第37回 小豆島オリーブマラソン大会

〜 炎天下での快走 〜



2014年5月25日(日)、第37回小豆島オリーブマラソン全国大会が開催された。

この大会には17年前の第20回大会から参加し続けているが、昔はのんびりしたムードが漂っていたのに、近年は様相が変わってきた。
このマラソンに限ったものではないが、以前は定員が一杯になるなんて事はあり得なかったから、誰でも気が向いたら参加できていたのに、最近は例によって全国的なマラソン狂走曲のために、このマラソン大会も
申し込み受付が始まったら、あっという間に定員いっぱいになってしまい、ちょっとでも申し込みが遅れると参加できないメンバーが続出する事態となっている。
それは、このマラソン大会に限ったわけではないから、もうみんな分かり切ったことなんだけど、それでも、どうしても、やっぱり申し込み損ねるメンバーが続出する。そういう私だって、色んな大会で、ついうっかり申し込み開始の日を忘れて、数日後に慌てて申し込もうとして討ち死にすることがあるが、今回も申し込みできなかったメンバーが続出だ。う〜ん、なんとかならんかなあ。
また、4年前に初出場初優勝し、去年も優勝した我がペンギンズが誇る世界的高速ランナー城武選手は、惜しくも1月にアメリカに異動になってしまい、当分は参加できない。

(ピッグ)「このレースのために、わざわざ帰っては来ないですよねえ」
(幹事長)「これに帰って来るくらいやったらボストンマラソンに出るやろ」


さらに、大会を1週間後に控えた前の週の週末に、
ゾウさんから電話が掛かってきた。だいたいレース直前の電話ってのは、間違いなく悪いニュースが多い

(幹事長)「どしたん?」
(ゾウ)「足を怪我して出られなくなりました。くすん」


その前の日曜日に、丸亀でテニスの大会があって、県内でもトップを争う実力のゾウさんは第1シードで出たんだけど、初戦での勝利目前という時に、新しくなった丸亀競技場内テニスコートで足が引っかかって大転倒してしまい、
大怪我をしてしまった。専門の整形外科医に診てもらったら、全治3ヵ月と診断され、マラソン大会なんてトンでもないらしい。直前になっても出場取りやめは、本当に残念だけど、さすがに足を怪我した状態で出るのは無理なので、やむを得ない。

てことで、大会1週間前になって突然、出場権が余ってしまった。もったいない。あまりにも、もったいない。て事で、誰か代理出走できる人を探すことにした。もちろん、代理出走は違反だ。認められていない。申込用紙にも、虫メガネで見なければ読めないような小さな字で「
代理出走は認めません」と書いてある。ま、しかし、こんな小さな注意事項は100人中130人は読まないと思うので、取りあえず見なかったフリをする。
ただ、男性ならまだしも、
女性でレース3日前にお願いしてハーフマラソンに出てくれるような人材を見つけるのは容易ではない。まずはかつてのライバルで、今は手が届かないレベルに達してしまったH本さんに聞いてみる。

(幹事長)「オリーブマラソン出る?」
(H本)「もちろん出ますよ。申し込んでますよ」


ま、当然だわな。
次に、16年前の明石海峡大橋開通記念駅伝大会に出た初期メンバーである
ウシ1号に聞いてみる。

(幹事長)「オリーブマラソン出る?」
(ウシ1号)「うわあ、出たかったあ!申し込みしようとしたら既に定員オーバーになってたんですよ」


なんだけど、さすがに大会3日前となると、別の用事が入ってしまってて、残念ながら出られないとの事だった。もっと早ければ良かったけど、ゾウさんが怪我したのが直前だから仕方ない。その後も何人かに打診してみたが、結局、見つからなかった。もったいないが仕方ない。諦める。

さらに、当然ながら
奴隷船の乗船券も余ってしまった。人気が高まる一方の、このマラソン大会だが、最大の欠点は交通の便の悪さだ。小豆島は、四国と本州と、どちらからでも船で1〜2時間で行けるため、関西地方からの参加者も多く、そういう意味では立地は良い。しかし、レース会場である小豆島坂手地区には、港はあるけど船の定期航路がほとんど無い。神戸からはフェリーがあるようだが、高松からは定期便が無い。
なので、主催者が出している高松発の臨時船に乗るか、他の港へ定期便で行くか、どちらかの選択となる。数年前に一度、みんなで私の車に乗り合わせて池田港に上陸して行ったこともあるが、移動に時間がかかり、会場へ着くのがギリギリになったので、その後は臨時船に戻った。ただ、臨時船は古いフェリーボートを借り切ったものであるため、座席が少くて、早く行かないと通路の片隅に体を丸めてしゃがみ込むか、広い車両甲板に寝転がるしかない。車両甲板は固い鉄板で、おまけに朝は冷え込み、逆に帰りは太陽熱で焼けて熱くなり、とても人間扱いされているとは思えない状況だ。そのため、我々は、この臨時船を奴隷船と呼び、恐れおののいているのだ。それなのに、最近の異常なマラソンブームにより、この奴隷船にすら、早めに申し込まないと定員オーバーで乗船券を入手できなくなっている。つまり、奴隷船は満杯というか定員の3倍くらい詰め込まれるという状況であり、ますます厳しい環境で、もはや家畜船かもしれない。しかしながら、奴隷船だろうが家畜船だろうが、この乗船券ですら最近は入手が困難なのだ。

このプラチナチケットが余ってしまったってのは、やはりもったいないので、誰か買わないか探してみる。まずは昼食時にうどん屋で
スガちゃんに会ったので、打診してみる。スガちゃんは去年マラソンを始めたばかりの素人なのに、いきなり私よりタイムが速かった強者だ。

