第11回 とくしまマラソン
2018年3月25日、第11回とくしまマラソンが開催された。
かつて徳島マラソンは、レースの半年近く前に戦いが始まっていた。半年近く前に受付が開始になるんだけど、そのエントリーが大変だったのだ。しかし一昨年から定員が大幅に増強されたおかげで、楽勝になった。
それまでも少しづつ定員は増やされてたんだけど、昨今の異常なまでのマラソンブームのせいで、申込者がそれを上回る勢いで激増してたもんだから、一向にエントリー競走の激しさは解消されず、申し込みは混乱を極めていた。申し込み受付は夜の10時にスタートするんだけど、10時前からパソコンの前にスタンバイして、10時になった瞬間にパソコンのキーを叩いてランネットに入らなければならなかった。10時になった直後にエントリーボタンを押したつもりでも、キーを叩くのが一瞬でも遅れると、あっという間に長蛇の列ができてしまい、何十分も待たされることになり、待っている間に定員オーバーで受付終了になったりする。なので10時になった瞬間にキーを叩かなければならない。かと言って、ちょっとでもフライイング気味にキーを叩くと、一瞬でパソコンがフリーズしてウンともスンとも言わなくなってしまい、再起動したりしているうちに、えらく時間がかかって大変な事態に陥る。そのため、事前に電波時計を使って手許の時計を超正確に合わせ、10時1秒になった瞬間にパソコンのキーを叩かなければならなかった。
ところが、一昨年、それまでの総定員10000人が一気に15000人に増員された。もちろん、定員が1.5倍に増えたって、希望者が何万にもいたら焼け石に水で、激しい競争は緩和されない。東京マラソンなんか定員が3万人もあるけど、何十万人も希望者がいるから競争率は10倍を超えている。徳島マラソンも、それまでの熾烈なエントリー競争を考えたら、定員が1.5倍に増えたくらいでは厳しい競争が緩和されるとも思えなかったのだが、蓋を開けてみると、状況は大幅に変わった。どうやら、それまで定員10000人の枠を目指して熾烈なエントリー競争を繰り広げていたのは12000人だったらしく、その人たちが全員エントリーできてしまえば、後はのんびりした状況になってしまい、翌日でも余裕でエントリーできるような状況になってしまったのだ。
もしかしたら、定員が増えた要因に加え、最近、参加費が値上がりして9000円になった影響もあるかもしれない。ちょっと前の感覚から言えば、マラソン大会ごときに10000円近くも出すなんて高い。高すぎる。かつては、マラソン大会の参加料なんて3000円が相場だった。それがだんだん高騰していき、東京マラソンや大阪マラソンや京都マラソンや神戸マラソンといった大都市のメジャーな大会は軒並み軽く10000円を超えるようになってきた。まあしかし、それでも大都市のメジャーな大会は仕方ない。大都市部で交通規制して開催するのだからいかにも経費がかかりそうだし、参加する側も、大都市のメジャーな大会は楽しいから高い金を払ってでも出る価値はある。しかし、延々と吉野川の堤防を走るだけの徳島マラソンがそんなに経費がかかるとも思えないし、走る側も、そんな大金を払ってまで出る価値があるのかどうか悩むところだ。タオルやTシャツやお弁当までくれて4000円の瀬戸内海タートルマラソンのような例もあるので、ちょっと高すぎる気がする。
て事で、今年も同じような状況だと思われたため、もうそんなに目をつり上げて必死にエントリーする必要も無いとは思われたが、これまで数々の油断による失敗を繰り広げてきた我々なので、一応は今年も時計を睨みながら、受付開始と同時にパソコンのキーを叩いてエントリーした。そして、昨年と同様に、全員あっさりとエントリーすることができた。
(幹事長)「話は変わるが、それにしても富士登山競走は厳しい」
(ピッグ)「話が変わりすぎですが、そりゃ、あのコースは厳しいでしょう。五合目コースでも標高差1500mを登るんでしょ?」
(幹事長)「コースも厳しいけど、エントリーが超厳しくて」
徳島マラソンのエントリーが一気に楽になったのと対照的に、富士登山競走のエントリーは超厳しいままだ。初めてエントリーに挑戦した一昨年は、エントリー開始1秒後にパソコンのキーを叩いたのにエントリーできなかった。去年はさらに気合いを入れて0.1秒後にパソコンのキーを叩いたら、なんとかエントリーする事ができて初参加した。ところが今年は、直前にパソコンの調子が悪くなってしまい、キーを叩いてもレスポンスが悪くてエントリーに失敗してしまった。
そもそも富士登山競走は定員が少なすぎる。山頂コースと五合目コースを合わせてテインが3776人しかない。これは富士山の標高3776mにちなんだもので、しかもそのうち山頂コースが2500人もいるから、私が参加できる五合目コースは1276名しかないのだ。富士登山競走なんて、どう考えても全国的な人気がある大会だし、東京にも近いから、大勢のランナーが僅か1276人の枠に殺到する。定員が増えれば良いんだけど、去年参加した印象では、あんな狭い登山道を走るんだから、あんまり増やすのは難しそうだ。先着順を止めて抽選になると、間違いなく何十倍ってレベルになるだろうから、まだ先着順の方がマシなような気もするが、来年は再びリベンジしたいぞ。
〜 フラットなコースなのに惨敗続き 〜
定員増によりエントリー競争が緩和されたとは言え、なぜ徳島マラソンの人気が高いのかと言えば、坂がほとんど無くて、とても走りやすいフルマラソンだからだ。今や日本中、至る所でマラソン大会が行われているが、フルマラソンでフラットなコースってのは意外に少ない。日本は山が多いから平坦なコースを片道21kmも確保できる場所は少ない、って事ではなく、交通規制の問題だ。21kmの平坦な道なんて、いくらでもある。ハーフマラソンではメジャーな大会になった丸亀マラソンだって、折り返し点を坂出から高松まで延長すればフルマラソンが行えるけど、ああいう幹線道路を長時間、交通規制してフルマラソンを開催するのは容易ではない。
東京都知事や大阪府知事みたいに絶大な権力を誇る政治家なら、警察も文句を言えないから、都心のど真ん中でマラソン大会を開催できる。しかし知事の力が強くない地方では、そう簡単にはいかない。香川県内では、交通量の少ない小豆島で行われる瀬戸内海タートルマラソンが唯一のフルマラソンだ。小豆島に限らず、交通量の少ない山間部や島嶼部なら大がかりな交通規制をしなくても42kmのコースを確保するのは比較的簡単だから、多くのマラソン大会がそういうコースで実施される。ただ、当然ながら、そういう場所では、どうしても坂が多い厳しいコースとなってしまう。なので、坂がほとんど無い徳島マラソンは、好記録が期待できる大変貴重なレースだ。我々としても、同じ県内だけど船で行かねばならない小豆島より、徳島の方が行きやすいから、とてもありがたいフルマラソンなのだ。
(幹事長)「それなのに、なぜか最近、徳島マラソンでは惨敗が続いてるんよねえ」
(支部長)「それは不調ではなく、単に歳のせいなんやってば」
(幹事長)「いやいや、コース設定の問題やと思うよ」
なぜ山間部でも島嶼部でもない徳島でフルマラソンの開催が可能なのかと言うと、吉野川という真っ直ぐな大河川があるからだ。吉野川の堤防の上をコースにすれば、大して交通規制をしなくてもフラットで真っ直ぐなコースを確保できるのだ。しかし、裏を返せば、これは徳島マラソンのコースがつまらないことを意味する。ただひたすら延々と吉野川の堤防を走るだけだからだ。はっきり言って途中から飽きてくる。前半の途中の10km辺りで既に飽きてくる。それでもなんとか20kmくらいまでは我慢して走れるが、折り返して吉野川の北側から南側に移ってしばらく走ると、強烈に飽きてくる。なかなか30kmまでたどり着けない。30km辺りと言えば、体力的にも厳しくなってくる頃で、精神力が非常に重要になってくる辺りなので、そこで飽きがくると心が折れて致命的になる。なので、フラットではあるけど、精神的には厳しいコースと言える。
おそらく、そのせいで最近は惨敗が続いている。4年前の2014年に大会自己ベストを出してから、年々タイムは悪くなり、去年は遂に、あまりの不調に途中で絶望的になって完全にやる気を失い、27kmでリタイアしてしまった。
(支部長)「それは足が動かなくなってリタイアしたんじゃなくて、やる気を無くしてリタイアしただけよな?」
(幹事長)「そやで。足はまだまだ動いたけど、あれ以上頑張っても何の成果も無いからモチベーションがゼロになったわけや」
やる気を無くしてトボトボ走ってたらリタイアバスを発見したもんだから、躊躇う余地も無く、引き寄せられていった。係の人が私をジロジロ見ながら「元気そうですねえ」なんて言うから、「いやいや、足が痛くて歩けないんですぅ」なんて適当な事を言ってリタイアバスに乗せてもらったのだ。
(ピッグ)「それ嘘ですよね?」
(幹事長)「まだ痛くはなかったけど、あのまま走り続ければ痛くなるだろうと予想できたから、全くの嘘ではない」
(ピッグ)「いや、それは嘘でしょ。リタイアバスは本当に走れなくなった人のために用意されているのだから、まだ走れる元気な人が乗っちゃダメですよ」
