第4回 とくしまマラソン
当初、第4回とくしまマラソンは2011年3月20日に開催される予定だった。
そして、これが大変な競争率だったのだ。
(ゾウ坂出)「私、抽選に外れました。くすん」
(支部長)「私も抽選に外れたがな。がっくり」
(石材店)「僕も抽選に外れました」
(テニス君)「僕も抽選に外れちゃいました」
(ヤイさん)「私も外れましたね」
(幹事長)「なんとかーっ!!!???」
あ、あり得ない。しばらく僕は呆然としてしまった。一体、何があったと言うのだ?
確かに、人気のレースでは、ある。まだ今回で4回目の新しいレースだけど、何より、坂がほとんど無いフラットなフルマラソンなので、人気が爆発した。
四国でもマラソン大会は多いが、フルマラソンでフラットなコースってのは、意外に少ない。四国は山ばっかりで平坦なコースが取れない、って訳ではなく、ネックは交通規制なのだ。平坦な広い道路ってのは、たいていは幹線道路なので、そこを何時間も交通規制するってのは簡単ではない。警察がウンと言わないとマラソン大会は開催できないのだ。東京都知事みたいに絶大な権力を誇る政治家なら、鶴の一声で都心のど真ん中で東京マラソンを開催できるけど、普通は、なかなか簡単にはいかない。交通量の少ない山間部や島なら特別の大がかりな交通規制をしなくても42kmのコースを確保するのは比較的簡単だから、多くのマラソン大会が、そういうコースで実施されるのだが、当然ながら、そういう場所では、どうしても坂が多いコースとなってしまう。我々にとって最も身近なフルマラソンである瀬戸内海タートルマラソンは、交通量の少ない小豆島の道路を走るから交通規制が簡単なため、何十年も前から開催されているけど、坂が多いと言うよりも、ほとんど坂の連続のようなコースで、かなりきつい。
なので、坂がほとんど無い徳島マラソンは、我々にとって、大変貴重なレースなのだ。なぜ徳島市の中心部でフルマラソンが可能なのか、と言えば、徳島県知事の権力がカダフィ大佐並みだから、という訳では決してなく、吉野川という真っ直ぐな大河川があるからだ。この川の堤防の上をコースにすれば、交通規制をしなくてもフラットで真っ直ぐなコースを確保できるのだ。
しかし、この大会は、申し込みに関して第1回大会から波乱が付きまとう。
まず第1回大会の定員は当初は3000人に設定され、それをオーバーした場合は抽選になると言う。今、思うと3000人の定員って少なすぎるって感じだけど、田舎のマラソン大会なら標準的なところだ。だいたいどのレースも、これくらいに設定してあり、参加者数は、それを少し下回るってところが一般的だ。ただ、徳島マラソンは超フラットなコースのフルマラソンとして貴重な存在だし、昨今の異常なまでのマラソンブームの影響で、3000人はオーバーする可能性も考えられた。とは言え、吉野川の堤防を走るんなら、多少、人が多くても問題ないから、定員オーバーしても受け付けてくれるんじゃないか、と楽観視していた。
ちょっとトリッキーなのは、抽選という点だ。競争率が10倍に達している東京マラソンなら先着順にすると大混乱になるから抽選が妥当だと思うけど、普通のレースは、定員が決められていても、それは先着順の定員だ。早く申し込めば楽勝だ。ところが徳島マラソンでは、先着順じゃなくて、取りあえず申し込み数を集計して、定員をオーバーしていれば抽選にすると言う。なんとなく、最初から波乱含みというか優柔不断というか問題を抱えたスタートであったのだ。
そして、締め切りの後、主催者側から発表された申込者数は5814人だった。思ったよりは多いっていう印象だが、3000人に対して5814人なら、実際に入金する人の歩留まりを考えれば、取りあえず全員OKだろうなって感じだった。全員OKにしたって、実際にお金を払って申し込む人はせいぜい3500〜4000人くらいだろうと予想できるから、抽選はしないだろうと思ったのだ。ところが、なんとここで、主催者側は抽選を行うという予想外の行動に出た。そして、同時に、定員を5000人に拡大した。歩留まりを考えると、5000人くらい当選させると最終的に3000人くらいの参加になるだろうという事で、その判断自体は妥当なところだろう。しかし、5814人の申し込みに対して5000人を当選させるのなら、あと少し増やして全員当選させればいいじゃないか、って思う。5814人全員を当選させたって、絶対に5000人は集まらないんだから。
てな事で、第1回大会から混乱の幕開けとなった。とは言え、5000/5814=86%という高確率からすると、絶対に当選するだろうと、全く不安を感じていなかった。みんな、そう思っていた。そして、実際に、しばらくして、当然のごとく当選通知が送られてきた。ところが、当選して当然と思っていたから中身を確認していなかったら、後になって支部長から「てっきり当選しただろうと思って中を見てなかったら、なんと落選通知でした」と衝撃の報告があった。それから慌てて周囲で確認したら、なんと、当選率はちょうど50%だった。あり得ない低い確率だ。絶対におかしい。地元民優先とか、実は先着順だったとか、何か裏があるに違いない。
この第1回目の混乱に懲りた主催者は、第2回大会は最初から先着順とした。ただ、なぜか定員は4000人に減った。第1回目は緊急措置とは言え定員を5000人に増やしたのに、4000人に減らすって、あんまりだと思うけど、そんなに慌てることも無いだろうと余裕をかましていたら、大会のホームページを見ると申し込みが殺到してて、毎日1000人ずつ申込者が増えているのを発見して、慌てて申し込んで滑り込みセーフだった。結局、1週間もしない間に受付は終了してしまった。このため、予想通り、危機感の乏しいペンギンズのメンバーは、申し込めなかった人が続出した。
そして、去年の第3回大会は、定員が6000人にまで増えた。ここまで増やしてくれれば、定員オーバーって事もないかなあ、なんて思いつつも、それまでのことがあるから、とにかく申し込み開始直後に素早く申し込んだけど、なんと、たった2日間で受付は打ち切られてしまった。2日目までに申し込んだ参加者は定員を上回る6617人だった。抽選とは言ってなかったため、多少、定員をオーバーしたけど、2日目までに申し込んだ人は全員が参加OKとなった。なぜ定員を多少オーバーしても許すのかと言えば、申し込みがインターネットと郵便振込みの両方を許容しているからだ。インターネットだけなら、定員に達した時点で即刻打ち切ることもできるけど、郵便振込みだと、時間がかかるから、一日の途中で打ち切ることはできないのだ。そして、相変わらず危機感の足りないペンギンズは、申し込めなかったメンバーが続出した。ほんまに学習能力が乏しいなあ。
このように第1回から第3回まで、主催者の予想を上回る申し込み殺到により混乱が続いてきたのだが、今回は、さらに輪をかけるような混乱ぶりだった。
まず、主催者側は最初は、今回は全員を抽選にすると発表した。定員は7000人に拡大するという。抽選に弱い僕らは、それは困るなあ、なんて文句言いつつも、定員が7000人もあれば全員が当選するんじゃないかなあ、とも思っていた。ところが、申し込み受付直前になって、急に「5000人分は先着順にし、残りを抽選にする」という、とっても奇妙な方式に変更する事が発表された。この2段階方式の意味は、今だに全く意味不明だ。先着順で5000人を受け付けてから、残りは抽選と言う方式の理由は何なんだろうか?より熱心な人は先着順で参加できて、ちょっと熱心さが劣る人が抽選ってことか?主催者側は「県内外の皆さんから多数の御意見をいただき,このたび,参加者の決定方法を見直し,7,000人の募集定員に「先着枠」を設けることとなりました」と言ってるけど、全く意味不明であり、真相は闇の中だ。何があったんだろう?