(幹事長)「オリーブマラソン出る?」
(スガ)「もちろん出ますよ」
(幹事長)「奴隷船の乗船券ある?」
(スガ)「いや、無いんですよ」
(幹事長)「えっ?持ってないん?ほな、買わんか?」
(スガ)「えっ?あるんですか?」


いきなり売れた、と思ったんだけど、結局、スガちゃんは買わなかった。どうやって行くのかと言えば、他の港に着くフェリーに原付バイクを乗せて上陸し、会場まではバイクで移動するんだそうだ。
奴隷船は帰りの出発時間が遅いから、彼のような速いランナーは待ち時間が多くなるから、他の港まで行って定期便に乗る方が早いんだそうだ。なるほど。奴隷船は最終ランナーはもちろん、途中棄権したランナーも含めて、全員が乗れるような時間設定になっているから、帰りの出港時間がとても遅いのだ。

スガちゃんが駄目だったので、再びH本さんに聞いてみる。

(H本)「今度は何ですか?」
(幹事長)「奴隷船の乗船券持ってる?」
(H本)「いえ、持ってないですよ」
(幹事長)「えっ?持ってないん?ほな、買わんか?」
(H本)「いえいえ、定期便で行きますから」
(幹事長)「定期便なんて不便やろ。港からどうするん?」
(H本)「何言ってるんですか。臨時バスがピストン輸送してくれますよ」
(幹事長)「えっ、そんなシステムになってるん?」
(H本)「幹事長ってベテランのくせに、そんな事も知らないんですか!?」


彼女もスガちゃんと同様に、ゴールするのが早いから、帰りの奴隷船の出港まで長時間待たされるのを避けるために他の港の定期便を使っているのだそうだ。

(幹事長)「臨時バスに乗るのは大変じゃないの?」
(H本)「船を降りたらダッシュですね。家を出て家に帰るまでがマラソン大会ですねっ!」


ふ〜む。やっぱり定期便も大変そうだ。
結局、乗船券もさばけなかった。もったいない。だが、当日、乗船券を無くして困っている参加者もいるかもしれないので、最後の可能性に賭けてみる。



いよいよレースの朝となった。
いくらプラチナチケットの奴隷船乗船券があっても、遅く行ったら奴隷か家畜のように車両甲板に転がされてしまう。奴隷船に人間の尊厳を維持したまま乗るには、かなり早く港に行かなければならない。奴隷船が出港するのは6時50分だが、過去の記事を読むと、3年前には6時過ぎに船に乗り込んだのに、既に座る場所が無かったが、去年は出港1時間前の5時50分に港へ着いたら、余裕で座席を確保できた、って書いてあるので、今年も5時50分に港へ行くことにする。以前は、5時50分に起きるのも大変で、5時50分に港に行くなんて不可能だったが、最近は歳取ってきたせいか、早起きが苦痛でなくなった。余裕で5時50分に港に着くと、既に支部長ピッグも来ていた。まだまだ列は短く、支部長なんか、行列のほぼ先頭に並んでいる。

列に並んでいると、すぐ前に並んでいるグループの一人が「いかん、乗船券を忘れた!」って言いながらパニックになっている。なんと、思った通りの展開!列に並んでいる人たちに片っ端から「乗船券いりませんかあっ」ってダフ屋みたいに聞いて回ろうかと思っていたけど、すぐ前のグループに乗船券を忘れた人がいるなんて、もう奇跡じゃないか。すかさず「うちのメンバーで急遽、来れなくなった人がいるから、乗船券ありますよ」と言って、即、商談成立で、お互いにハッピーになった。良かった良かった。

外で並んでいるのは僅か10分で、6時になったら乗船開始となる。余裕を持ってボックス席を確保できた。
ただ、出港時間になっても、なんとなく混雑振りがいつもより少ない。いつもなら、床にもいっぱい座ったり寝ころんだりで、歩くことが不可能な状態になるんだけど、今日は妙に空いている。床に座っている人が少ないのだ。

(幹事長)「なんか、人が少なくない?」
(支部長)「明らかに少ないなあ」

ただし、車両甲板を見に行くと、例年のように固い甲板の上が満員状態だった。客席のシートの間の隙間に座るのを止めて固い甲板に座る人が増えたんだろうか。

船が動き始めたら朝食だ。いくら早起きが苦痛でなくなったとは言え、普段より早い時間に朝食を食べるとお腹を壊すので、家では食べず、船に乗ってから菓子パンをかじる。今年は、おにぎりにしようかとも思ったけど、普段と違うもの食べてお腹を壊すといけないので、普段通り、パンを食べる。マラソン大会の前なんだから、いっぱい食べたいところだが、お腹を壊すといけないから量は控えめで、ゆっくり十分過ぎるほど噛んで食べる。

(ピッグ)「相変わらずお腹を壊すことに心配性ですね」
(幹事長)「去年も苦しんだけど、マラソン大会の2回に1回はお腹を壊しているような気がするよ」


6年前の第1回徳島マラソンでは自動車修理工場に駆け込んだし、5年前にピッグと一緒に出た青森県の走れメロスマラソン大会でもビニールハウスの中に駆け込んだ。

(ピッグ)「それって、一応、所有者に断ってるんですよね」
(幹事長)「そんな余裕は無い」


去年のオリーブマラソンも、工場のトイレに駆け込んだが、この時は受付の人に断って入った。まだ余裕があったからだ。
お腹を壊す不安の他にも不安材料がある。「他にも」と言うか、同じ事の裏返しだが、トイレの大だ。普段は家で朝食を食べてからトイレに行くが、早起きして朝食も食べなかったから、家では大は出なかった。船のトイレか会場のトイレで用を足すか、あるいは大は出さないで走るか、の選択になる。でも、朝食は食べたけど船の中では出そうに無いし、そもそも船のトイレは長蛇の列が出来ていて並ぶ気がしなかった。会場に着いてから考えよう。