(支部長)「そんな事はない。かつて塩江マラソンでは、私が一生懸命走っているのに、後ろから来た救護車がしつこくリタイアを勧めてきたから、仕方なく乗ったりしたぞ」
(幹事長)「それに、沿道にも『無理せず勇気をもってリタイアしよう』なんて看板があったぞ」
(ピッグ)「それは無理する人に対する警告でしょ。幹事長や支部長は、もうちょっとは無理してくださいよ!」
とにかく去年は大惨敗だった。足が痛くなって大惨敗することは、ある。標高差900mを登る超過激な山岳マラソンの龍馬脱藩マラソンでは2年連続で足が攣って歩かざるを得なくなり、トンでもない大惨敗を繰り返した。徳島マラソンだって、前半に調子に乗って飛ばしすぎて、終盤に足が痛くなって歩くのもやっとの状態で大惨敗した事はある。でも、去年のように足が痛くなってないのに歩くようなスピードにまで落ちてリタイアしたなんて、初めてだ。
(支部長)「だから、それは歳のせいなんやってば。去年の那覇マラソンも二人揃って大惨敗したやんか」
(幹事長)「でも、他のレースはもっとマシやで」
確かに、去年12月の那覇マラソンも、坂があるコースとは言え、脱藩マラソンなんかに比べたら全然大したことないコースなのに、信じられない大惨敗を喫した。しかし一方、去年2月の京都マラソンは、なんとか最後まで歩かずに完走できたのに、その1ヵ月後の徳島マラソンは途中リタイアの情けない結果になった。京都マラソンも多少の坂はあるんだけど、コースに変化があり、しかも初参加で物珍しかった事もあり、精神的に最後まで耐えられたんだと思う。なので、徳島マラソンでの惨敗続きは、やはり単調なコース設定に原因があると思う。
ただ、今年は朗報がある。去年、2月の京都マラソンでなんとか完走した後、10月の龍馬脱藩マラソンで空前絶後の大惨敗を喫してフルマラソン自己ワーストを記録し、12月の那覇マラソンでも大惨敗を喫したもんだから、支部長の言うとおり、これはもしかしたら不調なんじゃなくて歳のせいかも、なんて絶望的な気持ちになりかかった。それをなんとか打開しようと思って、2月の海部川マラソンには背水の陣で臨んだ。海部川マラソンもそこそこ坂があるんだけど、なぜかみんなフルマラソン自己ベストは海部川マラソンで出していて、走りやすいコースとのことだった。ここで良いタイムを出して長期低落傾向に歯止めを掛けられないと、もう絶望するしかないという最後のチャンスだった。そして、結果は、私としては結構良いタイムを出すことができて、完全に長期低落傾向に歯止めをかけることができた。まだまだ歳のせいじゃなく、頑張る余地が残っているって事だ。
て事で、それから1ヵ月後の徳島マラソンでも良いタイムが出る可能性はある。海部川マラソンに比べて坂が無い超フラットなコースなんだから、もっと良いタイムがでる可能性だってある。
一方、海部川マラソンの時は、これで長期低落傾向に歯止めを掛けられなかったら、もう復活は不可能だという悲壮感さえ漂う強烈なモチベーションがあったが、長期低落傾向に歯止めがかかった今となっては、ほぼモチベーションはゼロだ。しかも、去年も1ヵ月前の京都マラソンからは想像できないほどの惨敗ぶりだったので、今年だって1ヵ月前の海部川マラソンで健闘したからと言って、油断はできない。
なので、今年は徳島マラソンとして、久々にまともなレースになるのか、あるいは去年と同じような惨敗になるのか、予断を許さない状況だ。
〜 参加メンバー 〜
エントリーも無事終わり、今年の参加メンバーは私のほか支部長、ピッグ、國宗選手、ゾウ坂出、ヤイさん、D木谷さん、小松原選手、W部選手と言った顔ぶれになった。
ところが間近になって支部長が出られなくなった。支部長は毎年、欠かさず出場していたよい子なのでサボりではなく、大事な仕事が入ってしまったのだ。
(幹事長)「日曜日やのに気の毒やなあ」
(支部長)「もう疲れ果ててボロボロですわ」
さらにヤイさんも、足の具合が悪いとて欠場となった。ヤイさんの足の故障は長引いていて、去年12月の那覇マラソンは、走り続けられれば完走するという前提で出場したものの、途中でリタイアし、丸亀マラソンはエントリーはしていたものの、走れる状態ではなかったので応援だけに来てくれた。しかし今回は歩くのも痛い状態なので応援にも来られないと言う。
(幹事長)「えらく長引きますねえ」
(ヤイ)「また野球の練習してて足を痛めて」
(幹事長)「まだ野球なんてやってるんですかーっ!」
(ヤイ)「だから、野球が本職ですがなーっ!」
せっかく治りかけたと思ったら、野球の練習で再び痛めてしまったようだ。野球なんて止めてしまえば治ると思うんだけど、もともと野球が本職のヤイさんなので仕方ない。
一方、ゾウさんは3年ぶりの出場だ。3年前の第8回大会では、平凡なタイムに終わった私に僅か4分差に迫るタイムでゴールした。近年、歳のせいもあって落ち目街道まっしぐらだった私に対して、昇り龍のような右肩上がり一直線のゾウさんは、あらゆるレースで私を逆転してきた。1周2kmという短距離の満濃公園リレーマラソンでも負けたし、丸亀ハーフマラソンでも2015年、2016年と2年連続で負けてしまった。そして遂にフルマラソンでも迫ってきたため、逆転されるのは時間の問題だと恐れていたら、その後おめでたとなり、2016年、2017年と不参加だったのだ。丸亀ハーフマラソンは出産直後だと言うのに2017年に復帰したが、さすがに1年間も走れなかったブランクは大きく、完走するのがやっとだった。でも今年は、まだまだ出産のブランクからの復活途上にもかかわらず、私に4分差に迫るタイムでゴールしたから、たぶん来年は再逆転されるだろう。そして今回、果たしてフルマラソンでの勝敗はどうなるか、戦々恐々だ。まだまだ出産のブランクから完全には復活してないとは言え、彼女の力を考えるといつ逆転されてもおかしくはない。2月の海部川マラソンで長期低落傾向に歯止めをかけることができたため、モチベーションがゼロになった今年の徳島マラソンだが、ゾウさんに負けるかもしれない恐怖との戦いは精神的に頑張れる大きな要因になった。
ところで、レースの直前になっても國宗選手からの連絡が入らない。例年なら、レースの直前になれば國宗選手から連絡が入るはずだ。もちろん、レースの直前に入る連絡は悪い知らせと相場が決まっていて、特に國宗選手からはドタキャンの連絡に決まっている。分かり切っている。他のレースもそうだが、特に徳島マラソンは4年連続でドタキャンしているのだ。それなのに今年は一向に待てど暮らせど連絡が入らない。まさかドタキャンするのが当たり前になりすぎて、連絡することすら忘れてるんだろうか?仕方ないから、こっちから連絡を入れてみる。
(幹事長)「えーと、コホン、今週末の徳島マラソンだがな」
(國宗)「ああ、はいはい」
(幹事長)「えーと、何か伝えたいことは無いかな?」
(國宗)「はあ?いや、別に何も」
(幹事長)「ふむ、そうかな。ようく考えてみてくれたまえ。何か忘れてないかな?」
(國宗)「何か忘れてますかねえ?はて?」
(幹事長)「何か勘違いしてるんじゃないかと思ってな」
(國宗)「はあ?何を言ってるんですか?」
て事で、なんと奇跡的に國宗選手が5年ぶりに出場することになった。
ところで、例年、徳島マラソンは4月下旬に開催されていた。3年前は4月に統一地方選挙があって忙しくなるからという理由で、例年より1ヵ月も早まって3月下旬に開催されたが、いつもの年は4月下旬に開催されていた。ところが去年から特に理由も無いのに3月下旬の開催となった。
(幹事長)「もしかして、これからは毎年3月の開催になるんかいな?」
(支部長)「暑くなる心配が無くなるから、ええ事やな」
暑いのが苦手な支部長は歓迎してるが、私は反対だ。4月下旬なら気候も暖かくなってきて、天気が良いと暑いくらいになるが、個人的には大好きな季節だ。もちろん、記録的には寒い時期のレースの方が良い記録が出やすいんだけど、フルマラソンの場合、終盤には足を引きずって歩く事も多く、そうなると寒い季節の大会は辛い。
(幹事長)「4月下旬やったらトボトボ歩いても寒くないんやけどなあ」
(支部長)「最初から歩くことが前提やなあ」
(幹事長)「それはお互い様やろ?」
それに、3月はギリギリまだマラソンのシーズンなので、他にマラソン大会が数多く開催されており、日程がかぶる事も多いが、4月下旬ともなると他にはマラソン大会は少なくなるので、ちょうどいい時期なのだ。4月にレースが無くなると、次は5月下旬の小豆島オリーブマラソンまで2ヵ月も間隔が開いてしまうから、ついついトレーニングをサボってしまう。なので、できることなら4月開催に戻して欲しいなあ。
〜 徳島へ出発 〜
今年もピッグが車を出してくれて、私んちへ5時30分に来て、5時40分に國宗選手をピックアップした。中央インターから高速道路に入ったのは5時45分頃だ。ちょっと早いようにも思えるが、一昨年はこれより少しだけ遅いスケジュールだったが、駐車場が異常な混雑ぶりだったため、去年はこれくらいに出発して、ちょうどよかった。途中の津田PAでヤイさんをピックアップする場合は、さらに少し早めに出た方が良いが、今日はノンストップで行くので、これくらいで良いだろう。
