくするとT橋夫妻も乗船してきた。これで全員集合だ。
7時25分になって船が動き始めたら朝食だ。さすがに早起きしたからお腹が空いてきた。
私の場合、朝食を食べてしばらくするとトイレで大が出るようになるので、できれば朝早く起きて、早目に食べて出発する前にトイレを済ませるのが理想だ。マラソン大会の会場のトイレは、どこも激混みになるからだ。
しかし、老化の進行によって早起きが苦痛でなくなったとは言え、5時過ぎに家を出るとなると、4時には食べないといけなくなる。さすがにそこまですると調子が狂いそうなので、家では食べず船に乗ってから食べる事にした。
もちろん、朝食はおにぎりだ。
以前はレース中にお腹を壊すことが多かったので、用心して朝食と一緒に下痢止めの薬も飲んでいたが、2015年の徳島マラソンで朝食を菓子パンからおにぎりに変えてからは改善された。
パンに含まれるフルクタンという糖類は消化に悪く、下痢になりやすいが、お米に含まれている糖類は消化が良いので、おにぎりを食べ始めてからは下痢する頻度はかなり低くなった。
なーんて、すっかり油断してたら、なんと2020年の高知龍馬マラソンで5年ぶりにレース中にお腹を壊して20分もトイレに籠ってしまった。その後も2022年の神戸マラソンや2023年の那覇マラソンや2024年の富士五湖ウルトラマラソンでもお腹を壊し、トイレに籠ってしまった。
いずれの場合も、朝食の量は控えめだったし、パンも避けていた。それなのにお腹を壊した。
歳を取るにしたがって年々ますます胃腸が弱くなっているようだ。また、ご飯の他にバナナやゼリーを食べたりカロリーメイトを食べたりしたので、それらが悪かった可能性もある。
少なくともご飯路線が悪い訳ではないだろうが、レース前に食べすぎるのは禁物だ。
今日も一応、ゼリーも持ってきたが、これはスタート前に必要に応じて食べることにする。
次に着替えだ。ウェアの選択だ。「何を着るか」は、どんな季節のマラソン大会であっても最も重大な課題だ。
寒いのは大嫌いだけど、暑くなるとバテてしまうから避けなければならない。
天気予報では今週末は全国的に猛暑になるとの事だった。最近は天気予報が信じられないくらい良く当たる。
そして今日も予報通り朝から良い天気だ。早朝から自転車に乗ってやってきたが、全然寒くなかった。まだ5月なのに夏の様相だ。
雨が降る可能性は限りなくゼロのようだ。普段なら喜ぶべきところだが、ここまで天気が良いと雨の方が望ましいくらいだ。
雨が嫌なのはせいぜい3月までで、5月ともなれば晴れると炎天下のレースになる可能性が高まるので、必ずしも雨は悪くない。
オリーブマラソンは毎年5月下旬に開催されるが、この季節は天気が良いときは本当に気持ちが良い。まだ湿度があんまり高くないから、木陰でボケッとしてるぶんには暑くなく、大変気持ちが良い季節だ。
ただ、マラソン大会となると事情は異なる。木陰は気持ち良くても、炎天下を走るとなると非常に暑い。
2010年の第33回オリーブマラソンでは、朝からものすごい土砂降りの雨で、みんなで欠場の相談をしていたくらいだ。
しかし実際に走ってみると、土砂降りの雨は、走りにくいどころか、気温が低くなって走りやすくて、後半の大きな坂も全然、苦にならず、最後までペースダウンすることなく、むしろ坂が多い後半の方がペースアップしてタイムが良くなるという考えられないレース展開でゴールして大会自己ベストを出した。
それ以来、オリーブマラソンでは晴天より雨の方を待ち望むようになったが、今日はカンカン照りの炎天下レースになりそうだ。なので、暑さとの戦いとなるから、暑さ対策を万全にしてきた。
上に着るのは、袖無しの白のメッシュシャツだ。かつて愛用していた秘密兵器のメッシュシャツほどではないが、このシャツも背中側はメッシュになっているし、袖も無いから、普通のTシャツに比べるとかなり涼しい。