天候は、朝、家を出た時は薄曇りで、このまま曇り空だと暑さもマシだろうと期待してたんだけど、日が昇るに連れてだんだん晴れてきた
このレースは毎年5月末に開催され、天気が良いときは本当に気持ちの良い季節となる。ボケッとしてるぶんには大変、気持ちが良い季節だ。ただし、走るには暑い。トップクラスの選手が走るマラソン大会という意味では、5月下旬なんて、もうマラソンシーズンは終わっている。私は個人的には寒いのは嫌いで、暑い方が好きだ。だから、真夏の炎天下で汗だくになって走るのは好きだ。暑いけど楽しい、と言うか、気持ち良い。しかし、いくら好きでも暑いとタイムは悪くなる。寒いのは大嫌いだが、寒い方がタイムは良い。それが如実に証明されたのが、4年前のこの大会だ。

実は、この大会は、昔からタイムが悪かった。1997年から出続けているのに、なんと2時間を切ったことがなかったのだ。

(ピッグ)「恥ずかしいから大きな声で言わない方が良いですよ」
(幹事長)「一応、過去の話だから」


恥ずかしいことは事実だが、ただし、タイムが悪いのは私だけではなく、他のメンバーも総じてタイムは悪かった。いくら暑いと言ったって所詮5月なんだから、7月下旬の炎天下の汗見川マラソンとか四国カルストマラソンみたいな地獄の暑さではないから、タイムが悪い理由は坂が多いからだと信じていた。この大会のコースは、スタート直後(てことは、ゴール直前)の大きな坂の後は、前半は坂が無いフラットで真っ直ぐなコースなんだけど、後半に入ると、曲がりくねった狭い海岸線の道路を走るようになる。海岸線だからフラットかと言えば大間違いで、もっと海岸ギリギリに道路を造れよ、と言いたいくらい平気で何度も何度も丘を越える。10kmの部は前半の部分だけを走るので、スタート直後(てことは、ゴール直前)の大きな坂以外は、フラットな部分だけを走るので楽だが、ハーフマラソンは後半が厳しい。まだまだ元気な前半に坂があるのなら耐えられるけど、疲れ始めた後半に坂が次から次へと襲ってくるので、後半は厳しい戦いとなるのだ。
同じ小豆島だけど、反対側の北西部で行われる11月の瀬戸内海タートルマラソンも同じように坂が多いが、なぜかそちらの方はタイムが良い。毎年、超フラットで高速コースとして有名な丸亀マラソンと同じようなタイムなのだ。これは非常に不思議で、理由は不明だが、タートルマラソンはコース全般に満遍なく坂が配置されているからマシなのかなと思っていた。逆に、オリーブマラソンは後半に坂が集中するのが良くないのだと思っていた。なので、この大会では2時間を切るなんて絶対不可能だと信じていた

ところが、城武選手が優勝した4年前は、考えられない結果となった。朝からものすごい土砂降りの雨で、みんなで真剣に欠場を考えたりしたのだけど、「雨が、どうかしましたか?」という城武選手の冷たい一言で渋々参加した。ところが、土砂降りの雨は、走りにくいどころか、気温が低くなって走りやすくて、大きな坂も全然、苦にならず、最後までペースダウンすることなく、というか、坂が多い後半の方がタイムが良いという考えられないレース展開でゴールし、2時間を切る大会自己ベストとなった。私だけでなく、最後までデッドヒートを演じたピッグも快走だったし、支部長も例年なら絶対に歩く最後の大きな坂も歩かずに2時間を切る大会自己ベストを出した。
この結果には全員、衝撃を受けた。それまでみんな雨は嫌がっていたんだけど、一転して、暑い季節のマラソンは雨乞いをするようになったのだ。このオリーブマラソンのタイムが悪かったのは、坂が多いから、というだけではなくて、暑さのせいが大きかったのだ。

そして、その翌年は、序盤に激しい雨が降った。中盤以降は雨が上がり、気温がどんどん上昇していったが、それでも序盤の雨のおかげで、いつもよりは気温も低めで快適に走れた。その結果、前年よりは遅かったものの、やはり後半にペースを上げることができて、2時間を切って大会自己ベスト2位を出した。

2年連続して好タイムを出した結果、このレースも、雨さえ降れば良いタイムが出る、という事が分かり、それまで大の苦手だったこのレースに対して、なんとなく自信がつき、根拠は無いけれど、雨が降らなくても、頑張れば良いタイムが出るかも、なんて期待すら抱くようになった。しかし、2年ぶりに出た去年は炎天下のレースとなり、しかも暑さに加え腹痛との戦いとなり、結局、以前のように惨敗となった。

てことで、過去の成績を整理すると、良いタイムが出たのは雨が降った2回だけ。それ以外は10数回出場しているが、2時間は絶対に切れなかった。やはり天候が絶対条件なのだ。で、どんどん晴れてきた今年は、非常に厳しい戦いが予想されるようになってしまった。

(ピッグ)「で、今日の目標タイムは?」
(幹事長)「2時間を切れれば嬉しい」
(ピッグ)「どんな大会でも
目標は常に大会自己ベストじゃなかったんですか?」
(幹事長)「敢えて言えば、炎天下大会自己ベストの更新やな」


確かに、どんなレースでも常に大会自己ベストを狙うのがモットーだけど、過去の実績を見れば、このレースは雨が降らなければ2時間を切るのは不可能だ。不可能だけど、一応は目標に設定するという事だ。2時間を切れれば、炎天下での大会自己ベストだ。