(ピッグ)「以前なら10分でも遅く出発しようとしてましたが、最近は素直に早めに出発しますね」
(幹事長)「歳とってくると早起きが可能になってきたからな」
別行動で現地集合になったゾウさんに至っては、なんと5時に家を出るとのことだ。ご主人が応援がてら乗せていってくれることになったんだけど、周辺の交通規制が始まるまでに現地に着かなければならないので、早めに出るのだ。
また、D木谷さんは職場の人と一緒に行くことになり、これまた別行動で現地集合だが、我々より一歩早く、高松を出発したとの連絡が入ったので、みんな順調だ。
一方、W部選手は一昨年、駐車場と周辺道路の異常な混雑と渋滞に巻き込まれて、危うく遅刻して欠場になるところだったため、安全策をとって、去年から前日移動して宿泊することにしている。
(幹事長)「徳島ごときに前日から宿泊するって、面倒だよなあ」
(W部)「出れば良いっていう幹事長と違って、万全のコンディションで臨みたいですからね」
確かに、当日の朝、早起きしていくのはしんどい。でも、まだ徳島マラソンはマシだ。2月の海部川マラソンなんて、朝の4時に家を出た。
(ピッグ)「偉そうに言ってますけど、幹事長はD木谷さんが運転する車の中で寝てただけですよね?」
(幹事長)「車の中で寝るのは、しんどいがな」
今日は朝から天気も良いし、ぜんぜん寒くない。今年の冬はかなり寒く、北国では異常なまでに雪が多かったんだけど、ここへ来て手のひらを返したように急に暖かくなり、3月としては記録的な高温状態となったのだ。東京なんか早くも桜が満開になったし、北国でも雪解けが進んだ。そのせいで、今年は雪の大山に登り損なってしまった。
(ピッグ)「もう駄目なんですか?」
(幹事長)「まだ雪は残ってるけど、岩が見え始めてて、イマイチなんよ」
どうせなら、岩も見えないくらい雪が積もった真っ白な山に登りたい。
当然ながら、ここまで暖かくなると、マラソンを走るのにも気温が高すぎる。しかも、天気予報では快晴の予報で、季節外れのカンカン照りになる恐れがある。でも、私は寒いよりは暑い方が好きなので、個人的には大歓迎だ。フルマラソンの場合、終盤はトボトボと歩く可能性が高く、そうなると暑いくらいでちょうどいい。
いつもなら、行きの車の中で朝食を食べるんだけど、まだ時間が早いので食欲はわかない。マラソン大会の時の朝食はゴールの5時間前に食べるのが理想らしいが、早いランナーなら良いけど、我々のような遅いランナーの場合、それじゃあスタートの直前になってしまうので、もっと早めに食べなければならない。それに、朝食を食べないと、なかなかトイレに行きたくならないので、早めに食べて早めにトイレに行きたい。スタート時間が近づくとトイレは激混みになるからだ。でも、さすがにまだ時間が早く、体も起きてないので、今日は現地に着いてからにする。
徳島マラソンの受付会場には駐車場が無く、だいぶ離れた所にある臨時駐車場からシャトルバスで会場に移動するのだが、今年も臨時駐車場は吉野川河川敷と沖洲マリンターミナルの2箇所が用意されている。スタート会場には沖洲マリンターミナルが近いので、以前は沖洲マリンターミナルの臨時駐車場に車を停めていたが、シャトルバスがトンでもなく時間がかかって遅刻ギリギリになった事があったため、最近は吉野川河川敷の臨時駐車場を利用している。スタート会場までは多少遠いものの、割りとスムースに行けるのだ。なので、今年も吉野川河川敷の臨時駐車場へ向かう。
去年と同じく、休日の朝の高速道路は空いていて、とても順調に進む。
(ピッグ)「ルートは去年と同じで良いですね?」
(幹事長)「もっちろん!」
徳島の高速道路は非常にいびつなルートになっていて、徳島ICまで行くとかなり遠回りになる。距離的に最も近いのは、高松自動車道の板野ICで降りて、そのまま一般道路で行くルートだ。ただ、駐車場周辺で道路が混雑すれば時間がかかるので、徳島ICまで行くか板野ICで降りか迷うところだ。ところが一昨年、よそ事を考えていたピッグが鳴門ICなんていう中途半端なところで降りてしまったため、その後のルートで私と支部長が「右だ」「いや左や」なんて叫きまくり、ピッグがますます混乱してトンでもない道を通ったため、渋滞に巻き込まれることなくスムースに駐車場へ到着することができた。
板野ICで降りても徳島ICで降りても鳴門ICで降りても、正しいルートは吉野川橋の北側へ行き、県道39線を通って吉野川橋を北から南へ渡れば、そこに吉野川河川敷の臨時駐車場がある、というルートだ。ところが一昨年、我々が臨時駐車場に到着した時は、吉野川橋の上が端から端までビッシリと渋滞になり、全く身動きできない状態になっていた。別行動で移動していたW部選手は、板野ICで降りるという良い子のルートを通っていたら、吉野川橋の上で渋滞に巻き込まれて身動きが取れなくなり、僅か1kmの吉野川橋を渡るのに40分もかかって、危うくスタートに遅刻するところだった。橋の上だから、いったん入ってしまうと引き返す事もできず、身動き取れなくなるのだ。我々は、ピッグが右往左往して訳の分からないルートを通ったからこそ渋滞に巻き込まれずスムースに駐車できたのだ。一方、渋滞に懲りた渡B選手は去年も今年も前日から徳島に入り、ホテルに宿泊している。
我々が通ったルートとは、鳴門ICを降りた後は、国道11号線をそのまま走って吉野川を渡って少し通り過ぎ、いったん市街地に入ってから右折を繰り返して狭い道を通って堤防まで戻り、堤防の狭い道を走るという遠回りルートだ。
(ピッグ)「字が小さいですね」
(幹事長)「極秘情報だからな」
去年も同じルートを通って順調にたどり着けたから、今年も同じ裏道を通っていくと、やはり何の渋滞も無くスムースに到着した。
渋滞を回避してスムースに到着できるのだから、もっと遅く出発しても良さそうなものだが、この10分や20分の差が、駐車場の混雑状況を大きく変える。一昨年も駐車場へはスムースに到着したものの、駐車場はほぼ満杯状態で、駐車するのがギリギリで冷や汗をかいたため、去年は15分ほど早く到着したら、まだまだ駐車スペースが十分にあり、楽勝で停める事ができた。なので今年も去年と同じ頃に到着し、余裕を持って駐車することができた。しかも、この時間ならスタート開場へ行くシャトルバスにも待たずに乗ることができる。時間はまだ6時40分だ。ゾウさんからは、早くも会場の県庁に着いたとの連絡が入る。
臨時駐車場に着いて外に出ると、例年と違って全然寒くない。風も無いし、マラソンにはちょうど良いくらい。
(幹事長)「なんか、ええ感じやなあ」
(國宗)「いや、この時間で寒くないって事は、走ってる時は暑くなりますよ」
確かに、まだ7時前なので寒くないって事は、お昼になると暑くなるかもしれない。でも後半はトボトボ歩くようなペースになるだろうから、暑いくらいで良い。それに何より、風が無いのが嬉しい。徳島マラソンのコースは、例年、前半の吉野川の北側の堤防を西に向かって走る時、向かい風が強くて走りにくいが、今日は風が無いので、前半も楽だろう。
〜 会場到着 〜
徳島市内は慢性的に交通渋滞が発生するが、日曜日の早朝のため、特に渋滞に巻き込まれることもなく、7時前には会場に着いた。ところが、D木谷さんからは、やっと駐車場に着いたとの連絡が入る。出発は我々より早かったのに、ルート選択を誤り、渋滞に巻き込まれたようだ。
スタートが徳島県庁前なので、会場も徳島県庁の周辺だが、なぜか毎年のように場所が変わり、男子の更衣室は去年は徳島県職員会館だったが、今年はグランヴィリオホテルってところだ。一方、女子の更衣室はグランヴィリオホテルと県庁の2箇所あり、まず県庁に行ったゾウさんから連絡が入る。
(ゾウ)「グランヴィリオホテルって寒くないですか?」
(幹事長)「建物の中やから寒いわけないやん」
(ゾウ)「県庁の中って寒いんですよ」
なんでも、県庁の中の会議室とかが使われているのではなく、1階ホールの一部を仕切って使っているとのことで、吹きさらしで寒いんだそうだ。てな事で、ゾウさんもグランヴィリオホテルへ移動する。こちらはホテルの宴会ホールを使っているので、中は暖かい。
今年もゼッケンやチップのほかパンフレットや記念品も事前に送られてきているので、当日は受付がなく、単に着替えるだけだ。
ちなみに記念品だが、マラソン大会の記念品と言えばTシャツと相場が決まっているが、徳島マラソンはTシャツ以外の時もある。ランニング手袋だったこともあるし、ペットボトルホルダーだったこともあるし、去年はバッグだった。なんとなく1年交代でTシャツとそれ以外が変わっているような気がする。そして今年は再びTシャツに戻った。昔の記念品Tシャツは品質が悪かったから、どんどんヨレヨレになっていって次々と消費できていたが、最近のTシャツは品質が良くて、どれだけ着て洗濯してもなかなかヨレヨレにならないから、着てない新品のTシャツが山のように溜まる一方なので、Tシャツでない記念品の方が基本的には嬉しい。ただ、徳島マラソンのTシャツ以外の記念品が手放しで歓迎できるかと言えば微妙なところだ。去年のバッグも、あまりにもチャチ過ぎて耐久性に不安があった。しかし、今年のTシャツもデザインは微妙だ。