で、申し込みの受付は11月1日だった。何時から受け付けてくれるのか分からなかったけど、先着枠も5000人もあるんだし、朝、会社に行ってから申し込めば楽勝だろうと思っていた。ただ、今の会社のパソコンは調子が悪く、というか回線が弱く、インターネットがブチブチ切れる。なので、念のため、会社に行く前に寮の自分のパソコンから申し込んだ。すると、「はい。受け付けました」ってメッセージが出るかと思ったら、なぜか「抽選受付を承りました」なんてメッセージが出た。なんで、こんな早い時間に申し込んでるのに抽選なんじゃ?って思ったけど、主催者側のホームページで確認すると、
> 今回、インターネットでお申し込み頂き、正常にエントリーが完了した方に、
> 以下のメールを送付しています。
>
> 文中に「抽選受付を承りました」との標記がありますが、
> これは、申込を頂いた全ての方に一律お知らせしている内容で、
> 受付の順番結果を表したものではありません。
> ご了承ください。
と書いてあったので、一安心。なんか知らんけど、リアルタイムで5000人の足切りを発表すると間違いのもとになるので、どんなに早い時間で申し込んでも、取りあえずは「抽選受付を承りました」というメッセージを出し、あとから5000人は先着順で当選させ、残りを抽選にするらしい。どう考えても、会社に行く前に申し込んだ僕が5000人枠に入らないはずがない、と確信して、一抹の不安も抱かずにルンルン気分で会社に行く。
ペンギンズのメンバーは、僕よりさらに危機感が乏しい人が大半なので、既に申し込んでいたのは矢野選手だけだった。なんと、良い子の矢野選手は、夜中の0時になった瞬間に申し込んだらしい。
(幹事長)「げげげっ、すごいなあ。そこまでする発想は無かったなあ。
て言うか、11月1日になった瞬間に申し込もうかとも思ったんだけど、眠くて寝ちゃったのが真実だけど」
(矢野)「まだまだ甘いですねえ。0時になった瞬間に申し込みしたのに、なんと500番目でしたよ」
(幹事長)「なんとかーっ!キーボードを打つ一瞬の勝負なのかっ!?」
矢野選手の話によると、0時なった瞬間に申し込もうとしたら、サーバーがパンク状態で、取りあえず整理番号が配られたそうだ。インターネット上での整理番号って、よく分かんないけど。で、30分くらいしたら、ようやく申し込みのインプットが出来る状態になり、なんとか申し込み完了したのが1時頃だったそうだ。すごいと言うか、恐ろしい事態だ。それまでパソコンの前でじっと待っていたのか?そこまでせんといかんのか?
とは言え、そこまでするのは矢野選手始めせいぜい1000人くらいで、僕を始め、他の良い子達は早寝早起きの習慣を崩さず、朝になってから申し込みしたのだろうと思っていた。
(幹事長)「夜更かしはランナーに良くないもんな」
(矢野)「テレビでサッカーがあるときは、何時でも起きてるじゃないですか」
素晴らしい出足を見せた矢野選手以外は、みんなのんびりと構えていたので、取りあえず「今日中なら大丈夫とは思うけど、どうせなら午前中には申し込んでおくように」と指示を出し、無事みんな申し込みを済ませた。
(支部長)「午前中に申し込んだのに「抽選受付を承りました」なんてメッセージが出た!」
(幹事長)「それは、どんなに早く申し込んでも出るんや。僕も出たから安心してちょ」
てな会話を数人とかわし、余裕を持って抽選発表の12月中旬を迎えた。
当然のように、僕には当選のお知らせが来た。
> ■抽選結果:当選
>
> このたびは「とくしまマラソン2011」にお申し込みいただき、誠にありがとう
> ございました。11月1日(月)から15日(月)まで受付を行ったところ、定員を超
> えるお申し込みがあり、厳選なる抽選の結果、当選されましたことを通知いた
> します。
当たり前だ。僕が申し込んだのは、会社に行く前だ。そんなに朝早くから定員には達してるはずがないので、当選するのが当たり前だ。当選と言うか先着枠だ。お知らせには「厳選なる抽選の結果、当選されました」なんて書いてあるけど、わしは先着枠だろ、抽選もクソも無いだろ、白々しく形式的な嘘を付く出な、なんて思っていた。
ところが、他のメンバーからは、信じられない悲報が続々と届く。
(ゾウ坂出)「私、抽選に外れました。くすん」
(支部長)「私も抽選に外れたがな。がっくり」
(石材店)「僕も抽選に外れました」
(テニス君)「僕も抽選に外れちゃいました」
(ヤイさん)「私も外れましたね」
なんやてーっ!?あ、あり得ない。一体、何があったんだ。理解できない事態だ。僕が会社に行く前に申し込んでから、みんなが申し込むまでの間に、一気に定員に達したというのか?世間の人が、みんな、職場に出てすぐさま申し込んだのだろうか。信じがたい事態だ。
などと混乱気味に大会ホームページを確認すると、なんと、申し込みが始まった11月1日の朝5時の時点で、既に先着枠の5000人に達していたらしい。
(支部長)「じゃあ、幹事長もアウトじゃん!」
(幹事長)「え?一体どゆこと?」
我々の甘さ加減を強烈に思い知らされた一撃ですが、僕が意気揚々と申し込んだ時には、既に先着枠5000人は埋まっていたのだ。なので、僕が当選したのは、たまたま抽選に当たったというだけだったのだ。「厳選なる抽選の結果、当選されました」というのは嘘じゃなかったんだ。東京マラソンに5年連続で外れ続けている僕としては、運が良かったというか、冷や汗ものだったのだ。こんなとこで運を使っていいのか、という疑問もあるけど。
それにしても、落選者が多い。深夜に申し込んだ良い子の矢野選手は当然ながら先着枠に入って出場権をゲットしたが、他に当選したのは、僕とピッグ増田選手だけだ。あまりにも落選率が高い。一体どうなっとんだ?と思って調べてみると、最終的に申込者は12000人を超えたらしい。このうち5000人が先着枠だから、残りの抽選枠2000人枠に対して7000人の申し込みという事になる。確率2/7だ。
(幹事長)「ん?じゃ、ぴったり?」
(石材店)「悲しい現実」
矢野選手を除くと、当選者2人に対して落選者5人で、全体の確率にぴったりだ。どうやら抽選は厳正に行われたらしい。東京都民優先なのか持ちタイムの速い人が優先なのか有名人は最優先なのか、明らかに不公正な抽選がまかり通っている東京マラソンに比べて、徳島マラソンの公正さは証明されたが、そもそも先着5000人枠に入れたのが矢野選手だけっていうのが情けない。
(幹事長)「みんな緊張感が足りなさ過ぎるぞ!」
(石材店)「幹事長だって、結局、先着枠に入れてないですよ」
それにしても、不可解な抽選だ。そもそも、最初は全員が抽選と言っておきながら、直前になって先着枠を設け、しかもインターネットだけでなく郵便振込みも受け付けているので、一体、何をもって先着枠を選んだのか不透明だ。新聞報道によると「先着枠は11月1日にインターネットもしくは郵便振替で申し込んだ人の中から決め、もれた人は抽選枠に回す」なんて書かれており、こうなると先着枠ですら決定基準が不可解だ。郵便振替で申し込んだ人の中から、一体どうやって先着を決めるんだ?ビルの屋上からばら撒いて下に早く着いた順に決めたのか?今後、混乱を招かないためには、先着か抽選かどちらか一本で決めればいいと思う。
て言うことで、今回の大会に出場するのは、4年連続の出場となる僕と、去年からの連続のピッグ、そして初出場の矢野選手の3人となった。
ところで、今年の徳島マラソンは3月20日の開催予定だ。これまでは第1回からずっとゴールデンウィーク直前の4月末に開催されていたのに、今年は1ヵ月も早いのだ。なんで3月になったかと言えば、4月は統一地方選挙で役所が忙しいからとの理由だが、本当かなあ。選挙がらみで、何か政治的な動きが臭うぞ。
4月末だと、天気が良いと暑くなり始める季節だが、僕にとってはフルマラソンは終盤は歩くようなペースになって体は冷えてくるので、ちょうどいいくらいだ。しかも風が強いコースなので、4月末でも寒いくらいだ。3月末だと、天気が良くないと絶対に寒い。風も強ければ、終盤は骨身に堪えること間違いなしだ。さらに、今、住んでる青森じゃあ、3月はまだ雪の中で、外をランニングするなんて不可能であり、休日はスキー三昧の日々となる。なので、完全に練習不足のまま突入することになる。
(ピッグ)「練習不足は季節に関係ないですけどね」
(幹事長)「そんなことないぞー。さすがにフルマラソンの前はプレッシャーで少しは走るぞー」
てな事で、スキー三昧の日々を送りつつも、少しは寮のトレーニングルームで発狂しながらランニングマシーンの上に乗っていたのだが、ここで日本を揺るがす大天変地異が発生!