(支部長)「私は2時間切りはあり得ないから、1km6分ペースで完走できれば良しとしよう」

ま、それが現実的なところかもしれないが、一応、2時間を切るために、目標のペースは1km5分40秒としよう。

天候も大きな要素だが、このレースには大きな落とし穴がある。それは1ヵ月前の徳島マラソンだ。僅か1ヵ月前にフルマラソンを完走しているのだから、それで練習量は十分に確保できており、それ以降はロクに練習しなくてもハーフマラソンくらい楽に乗り切れるような気がする。なので、どうしても練習に気合いが入らないと言うか、油断してしまう。そのせいかどうか分からないが、徳島マラソンの後は、毎年、なぜか、週末に練習してても、あんまり長距離が走れないのだ。暑くなってきたせいもあるだろうし、徳島マラソンの疲れが残っているのかもしれないが、10数kmも走れば足が動かなくなり、20kmが走れないのだ。で、結局は練習不足のままレースに臨むこととなる。



1時間半の船旅が終わって小豆島の坂手港に着くと、いつものように島の小学生達の鼓笛隊が演奏で迎えてくれる。心温まる歓迎だが、少子高齢化が急速に押し寄せる島嶼部なので、いつまで鼓笛隊が維持できるのか不安がある。
船を降りたところで國宗選手の元上司のDK谷と合流した。今回、國宗選手は参加申し込みができなかったが、DK谷氏はきちんと申し込んでいた。

(幹事長)「そう言えばDK谷さんも自転車持ってましたよねえ?」
(DK谷)「あんまり乗ってないですけどね」
(幹事長)「10月に、しまなみ海道を全線走る
サイクリングしまなみって大会があるの知ってますか?」
(DK谷)「そんなイベントがあるんですか。面白そうですねえ」


サイクリングしまなみは、去年の10月にもあって我々ペンギンズ自転車部の精鋭部隊が参加したが、それはプレ大会という位置づけで、今年のが本大会だ。何が違うかと言えば、去年のプレ大会は、しまなみ海道全線を使うのではなく、愛媛県内の部分だけだったが、今年は広島県側にも広がり、尾道まで行くコースができたのだ。受付は一昨日の夜から始まり、我々は支部長が受付開始と同時に6人分をまとめて申し込んでいるが、定員が8000人もあるので、まだまだ大丈夫だろう。最近の異常なまでのマラソンブームにより、マラソン大会なら定員8000人だろうが3万人だろうが、あっという間に即日完売になってしまうが、さすがに自転車はそこまでのブームではないし、遠方から自転車を運んでくるのも大変だし、そんなに簡単には完売しないと思われる。

(DK谷)「じゃあ私も参加します。みなさん、どのコースに出るんですか?」
(幹事長)「せっかくだから尾道まで行くAコースで申し込んでます」
(DK谷)「泊まるとこなんて、あるんですか?」
(幹事長)「ホテルも押さえてますから大丈夫ですよ」


ますます楽しみになってきたぞ。
会場に着いたら受付をせねばならないが、今年は事前にゼッケン等が送られてきているから、当日の受付は参加賞をもらうだけなので、とてもスムースだ。今年の参加賞はタオルだけど、なんだか斬新なデザインになっていた。
受付の後は、場所の確保だ。この大会は関西方面からの参加者も非常に多いんだけど、辺りには宿泊施設が少ないこともあって、これまで会場横の公園の中にテント村が開設されてきた。遠方の人は前日から来てテント泊するのだ。ところが今年はテント村が開設されない事になったので、公園でシートを広げるスペースが広くなり、場所を確保する苦労が無くなるのかな、なんて期待していたら、テントが排除された公園のほとんどが臨時駐車場になっていて、むしろ荷物を置ける場所を探すのに苦労した。もともと土地が狭い場所だから、駐車場の確保も困難だろうけど、荷物を置いて着替える場所が無いのでは、ほんと困った事態だ。
なんとか苦労して場所を確保してから、いよいよ最重要課題のウェアの選択に入る。

(ピッグ)「また今日も何を着るかで悩みまくるんですか?」
(幹事長)「今日はもう決めている。秘密兵器を持ってきたのだ!ジャーン!」


秘密兵器とは、メッシュのシャツだ。炎天下になった場合は、これを着ると決めてきたのだ。

写真では良く分からないが、シャツはメッシュになっている

(支部長)「うわ、何それ?」
(幹事長)「ほとんど何も着てないのと同じやから涼しいぞ」
(ピッグ)「どこにあったんですか、そななもん」
(幹事長)「押し入れの奥から発掘してきた」


なんで、こんなものがあるのか、記憶が定かでない。たぶん若い頃、海水浴に行くのに着ていたんだろうと思うが、記憶がある訳ではなく、あくまでも想像だ。
下は、青森勤務時代に作った陸上部のユニフォームだ。見るからに速そうだし、実際に、これを着ると非常に走りやすく、これを着たときは、たいてい好タイムを記録している。

(ピッグ)「それやったら、上も同じユニフォームで揃えてくださいよ」
(幹事長)「メッシュTシャツの方が、より一層、涼しいと思って」
(支部長)「涼しいかどうか知らんけど、あまりにも恥ずかしい格好やなあ」
(幹事長)「たぶん恥ずかしい格好だとは認識しているけど、自分で着ていると、あんまり気にならないもんだよ」
(支部長)「大昔のアイドルがステージで着ていた衣装みたいな感じやなあ」