(ピッグ)「なかなか満足できませんね」
(幹事長)「むしろ記念品は不要だから参加費を安くして欲しいぞ」
さて、次はいよいよ何を着るかを決めなければならない。「何を着るか」は、どんな季節のマラソン大会であっても最も重大な課題なので悩みまくる。
(國宗)「また悩むんですね?」
(幹事長)「ところが今日は悩む余地無しっ!」
(ピッグ)「あれ?さすにが何を着たってタイムには何の影響も無いってのが、ようやく分かってきたんですか?」
(幹事長)「違うがな。着るものは大事やがな」
もちろん、タイムという観点からは、結果的に見ると、暑かろうが寒かろうが何を着たかでタイムに影響があった記憶は無い。暑いときもあれば寒いときもあるけど、タイムはそれ以外の体調とか練習不足とかの要因で決まる。て言うか、寒いのは辛いがタイムはむしろ寒い方が良いことが多いし。今年2月の丸亀マラソンなんか、雪が降る驚異的な寒さの中のレースだったが、タイムはまあまあマシだった。
だが、ハーフマラソンなら2時間もかからないから、最後まで一生懸命に走って体が熱を発散しているから寒さにも耐えられるけど、フルマラソンで長時間、寒さを我慢して走るのは辛い。フルマラソンだからと言って常に終盤を歩く訳ではないが、最後まで歩かずに走ったレースでも、フルマラソンでは終盤、疲れて足を引きずって歩くようになるので、終盤の走るペースってのは歩くのと変わらない。自分の主観では走っているつもりでも、他人が見たら歩いているのと変わらない。それくらい遅いペースになると、歩いているのと同じように体は寒くなる。タイムが良いとか悪いではなく、寒くて辛いのは嫌なので、暑いのはまだしも、寒いのだけは避けたい。炎天下でゼイゼイ言いながら歩くのは嫌いではないが、寒い中を震えながら歩くのだけは絶対に避けたい。
だが、しかし、今日は悩む余地は少ない。寒くないからだ。むしろ暑くなるかもしれないからだ。ただ、ハーフマラソンなら半袖Tシャツで攻めるところだが、フルマラソンでは終盤、疲れて足を引きずって歩くようになるので、半袖Tシャツだけでは寒くなるだろうし、吉野川の堤防は風が吹いて腕が寒くなる恐れもあるから、半袖Tシャツの下に長袖シャツを着る。2月の丸亀マラソンや海部川マラソンでは、防寒用長袖ランニングシャツを着たが、さすがに今日は暑すぎるので、登山用に愛用している吸湿性と速乾性に優れた濡れてもベチョベチョしないインナーウェアを着る。半袖Tシャツは去年のタートルマラソンでもらった鮮やかなピンク色のTシャツを着た。丸亀マラソンでも着たものだ。丸亀マラソンでもらった鮮やかな緑色のTシャツとどっちにしようか迷ったが、丸亀マラソンのTシャツは海部川マラソンで着たので、今回はタートルマラソンのTシャツにした。
下はランニングタイツを履くことにした。私はランニングタイツのサポート機能を信じてなかったので、寒い時には防寒用に履くが、そうでなければ履かなかった。ところが、よくよく考えてみると、去年10月の龍馬脱藩マラソンや12月の那覇マラソンのようにタイツを履かなかったレースでは大惨敗し、2月の海部川マラソンはタイツを履いて好タイムを出したので、もしかしたらタイツには足の疲労を抑える効果があるのかもしれないと思い始めた。
(ピッグ)「でも去年は徳島マラソンでもタイツを履いて大惨敗したんでしょ?」
(幹事長)「あ、そうやったわ」
でも、取りあえず、今日はタイツを履いてみることにした。ランニングキャップは嫌いだし、手袋も不要だろう。
ポケットにはティッシュとハンドタオルを入れ、さらに終盤になって走るのが飽き飽きしてきた時のためにウォークマンも入れておく。
(ピッグ)「どうしても終盤の飽き状態を恐れてますね」
(幹事長)「マラソンは精神力が90%やからな」
そうこうしていると、D木谷さんから「ようやく駐車場からのシャトルバスに乗りました」なんていう連絡が入る。会場周辺は既に渋滞になっているので、到着までにまだまだ時間がかかりそうだ。
着替えも終わったところで、ようやく朝食を食べる。最近はマラソン大会の日の朝食と言えばおにぎりに決めている。以前はマラソン大会の朝食と言えば、決まって菓子パンをたくさん食べていたが、マラソン大会で走っている最中にお腹を壊してトイレに駆け込むことがよくあり、この原因を深く考えてみたら、菓子パンが原因ではないのかって思えてきた。て事で、最近は菓子パンを止めておにぎりを食べるように変えた。そのおかげで、それ以降はマラソン大会で一度もお腹を壊していない。
朝食の後はトイレを考える。普段なら朝食を食べてから大きい方をするから、そろそろ行っておく必要がある。ただし、マラソン大会の会場でトイレに行くのは大変で、今回も例外ではなく、更衣室のお向かいにあるホテルの1階のトイレを見ると、長蛇の列が出来ている。ざっと見て50人はいる。しかも列の流れは非常に悪そうだ。
ただ、最近、空いているトイレを探すのが得意になっていて、動物的勘により的確に空いているトイレを探し出せるようになった。たいていの場合、臨時の仮設トイレじゃなく、既設の建物の、しかも奥まった分かりにくい場所にあるトイレは空いている。てなことで2階へ探検に行くと、2階の奥まったところに小さなトイレがあり、列は10人くらいだ。ただし、ボックスは1つしかなく、やはり列の流れは非常に悪くビクともしない。諦めて1階のトイレに偵察に入ったが、外には50人ほどの列ができていたが、中にはいるとさらに30人ほどの列があり、トータルで80人ほどの列になっている。ボックスの数は3つくらいで、仮に1人5分で用を足したとしても2時間以上はかかる計算になる。いくらまだ時間があると言っても、2時間もかかっていたらスタートに間に合わない。て事で、とりあえず大は我慢することにした。それほどせっぱ詰まってはいないから、行かなくても大丈夫な気がする。
(國宗)「私も止めときます。こら無理でしょう」
(ピッグ)「私は時間ある限りトライしてみます」
て事で、ピッグは2階のトイレに並びに行った。
一方、ゾウさんは、女子更衣室で時間を持て余し、たまたま愛媛県から独りで来ているお嬢さんと仲良くなったとのことで、一緒に写真を撮ることにした。ピッグはトイレに行ったっきりだし、D木谷さんはまだ到着しないので、限られたメンバーでの写真となった。
愛媛から来たお嬢さんと一緒に記念写真
(左から國宗選手、お嬢さん、ゾウさん、幹事長)
(ピッグはトイレを攻めており、D木谷さんはまだ到着していない)
(幹事長)「愛媛からたった独りで来てるなんて、普通なら心細いところだけど、よっぽど凄い人なんでしょ?」
(お嬢)「いえいえ、決して、そんな訳じゃないですぅ」
でも、マラソン大会が好きなのは間違いないだろうなあ。
ところで、写真を見ても分かるように、ゾウさんだけはタイツを履いていない。
(幹事長)「やっぱりゾウさんはタイツ無しかあ」
(ゾウ)「最近、タイツを履かないで好タイムが出てるんですよ」
私も迷ってしまったが、今さら脱ぐのも面倒なので、そのままにする。
まだ時間は8時過ぎだから、スタートまで1時間近くあるが、ゾウさんはソワソワしている。
(ゾウ)「もう荷物を預けた方がいいんじゃないですか?」
(幹事長)「まだそんなに慌てなくてもいいやん。D木谷さんもまだ来てないし」
最後の食事としてバナナを1本食べていると、ようやくピッグが戻ってきた。
(幹事長)「おや?用は足せたん?」
(ピッグ)「いや、もう諦めました」
ピッグはスタートブロックが我々より前で、我々は9時10分のスタートだが、ピッグだけは9時スタートだ。て事で、手荷物を預けに行く。
一昨年は手荷物を預ける場所が遠くて、手荷物を預けに行くのが大変だった。文句が出たからかもしれないが、去年は更衣室からスタート地点に行くまでの間に手荷物を預ける場所ができたので、とても楽になったが、道が狭いもんだから、ものすごい混雑で身動きが取れない状態になってしまった。今年はさらに改善されて、場所も近いし、混雑も無くなった。
〜 集合 〜
手荷物を預けたらスタート地点に並びに行く。ブロックが異なるピッグとは、ここで別行動になる。我々のブロックへ歩いていると、ようやくD木谷さんと合流できた。
(幹事長)「もう会えないかと思いましたよ」
(D木谷)「どこも渋滞で大変でしたよ」
でも、D木谷さんも別のブロックだったので、会ってすぐ別れ別れになった。
我々がスタンバイするCブロックは、意外に遠くて、たどり着くのに時間がかかった。
(ゾウ)「以前とコースが変わったんですね?」
(幹事長)「ゾウさんが出なかった一昨年から変わったんよ」
コースは一昨年から少し変更になり、スタート地点も少し変更になった。たぶん、参加者を増やしたため従来のスタート場所やコースでは道が狭くて収容しきれなくなり、スタート地点とコースを変えたのではないだろうか。以前は、ちょっと裏道的な道路を出発して、しらさぎ大橋を渡って吉野川北岸に出ていたが、一昨年から県庁前の広い国道11号線をそのまま北に走って吉野川大橋を渡って吉野川北岸に出るようになった。個人的には新しいしらさぎ大橋を通るコースの方が気持ち良くて好きだったが、仕方ない。また、吉野川大橋はしらさぎ大橋より1km以上も西側にあるので、距離は往復で2kmは短くなる。ゴール地点は同じなので、その分だけ折返し点が遠くなった。これも嫌な感じだ。