大会の9日前の3月11日に、有史以来最大の巨大地震が東北地方を襲ったのだ。事務所にいた僕は、あまりの強い揺れと、その時間の長さに恐怖を感じた。周辺の建物に被害は生じなかったが、大停電となり、そこからサバイバルゲームが始まった。会社も寮も停電になってしまったんだけど、3月の青森はまだ真冬なので、その影響は甚大だ。照明が無いのはもちろん、外は雪が降っているのに暖房は無いし、水も出ないし、食料も無いし、通信手段も途絶えてしまった。今は何から何まで電気に依存しているので、停電になると何もかもがアウトなのだ。買い置きのお菓子をかじりながら、震えながら布団にもぐりこんで真っ黒な夜を過ごしたが、一番困ったのは情報が入ってこないことだ。停電だからテレビは映らないし、電話も全く通じない状態だ。だから、ものすごく揺れて停電になったから大地震だったんだろうなあとは思っても、本当の事は全く分からないのだ。岩手県や宮城県の海岸部が津波で壊滅したなんて、後から知ったことだ。
翌日は朝から寮生が集まり、今後のサバイバル計画を練った。水道が出ないから浴場の浴槽にたまっているお湯を飲料水に使う。炊事場にあった米は量が少ないので、今後は一人一日おにぎり1個で生き延びる。そもそも燃料が無いから倉庫にあったバーベキュー用の炭で米を炊く。これが暖かい季節なら、まだ遊び気分も出ようが、寒さで凍えそうな季節なので、非常に厳しい状況だった。
ただ、翌日の夜になると、予想外に早く停電が復旧した。そのため、電気や水道が生き返り、なんとか一息ついた。暖房は石油の供給が止まったままなので全館暖房は止まったままだが、電気コタツで暖を取ってしのいだ。ただ、それまでの寒さで風を引いた僕は、その後2週間、風邪で苦しむこととなった。また、電気や水道は復旧したが、物資の流通は途絶えたままなので食料事情は悪いままだ。食べ物はおにぎりと漬物が基本だ。また、会社は超節電モードのため超寒くて、電気も消えたままだ。パソコンも使えないから、一般社員は自宅待機で、管理職だけが出勤する。そんな状態で、ロクな仕事ができる訳でもなく、情報収集や事態の推移を見守るだけの状態だ。
(支部長)「話がすっかり震災体験談になってますな」
(幹事長)「あ、ごめんごめん。ついムキになってしもて」
こんなとこで震災の大変さを披露しても仕方ない。停電のせいで風邪を引いてボロボロになってしまったし、そもそも交通機関がストップして高松にも帰れなくなったため、徳島マラソンには出られなくなったんだけど、なぜか徳島マラソンが延期になった。
主催者の発表では
> 当実行委員会では、東北関東大震災を前にして、「とくしまマラソン」を復興支援
> チャリティマラソンと位置付け、ランナーをはじめ、応援の皆様にひろく義援金を募り、
> 被災地の皆様に勇気と支援をお届けしたいと考え、開催に向け準備を進めていた
> ところでございます。
> しかし、福島原発の被害においては想定以上の危機的な状況となっており、今後も
> 予断を許さず、また15日夜には、東海地方において震度6強の地震が発生するなど、
> 地震の発生地域が広がってきています。このようなことから、ランナーの安全は確保
> できないと判断し、このたび大会開催の延期を決定いたしました。
(幹事長)「意味わかる?」
(支部長)「まったく」
全く意味が理解できない延期だ。なんで東北地方の地震で徳島のマラソンが中止になるんだ?たぶん、これは日本全土を襲った暗い自粛の流れだ。東北地方のみなさんが震災で苦しんでいる時に花見で浮かれるなんて許せない、なんていうヒステリー系の自粛ムードだ。そう言えば、東京都知事も花見禁止のために公園にロープを張っていたなあ。こういう意味の無い自粛をしたりするから、震災の被害が無かった地方にまで経済の沈滞ムードが遅い、日本全体が暗くなり、結局、被災地の復興も遅れてしまう。それが分からないのかなあ。
そこまで考えていないのかどうか分からないけど、少なくとも、ヒステリー系の人たちに非難されるのを恐れてマラソン大会も中止になったのだろう。青森県内でも、地震の被害が大きかった八戸市のうみねこマラソンなどは中止が当たり前と言うか、会場である八戸港に大きな船がゴロゴロと転がっていて、とてもマラソン大会を開催できるような状況ではなかったけど、地震の被害が皆無の地域のマラソン大会まで中止が相次いだ。地震で大打撃を受けた東北地方の元気回復のためには、こういうイベントはできるだけ開催すべきなのに。しかし一方で、八戸市の隣接町である南部町では、うぐいすマラソン大会が決行された。素晴らしいではないの。それだからこそ、遠く離れて何の関係もない徳島マラソンが中止になったのは理解に苦しむ。
(支部長)「でも、延期になって良かったんやろ?」
(幹事長)「本当に助かりました。私が批判しているのは、何でもかんでも自粛する風潮に対してです」
いや、ほんと、高松に帰れない状態になったので、個人的には延期になって本当に良かった。しかも、中止じゃなくて延期にはなったので良かった。全国のマラソン大会の中には、勝手に中止にしたうえに、既に払い込んであった参加料を返金せずに勝手に被災者へ募金したところもある。もう無茶苦茶だ。信じられない暴挙だ。地震のせいなら何があっても許されるのか?たぶん、返金するとなると手間がかかるからだろう。
で、延期になった徳島マラソンは11月6日(日)に開催されることとなった。コースなど大会概要は変更になった点はない。
ただ、日程が変更になったため、当然ながら出られなくなった人もいる。そのため、まずは既に参加予定だった人から参加の意思を確認し、参加する人は、確認書を出せばいい。一方、参加できなくなった人には、記念品のTシャツとプログラムが送られてきて、必要経費を除いた残金3,000円が返ってくる。参加料は5,000円だったのに3,000円しか返ってこないのは、Tシャツ代やらプログラム印刷費用などが既にかかっているからだ。そんなん参加しない人には関係ないことだろうけど、まあ、これは仕方ないわなあ。自然災害のせいなので主催者に非はないわなあ。
(支部長)「あれ?勝手に延期したからではないの?」
(幹事長)「あ、そやった。延期しなければ良かっただけか」
ま、とにかく、参加できなくなった人の分だけ追加募集することとなった。これは朗報だ。抽選で漏れたメンバーに参加のチャンスが出てきたのだ。ただし、参加料は高くなった。なんかしらんが、名目としては
> 「東日本大震災復興支援チャリティランナー」として募集し、
> 参加料は、義援金(4,000円)を含んだ8,000円とする。
> 募集定員:2,000人
> (1)インターネット・携帯サイト 1,600人(先着順)
> (2)専用振替用紙 400人(抽選)
> 平成23年7月25日(月)から平成23年7月29日(金)まで
> ※インターネット・携帯サイトは深夜0:00から申込受付開始
とのことだ。
(支部長)「高いーっ!なんで8000円もするんやっ!」
(幹事長)「せやけど、インターネットやったら先着順やで。迷ってる余裕はないで」
て事で、支部長とゾウ坂出とヤイさんは、大急ぎで申し込んだ。前回の失敗の学習効果により、矢野選手にならって、夜中の12時にパソコンの前に陣取り、日付が変わった瞬間に、すぐさま申し込んだのだ。それでも、前回の矢野選手同様、既に整理券番号が500番くらいになっており、結構、待たされたらしい。みんな、夜中に一斉に申し込むんだなあ。まあ、しかし、今回は素早い行動の甲斐があって、無事3人とも出場権をゲットした。良かった良かった。
てことで、今回の大会に出場するのは、4年連続の出場となる僕と、去年からの連続のピッグ増田、そして初出場の支部長、ゾウ坂出、ヤイさんの5人となった。
(ピッグ)「それから城武選手も出るみたいですよ」
(幹事長)「あれ?彼は出ないのかと思っていたが」
ペンギンズのスーパールーキーモンキー城武選手は、去年、初めてこの大会に出場し、いきなり優勝をかっさらってしまった。ところが奥さんから「毎年、優勝を目指して頑張っている地元の人を蹴散らして優勝なんかしたら失礼だから、もう止めたら?」なんて言われて、今年は出場しない意向だと聞いていたんだけど、追加募集に応募して参加するらしい。またも圧倒的な実力で2連覇を達成するのだろうか!?