メッシュTシャツは裸同然の涼しさと軽さだ。とても快適。他にも暑さ対策と言うか、日射し対策は万全だ。まずはサングラスだ。年取ってくると紫外線による目への悪影響が強まって白内障の危険性が出てくるので、鬱陶しいけどサングラスをかけるようにしている。サングラスをかけると、目がとっても楽だ。また、年取ってくると紫外線による皮膚への悪影響が強まって回復力も落ちるので、日焼け止めクリームも塗るようにしている。ベタベタして気持ち悪いけど、我慢して顔も手も足も塗りまくる。日焼け止めクリームはピッグも塗っている。
さらに、帽子も被ろうかと思ったけど、帽子を被ったら、直射日光による暑さは防げるけど、頭が蒸れて暑くなったりして、結局、脱いだり被ったりの連続になるので、今回は被らないことにした。

これだけ私が暑さ対策に力を入れているというのに、支部長は今日もタイツを履いている。

(幹事長)「そんなん履いて暑くないん?」
(支部長)「今日は何着ても暑いから、同じやって」

今年は精鋭部隊を揃えたぞ
(左から支部長、幹事長、DK谷さん、ピッグ)

我々がかろうじて確保したスペースは、大きなテントの裏側だ。そのテントは大会主催者の小豆島町と姉妹都市になっている大阪府茨木市からの一行のテントだ。茨木市からは毎年、市の職員や市民が大挙して参加しているのだ。そして、その茨木市の職員チームに、私の会社の同僚と言うか後輩のMちゃんの娘さんがいるのだ。彼女は大阪の大学を去年卒業して、そのまま茨木市に就職したんだけど、新入社員は強制参加的な雰囲気により、去年、初参加した。今年もいるかな、と思ってテントを覗くと、やっぱり来てた。
娘さんは、Mちゃんとは似ても似つかない可愛らしいお嬢さんで、去年は新人てことで、おとなしくしていたけど、今年は元気いっぱいで楽しそうだった。

スタートまで時間はたっぷりあったが、結局、便意はもよおさなかったので、今日は大はしないままスタートすることにした。一抹の不安はあるけど、仕方ない。
ダラダラ歩き回ったりしていたら、スタート時間が近づいてきたので、スタート地点に移動する。スタート地点では、予想タイム順に並ぶようになっている。昔のように参加者が少ないときは、誰がどこに並んでも何の問題も無かったけど、最近のように大勢のランナーが出るようになると、コースの道路が狭いだけに、大混雑になって走りにくい。なので、予想タイム順の整列は必須だ。
だが、ダラダラしてて遅れていったため、あんまり前の方に行けず、やや後ろの方からのスタートになってしまった。まあ、今日は炎天下で厳しい条件なので、好記録が生まれる可能性は乏しいから、後ろの方からぼちぼちスタートするのでいいような気もする。

ただ、炎天下にもかかわらず、思ったほど暑くはない。なんとなく蒸し暑さが感じられない。湿度が低いのだろうか。日なたでは暑いけど日陰に入ると暑くない。もしかして、そんなに厳しいレースにはならないかも。

(幹事長)「なんだか今日は行けそうな気がするぅ〜」
(ピッグ)「古いですねえ」
(支部長)「て言うか、暑いで。やっぱり」
(幹事長)「それは支部長がタイツ履いてるから」



しばらくすると、スタートの合図が鳴り響くが、当然ながらしばらくはダラダラ歩く状態。スタート地点までは、なかなか進まない。でも、タイムはチップでネット計測してくれるから、焦らない。だらだら歩いて、ようやくスタート地点にたどり着く。ところが、なんと、チップは付けているのに、スタートラインには計測器が無い。えっ、どゆこと?チップでの計測はゴールの時だけで、スタートの時刻は全員同じってことか?つまりネットタイムは計測してくれなくて、グロスタイムだけなのか?いかん、だいぶ時間をロスしてしまったぞ。もっと前からスタートすべきだった。

スタートラインを越えるまでに1分はかかったと思うので、焦って走り出すが、スタート直後は大混雑で、思ったようには走れない。遅いのに前の方に並び、周囲の邪魔になってる遅いランナーがいっぱいいるのだ。もっと前に並んでいれば、もっと早く走り出せただろうと思うが、焦ってはいけない。隙間をかき分けて右へ左へ移動しながら走っても、ほとんどタイムは変わらない。最初はウォーミングアップと割り切り、ゆっくり走ればいい。
スタートした直後に、いきなり大きな坂があるが、もう慣れているので、気負うこともなく淡々と坂を上る。スタート直後なので、別に厳しいとは感じない。大きな坂を過ぎると、その後、8km地点までは平坦な道が続く。炎天下の割にはあんまり暑くないし、短いランニングパンツはとても走りやすいから、もっとどんどん走りたいところだが、いつまで経っても混雑が解消されない。さすがに焦ってくるが、焦ってもどうにかなるものではない。
早く今のペースを知りたいところだが、このマラソンは5km地点まで距離表示が無い。後半は1kmごとに距離表示があるのに、前半は無いのだ。ペースが全く分からないまま、淡々と走っていく。

時計を見て、そろそろ2kmは走ったはずだって頃になると、ようやく走り易くなってきた。特に無理して遅れを取り戻すような事はしないけど、なんとなく体も軽いので、自然体で走りたいように走る。自分の感覚では快調に走れているような気がする。メッシュのシャツは涼しいし、サングラスで太陽の眩しさも感じないので、帽子は被ってないけど、快適だ。
このレースは、マイナーなローカル大会なんだけど、割と給水所が多い。喉はまだ渇いてないと思っても、水は早めにこまめに取るべきだ。炎天下のレースとあって、給水所は混雑しているけど、面倒くさがらずにこまめに水分補給する。

しばらくすると、早くもトップ選手が折り返してくるのとすれ違う。トップは2人の選手が激しく争っている。コースは片側1車線の道路で、車を通行止めにして、最初から最後まで右側通行となっているので、トップ選手は左側の車線を反対方向に走ってくる。ところが、しばらく行くと、我々の右側、すなわち我々が走っている右側車線と歩道の間の狭いスペースを走ってくる選手の集団が来た。あれだけ「右側通行」って言われているのに、なんでわざわざそんな走りにくいところを走ってくるのか?走りにくいと言うか、非常に危険だ。我々と正面衝突しかねないぞ。周りのランナーからも「なんじゃ、あいつら。どこを走ってるんや」なんて声が聞こえる。ところが、そのうち、その狭いスペースを走ってくるランナーが多数になり、訳が分からないまま、左側通行となってしまった。一体、これはどうなってるんだ?