下はいつも履いているランニングパンツだ。
寒い時は防寒用にランニングタイツを履くが、今日は炎天下なのでタイツは不要だ。以前はタイツを履かない時は足の筋肉の疲労防止のために脹脛サポーターを履いていたが、最近は履くのが面倒なので履いていない。
シューズはアシックスのマジックスピードだ。最近はフルマラソンより長い距離の時はアシックスのノヴァブラストを履き、ハーフマラソンまでの距離が短いレースではマジックスピードを履いている。
(支部長)「そんなに違うんかいな?」
(幹事長)「全く分かりません」
マジックスピードはカーボン入りで、スピード重視だ。一方、ノヴァブラストは足に優しい長距離走向きで、カーボンは入っていない。
だが、私のような超スローペースのランナーにはカーボンのマジックは全く体感できないし、違いも分からない。単なる気分の問題だ。
〜 島に上陸 〜
1時間半の船旅が終わって小豆島の坂手港に着くと、以前は島の小学生達の鼓笛隊が演奏で迎えてくれていた。本当に心温まる歓迎だったが、年々、隊員の数が減ってきていて、最近は驚くほど人数が少なくなっていた。
そして遂に2023年から鼓笛隊はいなくなっていた。本土以上に少子高齢化が急速に押し寄せる島嶼部なので、小学生の数が激減し、鼓笛隊が維持できなくなったのだろう。
船から下りたら、まずは場所取りをしなければならない。以前は大会会場近くの公園の芝生に陣取っていたが、最近は帰りの船に乗るのが便利っていう理由で、船を降りてすぐの狭い芝生のところに陣取ってきた。
ところーが!なんと船を降りてすぐの狭い芝生は無くなり、全て駐車場と言うか、フェリーに乗る車の待機場所になっていた。
坂手港にはジャンボフェリーしか寄港しないが、ジャンボフェリーに乗る車がそんなに多いとも思えないんだけど、待合施設も立派になったし、一体どうしたんだろう。
荷物を置く場所が無いので、そのまま荷物を抱えて受付へ向かう。事前にゼッケンやチップが送られてくるようになったので、受付と言っても参加賞やプログラムをもらうための受付だ。
参加賞は今年もタオルだ。マラソン大会の参加賞はTシャツが一般的だが、マラソン大会のTシャツはタンスから溢れているのでタオルの方が大歓迎だ。今年のタオルはデザインが可愛くて、なかなかよろしい。
そのほか、例年通り小豆島名産の醤油とかソーメンとかオリーブ茶とか佃煮とかも頂く。
参加賞を受け取ったら、手荷物預けの近くで準備に取り掛かる。着替えは済んでいるので準備と言っても簡単だ。
まずは、炎天下に備えて持ってきた日焼け止めクリームを塗りたくる。
炎天下に備えてサングラスも持ってきた。歳とってくると紫外線による目への悪影響が強まって白内障の危険性が出てくるので、サングラスはかけた方が良い。今日は日射しが強くてまぶしいので、サングラスをかけると目がとっても楽だし、暑さも和らぐ。
一応、炎天下に備えて嫌いなランニングキャップも持ってきたが、サングラスをかけたら暑さや眩しさが和らいで、帽子は不要な気がするので、被らない。
汗を拭くためのハンドタオルと、お腹を壊した時の緊急事態に備えてポケットティッシュをポケットに入れたら、記念撮影だ。

スタンバイする参加メンバー
(T橋妻は不在)
記念撮影が終わったら団旗をバッグに片付け、手荷物預けに預ける。
準備が終わったので、そろそろトイレを済ましておこうと仮設トイレに並ぶ。トイレには列ができていたが、意外に回転は早い。仮設トイレの数が多いからだ。
香川マラソンでは仮設トイレの数が少なかったので、スタートギリギリになってしまったが、今日は焦る必要は無い。
(のら)「何やってんのよ!急がないともうすぐスタートになるよ!」
(幹事長)「ごめんなさーい」