(石材店)「ここまで長かったですね」
(幹事長)「ようやくレース本番までたどり着いたか」
てなわけで、2011年11月6日、第4回とくしまマラソンが開催された。
先月の弘前アップルマラソンに続き、2ヵ月連続のフルマラソンは惨敗に終わった。
おしまい。
(石材店)「これーっ!レースの記事が短すぎっ!」
(幹事長)「もう力尽きた」
ちう訳にもいかんか。
このマラソンは、受付時間が早いのが難点だ。一応、8時までに受付をせねばならない。「一応」というのは、まあ、少しは遅れても勘弁してくれるだろうという甘えだが、それにしてもスタートが9時だから、そんなに遅れる訳にはいかない。なぜなら、参加者が多いため、受付場所や更衣室や荷物の預け場所やスタート場所が、全部、かなり分散していて、受付して着替えて荷物を預けてスタート地点に並ぶまでに時間がかかるのだ。庵治マラソンとは規模が違う。おっと、トイレも忘れてはいけない。大変な大混雑だ。
高松から徳島へ行くのは、同じ青森県内の弘前アップルマラソンに参加するよりも、はるかに近いんだけど、それでも我々の感覚から言えば、遠い。帰りの車の運転中に足がつる危険性も考えれば、可能ならJRで行きたいところだ。ところが、高松発の朝一の特急では、受付時間に間に合わないのだ。鈍行列車なら、かろうじて滑り込みセーフとなる便があるけど、なんと2時間以上もかかるため、高松を出るのが非常に早くなるので、やっぱり避けたい。てことで、結局、毎年、車で出掛けている。
今年は、支部長が車を出してくれた。最近、いつもいつも車を出していただき、本当にありがとうございます。
ただ、今年は出発時間が問題だ。去年はピッグと2人で行ったから、ピッグに迎えに来てもらい、6時頃、出発した。高速のインターまでは遠くないし、朝の高速道路は空いていて順調すぎるくらい早く着き、コーヒーなんか飲みながら時間をつぶしたもんだ。しかし、今年はゾウ坂出が坂出からJRで来るので、彼女を高松駅でピックアップしてからの出発となるのだが、坂出からの始発電車が高松に着くのが6時前だ。高松駅から高速のインターまで少しあるし、結構、時間的に厳しい。ま、しかし、ギリギリ滑り込める予定だった。
ところーが、レース当日の朝早く、支部長から電話がかかってきた。
(幹事長)「まさか、この期に及んでフルマラソンに怖じ気づいて棄権するって言うんじゃないだろな?」
(支部長)「ちゃいまんがな。ゾウ坂出が乗る予定だった電車は休日は運休なんやて」
なんとまー。始発電車が休日運休とな。確かに、通勤客がいなければガラガラかもしれん。て言うか、朝、6時に着く電車なんて、平日でもガラガラかも。
いずれにしても、JRで来るとなると、高松駅着が6時半頃になるらしい。さすがに、それでは確実に遅刻するので、支部長が高松から坂出までゾウ坂出を迎えに行った。それから高松に戻ってきて、ピッグを拾ってから私んちへ。それから高速道路に入ったら、既に7時頃になっている。かなり厳しい。
途中、津田のパーキングエリアにある高速バスの停留所でヤイさんを拾う。ヤイさんは支部長に誘われてマラソン大会に出るようになったが、まだまだ経験年数は短く、当然ながらフルマラソンに出るのも初めてだ。とは言え、スポーツ万能のヤイさんなので、全く侮れない存在だ。
(幹事長)「支部長は侮れるんやけどなあ」
(支部長)「勝手に侮ってると痛い目を見ますぜ」
レース当日の朝食は、ゴール予想タイムの6時間前に食べるのが理想だとのことなので、車の中でパンをかじる。ただし、第1回大会ではお腹を壊して大変だったから、食べ過ぎにならないように慎重に食べる。
高速道路を飛ばして大会会場に着いたのらギリギリ8時直前になった。車は少し離れた吉野川の河川敷の臨時駐車場に停めて、そこからシャトルバスで送ってもらうのだが、時間が無いので、まず僕等だけ受付会場に降ろしてもらって受付を済ませ、その間に支部長は車を停めてゆっくりやってくる、という手はずにした。ところが、受付会場の場所は去年と同じだろうと思って降ろしてもらったら、そこは更衣場所になっていて、なんと受付会場の場所は去年と変わっていて、延々と歩かされる羽目になった。そのせいで受付時間は8時を完全に過ぎてしまったが、予想通り、怒られはしなかった。
再び更衣場所に戻る時間は無かったけど、受付会場にも少しだけ更衣場所があったので、そこで着替える。
何を着るかは、いつも悩みの種だ。ハーフマラソンなら、真冬の丸亀マラソンでよっぽど気温が低い時以外は、迷わず半袖Tシャツにするけど、フルマラソンでは終盤に力尽きて歩いた時に寒くないよう、長袖シャツを着る場合が多い。
(支部長)「やっぱり最初から歩くことを想定してるんやなあ」
だが、今日は気温が高めだし、風も無いので、長袖はやめて半袖のTシャツにする。雨が降ってきたら帽子も被ってた方がいいんだけど、降ってない時は帽子は鬱陶しい。先月の弘前アップルマラソンでも、雨が降ってる時は帽子がありがたかったけど、降ってないときは鬱陶しくて手に持って走るのが邪魔くさかった。天気予報では、今日は絶対に雨!なんて自信を持って言ってたけど、空を見るとそうでもないので、帽子は被らない事にした。
それから、今回は、東北大震災の復興支援チャリティマラソンとの位置付けになったため、追加募集となったチャリティランナーだけでなく参加者全員に、普通のゼッケン1枚のほか、白紙のゼッケン1枚が配られた。そのメッセージゼッケンに各々が好きなメッセージを書いて背中に着けて走るという趣向だ。何を書いてもいいんだけど、ここで何を書くかでセンスが問われるのだ。
僕は、なんと言っても遠路はるばる青森から来てるんだから、堂々と“青森から来ました!”って書こうかと思ったんだけど、そんなん着けて走ったら、絶対にみんなから「東北から来たんですかっ!」って聞かれて、なんだか嬉しいけど、しゃべったら方言で四国人てのがバレバレになって、言い訳するのが面倒なので、最初から“青森に単身赴任中”って書いた。
(支部長)「センスもクソも無いですな」
支部長は、と言えば、「10km過ぎたら声を掛けてくれ、20km過ぎたら・・・」とか何とか、こまごまと書いている。完全に自分の事しか考えていない。チャリティはどこへ行った?