その後も自分では快調に走れている感覚だ。もしかして、結構、良いペースかも。給水所でもこまめに水分補給しながら最初の折り返し点を目指す。状態の悪い時は、この最初の折り返し点まででさえ長く感じられ、なかなか辿り着かないのが精神的に厳しいが、今日は調子が悪くないので、すぐに折り返し点が近づいてきた。すれ違うランナーを確認してメンバーを探すが、最近は参加者が多いから、なかなか分からない。分からないまま折り返し点となり、今度は自分より遅いランナーを確認するけど、結局、誰も分からなかった。
折り返し点からしばらく行くと、5km地点の表示が見えてきた。時計を見ると28分20秒だ。思ったほど早くない。感覚的には、もっと快調に走れていると思ったのに、全然たいしたことない。目標ペースの1km5分40秒ぴったりなので、そういう意味では悪くないが、後半の坂が多い区間の事を考えると、フラットな前半では、もっとタイムを稼いでおかなければならない。ただ、最初の2km辺りまでは大混雑で思うように走れなかったので、仕方ない面はある。今現在の瞬間のペースは、もっと速いだろう。このままのペースを維持できれば、後半に坂が出てきても乗り切れるかもしれない。

折り返し点前の大混雑で右側通行から左側通行になってたんだけど、しばらく行くと、再び反対側のランナーの集団と正面衝突となり、大混乱の中で再び右側通行に戻った。一体ぜんたい、こりゃ、どうなってるんだ?もう何十年も色んなマラソン大会に出てきたけど、ランナーの数が少ない超マイナーなレースはともかく、ある程度のランナーが走る大会で、こんな異常な事態は初めてだ。怪我とか無ければ幸いだが、一体どうしたんだろう。
ただ、自分の走り自体は悪くない。炎天下なのに暑くない。とても快調。気持ちよく走れている。ところが、この辺りで少しだけお腹の張りを感じた。大したことはないんだけど、去年の悪夢が蘇る。去年も朝、家では大をせず、会場でも便意が無かったので、大をしないままスタートし、終盤になってお腹を壊してトイレに駆け込んで惨敗したのだ。なんとなく嫌な予感。ただ、現時点では大した兆候はない。

しばらく行くと分岐点があり、10kmの部はそのまま真っ直ぐに会場に帰るんだけど、ハーフマラソンは来た道から別れて、岬の分教場へ行く道に入っていく。坂が多い海岸線の道だ。気分的には、ここまでで半分って意識なんだけど、実はまだ8kmも走ってなくて、ここからの方が長い。なので、例年、ここから精神的にしんどくなる。まだか、まだか、って感じになる。
しばらく行くと、8km地点の距離表示がある。時計を見ると、45分ちょっとだ。相変わらず1km5分40秒のペースだ。てことは、5km地点からのペースも同じく1km5分40秒であり、つまり全然速くない。スタート直後の混雑を考慮すると、むしろペースは落ちているのか。自分の感覚では結構、快調に走っているつもりだったのに、それは勘違いだったのか。まずい。さっそく、まずい。このままのペースを維持できれば、かろうじて2時間は切れるが、これからの坂を考えると、ペースを維持するのは無理じゃないか?

でも、今日は相変わらず足が重いとか暑くて苦しいとかの感覚はない。自分としては、あくまでも快適だ。まだまだやる気は萎えていない。
8kmの表示以降は、1kmごとに表示がある。この辺りから次から次へと坂が出てくるが、区間によって上り坂の区間と下り坂の区間があり、ペースを維持するのは難しくなる。ただ、9km地点、10km地点、11km地点と、多少のデコボコはありながら、なんとか1km5分30秒程度のペースは維持できている。坂が多い区間に入っても、なんとかペースが維持できているのは嬉しい。ただ、例年は、岬の分教場で折り返した後の終盤の部分でガクンとペースが落ちるので、まだまだ油断できる状況ではない。ただ、調子が悪いときは、走っても走っても次の距離表示が現れないから、辛くて厳しくてウンザリするが、今日は調子が良いので、すぐ次の距離表示が現れる。調子が悪いときは、早くレースが終わって休みたい、って事ばかり考えるけど、今日はしんどくないから、まだまだ今後のレース展開が楽しみだ。
お腹の張りは、その後も多少は感じるが、去年のような大きな波ではないから、まだまだ大丈夫と思われる。もちろん、こちらも油断してはいけないが。

しばらくすると、早くも第2の折り返しを帰ってきたトップランナーとすれ違う。最初の折り返しでは2人が競っていたが、今回はトップランナーが2位ランナーに少し差をつけている。さらに、だいぶ遅れて3位集団が追いかけていく。
ところが、自分のペースの方は、まだまだ落ちていないと思っていたのに、12km地点のタイムを見ると、一気に遅くってて、1km5分40秒を越えてしまった。いかん、これで力尽きたか。結局、いつものパターンだ。自分の感覚では、決して遅くなったつもりはないんだけど、着実にペースダウンしているのだろうか
でも、特に私を追い抜いていくランナーの数が増えてきた気はしない。むしろ、上り坂でも足取りは重くなっていないから、上り坂だと自分が追い抜くランナーの方が多い。お腹の調子も、悪くなっていない。
なので、このまま、あっさりと諦めてもいいんだけど、取りあえず次の1kmはちょっと頑張ってみて、それでもペースが上がってなければあっさりと降伏することにしよう。