スタート地点は県庁前の国道11号線で、集合場所は申告タイムの順番になっている。これは速いランナーと遅いランナーが一緒くたにごちゃ混ぜになっているとスタート時の混雑がひどくなり、混乱するからだ。速いランナーにしてみれば、遅いランナーが混じっていると邪魔になって走りにくいし、遅いランナーだって周りが速いランナーばかりだと走りにくい。分けた方が速いランナーも遅いランナーもスムースに走りやすい。どうせタイムはチップでネットタイムを計測してくれるから、無理して前の方からスタートする必要は無い。
さらに、去年から単にブロック分けしているだけでなく、S、A、Bの3ブロックの前半集団と、C、D、Eの3ブロックの後半集団のスタート時間を10分間ズラすウェーブスタート方式となった。丸亀マラソンでも去年から採用されている方式だが、これで混雑は一段と緩和される。丸亀マラソンで分かった事だが、こういう方式の場合、後半集団の前の方からスタートするのが一番よろしい。前方にランナーが少なく、とっても走りやすいからだ。去年も今年も丸亀マラソンは混雑が少なくて、とても走りやすかった。ところが去年の徳島マラソンでは、なぜかBブロックで前半集団の後ろの方というポジションだっため、前には大量のランナーがいて走りにくかった。てことで、今年は申告タイムをほどほどにして、みんなと一緒に後方集団の前方のCブロックとなった。
スタート地点で大勢のランナーの中で待っていると、少し暑くなってきた。もともと今日は朝から気温が低くなかったけど、お日様も出てきて、これからどんどん暑くなりそうな気配だ。じっとしていても少し暖かいくらいなので、走り始めるとだいぶ暑くなりそうだ。もちろん、今の体感温度だけで決めてはいけない。終盤になってトボトボと足を引きずる頃に寒くなるのだけは避けたいので、慎重に考える必要がある。しかし、それでも、どう考えても、2枚も着ていたらレース前半は暑くてたまらないだろう。今日は風も無いから、半袖Tシャツ1枚でも終盤を乗り切れそうだ。てな事で、1枚脱ぐことにする。
(幹事長)「よし、脱ぐぞ」
(國宗)「え?今ですか?」
2013年の大阪マラソンで、スタート直後に暑くなって走りながら長袖を脱いだ事があるが、それ以来、スタート直前や直後に1枚脱ぐのには慣れてしまった。走りながら脱ぐのは面倒だけど、今日みたいに走り出す前なら、何の問題も無い。本当なら、上に着ている半袖Tシャツの方を脱ぎたいところだが、半袖Tシャツにはゼッケンを付けているので、下に着ている長袖シャツを脱ぐ。脱いだ長袖シャツはクルクル補足して腰に巻けばそんなに邪魔にはならない。もう今日は二度と着ない、と確信できる時は、その辺の木に巻き付けて後から回収に来る事もあるが、今日は終盤に力尽きてトボトボと足を引きずって歩いて寒くなる可能性が残っているので、そういう事態に備えて腰に巻いて走る事にした。
この大会は、本当に気温に翻弄される。2014年は4月末だったが、あまりの寒さにスタート地点では防寒用のビニール袋を被った。ところが3月末開催だった2015年は暑くて、今年と同じようにスタート直前に長袖シャツを脱いで、腰に巻き付けて走った。2016年も暑くて、手荷物を預ける直前に長袖を脱いで手荷物の中に入れ、半袖Tシャツ1枚で走った。今年も当初は悩む余地は無いと思ったけど、結局は最後の最後で作戦変更を強いられた。
(幹事長)「本当に対応が難しいよなあ」
(國宗)「いや、やっぱり気にしすぎでしょ」
スタート時間が迫ってきたので、本日の目標を設定せねばならない。
もちろん、どんな時でも、どんなレースでも、大会自己ベストの更新を狙うのが良い子のあるべき姿だ。マラソンはコースや季節によってタイムが大きく変わってくるため、違うレースのタイムを比較するのは不適当なので、どんなレースに出ても、とりあえず大会自己ベストを狙うのが良い子の正しい道だ。しかも、この徳島マラソンは坂の無い高速コースなので、良いタイムを狙いたいのが常だ。
だが実は、今回はモチベーションが乏しい。2月の海部川マラソンの時は、自己ベストの更新よりも、なんとしても長期低落傾向に歯止めをかける事が最優先だった。交通事故や登山事故のせいで、去年のマラソン大会はことごとく惨敗が続き、特にフルマラソンは10月の龍馬脱藩マラソンも12月の那覇マラソンも、空前絶後の大惨敗を喫してしまい、「もうフルマラソンは止めよう」なんて思ったくらいだ。なので、心の片隅に微かに自己ベストを狙いたい気持ちはあるものの、現実的には長期低落傾向を食い止める事が最優先だった。もし、皆が好タイムを出している海部川マラソンでも復活の兆しが見えなければ、それはもう疑う余地無く歳のせいであり、このまま落ち目街道まっしぐらとなり、いくら頑張っても二度と復活はできないって事になる。なんとしても、そんな事は避けたいって事で、悲壮感さえ抱いていた。そのため、結構、真面目にトレーニングもしたし、心構えも違っていた。その結果、4時間30分3秒という私としてはまあまあ良いタイムでゴールし、とりあえず一応は長期低落傾向に歯止めをかける事ができた。て事で、これでホッとし、モチベーションはすっかり無くなってしまった。敢えて言えば、あと3秒縮めて、今回は4時間半を切りたいとは思うが、サブフォーならともかく、あんまり気合いの入る目標ではない。モチベーションが無くなってしまったため、トレーニングもサボり気味で、登山やスノボーに明け暮れていた。
(幹事長)「ま、なんとなく、去年みたいに途中リタイアせずに最後まで完走できればいいかな」
(國宗)「えらく後ろ向きな目標ですね」
(幹事長)「國宗選手は5年ぶりのフルマラソンやけど、大丈夫?」
(國宗)「終盤は確実に歩きますね」
(幹事長)「私は歩くくらいやったら途中リタイアするな。最後まで完走するか、途中リタイアするか。歩いてでもゴールするなんてつもりは無いな」
(國宗)「割り切ってますねえ」
(幹事長)「徳島マラソンごときで、歩いてまで完走しても価値は無いからな」
もともと徳島マラソンは基本的には年に一度の貴重なフルマラソンだった。毎年、東京マラソンや大阪マラソンや京都マラソンや神戸マラソンなど色々と申し込んではいるけど、競争率が高いから滅多に当選はしない。小豆島のタートルマラソンは競争率が低くエントリーが容易だが、坂が多くて厳しいコースなので、たいていはハーフマラソンの部に出ている。て事で、徳島マラソンは貴重なフルマラソンとして気合いが入っていた。ところが最近は、龍馬脱藩マラソンや那覇マラソンや海部川マラソンなど、他にもフルマラソンに色々と出ているから、徳島マラソンの価値は下がり気味だ。
(幹事長)「常に心の奥底ではサブフォーを狙いたい気持ちはあるけど、無理してつぶれたら元も子もないから、現実的な目標として4時間半を狙うぞ!」
(國宗)「最後まで歩かなかったら、そんなに悪いタイムにはなりませんよね」
(幹事長)「逆に、ちょっとでも歩いたら、絶対にちょっとでは済まんから、めちゃ悪くなるもんな」
一度でも歩いてしまうと、心が切れてしまって歯止めが無くなり、絶対に繰り返し歩いてしまう。逆に、最後まで歩かなかったら、そんなにひどいタイムにはなりようがない。そして、足が痛くさえならなければ最後まで歩かずに済む。終盤は足が棒の様に重くなるが、どんなに足が重くなっても、痛くなければ走り続ける事ができる。ペースは極端に落ちて歩くようなスピードになったとしても、痛くさえ無ければ、足を引きずりながらゆっくり走り続けることができる。しんどくなったから歩く、なんて事はなく、ペースが落ちるだけだ。足が痛くなると我慢できないが、疲れとか足が棒の様になるっていう状態なら、精神力で乗り切れるものだ。しかし、足が痛くなると我慢できない。辛くて辛くて歩かざるを得なくなる。立ち止まって屈伸したりして、なんとか痛みを取るしかないのだ。こうなると、タイムが多少良かったとしても足が痛くなるよりは、タイムは徹底的に悪くても足が痛くならない方がマシだ。なので、タイムはさておき、最後まで足が痛くならずに完走できる事を目指したい。
最後まで足が痛くならないようにするためには、前半のペースを抑える事だ。これが分かったのが2013年の大阪マラソンで、最初からものすごく遅いペースで走ったら非常に珍しく最後まで足が痛くならなかったのだ。それまでフルマラソンに出ると、前半で調子に乗って飛ばし過ぎたのが原因で、終盤は必ず足が痛くなって辛くなり、トボトボ歩きながら「もうフルマラソンなんて出るの止めよう」って思っていたのだが、大阪マラソンで開眼したのだ。それ以来、前半はできるだけ抑えるようにしているので、最後まで足が痛くならないまま一歩も歩かず完走した大会が多い。
どんなレースでも最初は軽快に走れて「なんだか今日は調子いいな」なんて勘違いするんだけど、それは気分が高揚しているのと、始めだからまだ元気が有り余っているのと、周囲のランナーにつられているだけだ。そのまま調子に乗って飛ばしたら絶対に後半に撃沈するが、前半をできるだけ抑えて走ればなんとななる。以前はフルマラソンと言えば終盤に足を引きずってトボトボ歩くのがお決まりだったが、今では最後まで歩かないのが当たり前になりつつある。