出陣の前に気合いを入れる精鋭メンバー
(左からヤイレンジャー、ピッグレンジャー、支部長レンジャー、幹事ンジャー、ゾウレンジャー)
着替えが終わって外に出ると、今にも雨が降りそうな感じだが、なんとか持ち堪えている。ただ、気温は高めなので、晴れるよりは少しくらいなら雨が降った方がマシだ。去年のオリーブマラソン以来、雨は平気というか、暑いのに比べれば雨の方が歓迎っていうスタンスに変わってきているので、雨に対する不安は無い。
このレースは、むしろ前半の強い向かい風がくせ者なんだけど、今日は風もほとんど無く、絶好のコンディションと言える。じっとしていると多少、蒸し暑いけど、これくらいは我慢せねばならない。終盤に力尽きて歩くようになっても寒い事はないだろう。
(幹事長)「天候も絶好だし、体調的にもコンディションは万全みたいな気がする。
これで好タイムが出ないはずがない、なんて感じやなあ。精神的にも万全や」
(支部長)「確かに、このコンディションなら何の言い訳もできませんな」
荷物の預け場所までは、またまた結構、歩かなければならない。そして、そこからさらにスタート地点までは、またまた結構、歩く必要がある。結局、スタート地点にたどり着いたのは、なんとスタート5分前くらいだった。
ウォーミングアップはやってないけど、小出監督の本によると、一般的な市民ランナーなら、ウォーミングアップそのものが全く不要との事だ。体力を消費するだけだ。よっぽど速いタイムを狙っていない限り、プラスの効果は無いらしい。
(支部長)「て言うか、今日は、これだけあっちこっち歩かされて、十分すぎるほどウォーミングアップさせられたよ」
年々、多くなっていく参加者のせいで、スタート地点の混雑は凄まじい。というか、スタート待機場所が、ものすごく長いのだ。ゼッケンの番号順に並ぶんだけど、ゼッケン番号をどういう風に決めているのかは分からない。もしかして申告した予想タイム順かもしれないが、僕も支部長もピッグもみんな、ちょうど真ん中付近に並ばされる。ま、妥当なところだろう。
(幹事長)「庵治マラソンでは、前の方に並びすぎて、周囲の速いランナーにつられてハイペースで入ったのが敗因やったもんな」
(支部長)「序盤はウォーミングアップやもんな」
ゾウ坂出は初フルマラソンて事で緊張感を漂わせている。
(ゾウ)「なんとか完走はできると思うんですけど、時間が心配ですぅ」
(幹事長)「大丈夫、大丈夫。このマラソンは制限時間が7時間もあるから」
7時間を42kmで割ると、1km10分となる。それって早足でも可能なタイムだ。つまり、最初から最後まで歩いてもゴールすることができる時間設定なのだ。最初から歩くことは無いので、行けるところまで走って、力尽きたら歩けばいい。それでも十分に制限時間内に帰ってこられるのだ。
ただし、制限時間が長いため、救護車がほとんどいないというのが難点だ。
(ゾウ)「最初から救護車の事なんか心配するんですか?」
(幹事長)「フルマラソンともなれば、頭の中は救護車の事でいっぱいよ。なあ?」
(支部長)「ハーフマラソンの場合でも、常に頭の片隅にありますな」
制限時間が長いマラソン大会は、基本的には「歩いてでも自分で帰って来い」というスタンスなので、足が痛くて走れなくっても、泣きながら歩いて帰ってこなければならない。本音を言えば、歩いて帰るくらいなら、とっととリタイアして救護車で帰って来たいんだけど、そうはさせてもらえない。3年前の第1回大会のときは、お腹を壊して25km辺りからリタイアしようと思ったのに、救護車がいないもんだから、仕方なく残りの17kmを泣きながら歩き走りした。
10月の弘前アップルマラソンもそうだ。去年は足が痛くなって早々にリタイアしたのに、いつまで経っても救護車が来ず、結局、冷たい雨の中、震えながら1時間も待たされたため、これだったら歩いて帰った方がマシだと思い、今年はリタイアしたいのに我慢して歩いて帰って来た。
(石材店)「お願いですから、走って帰って来てください!」
それにしても、完走はできると思う、って断言するゾウ坂出はすごい。僕らなんて、いくら時間をかけてもいいとしても、完走できるかどうかが不安だ。結局、女子の方が体力があるよなあ。
(幹事長)「練習はしてるん?」
(ゾウ)「一応、一日おきに数kmは走ってるんですけど」
すごい!一日おきに数kmも走っていれば、十分すぎるぞ。ちょっと前まで全然練習できてないって言ってたけど、さすがに初のフルマラソンを目前にして、十分な練習を積んできたのか。それで完走できる自信があるのか。当然だわな。
(ピッグ)「僕も2〜3kmですけど、毎日走ってきましたよ」
(幹事長)「え?ま、毎日?」
なんと、庵治マラソン前は週に1回2〜3km程度だったのに、それを毎日に変えたのか。ううむ。今日のピッグは強敵かも。
僕は、と言えば、先月の弘前アップルマラソンでフルマラソン自己ワーストタイムという屈辱の惨敗を喫して以来、大して練習はできていない。レース直後は体がボロボロで、あんまり走れない状態だった。その3週間後の庵治マラソンは悪くない結果だったけど、距離が短いレースだから、長距離の練習としては物足りない。なので、フルマラソンに向けた練習という意味では、全く不十分だ。しかし1ヵ月のうちにフルマラソン1回と12kmレースを走っているんだから、練習は不十分でも、これらが練習の代わりになっているような気がして、なんとなく自信にはなっている。直前の1週間は全く走らず、完全休養にしたが、これで疲労も取れたはずだし。
(支部長)「で、今日の目標は?」
(幹事長)「取りあえず4時間半を切りたいぞ」
(ピッグ)「そうですね。取りあえず4時間半くらいが目標ですよね」
もちろん、胸のうちにはサブフォーという野望も秘めている。しかし、その野望に向けて何か努力をしているかと言えば、全く何もやってないので、その野望がかなう可能性は限りなくゼロに近い。いや、100%ゼロだろう。
(ピッグ)「そういうのは野望じゃなくて単なる妄想ですね」
そもそも調子が悪ければハーフマラソンだって2時間ギリギリになったりするレベルなんだから、フルマラソンで簡単に4時間なんて切れるわけがない。仮に前半を2時間で走れたとしても、後半は30分増しくらいにはなるだろう、という事で4時間半が現実的な目標だ。
ただ、タイム以上に死守しなければならない目標は、いつもながらピッグや支部長に負けないことだ。ここんとこ支部長には勝ち続けている。しかし庵治マラソンの例を見ても分かるように、そんなに差は無くて、かろうじて逃げ切った程度の勝利が多い。とは言え、支部長はフルマラソンは初めてだ。こちらは数えてみると、もう10回くらい走っている。この経験の差をフルに生かせば勝てるだろう。
(ピッグ)「ほとんど惨敗続きのフルマラソンの経験って、生きるんですか?」
(幹事長)「失敗こそが発明の母だぞ」
(支部長)「何を発明するん?」
とは言え、支部長は100kmウォーキングを完歩している実力者なので、ウォーキングには強い。なので、終盤、足が痛くなって歩き始めた時は、負ける可能性が高い。どこまで走りきれるかが勝敗のポイントかもしれない。
一方、ピッグに対しては、勝つときは圧勝しているんだけど、負ける事も多く、去年の徳島マラソンでも最後の最後で負けた。今年こそはリベンジせねばならぬのだ。
(幹事長)「支部長の目標は?」
(支部長)「フルマラソンは初めてやから、ちょっと見当が付かんなあ。
て、あっ、時計忘れた!」
なんと、支部長は時計をしてくるのを忘れたのだ。参加証を忘れた庵治マラソンよりはマシだけど、ほんと高齢者は物忘れが多くて困る。
(支部長)「幹事長の鳥頭よりはマシやって」
(幹事長)「それは自覚しているからこし、チェックリストを活用しておるぞ」
僕はマラソンにしてもスキーにしても登山にしても出張にしても、長いチェックリストを用意し、所持品なんかは念入りにチェックしている。こうすると絶対に忘れ物はしない。こうでもしないと、何から何まで忘れ物だらけになるのは間違いない。