て事で、次の1kmは頑張って走ってみたら、13km地点で確認したタイムはだいぶ良くなった。1km5分ちょうどだ。いくらなんでも、そんなに急にペースが上がる訳はないと思うが、ローカルなマラソン大会では距離表示がいい加減な場合もあるし、坂が多いコースだと、上り坂の区間と下り坂の区間でペースは大きく変わってくるから、あり得ないペースではない。いずれにしても、かなり良いペースに戻せたので、やる気が出てきた。

第2の折り返し点が近づいてきたので、メンバーを確認していると、なんと、いきなりH本さんとすれ違い、声を掛けてくれる

(H本)「幹事長がんばってぇーっ!」
(幹事長)「はーい」


はーい、としか言いようが無い。ほんの数年前、彼女がマラソンを始めたばかりの頃は、当然ながら私の敵ではなかったのに、今でははるか遠く、手が届かないレベルに達してしまったH本さんに励まされたら、素直に受け取るしかない。

しばらく行くと、予想外に前の方を走るピッグとすれ違う。おや、こんなに前にいたのか。今日も調子良いようだ。僕との距離は7〜800mってとこで、これが支部長なら最後の坂で追いつくことが可能だが、ピッグ相手だと、逆転は不可能だ。早くも勝負は着いてしまった。
折り返し点で折り返し、後ろのランナーを確認していると、やはり7〜800m後ろを支部長が走ってきた。支部長は、終盤の坂では確実に歩くので、この時点で勝っていれば、今日は勝ちきれるだろう。こちらも勝負は着いた。
なので、後は自分との戦いだ。て言うか、今日はしんどくないから、あんまり戦っている感覚は無い。まだまだ気持ちよく走れているのだ。

次の14km地点、15km地点のタイムは、いずれの区間も1km5分20秒くらいで、良いペースが維持できている。なーんて油断してた訳ではないが、次の16km地点のタイムは、再び1km5分40秒近いペースに落ちていた。坂の有無で区間のタイムは変わってくるから、一喜一憂する必要はないが、このままズルズルとペースダウンするのは悲しいので、再び気合いを入れ直す。
もう残り5kmなので、気持ち的には最後のスパート体勢に切り替える。もちろん、5kmもスパートできる訳はないんだけど、気合いは持続させたい。
てことで頑張ってみたら、次の17km地点でのタイムは5分20秒を切るペースとなった。相変わらず快調で、足はまだまだ全然重くなっていないが、2月の丸亀マラソンでは同じように17km地点までは快調だったのに、最後の4kmでガクンガクンとペースダウンしたから、まだ油断はできない。

相変わらず次から次へと坂は出てくるが、特に気にならない。最近はどのレースに出ても、坂があってもそんなに気にならない。厳しいと感じるのは庵治マラソンの坂くらいだ。気にならなくてもペースはガクンと落ちてるんだけど、精神的には辛くもなく淡々と走れる。自転車を始めてから、坂に対する嫌なイメージが払拭されたのかもしれない。自転車の場合は、始めた頃はフラットな真っ直ぐな道を走るのが気持ちよかったけど、だんだん慣れてくると飽きてきて、今では坂道の方が好きだ。そのため、マラソンでも坂があった方が変化があって刺激になるくらいだ。
お腹の調子も、さほど悪化しておらず、あと4kmなら乗り切れそうだ

次の18km地点で時計を見ると、ラストスパートの意識のおかげと言うよりは、たぶん下り坂が多い区間だったためだろうが、本日初めて1km5分を切るハイペースとなった。疲れて回らなくなった頭で一生懸命逆算すると、残り3kmを21分で走れば2時間を切れる。もう、ぜーんぜんOKじゃん。どんなに足が重くなっても、もう逃げ切れる。そう思うと、あとは、どこまでタイムを伸ばせるか、という楽しみになる。意識は完全にラストスパートだ
次の19km地点ハイペースを維持して、1km5分ちょっとだ。その次は、いよいよ最後の大きな坂だ。さすがにペースは落ちるが、それでも歩こうという発想は無い。歩いているランナーを尻目に、ノシノシと上っていく。もう慣れているので、この坂も、そんなに大きくは感じない。調子が悪いときは、20km地点までの区間は1km7分を超えてしまうが、今日は5分30秒程度で乗り切れた。

そして最後の1kmは本当のラストスパートだ。どんどん他のランナーをごぼう抜きしていく。最後まで足は重くならない。残り500m地点で、早々にゴールしていたH本さんが再び声援を送ってくれる。その声を力に変え、ますます調子に乗って走っていると、なんとピッグの後ろ姿が見える。今日は逆転は不可能だと思っていたのに、こんなところで追いつくなんて、終盤で大きくペースダウンしたようだ。追い抜くときに声をかけたんだけど、もう余力は残っていないようで、一緒にペースを上げるのは無理みたいだった。

そのまま最後までペースを維持してゴールした結果、タイムは1時間54分台で、2時間切りを目標としつつも、絶対無理だろうなと思っていた事前予想からすると、まさに予想外の好タイムだった。



ゴールしたら、またまたH本さんがゴール横に来てて、声をかけてくれる。

(H本)「どしたん幹事長、そんな勝負服着て」
(幹事長)「これ、ええやろ。全然、暑くないんやで」
(H本)「恥ずかしいなあ。今日みたいな天候やから、なんとか許せるけど」
(幹事長)「いくら私でも、今日みたいな炎天下でなかったら着ません」