(ピッグ)「でも例外も多いですよね」
(幹事長)「特に最近はなあ」
龍馬脱藩マラソンは超過激な山岳マラソンだから、2年連続で足が痛くなったり攣ったりして大惨敗したけど、それは仕方ない。でも、去年の徳島マラソンや那覇マラソンでは、足が痛くなった訳でもないのに、しんどくなって途中リタイアしたり大惨敗したりした。取りあえず2月の海部川マラソンで長期低落傾向には歯止めをかけたけど、不安は抱えたままだ。
(ピッグ)「その原因は精神的なものではないですか?」
(幹事長)「精神的なものが大きいのは認めるけど、それだけでもないんよなあ」
去年の徳島マラソンや那覇マラソンでも、最初から無理せずに抑えて走ったつもりだったのに後半に足が攣ったりして走れなくなったって事は、結局は練習不足だったと言うことだろうか。
とにかく、今日の最優先目標は一歩も歩かずに完走する事であり、そのためには最初から抑えたペースで走らなければならない。坂の無い徳島マラソンなら最後まで歩かずに走れば4時間半は切れるかもしれない。1km平均6分20秒で走れば達成できるが、それだとギリギリ過ぎる。スタート直後は大混雑でもっと時間がかかるし、給水所で立ち止まる事も考慮する必要があるし、途中でトイレに行くかもしれない。海部川マラソンでは、20km辺りまでの平均で1km6分ちょうどくらいだったので、今日もそれくらいで攻めたい。それで貯金を作っておけば、後半で多少ペースダウンしても逃げ切れるだろう。
目標が決まれば、多少はやる気も出てくる。スタート直前に持ってきたゼリーを食べ、気合いを入れる。
遠くでは開会式が始まったようで、何も見えないが場内放送の声だけは聞こえてくる。今年は野口みずきがゲストに来ている。彼女も我がアイドル高橋尚子様と同じオリンピックの金メダリストなんだけど、高橋尚子様に比べたらどうしても地味で、華やかさに欠ける。だが実は私は、野口みずきも高橋尚子様と同じくらい好きだ。高橋尚子様は元来走るのが大好きで、ものすごいトレーニング量なんだけど、悲壮感が無かった。悲壮感をうまく隠していただけかもしれないが、それが功を奏して明るいイメージが定着している。それに比べて野口みずきは、どうしても悲壮感が漂い、何となく暗いイメージになってしまっている。でも彼女の真面目さは大好きで、現役時代は心から応援していた。引退してどうなるのかなあ、なんて勝手に心配していたけど、結婚もしたし、なんだか現役の時より可愛くなり、こういう大会にも呼ばれるようになって、良かった良かった。
〜 スタート 〜
いよいよスタートの号砲が鳴ったが、それは9時スタートの前方ブロックの人たちのスタートで、我々のスタートまではまだ10分ある。前方ブロックの人たちがスタートしたため、ゾロゾロと前方へ動き出し、しばらく進むとスタート地点のアーチが見えてくる。
9時10分となり、ようやく我々もスタートとなった。我々の場所からスタート地点までは1分もかからなかった。アーチの横では野口みずきが声援を送ってくれている。間近で見ると、思った以上に明るい雰囲気で、とても好感が持てる。
スタート地点を越えると、小走りができるようになる。まともに走れないのでフラストレーションも感じるが、ウォーミングアップ代わりと割り切れば良い。それに、以前のコースは序盤に狭い道を折れ曲がったりして結構、混雑したが、一昨年から広い国道をストレートに走るようにコースが変わったため、混雑はひどくない。
ペースはどれくらいかなあと思ったんだけど、最初の1km地点の距離表示は見落としてしまった。実は、最初の1km地点の距離表示を見落とすのは3年連続だ。まさか1km地点は距離表示が無いなんて事はないだろうなあ?
ただ、同じく2年連続で見落としていた2km地点の距離表示は、今年は見つかった。スタート直後の混雑を考えると、その後は、たぶんまあまあのペースで走れているようだ。
コースは国道11号線を真っ直ぐ北上して吉野川大橋を渡り、吉野川大橋の真ん中に3km地点の距離表示がある。この1kmは6分を少し切っていたので、やはり順調に走れているようだ。全然、無理せず自然体で走っているので、まずまずだ。もちろん、自分では無理せず自然体で走っているつもりでも、レース序盤は気分が高揚していて、ついついオーバーペースになりがちだが、今日はそんな感じもない。
徳島マラソンのコースは基本的に橋と堤防の上を走るので、例年、北西からの強風に苦しめられる。しかし今年は風が無くて、走りやすいと言えば走りやすいんだけど、気温が高めだから、むしろ暑くて、少し風が欲しいくらいだ。
吉野川大橋を渡って吉野川北岸の堤防の道路に入ると、第1救護所があり、しばらく進むと4km地点がある。この1kmも6分を少し切っており、まあまあ良い感じだ。
吉野川の堤防に入っても相変わらず風は無く、かなり汗をかいている。吉野川橋の付け根の5km地点には第1給水所があり、普通なら走り始めたばかりの給水所はパスするんだけど、今日は汗をかいて喉も渇いているので、最初から迷わず水を取る。
この1kmも6分を少し切っており、相変わらず順調だ。
ふと気が付くと、ゼッケンの色が違うランナーが増えてきた。我々はCブロックなんだけど、10分前にスタートしたはずのBブロックの選手が周囲にたくさん走っている。まだ5kmしか走ってないのに10分の差を追いつくってことは、彼らは1km辺り2分も遅いってことになる。いくらなんでも自己申告のタイムが甘すぎるんじゃないか?逆に、我々より後ろからスタートしたDブロックやEブロックのランナーが追い抜いていくが、彼らとはスタートの時間差が無いから、多少はいても不思議ではない。さすがにAブロックのランナーは少ないが、10分も前にスタートしたBブロックのランナーが余りにも多くて驚いてしまう。
そのまま自然体で走っていき、次の6km地点でタイムを見てびっくり。なんとこの1kmは急に7分近くかかっている。そんなアホな。実感としては同じペースで走っており、1分もペースが落ちるなんて、どう考えてもあり得ない。て言うか、1km7分なんて、終盤に足を引きずり始めた頃のペースだ。この序盤でそんな遅いペースは絶対にあり得ない。
数年前から感じてる事だが、このマラソン大会は距離表示が不正確だと思う。この区間に限らず、同じペースで走っているつもりなのに、区間によるタイムの変動が激しいのだ。極端な場合は、プラスマイナスで1kmで1分も変動したりする。坂も無ければ風も無いし、立ち止まったりもしていないのに、いくらなんでも1kmで1分も変動するって、絶対にあり得ない。なので1kmごとのタイムの変動に一喜一憂してはいけない。
ただし、5kmごとには正確にタイムを計測する機器が設置されているので、おそらく距離も正確だろうと思われる。なので、5kmごとの平均タイムは正確だと思われる。
次の7km地点では再び1km6分を切っていたが、これも一喜一憂してはいけない。その後の8km地点、9km地点でのラップは1km6分を少しオーバーしていたが、それも許容範囲だ。大事なのは次の10km地点だ。
ところが、10km地点で確認して、びっくり。一気に1km6分半くらいに落ちている。もちろん距離表示がいい加減なので、1kmごとのラップに一喜一憂する必要は無いが、5kmごとの地点は正確にタイムを計測する機器が設置されているので、5kmごとのタイムは正確だろうと思われる。すると、この5kmの平均タイムを計算すると1km6分20秒ちょっとだ。最初の5kmの平均タイムは1km6分弱だったのに、早くも大幅にペースダウンしている。もちろん、この後、ゴールまでこのペースを維持できれば4時間半は切れるが、こんな序盤でここまでペースダウンしているようでは終盤は撃沈が必須だ。早くも危機的状況だ。もっと頑張らなければならないぞ。
なーんて思ったんだけど、その次の11km地点でも1km6分半近くかかった。かなり悲しくなったが、ところがその後の12km地点、13km地点では1km6分を切っていた。やはり距離表示に問題があるから、1kmごとに一喜一憂してはいけない。
14km地点、15km地点も1km6分程度で、結局、10km地点から15km地点までの5kmの区間の平均ラップは1km6分ちょっとで、まずますのスピードに回復した。
それにしても、5km地点から10km地点までのペースダウンと、その後の回復と、どちらも心当たりが無く、自分では一定のペースで走っているつもりなので、なんとなく釈然としない。もしかして、ひょっとして、5kmごとの計測も距離がいい加減なんだろうか。まさかとは思うけど。
このレースには全部で12箇所の給水所がある。以前は給水所は、せいぜい3回に1回くらいしか給水してなかったけど、今日は暑いし、最近、気になっている足の攣りの予防のため、全ての給水所でマメに給水する事にした。さらに、手前に置いてあるスポーツドリンクを飲んでから、次に後方に置いてある水も取ったりした。水分の吸収は水よりスポーツドリンクの方が良いんだけど、スポーツドリンクばかり飲んでいると口の中がベチャベチャしてくるからだ。