意外に時間がかかったようだ。
〜 スタンバイ 〜
ハーフマラソンのスタート時刻は10時だ。
スタート地点では、例年通り予想タイム順に並ぶようになっている。
この大会はタイムをチップで計測してくれるんだけど、それはゴール地点だけで、スタートはチップでは計測してくれず、ネットタイムは出してくれない。そのため、多くのランナーはできるだけ前の方に並ぼうとして混雑する。
昔は存続すら危うんでいた小規模大会だが、マラソンブームのおかげで、今日の参加者はハーフマラソンの部だけで2000人くらいいて、後ろの方までかなり混雑している。定員削減になっても、昔よりはかなり多い。
スタート時間が近づいてきたので、本日の目標を設定せねばならない。
もちろん、どんな時でも、どんなレースでも、常に大会自己ベストの更新を狙うのが良い子のランナーとしてあるべき姿だ。
マラソンはコースや季節によってタイムが大きく変わってくるため、違うレースのタイムを比較するのは不適当なので、どんなレースに出ても、とりあえず大会自己ベストを狙うのが良い子の正しい道だ。
なので、目安はあくまでも過去のタイムだ。この大会の自己ベストは2015年に出した1時間51分だ。
コースは、スタート直後の大きな坂の後は、前半は草壁の町の中心地まで行って折り返してくるという坂が無いフラットな区間だ。
後半に入ると、二十四の瞳の映画村まで行って折り返してくる曲がりくねった狭い海岸線のコースとなる。
この海岸線の道路は、曲がりくねっているだけでなく何度も何度も丘を越えてアップダウンが繰り返される。まだ元気な前半に坂があるのなら耐えられるけど、疲れ始めた後半に次から次へと坂が襲ってくるので、後半は厳しい戦いとなる。
レース展開としては、前半のフラットな区間で貯金して後半の坂が多い区間で貯金を吐き出す、なんてパターンではなく、前半はフラットなんだけど、敢えて抑えて後半の坂でペースアップするという理想的な走りを目指す。
これまで、良いタイムを出したときは全て、後半の坂のある区間の方がペースが上がっている。
とは言え、最近のていたらくを考えると、そんなに良いタイムが出るはずはない。
一昨年辺りから、庵治マラソンのような距離の短いレースから、富士五湖ウルトラマラソンのような距離の長いレースまで、出るレース、出るレースことごとく大会自己ワースト記録を出し続けている。
理由は、まず圧倒的な練習不足だ。練習不足は今に始まった事ではなく、昔からそうなんだけど、特に最近はひどい。
何も、サボりまくっていた訳ではなくて、夏場の異常な猛暑の影響が大きい。あまりにも暑くて、少し走っただけで足が動かなくなるため、夏場はあまり走れないというのが言い訳だ。
もちろん、これは言い訳であって、おんちゃんや酸欠姉ちゃんなんかは、まだ涼しい真っ暗なうちから猛練習をして、どんどん素晴らしいタイムを出し続けている。要するに、やる気の問題だ。
さらに追い打ちをかけたのが一昨年12月に八ヶ岳でアイスクライミングをやった時に右肩を痛めてしまい、右腕が痛くて全く上がらなくなってしまった事だ。
肩を動かせないと日常生活の様々な面に大きな影響があるが、肩を動かせないと腕振りができないのでランニングにも多大な影響がある。
腕を振れないから完全に下半身だけで走る事になる。足だけで走っていると、スピードが出ないだけでなく、すぐに疲れる。
そして、この状況は1年半が経過した今もあまり改善していない。
肩の痛みはだいぶ軽減されたが、その間に筋力や走力はどんどん落ちてしまい、どんな距離のレースでも過去とは次元の違う空前の大惨敗を繰り返してきている。
ただ、丸亀マラソンや香川マラソンでは、永遠のライバルである支部長には負けなかった。
支部長は特に大きな怪我はしてないが、私と同じように遅くなっており、相変わらず勝ったり負けたりだ。