(幹事長)「時計が無かったらペースが分からなくなって困るよなあ」
(支部長)「まあ、よっぽど無茶をしない限り、適当に走っても同じやろ」
よっぽど無茶をして潰れていく事を、この時は全く予想してなかった発言だが、僕には予想がついていた。
僕としては、作戦は、基本的には前半は抑えて、できるだけ長く一定のペースを維持することだ。前半で多少無理してタイムを稼いでも、無理がたたって終盤に足が動かなくなると元も子もないのだ。距離は全く違うが、12kmレースの庵治マラソンで、序盤に飛ばしすぎて早々にペースダウンして失敗したのは、ほんの2週間前の事だ。
ただ、一方で、1ヵ月前の弘前アップルマラソンのように、前半を抑えていたのに、そのままズルズルとペースダウンしていき、最後は足が止まって自己ワースト記録を叩き出す事もあるので、あんまり抑えすぎるのも良くないのかとも思う今日この頃。前半から適度に頑張って、そのペースを維持できれば一番良いのだろうなあ。
いよいよスタート時間が近づいてきたはずなんだけど、スタート地点は選手が多くて大混雑で、前の方で何がどうなってるのか全く様子が分からない。なにやらざわついているのは分かるけど、開会式をやっているのかどうかも定かでない。そろそろスタート時間が近づいてきたはずだなあ、なんて思っていると、はるか前の方に動きが見える。ううむ。どうやら、いつの間にかスタートしたらしい。後の方じゃピストルの音も聞こえないので、ほんとに走り出していいのかどうかも釈然としないが。
最初は抑えて走るつもりだったけど、抑えて走るどころか、最初は動きもしない。しばらくして、ようやく動き始めるが、ダラダラ歩く程度だ。何分か歩いた後、ようやくスタートのアーチにたどり着いた。このレースはチップによりネットタイムを計測してくれるので、スタートラインまでは時間がかかっても平気なので、みんな慌てずダラダラ歩いているようだ。スタートラインを越えてからは、さすがに歩くというより走りになるが、それでも、まだまだ周囲にぶつからないように小走りだ。周囲とペースを合わさないと、たちまちぶつかってしまうので、集団でダラダラ小走り状態が続く。
こういう状態では、当然ながら、数分のタイムロスがあり、スタート直後には、この数分がもったいないような気がする。時々、人混みを強引に掻き分けて、ちょっとでも前へ行こうとして、隙間を探しては左右に飛びながら走っていく人もいる。しかし、あれは体力を消耗するだけで、タイム的にはそれほど効果は無い。どうせ終盤になると、道端に座ってゆっくり休んだりしていると、あっという間に数分は経ってしまうので、あんまりムキになって焦る必要はない。
(石材店)「お願いですから、終盤に道端で道草食うのはやめてもらえませんか!」
てなことで、最初の1kmはすごく時間がかかった。1kmを過ぎた辺りから、徐々に周囲との間隔は広がってきたが、それでもまだまだ快調に走れるペースではない。しかし、小出監督の本によると、最初の2〜3kmはウォーミングアップと割り切って、絶対に焦ってはいけないとのことだ。
ふと見ると、なぜがピッグ増田が少しずつ前方へ離れていく。ん?なぜだ?まだまだ焦る必要は無いのに。もしかして、調子が良いのか?ちょっとだけ焦るが、マイペースを維持する。
3km地点を過ぎた辺りから、ようやくランナーもバラけてきて、自分のペースで気持ちよく走れるようになってきた。タイムとしては、去年よりは少し遅い。去年はもっと速いペースを30km付近までペースダウンすることなく維持できたけど、多少無理があったらしく、それからグングンとペースが落ちていき、最後は足を引きずって歩いたから、去年より少し遅いペースというのが適度な気がする。
このレースの楽しい点は、沿道の応援だ。途切れること無く付近の住民が応援してくれるほか、色んな出し物がある。色んな楽器の演奏があちこちで見られるが、前半の途中では大音量でのバンド演奏があった。なかなか上手で元気が沸いてくる演奏だった。それから徳島名物の阿波踊りもある。お囃子が軽快でマラソンにぴったりだ。
5km地点を過ぎた辺りから、ますます快調に走れるようになり、ペースも多少上がる。こうやって調子に乗ると結局は後からツケが回ってきたりするんだけど、自然体で走ってみる。すると7km地点辺りでピッグの後ろ姿を捉えた。
(幹事長)「やっと追いついたぞ」
(ピッグ)「支部長はもっと前にいますよ」
(幹事長)「え?そうなん!?」
なんと、てっきり後にいると思っていた支部長は前方にいるらしい。いつの間に?最初から先を越されていたのか?そこからは、ひたすら支部長の後ろ姿を探して走る。そのせいか、ちょっとペースを上げすぎた気もする。あんまり無理するのは良くないけど、気になる。
今日は風が無くて走りやすいけど、その分、暑くて大量に汗をかいている。なので、まだそんなに喉が渇いている訳でもないけど、給水所ではこまめに水を補給する。
このレースの良い点は給水所が多いことだ。しかも徳島は大塚製薬の地元なので、どの給水所にもアミノバリューが豊富に用意されているのがありがたい。庵治マラソンでは生ぬるい水しかなかったから、あんまり飲めなかったけど、冷たいスポーツドリンクは今日のような少し気温の高い日には必需品だ。氷砂糖を置いてある給水所もあったので、口いっぱいに頬張る。
多少、トイレに行きたい気持ちも出てきたが、仮設トイレはどこも列が出来ているので、我慢できるうちは我慢することにした。これだけ汗をかいていれば、最後まで我慢できるかもしれない。
ゼッケンは、大半の人が“東北を応援します”とか“頑張れ東北、頑張れ日本”とか書いている。そのほかに多いのは、家族関係のもので、子どもからのメッセージとかも多い。自分の子どもの写真を大きく引き伸ばして貼っている人もいる。さらに、意味不明だが、パンだの絵とかネコの絵とかカピバラの絵とかもある。意味無いけど、ありきたりなメッセージの中にあると、そういう絵の方が見ていて楽しい。
僕は“青森に単身赴任中”って書いているんだけど、他に東北から来ているらしい人はいなかった。唯一“東北旅行計画中”って人が、かろうじてカスッているけど、まだ計画中だし。
なので、僕のゼッケンを見て、「青森から来てるんですか?」なんて声を掛けながら追い抜いて行く人もいる。ちょっと嬉しい。
このレースのコースは、基本的には前半は吉野川の北岸の堤防を西に向かって走り、後半は橋を渡って南側に移り、今度は南岸の堤防を東に向かって走って帰るというものだが、距離の調整の関係で、18km地点から20km地点までの2kmの区間は盲腸のような折返し区間だ。19km地点で折り返すので、1kmの間はすれ違うから、他のメンバーの状況が分かるのだ。
ここで支部長がどこにいるか確認できるはず、と思った瞬間に、いきなり支部長とすれ違った。え?異常に速い。速すぎる。すれ違い区間に入ったばっかりだぞ。つまり2km近い差が付いている。この段階で2kmの差って、ものすごい差だ。これだけ差を付けられていれば焦るのが普通だが、こんな速いペースでは絶対に潰れると自信を持って言い切れる。完全にハーフマラソンのペースだ。そのまま行ける訳がない。支部長の顔を見ても、もう疲労困憊で元気が無いのが分かる。潰れるのは時間の問題だ。とは言え、これだけ差が付いていると、仮に支部長が歩き始めても、追いつくのはだいぶ先になりそうだ。
最近の強敵と言うか、もう圧倒的な差を付けられてライバルの地位からけ落とされたH本さんも、今日のレースに出ているとの話だから、確認したかったんだけど、見つけられなかった。単に見落としただけなのか、支部長以上に差を付けられて、すれ違うことすらできなかったのか分からない。去年は25km辺りでH本さんを追い抜いて、その後35km辺りで抜き返されて負けたけど、もう今日は最初っから完敗なのかもしれない。