また、2月の海部川マラソンの時は、後半になってお腹が空いて困ったから、今日はソイジョイなんかが置いてあるエイドでは、こまめに給食も取っていく。
次の16km地点でのタイムは、再び少しペースダウンして1km6分20秒ほどになった。距離表示に疑惑があるから、1kmごとに一喜一憂しても仕方ないんだけど、その後の17km地点、18km地点、19km地点、そして20km地点と、この5kmはコンスタントに1km6分20秒ほどかかってしまった。こうなると、もう距離表示の問題ではなく、明らかに1km6分20秒にペースダウンしたようだ。もちろん、この後も最後まで同じペースを維持できれば4時間半は切れるが、少しづつペースダウンしている現状を考えると、かなり厳しい状況だ。
それにしても、まだ半分の20kmで、早くもこんなに大きくペースダウンしているなんて、かなりガッカリだ。最初から無理せず自然体で走ってきたのに、早くもペースダウンするなんて、やっぱり今日は調子が良くないんだろうか。とは言え、20km地点で早くも1kmのラップが7分をオーバーしていた去年よりはマシだ。去年は一体何が起きたのか理解できないくらい早々に極度のペースダウンに陥り、結局、その後、途中リタイアしたんだけど、今年はそこまではひどくない。調子は悪そうだが、まだまだ頑張れる。
しばらく行くと、ちょうど半分になる21km地点の表示がある。これでなんとか半分終わったっていうのは嬉しい。取りあえずホッと一息だ。半分終われば、あとは何とか先が見えてくる。半分てことは、まだまだハーフマラソンと同じ21kmが残っているから、そう考えると絶望的な気分になるけど、「もう半分終わったのに、まだまだ走れる力が残っている。これなら42kmも走れるかも」って思えば随分、気が楽になる。「完走できれば良い」っていう発想は弱気と言えば弱気だが、フルマラソンの場合は、いくら常に自己ベストを狙っているとはいえ、まずは完走する事が最低限の目標なのだ。
タイムを見ると、単純に2倍すれば、まだ4時間半は切れるペースなので、一縷の望みは残っている。
しばらく進むと西条大橋が現れる。以前のコースは、スタートの後、少し東に回ってしらさぎ大橋を渡っていたのが、一昨年からそれよりだいぶ西の吉野川大橋で吉野川を渡っているから、距離がだいぶ短くなっている。そのため、西条大橋の付近で距離をかせぐため、吉野川から離れてだいぶ北の方まで走らされる。しばらく進んだら、ようやく折返しになり、再び吉野川へ向かって南へ進む。こういう折返し区間は、先が見えないので、なんとなく精神的に嫌な感じだ。すれ違いざまに前を行くランナーや後続のランナーが見えるが、どっちもあまりにも数が多く、なかなかメンバーを探すのは難しいが、なんとか國宗選手だけは発見した。私の少し後ろを走っているが、そんなに差は無い。5年ぶりのフルマラソンで、練習も不十分なはずなのに、なかなか健闘している。
21km地点や22km地点でのラップは6分半くらいにまで落ちていたが、西条大橋に入る手前の23km地点や西条大橋の終盤にある24km地点でのラップはさらに悪化し、1km7分近くにまでなっていた。海部川マラソンなら、レース終盤に足を引きずっていた時のペースだ。
西条大橋を渡って吉野川の南岸の堤防に移ると、後半は東に向いて走るようになる。例年なら前半の吉野川の北岸は西へ向かって走るため強い向かい風となり、後半になると追い風になってホッとするところだが、なんと今年は後半の南岸になると向かい風となった。前半は西へ向いて走っているのに風が無くて暑かったが、それは風が無かったんじゃなくて、走るスピードと同じスピードの追い風だったのだ。だから無風状態に感じられたのだ。それが後半になると向かい風になり、しかも少し冷たい風だ。涼しくなったと言えば涼しくなったが、むしろ肌寒くなってきた。腰に巻いた長袖シャツを着ようかとも思ったが、少しくらい寒い方が良いかなと思い、まだ我慢する。
第6給水所を過ぎてしばらく進むと25km地点の計測があり、この1kmはなぜかペースアップになっていたが、恐らく距離表示が不正確なだけだろうし、こんな状態で多少ペースアップしてたってあんまり嬉しくはない。結局、この5kmの区間の平均ラップは1km6分半くらいだったので、着実にペースダウンしているのは間違いない。
それでも、残り17kmを1km6分半で走れれば4時間半は切れるので、それだけを心の支えに走り続ける。
ところが、次の26km地点でのラップは1km7分に近づき、かなり絶望的なペースダウンとなった。こうなると、この後に現れる第7給水所で大いに迷うことになる。ここには水だけでなく、そば米汁や半田そうめんのお接待があるので、かつてはこの休憩ポイントが楽しみで仕方なかった。でも最近は、少しでも良いタイムを目指してパスする事も多くなった。ここで本格的に休憩し、そば米汁と半田そうめんをしっかり食べて、くつろいでしまったら、気分的には元気回復しても、一度、本格的に休んでしまうと、足がすっかり終了モードになってしまい、再びレースに参加するのに苦労する。
でも去年は、この時点で既に絶望的なタイムになっていて、もうタイムにこだわる必要が無くなっていたし、やる気も失せていたので、本格的に休憩した。もちろん、しゃがみ込んで暖かいそば米汁を食べると生き返った気分になるが、実際には、いくら頑張って再び走ろうと思っても、足が固まって言う事を聞かなくなり、走り始めるのは簡単ではなくなり、その直後にリタイアした。
今年は、まだそこまで絶望的なタイムではないから、ここで本格的に休んでレースを放棄したくはない。そば米汁の魅力は大きいが、我慢してパスすることにした。まだ闘争心は残っているって事だ。
しかし、次の27km地点でのラップは遂に1km7分を超え、その後は28km地点、29km地点、30km地点と、コンスタントに1km7分を超えた。当然ながら、この5kmの区間の平均ラップも1km7分ちょっとになった。
ちょっとは挽回したい気持ちも残っているが、足はとっても重い。しかも、足のあちこちの筋肉が攣りそうで、無理するのがちょっと恐い。足のふくらはぎが攣ることはそんなに珍しい事ではないが、そこだけじゃなくて、足の付け根や膝の裏側など、あちこちが攣りそうで、全体的にかなり無理しているって感じだ。
4時間半切りは難しくなってきたが、それでもまだ少しでも良いタイムでゴールしたいという気持ちは残っており、なんとか走り続ける。残りは12kmしかない。まだ12kmも残っているとも言えるけど、42kmのうちで言えば、もう終盤だ。なんとか頑張りたい。
この辺りの給水所には、飲み物だけでなくバナナやパン、竹輪、フルーツなど給食も充実しているんだけど、水を飲んだだけで、食べ物は取らなかった。給食を取る時間が惜しいと言うより、だんだん足が重くなってきて、給食を取りに行くのすら面倒になってきたのだ。お腹は空いたけど、今さらエネルギー補給しても消化して吸収する前にゴールしてしまうだろうし。
しんどくなって精神的に辛くなってきたので、ポケットに入れていたウォークマンを取り出して音楽を聴きながら気を紛らわせて走ろうかとも思ったが、それをするのも面倒になったので、我慢する。よっぽど疲れてきたようだ。
風は相変わらず向かい風で、肌寒さが続く。腰に巻いた長袖シャツを再び着ようかと、何度も思ったが、それもすごく面倒で、我慢できなくなるまでギリギリ耐えることにした。
要するに、何をするのも面倒なほど疲れていて、惰性と言うか精神力だけでかろうじて走っている状態だ。
その後もペースダウンは続き、31km地点で1km7分半に達した後、32km地点では一気に8分台となり、その後もコンスタントに1km8分台が続く。て言うか、さらに止めどもなくペースダウンしていき、1km9分台が近づいてきた。それでも35km地点まで来たら、残りは僅か7kmだ。もう一気に頑張って突っ走りたいところだ。
と思ったんだけど、なんと次の36km地点でのラップは、さらに一気に1km9分を大きく超えてしまった。もう完全に歩くようなスピードであり、実際に、歩いているランナーとスピードは変わらない。自分では走っているつもりなんだけど、無駄にエネルギーを浪費しているだけで、歩いているのとペースは同じだ。それでも、いったん歩き始めると心が切れてしまうので、なんとか走り続ける。足は極端に重くなっているが、まだ痛くはなっていない。どんなに足が重くなっても痛くなければ走り続ける事ができる。
だが、このままペースダウンを続けていくと、いくら走り続けても、5時間すらオーバーする危険性が出てきた。5時間だなんて、有り得ないタイムだ。もちろん、これまでもフルマラソンで5時間を超えた事は何度もある。でも、それは、龍馬脱藩マラソンのような超過激な山岳マラソンで終盤に足が痛くなってトボトボ歩いた時のタイムだ。全然、歩かずにゴールして5時間をオーバーするなんて事態は考えられない。逆に、終盤に歩いても、もっとずっと速かった事が何度もあるくらいだ。レース前に、一度でも歩いてしまうと心が切れてしまうけど、最後まで歩かなかったらそんなにひどいタイムにはなりようがない、なんて話していたのに、一体どうなってるんだ。走り続けているけど、歩くようなスピードで走っているので、結局、歩いたのと同じようなタイムになってしまうのか。