(幹事長)「これはどうした事だろう?」
(支部長)「二人とも老化なんよ」
支部長の言う通り、最近の大惨敗の原因は練習不足や肩の故障だけでなく、老化の進展と言う根本的な要因のせいかもしれない。
支部長とは勝ったり負けたりだが、基本的にフルマラソン以上の長い距離のレースでは長らく負けていない。
一方、ハーフマラソン以下だと負ける事も多い。今日はハーフマラソンなので、頑張らないと支部長には勝てないだろう。
て事で、今の私には大会自己ベストを出すのは不可能だ。
それどころか、2時間を切るのも不可能だろう。
以前ならハーフマラソンで2時間というタイムは大惨敗と言えるレベルだったが、今の現状を考えれば仕方ない。
なので、現実的な目標は2時間10分辺りか。
それでも、最近はフルマラソンだと制限時間との戦いを繰り広げているが、そういう心配は無いだろう。
フルマラソンでは去年11月のイスタンブールマラソンが制限時間まであと7分、12月の松江城マラソンがあと8分、今年3月の香川マラソンがあと23分で、富士五湖ウルトラマラソンは途中の関門にひっかかって強制リタイアだった。
でも今日は制限時間が3時間だから、いくらなんでも大丈夫だろう。
て事で、焦る必要はない。前半でオーバーペースになると、後半は大撃沈するだろうから、最初は様子を見ながら自然体で走ろう。
〜 スタート 〜
スタートの時刻が近付いてきた。
空は雲一つない快だが、恐れていたほど暑くはない。湿度が低いのかもしれない。
「スタートまで、あと1分」というコールの後は、例年、「スタートまで、あと何秒」とかいうカウントダウンは無いので、待ち構えていたら、やはり今年もいきなりスタートのピストルが鳴った。
今日も左手には以前から使っているスポーツウォッチを着け、右手にはガーミンを着けている。
左手の時計は、いつものように距離表示に合わせてラップを記録していく。一方、右手のガーミンはGPSで自動的に1kmごとのラップを記録していく。
コースの距離表示も、ガーミンの計測も、どちらも正確なら、両者は一致するはずだけど、マラソン大会の距離表示っては実は非常にいい加減で、不正確だ。またガーミンのGPSも誤差がかなりある。
なので、最近はいつも両方を着けて走っている。
スタートのピストルが鳴ったからと言っていきなり走り始められる訳ではなく、しばらくしてようやく周りの集団が動き出す。しかも、スタート地点まではゆっくり歩かなければならない。
スタート地点まで歩くと、ようやく走り始めることができるが、最初は混雑しているので思ったようには走れず、しばらくはノロノロと走る。
ダラダラ進んでいる前のランナーが鬱陶しいが、前のランナーの前にも、その前にも延々とランナーがダラダラ走っているから焦るのは禁物だ。
無理して追い抜いても意味は無い。最初はウォーミングアップと割り切って、ゆっくり走ればいい。なので、当初予定通り無理せず自然体で走っていこう。
一緒にスタートしたのらちゃんは早くも少しずつ前の方に行ってしまい、すぐに見えなくなってしまった。
このコースはスタートした直後にいきなり大きな坂があるから、そんなにスピードは出ない。それでも、最初は元気なので、それほどペースを落とさなくても、なんとか走って駆け上がる。周囲のランナーも同じようなペースだ。
大きな坂のピークを過ぎると、今度は下り坂になるので、集団のペースも一気に上がる。もちろん、私もペースを上げた。つもりだった。
ところが、ガーミンでスピードを見てビックリ。前々回は1km地点のラップも2km地点のラップも1km5分ちょっとだったのに、今日はなんと1km6分をオーバーしている。
体感としては何の疲れも無く、決して足は重くない。それなのにこの超スローペースは何なんだ?