今日はサングラスして顔が分かりにくいにも関わらず、彼女は3回も声を掛けてくれた。よく分かったなあ、と思っていたけど、やっぱりすごく目立っていたようだ。自分では分からないんだけど。

しばらくするとピッグがゴールしてきた。

(幹事長)「今日は、まさか逆転できるとは思わなかったなあ」
(ピッグ)「途中までは快調に飛ばしたんですけど、最後は力尽きましたねえ。明らかに練習不足です」


記録証をもらって、早くソーメンを食べたいところだが、汗で体がビショビショなので、先に着替えることにした。着替えながら待っていたら、意外に早く支部長が帰ってきた。第2折り返し点での様子からすると、確実に撃沈したかと思ってたけど、そうでもなかったようだ。

(幹事長)「バテバテで、もっと遅いかと思ってたけど」
(支部長)「最後の大きな坂は歩いたけど、それまでは歩かなかったからね」


汗も引いてきたので、いよいよソーメンを食べに行く。このレースの一番の楽しみが、レース後のソーメン食べ放題だ。特に、今日みたいな炎天下のレースでは冷たいソーメンがとても美味しい。ソーメンだけでお腹が一杯になってしまい、お弁当を食べられなくなってしまうのが欠点だが、どっちにしても、暑さでバテバテでお弁当は食べる気がしないから、冷たいソーメンをすする。

冷たいソーメンをいっぱい食べたからか、それとも時間の問題だったのか分からないが、ソーメンを食べてしばらくすると、急に、と言うか、ようやくお腹の調子が悪くなってきて、トイレに駆け込んだ。やはりお腹を壊してしまった。昨晩の夕食も、今朝の朝食も控えめに食べたし、なんでお腹を壊すのか理由が分からないが、レース終盤にトイレに駆け込んだ去年と違って、今回はゴールしてからで良かった。

そろそろ帰りの船の心配をする必要がある。乗船券は持っていても、遅く行くと、固い車両甲板に寝転がる羽目になるので、早く並んで座席を確保したいのだ。でも去年の事を思い出すと、今頃港へ行っても、恐らく既に長蛇の列ができているはずだ。ゴールして即、港へ行かなければ、既に遅いのだ。去年も早めに行ったつもりなのに、既に遅く、結局、客席の床に座り込んだ。そこで、あらためて考えてみた。今さら港へ行って、炎天下、長時間、並んだところで、所詮は床に座るしかない。それなら、公園の日陰でギリギリまで涼んでから、ゆっくり船の乗っても同じだ。て事で、今年は居直って公園でダラダラする。

それにしても、今日は最後まで足が重くならず快調に走れたのが嬉しい。何度思い返しても気持ち良い。ゴールしても、まだまだ走れそうな感じだった。ペースダウンしなかったどころか、前半より後半の方がタイムが良い。普段のレースは、当然ながら、疲れ始めた上に坂が次々と出てくる後半の方がタイムが悪くなるが、雨が降った4年前と3年前は後半の方がタイムが良くて、その結果、良いタイムが出た。今回も同じだ。どんな時でも前半のタイムは似たようなもので、後半にバテるか、逆にペースアップできるかで大きな違いとなる。でも、4年前と3年前は雨が降ったから気温が低く、体力を消耗しなかったのが後半のペースアップの要因だろうが、今年は炎天下なのに同じようなレース展開となったのが不思議だ。最後まで暑さを感じず、疲れを感じなかった。全く不思議だ。

(幹事長)「炎天下の割りには、今日は暑くなかったなあ」
(支部長)「いや、暑かった!」
(ピッグ)「暑かったですよねえ」


そうか、みんな暑かったのか。て事は、やっぱりメッシュシャツの威力か。メッシュのシャツのおかげで全然暑くなかったのか。素晴らしい。素晴らし過ぎる秘密兵器だ。誰が何と言ったって、これから暑い時のマラソンは、これで攻めよう。

出港ギリギリになって船に乗り込むと、朝と同様、車両甲板は既に満員状態だが、客室の床は結構、スペースが空いていた。なので、床にシートを敷き、余裕をもって座りこんだ。
ふと横を見ると、福家先生が座っている。

(幹事長)「今日はお父上は来られてないんですか?」
(福家)「さすがに、最近は、あんまりレースには出てないんよ」


福家先生のお父上は90歳を越えているから、さすがに今日みたいな炎天下のレースは厳しいかも。

(ピッグ)「次は徳島航空基地マラソンですね!」
(DK谷)「そんなんも、あるんですか?」
(幹事長)「航空自衛隊が共用している徳島空港の2500m滑走路を2往復して10km走るレースですよ。
       はるか先まで見渡せる炎天下の滑走路をひたすら走る熾烈な短距離レースです」


徳島航空基地マラソンは、去年はオリーブマラソンの1週間前にあったが、今年は6月22日になったので、スケジュール的には分散されて良かった。ただし、季節が6月下旬なので、暑さはいよいよ厳しくなるだろうなあ。楽しみ、楽しみ。



さて、家に帰って調べてみたら、なんと、今日のタイムは大会自己ベスト2位だった。しかも、4年前に出した大会自己ベストと僅か6秒差だった。6秒差なんて、分かっていれば、途中で頑張ったら簡単に短縮できる時間だ。今日は炎天下だから、まさか大会自己ベストが出るなんて思ってもみなかったから、油断してノーマークだった。悔しいーっ!
やっぱり、どんなレースでも目指すべきは大会自己ベストであり、過去の記録をちゃんと頭に入れておかねばならんなあ。


〜おしまい〜




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