19km地点で折り返して、今度は後続のランナーを確認していくと、少し後をピッグが走ってきた。思ったほど差は付いていない。意外な気もしたけど、7km地点でも、ほとんど一緒のペースだったから当然か。さらにだいぶ走ったところでヤイさんとすれ違う。顔色は悪くないが、なんだか明らかにペースが遅い。ゆったり走っている感じ。前半は余裕を残して走っているのかもしれない。
さらにすれ違いギリギリで、元徳島支店のN藤さんと現徳島支店のK岡さんとすれ違う。片Oさんは会社では滅多に会わないけど、マラソン大会では良く会う。今日もK岡さんが内Tさんを引っ張って参加しているのだろう。
一方、ゾウ坂出は見つけることが出来なかった。彼女のことだから、もう少し余裕をもってマイペースで走っているのだと思う。
すれ違い区間の20km地点までは、なんとか良いペースを維持できていたんだけど、20kmを過ぎた頃から徐々にペースダウンしていく。走っていると、特にペースダウンしているような気もしないんだけど、時計を見ると明らかにペースダウンしていく。しかも、どんどんと着実にペースが落ちていく。まだ半分なのに早くもペースダウンするなんて、もう力尽きかけているのか?去年はもっとハイペースで入ったのに、ペースダウンが始まったのは30km近くなってからだ。まるで先月の弘前アップルマラソンと同じ状態だ。まずいなあ。サブフォーなんてのは最初っから不可能なんだけど、取りあえずの目標の4時間半てのに早くも暗雲が立ちこめてきた。
折返し点を過ぎてしばらく行くと、24km地点辺りで橋を渡って南岸に移る。ここまで来ると後半に突入したという実感が沸いてきて、気持ちも新たになる。しかし、体は新たにならず、ペースは着実にどんどん落ちていく。
そして27km地点に、いよいよ待ちに待った、そば米汁やソーメンの接待所がある。一昨年は、ここぞとばかりに座り込んで、いっぱい食べ、トイレにも行って、たっぷり休憩した。去年は、この辺りまでは、まだ快調に走っていたので、タイムロスがもったいなくて、水以外は何も取らずに、休まずに走り続けて、その後、大失速した。たぶん、休憩しなかったのが大きな敗因だったのかもしれない。なので、多少、タイムロスがあっても、今年はゆっくり休むことにする。このまま休まずに頑張れば4時間半の可能性は、まだまだあるんだけど、どう考えても、この先、全然休まずに完走できるとも思えない。それに、ここでゆっくり休めるんなら、もうタイムはどうなってもいいや、ってくらい緊張感も無くなっている。それにしても疲れた体に暖かいソーメンは美味しい。さらに、そば米汁も美味しい。
そう言えば、そろそろこの辺りで支部長にも追いつくはずだ。いくら20km地点で2km近い差を着けられていたとは言え、もう限界っぽかったから、この辺りで見かけるはずだ。なーんて思っていたら、案の定、彼もこの休憩所で休んでいた。
(幹事長)「やっぱり居たか。折返し点まで異常に速かったやんか」
(支部長)「いくらなんでも速すぎた。やっぱり時計を持ってこなかったのが失敗やなあ」
彼は折返し点付近で他のランナーに時間を聞いて、あまりの速さに驚いたそうだ。ちょうど普段のハーフマラソンのペースだったようだ。その無理がたたって、その後は一気にペースダウンして、足を引きずりながら休憩所にやって来たという訳だ。
二人で十分すぎるほど休んで立ち上がる。27km地点だから、あと15kmだ。今のタイムはちょうど3時間くらい。
(幹事長)「4時間半はもう無理としても、1km8分で行っても5時間は切れるから、頑張ろうか」
(支部長)「いや、もう無理。もう歩く。先に行ってちょ」
との事なので、取りあえず一人で走り始める。
ところが、そうは言ったものの、僕も足に限界が来ていて、しばらく走ると足が痛くなって歩かざるを得なくなる。結局、弘前アップルマラソンと同じく、今回も30kmで力尽きたわけだ。
おまけに、後半に入ると沿道には誘惑が次々と現れる。そば米汁やソーメンの後は、竹輪やらフィッシュカツやら、さらにパンやおにぎり、お菓子、バナナやレモンなど、次々に魅力的な物が提供される。5時間も走るのだからお腹も空くのが当たり前で、ここでしっかり食べておかないと体がもたない、なーんて自分に言い訳しながら、しっかり休む。ちょっと休みすぎだが、魅力には勝てない。
食べ物だけじゃなく、竹輪のキャラクターとか妖怪の集団とか、面白いのもいっぱいいる。こちらは楽しくて、むしろ足の痛みも忘れて気晴らしになる。とは言っても、気休めは長時間は続かず、すぐまた歩いてしまう。
こうなると、もう退屈になるので、長時間の退屈さと戦うためにウォークマンを取り出す。今日は、ここまではウォークマンを聴いてなかったのだ。弘前アップルマラソンのコースは人気も無い山間部なので退屈するが、このコースは退屈しないので、ここまではウォークマンの必要性も無かったのだ。
しばらくトボトボ歩いていると、両手にスプレーを抱えたスプレー隊のおねいちゃんの集団がいて、両足にたっぷりスプレー吹いてもらった。精神的なものだけど、なんとなく足の痛みも和らぐような気がして、再び走り出す。が、しかし、すぐに足が痛くなって歩いたりする。
35km付近では、歩いているとピッグが抜いていく。ひえ〜。ピッグは力尽きてないのか。しかし、これだけ歩いているのに、やっと抜かれたということは、ピッグも長時間、休憩したのか。
(ピッグ)「どしたんですか?」
(幹事長)「もう足が痛くて走れんのや。ピッグは元気やなあ」
(ピッグ)「いやあ、僕も、もう元気ないですよう」
と言ってるけど、快調に走っているようにしか見えない。しばらく着いて行こうとしたけど、足が痛くなってすぐ歩く。去年はゴールまであと500mってところで抜かれたけど、今年はまだ数kmも残っている。完全に負けだ。2年連続でピッグに敗北かあ。ガッカリ。
さらにしばらく走ったり歩いたりしていると、ヤイさんが淡々と抜いていく。折返し点では結構、差を着けていたけど、さすがにこれだけ休んでいると抜かれてもおかしくはない。しかし、ピッグはまだしも、さすがに初マラソンのヤイさんに負けたのでは面目丸つぶれなので、なんとか着いて行こうと頑張る。ピッグに抜かれた時よりは、もう少し長く着いて行ったけど、結局、足が痛くなって歩いてしまう。情けないなあ。
トボトボと歩いていると、いきなり背中のゼッケンをバシッと叩かれた。誰か知り合いかと思ったら、全然、知らないおっさんが、「頑張れっ!」って怒ったように言いながら僕を追い越していく。「せっかく青森から来てるんだから、もっと頑張れ」って事だろう。いきなり知らない人に怒られてびっくりしたけど、これは気合が入った。確かに、そうだ。青森県を代表して参加しているのに、こんな所でトボトボ歩いていては青森県民に申し訳ない。
(石材店)「いつから青森県代表になったんですか!」
もちろん、多少頑張って走ったところで、すぐにまた足が痛くなって歩いたりするんだけど、それでも気合いが入ったので、歩いているうちに少し痛みが無くなると再び走ったりして、その後は歩いたり走ったりの繰り返しとなる。
そして、ついに5時間ペースのペースランナーと、それに着いていってる集団に抜かれた。さすがに、これもまずいので、しばらく着いていったけど、やはり足が痛くなって断念した。こうなると、もう5時間も絶望的だ。そうなると何の目標も無くなり、一気にガックリきて、もう全部歩いてもいいくらいなんだけど、沿道の人が「頑張れ!」なんて声をかけてくれるもんだから、そういう時は走らないと格好が付かない。やっぱり沿道の人の声援って、大事なんだなあ。
なんとか歩いたり走ったりしていると、残り3kmの辺りで、快調に走っていたヤイさんが完全に歩いている。横に並んで「どしたんですか?」って声を掛けると「肉離れしたところが痛くなって、もう後は歩く」とのことだ。しばらく一緒に歩きながら聞いた話では、ちょっと前に肉離れを起こして痛めていた箇所が、序盤で痛くなり、無理してはいけないと思ってしばらく歩いたそうだ。それで折り返し点で、あんなに遅れていたのだ。しかし、その後、痛みも消えたので頑張って走ってたらしく、それでさきほど僕を抜いた時も快調だったのだ。でも、その後、再び痛くなって、もう走るのは止めたようだ。