もちろん、ここで無理したら終盤に撃沈するのは目に見えているので、ガッカリしながらも自然体で走っていく。
その後は草壁港の近くにある第1折り返し地点まで平坦な道が続く。
相変わらず天気は良いんだけど、恐れていたほど暑くはない。サングラスをしていると、むしろ涼しいくらいだ。
まだまだ序盤だが、さっそく最初の給水所が現れた。このマラソン大会は給水所が多い。
以前は、どんなマラソン大会でも、前半の給水所は時間の節約のためパスする事が多かった。
でも最近は、足攣り防止のため最初から必ずこまめに水分補給することにしている。
て言うか、今日は朝から快晴で、もう喉は乾いているから、こまめに水をもらっていく。
それにしても、今日は給水所がやたら多い。普段の2倍くらい設置されているようだ。炎天下のレースになるから給水所を増やしているのだろう。素晴らしい対応だ。
しばらくすると、私より少し後ろからスタートしていた支部長が追い着いてきた。そんなに私のペースが落ちたとも思えないんだけど、こんな序盤で追いつかれるなんて、ちょっと衝撃だ。
このマラソン大会は前半には距離表示が少なく、最初に距離表示があるのは5km地点だ。なので、そこまではガーミンに頼るしかない。
ガーミンで見た1kmごとのラップは、2km地点でも驚くべきスローペースだったが、その後もどんどん着実にペースダウンしていき、1km6分半近いペースが続く。
第1折り返し点の前ですれ違うランナーを見ていると、まず長谷選手がめちゃめちゃ速いペースで飛ばしてきた。D木谷さんもかなり速い。
のらちゃんとも5分くらいの差が付いていたから、もう追い着くことは不可能だろう。
さらに支部長ともなんと3分もの差が付いていた。これにはビックリだ。ただ、支部長の場合は終盤に力尽きる可能性があるので、まだまだ諦めてはいけない。
第1折り返し点で折り返した後、しばらくすると最初の5km地点の距離表示がある。ガーミンとの距離の差は少なかったので、ここまでは精度の問題は無いようだ。
て事は、ここまでどんどんペースダウンしてきたのは間違ってはおらず、正しいようだ。相変わらず1km6分半近いペースが続いている。
なんとか踏ん張って走り続けると、二十四の瞳の分教場がある岬へ向かう分岐点がある。
10kmの部はそのまま真っ直ぐに走って会場に帰るんだけど、ハーフマラソンは往路から別れて、岬の分教場へ行く半島の道に入っていく。坂が多い海岸線のクネクネした道で、ここからが勝負だ。
前半のフラットな区間が終わったので、気分的には、ここまでで半分終わったような気になるんだけど、実はまだ8kmも走ってなくて、ここからの方が長い。
なので、「ええっ?まだ半分も来てないのか?」って精神的にしんどくなるところだけど、もう慣れっこになっている。
少し行くと、2つ目の距離表示の8km地点がある。ここでも相変わらず1km6分半近いペースが続いている。
半島に入ると道の様相がガラッと変わる。それまでの市街地の平坦な道から、アップダウンのある半島部の狭いクネクネ道になる。
絶え間なくアップダウンがあるので大変だが、自然豊かな道なので気分は新鮮になる。少しだが風もあり、それほど暑くない。
とは言え、上り坂の区間では一層ペースダウンしてしまい、1km6分半をオーバーする区間も出てきた。体感としては、まだまだそれほど疲れている感じはなく、それほど極端に遅くなっている気もしないんだけど、じわじわと遅くなっているようだ。
第2折り返し点が近づいてくると、かなり手前で長谷選手が折り返してきた。やはり、だいぶ速い。しかし、私が見た瞬間は、なんと歩いていた。あんなに速い長谷選手でも歩くことがあるんだ。