ヤイさんは「後は歩くから、先に行って」と言うのだが、本音を言えば、もう一緒に歩いて行きたい気分。でも、そう言われると、ついつい「じゃあ、お先に」なんて言って、なんとか走り出す。とりあえずは走り出したものの、僕だって足が痛くて長くは走れない。なので、走ったり歩いたりの連続だ。
残り500mくらいのところを歩くような足取りで一応走ってるフリをしていると、再びヤイさんが後ろから追いついてくる。またまた足の痛みが和らいだようで、なかなかしっかり走っている。もう残り500mだし、ここは一緒にいかねば立場が無いから、気合を入れてペースを上げて一緒に走る。気合さえ入れば、まだまだ走る事は可能だ。何の目標も無い状態では気合を入れるのが困難なだけで、まだまだ力は残っているものだ。そこから後はヤイさんと並んで走り、ぴったり同タイムで一緒にゴールした。
ゴールすると、万歳クラブみたいな集団がいて、一緒に万歳三唱をしてくれる。情けないタイムではあったけど、大声で完走の万歳をすると、なんだか気持ちいい。
全力を出し切ったヤイさんはゴールと共に座り込み、しばらく立てなくなった。一方、全力を出し切れてない僕は、例によって残尿感というか不完全燃焼感が全身を覆う。ほんと、最近のレースって、ゴールして座り込む事がない。まだまだ余力がある。走ってる最中は「もう駄目、早くゴールしてぶっ倒れたい」なんて思っているのに、ゴールしたとたん、一気に楽になり、まだまだ小走りできる。レース中は足が痛くて走れなかった割には、レース後は、それほど痛くない。頑張れていない証拠だ。これは精神的なものなのか?以前は、フルマラソンの後は、まともに歩けなかったと言うのに。どうやったら全力を使い切ることができるんだろう。
結局、先月の弘前アップルマラソンよりはマシだったけど、それに次ぐフルマラソン自己ワースト2位のタイムだった。本当に情けないったら、ありゃしない。惨敗の1ヵ月やなあ。
記録証をもらって確認すると、出場者の中でちょうど真ん中辺りの順位だ。去年ですら上から1/3くらいの順位だったから、ますます悪くなっている。しかし、これだけの惨敗で真ん中ってことは、よっぽど軽い気持ちで参加してる初心者ランナーが多いんだろうなあ。
しばらくすると、意外に早く支部長も帰ってきた。
(幹事長)「おや、意外に早かったなあ。あんまり歩かなかった?」
(支部長)「いやいや、ほとんど歩いたようなもんですよ」
そうか。僕らもほとんど歩いたようなもんだから、そんなに差は着いてないのか。
しばらく待っていると、ゾウ坂出も5時間台で帰ってきた。しかも、ゴールしてもへたり込むことなく、元気に万歳の輪に加わった。ペンギンズ史上、フルマラソンに挑戦した初の女子部員なんだけど、見事にゴールした。しかも元気に。立派なものだなあ。
(ゾウ)「折り返し点の付近から、あまりにしんどくて、ちょっと歩いたりして、あんまり記憶も無いくらいなんだけど、
30km過ぎてくらいからは、なんだか力が蘇って、ペースは遅いながらも、なんとか走って帰ってこれました」
力が蘇るってのが、すごい。やっぱり女子の方が持久力があるんだろうなあ。
それからピッグを見つける。
(幹事長)「あのペースやったら、結構、良かった?」
(ピッグ)「いやいや、幹事長を抜いた時は頑張って走ってましたけど、すぐまた歩きましたから」
なんとピッグも5時間オーバーで、フルマラソン自己ワーストタイムをたたき出したのだった。意外!てっきり快調に走っているのかと思ったけど、そうでもなかったようだ。頑張ったら再逆転できていたかもしれないタイムだ。ま、逆転したところで、あんまり意味は無いけど。
結局、5人揃って5時間台だ!すごいのかどうだか。
(石材店)「ゾウさんの5時間台は立派だし、支部長とヤイさんは初フルマラソンだから許容範囲としても、
幹事長とピッグは恥ずかしい限りの結果ですよね!」
(幹事長)「反論できへんなあ」
着替えた後は、タダのうどんを食べる。徳島のうどんなので味は期待してはいけないが、疲れた体に暖かいうどんは、本当に美味しい。
(支部長)「そうそう、途中で金さんに会ったよ」
(幹事長)「え?どゆこと?」
今回のレースは、ゲストに日本陸連の女子長距離マラソン強化部長である金哲彦氏が招待選手として出場していたのだ。金さんがコーディネーターをしている丸亀マラソンで僕らは2年連続でペースランナーをやった関係で、よく知っているのだ。で、支部長は10km付近で金さんに追いつき、声を掛けた後、そのまま抜き去ったというのだ。
(幹事長)「えっ?金さんに勝ったのかっ!?あの人のフルマラソンベストタイムは2時間11分台だぞ!」
もちろん、金さんはゲストとして10km程度を軽く走っていただけだろうが。
それから、気になるH本さんだが、なーんと4時間8分の快走だったらしい。
(幹事長)「よよよ、よじかんはっぷん、とな!?あり得ん。あり得なさ過ぎるっ!」
(ピッグ)「私、当面の目標はH本さんにしようかと思います」
(幹事長)「いや、それは無理!」
もう、すっかり別次元の人になってしまった。マラソン初めて3年目でサブフォー目前だ。
(ピッグ)「後半にペースが落ちて、とっても悔しいレースだったそうですよ」
(幹事長)「サブフォーが達成できなかったからか?そらそうかもしれんけど、そのタイムで悔しいだなんて、もう別次元。
これは才能の差なのか?」
(ピッグ)「練習の差だとは思いますけどねえ」
さて、優勝者だが、やはり予想通りというか期待通りというか、我がスーパールーキーモンキーの城武選手が見事2連覇を達成した。あまりにもすごすぎる。来月の福岡国際の練習のために参加したとのことで、彼としてはベストではなかったけど、それでも2位の選手に2分の差を着けての圧勝だ。
(幹事長)「これは、もちろん練習量の差はあるにしても、まずは歴然とした才能の差があるよな」
(ピッグ)「彼なら全く練習しなくても速いでしょうね」
才能が無い我々としては、やっぱり練習不足が惨敗の大きな要因だろう。距離の短い練習しかしてないと、10kmやハーフマラソン程度なら通用しても、フルマラソンでは通用しないってことだ。当たり前すぎて言葉も出ないな。
帰りは、惨敗にしょんぼりしながら、疲れた体にむち打って高松に帰る。
(支部長)「疲れた体にむち打って運転してるのは私だけやんかあ。みんな寝てるし!」
(幹事長)「お世話になりまーす」
(石材店)「最近、記事の掲載が早いですねえ。たいていレース後1週間以内に掲載されてますね」
(幹事長)「この2ヵ月でレースが4回もあるから、サボっていると溜まっていくから気合いを入れているのだよ」
(石材店)「惨敗続きの最大の原因は練習不足というより無茶なスケジューリングなんじゃないですか」
(幹事長)「徳島マラソンが春から延期になって入ってきたのが原因だわな」
てことで、シビアな2ヵ月の最後のレースであり、今年を締めくくる最後のレースである瀬戸内海タートルマラソンが早くも3週間後に開催される。相変わらずペンギンズのメンバーの参加が少ないレースだが、坂が非常に多い割りには好タイムが出るレースなので、今日のどん底から這い上がって立ち直りたいぞ。
(石材店)「心機一転、練習するわけですね」
(幹事長)「いえいえ、フルマラソンを走った後だから、ハーフマラソンくらい練習しなくても余裕で快走できるだろうと期待してるだけ」
この甘い考えが通用するかどうか、結果はすぐに出るぞ!ま、H元さんに負けるのは間違いないと思うけど。
〜おしまい〜
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