しばらくするとD木谷さんもやってきた。彼もかなり速い。
さらにのらちゃんともすれ違った。真剣な表情で、私との差はだいぶ開いている。
さらに支部長もやってきた。なんと私と5分も差が開いている。普通に考えれば、残り8kmで5分差を逆転するのは不可能だが、支部長が終盤に歩いてくれれば可能性は残っている。
しばらく行くと、二十四の瞳の映画村の前にある第2折り返し点が見えてきた。折り返し点は愛のボラーロというムーミンがクタッとなったような奇妙な形のモニュメントの前だ。
第2折り返し点を折り返した後もしばらくはフラットな区間が続くんだけど、14km地点ではかなりペースダウンしていた。坂が全く無いフラットな区間なのにかなり遅くなっている。
さすがにこれじゃあいけないと思って気合を入れて頑張ってみたが、しばらく走ると再び上り坂の区間に入った事もあり、さらに着実にペースダウンが続く。
ただ、それほど極端に遅くなっていく気配は無く、他のランナーも似たようなペースだ。私を追い抜いているランナーも多いが、私が追い抜くランナーもいる。私だけが極端にペースダウンしている訳ではない。
折り返し点で折り返すと、自分より遅いランナーとすれ違うようになる。
最近のフルマラソンでは、私の後ろにはランナーがあまりいなくて、かなり危機感を感じるが、今日は私の後ろにも大勢のランナーが走ってくるので少し安心する。
とは言え、折り返し点からかなり走っても、まだすれ違う後続ランナーはいるものの、自分のペースがどんどん遅くなっていくので、だいぶ危機感が出てきた。
半島部の最後の大きな上り坂区間では、遂に1km7分をオーバーしてしまった。
でも、ここまで来たら半島部は終わる。半島部が終わるとメインの道路に戻り、残りは2kmほどだ。
ここからいよいよ最後の大きな坂が始まる。
この大きな坂ではペースが落ちるのは仕方ないが、それでも落ち方を最小限に食い止めたい。厳しい坂とは言っても、調子が良いときは5分半くらいで登ってきた坂だ。
でも、さすがに今日は足が極端に重くなり、自分でも歩いているような感覚だ。ペースは遂に1km7分半にまで落ちてしまった。
なんとか坂を上り終えたら、あとは下るだけだ。全力で駆け下りなければならない。
って思うんだけど、足が動かない。足の動きがあまりにも遅い。なんとかモチベーションは維持しているんだけど、どうしようもなく足が重い。
「あと500m」なんて標識が見えたが、ここからが長い。すぐに海側に折れてゴールしたいのに、どこまでも走らされる。
ウンザリするほど走ったらようやくグラウンドに着き、そこから海側に折れて、さらに防波堤で再び右に折れる。
〜 ゴール 〜
防波堤の手前のコーナーを右に曲がったら、ゴールが見えてくる。
ゴール横でのらちゃんが出迎えてくれたので、最後だけは笑顔を作ってゴールした。
なんとかゴールはしたものの、タイムは現実的な目標だと思っていた2時間10分すら遠く及ばない大会自己ワースト記録だった。
これで去年10月の酸欠マラソン以来、出場した10レース連続で大会自己ワーストもしくは大会自己ベストだ。
(のら)「え?大会自己ワーストは分かるけど、大会自己ベストもあるの?」
10大会中7大会は大会自己ワーストだったが、イスタンブールマラソン、松江城マラソン、香川マラソンは大会自己ベストだった。
(のら)「それって初参加の大会ばかりじゃん」
(幹事長)「初参加だから大会自己ベストなんじゃよ」
のらちゃんよりは10分以上も遅かった。
支部長も最後まで捉える事ができなかった。期待通り、支部長は終盤で歩いたそうだけど、歩いた距離が短かったため追いつけなかった。
レースが終わったら、まずは腹ごしらえだ。
以前はゴールした後はソーメンのお接待があった。走り終えてバテバテになった状態で頂くソーメンはとても美味しく、何杯も食べていた。
ところが、コロナのバカ騒ぎ以降は、ソーメンが無くなってしまった。大きな器からみんなで箸でつつき合って食べるのが衛生的に問題視されたのだろう。そんな事で感染するとは思えないんだけど、過剰に反応する人が多いから仕方ないんだろう。
(幹事長)「しかーし!今年はソーメンが復活したぞ!」
(のら)「え?そうなの?」
(幹事長)「さっき走っている時に見たよ」
残り500mくらいのところで「冷たいソーメンあります」みたいな表示を見たのだ。
(のら)「そんなよそ見なんてしてるから遅いのよ!」
表示があった辺りに行ってみると、長蛇の列が出来ていた。でも、割りと列の回転は早く、少し並んだらソーメンにありつけた。
感染予防のためか、以前のように大きな器から各自が箸で取るんじゃなくて、紙コップに入ったソーメンがテーブルに並んでおり、それを勝手に取るシステムだ。
(幹事長)「冷たいソーメンは美味しいなあ」
(のら)「お弁当はなかなか喉を通らないけど、おソーメンは喉に入っていくね」
(幹事長)「これなら何杯でも食べられるね」
(のら)「って、なんで2杯目を食べてるのよ!?」
(幹事長)「2つもらったから」
手が2本しかないから2杯しか取れなかったけど、本当はもっと欲しかった。
ソーメンを食べて落ち着いたら、お弁当を貰う。と言っても、走った直後にお弁当は喉を通らないので、お弁当を持って船着き場に急ぐ。
〜 帰りの船 〜
帰りの奴隷船は出港時間が2時なので、まだまだ時間はあるが、朝と同じで、早く行かなければ座る場所を確保できない。
いち早くゴールした長谷選手やD木谷さんらが朝と同じ最前列のボックス席を確保してくれたので、遅れて行った私も座る事ができた。
落ち着いてからゆっくりお弁当を食べたら、反省会だ。
とは言っても、もう反省する事は無い。ここんとこ、出るレース、出るレース、ことごとく大会自己ワーストを出し続けており、この流れはいくら反省しても止める事はできない。もうどうしようもないのだ。
(のら)「駄目だよ。それじゃあヴェニスマラソンを完走できないよ」
(幹事長)「そうやった!」
一昨年のホノルルマラソン、去年のイスタンブールマラソンに続く、今年の秋の海外遠征はヴェニスマラソンに決まった。
制限時間が無いホノルルマラソン、制限時間が6時間20分だったイスタンブールマラソンに対して、ヴェニスマラソンは制限時間が6時間だ。
イスタンブールマラソンに比べて僅か20分しか違わないが、この20分が大きい。なぜならイスタンブールマラソンのタイムは6時間13分で、制限時間まで7分しか残ってなかったからだ。
これではヴェニスマラソンでは制限時間内に完走できない。わざわざヴェニスまで行ってマラソン大会に出たのに完走メダルをゲットできなかったら、あまりにも悲しい。
(のら)「今年は夏場にちゃんとトレーニングしてね」
(幹事長)「はい、分かりました。って言うか、来週もレースがあるじゃん!」
そうなのだ。僅か1週間後には秋吉台カルストトレイルランがあるのだ。
私が出るのはロングコースで、距離は30km、累積標高は870mもある非常に厳しいレースだが、ただ、制限時間が7時間もある。
なので、いくらなんでも制限時間内での完走はできるだろう。トレランは大好きなので楽しみだ。
〜おしまい〜
|
戦績のメニューへ |