周囲を見ると、歩いているランナーも多いが、歩くような遅いペースのランナーが次々と私を追い抜いていく。やはり私のペースは、極端に落ちているようだ。かなりの数の歩いているランナーを抜いたが、少なくとも走っているランナーには全員に抜かれた。
続く37km地点でのラップも9分を超えており、かなり危機感が募ってきたが、この辺りからコースは変化が出てくる。四国三郎橋のたもとの辺りで、ずうっと走ってきた吉野川の堤防から離れて南に折れ、何度か折れ曲がって鮎喰川の堤防に出たりするのだ。コースが変化すると気持ちも少しリフレッシュされる。そのせいか、次の38km地点や39km地点のラップは8分ちょっとにまで回復した。風は相変わらず向かい風で肌寒いが、もう残り少なくなってきたので、長袖シャツを着るのは止めることにし、そのまま最後まで突っ走ることにする。
1km8分で走れれば、さすがに5時間は楽勝でクリアできると安心したが、なんと次の40km地点でのラップは再び9分を超えていた。それでも残りは僅か2kmなので、歩いてでも5時間はクリアできる。いくらなんでも全然歩かずに5時間をオーバーなんて屈辱は避けたかったが、もう不安感は無くなった。
終盤になると、小さな坂がいくつか現れ、ほんの小さな緩やかな坂でも上り坂は走る事が不可能となり、遂に歩いてしまう。なので、今日は完全なる完走とは言えないが、大した距離ではないので自分で黙認する。周囲のランナーもほとんど全員が歩いている。
さすがに、もう残り2kmになると、精神力でスパートできるかと思ったけど、やっぱり無理で、スパートにはほど遠いが、それでも41km地点でのラップは8分ちょっとにまで回復していた。その辺りに、なんとラーメン東大の給食があり、ものすごくそそられたが、マラソン途中でラーメンなんか食べると吐きそうなので、我慢した。
その後の残り1kmも、ラストスパートしようとしたが、大してペースアップはできない。5時間越えの不安は無くなっているし、多少頑張っても何の意味も無いようなタイムなので、ここへ来てモチベーションはゼロになっている。最後に陸上競技場に入ってから少しだけペースアップできたが、もちろん何の意味も無い。
〜 ゴール 〜
陸上競技場の最後のゴール前だけ少しスピードアップして、なんとか気持ち良くゴールした。もちろん、大惨敗目前の惨敗ゴールだ。5時間をオーバーするっていう屈辱は免れたが、ほんの1ヵ月前の海部川マラソンより20分以上も遅い情けないタイムだ。
ゴールした後は記録証をもらい、例年のように完走バンザイ隊の万歳三唱サービスを受ける。タイムは悪くても、ほとんど歩かずに完走できたので、力一杯声を出して万歳したら、少しは気分が良くなる。
最近はフルマラソンを完走しても足が平気な場合が多い。昔はフルマラソンなんか走った後は、ゴールしたら足が痛くて動けなくなったものだが、最近は力を使い切れず、どうしても余力が残ってしまってて、ゴールしても平気で歩けてしまう。全力を出し切れていない証拠だ。
て事で、そのまま手荷物を取りに行く。手荷物をもらうと、そのまま近くの芝生の上に寝転がった。陸上競技場の中は風も無く、芝生の上に寝転がると日射しが当たってポカポカと気持ちいい。シューズを脱ぎ、ソックスも脱ぐと、足がジワッと気持ちいい。
他のメンバーの動向が気になるところだが、今日は秘密兵器がある。朝、ゾウさんに教えてもらった大会事務局のホームページだ。そこに各ランナーの現状が分かるシステムが導入されていて、ゼッケン番号を入力すると、5kmごとにある計測点でのスプリットがリアルタイムで表示されるのだ。それによると、ピッグは既にかなり前にゴールしていた。一方、私のすぐ後を走っていた國宗選手は、その後、撃沈したようで、だいぶ遅れている。なので、そのまま芝生で寝転がりながら、國宗選手の生還を待つことにする。
しばらく待っていると、國宗選手がゴールして荷物を受け取りに来たので、合流する。
(幹事長)「折り返しの時は、結構、順調に走ってたけど、その後、歩いたん?」
(國宗)「もう30km辺りからは、ほとんど歩きっぱなしでしたね」
やっぱり、あんまり練習もしないまま5年ぶりにフルマラソンを走るのは厳しかったようだ。
さらにゾウさんの状況を見ると、大撃沈したみたいで、かなり遅れているので、國宗選手と一緒にゾウさんの帰還を待つ。だいぶ経ってからようやくゾウさんもゴールしたようだが、いつまで待っても荷物の受け取り場所に現れない。
(幹事長)「どしたんやろ?」
(國宗)「まさか倒れ込んで医務室に担ぎ込まれてないでしょうねえ」
だいぶ待ったら、ようやくゾウさんが現れた。なんと、送迎のために一緒に来ていたご主人と一緒だ。既にどこかで休んでいたようだ。
(幹事長)「ゾウさん、撃沈したん?どうしたん?」
(ゾウ)「足は大丈夫だったんですけど、腰が痛くて走れなくなって」
そう言えば、私も今日は腰の辺りの背筋が攣りかけたように疲労し、走っている時に怖かった。
(國宗)「私も腰にきましたね。向かい風の中で走ったからじゃないですか」
ただ、ゾウさんも撃沈したとは言え、産休明けのフルマラソン第1弾だった去年11月の岡山マラソンよりは30分ほど早かったから、着実に復活しつつあるとも言える。来年は完全復活するだろう。
また、ピッグは去年に引き続き今年もなかなか良いタイムだった。海部川マラソンでもサブフォーを達成したし、妙に好調が続く。
(ピッグ)「妙に、って事はないでしょ」
(幹事長)「だって、そんなに真面目に練習しているとは思えないし」
一方、D木谷さんは、前夜の深酒がたたり、途中まではピッグとほぼ同タイムだったのに、30km辺りから大撃沈し、結局、私より少しマシなくらいのタイムで惨敗した。
〜 反省会 〜
みんななんとかゴールしたところで、タダで支給されるうどんを食べに行く。コシのある讃岐うどんと違って、これ以上柔らかくしたら、ちぎれてしまって箸で持てないくらいの柔らかさだが、長距離を走って衰弱したお腹には柔らかいうどんが優しいし、暖かいうどんが非常に嬉しい。
うどんを食べ終わり、シャトルバスに乗って臨時駐車場へ帰るんだけど、一昨年から臨時駐車場へ直行するシャトルバスが無くなってしまった。全部のバスが、いったん佐古駅の近くまで行き、そこで行き先別のバスに乗り換える。しかも吉野川の臨時駐車場への直行バスは無く、逆方向の後夜祭会場の藍場浜公園を経由してから駐車場へ行くようになっている。ものすごく遠回りだ。実は陸上競技場から吉野川の臨時駐車場まで直接行けば、2kmもないくらいの近距離だ。それなのに、わざわざ遠回りして行くのには、全員を後夜祭へ強制的に参加させるためだ。もちろん、疲れ果てた我々が後夜祭に行くはずもなく、ひたすらバスに乗り続ける。
(幹事長)「ピッグはゴールしてから長時間待ってたんだから、その間に車を取りに行ってくれてたら良かったのに」
(ピッグ)「いくら近いと言っても、フルマラソンを走った後に歩いていくのは大変ですよ!」
徳島市内は交通渋滞が激しく、とんでもなく時間がかかりつつも、ようやく駐車場にたどり着き、その後は、疲れを取るために、今年も6年連続で恒例のあいあい温泉に行く。例年のように駐車場はいっぱいで、温泉の中も混雑していたが、露天風呂で足を揉みほぐすと、気持ち良い。
しかし、反省はしなければならない。
(幹事長)「一昨年、去年と原因不明の不調に苦しんだが、今年も同じような惨敗だった。相変わらず理由が分からない」
去年も2月の京都マラソンを気持ち良く完走した後だったし、今年も2月の海部川マラソンで好タイムを出した後なのに、なぜかこの徳島マラソンは惨敗が続く。
体のどこも痛くなく、例年のような強風も無く、前半からペースを抑えて一定のペースで走り、最後まで歩かなかったにもかかわらず、途中で歩きまくった時より悪いタイムだった。以前なら、どんなに遅いペースでも歩かずに最後まで完走できたら、そんなに悪いタイムにはならなかった。いくら遅いと言ったって、走るのと歩くのではペースが違うからだ。それが今日は、歩くのと同じようなペースにまで落ちてしまい、惨敗となった。
(ピッグ)「登山やスノーボードの疲れじゃないですか?」
(幹事長)「そんな疲れが残るかなあ」
確かに、今年も海部川マラソンの後は、ここぞとばかりに雪山登山やスノボーに明け暮れた。でも、そんなに疲れが残るほどでもないと思う。
この季節にしては異常な暑さだったが、前半は暑かったにしても、後半は向かい風で肌寒いくらいだったので、暑さのせいではないように思う。後半の向かい風にしたって、例年の前半の向かい風に比べたら弱い風だったので、風のせいでもないだろう。
一昨年は惨敗から「いくら前半から徹底してペースを抑えて走っても、後半になればペースダウンは避けられないから、あんまり極端に前半を抑えると、タイムは悲惨なものになる」という教訓を得たから、今日は前半から自然体で走り、そんなに極端に抑えたペースにはしなかった。それでも終盤のペースダウンは著しく、目も当てられない状況となった。やはり、結局は練習不足が原因なんだろうか。
ただ、前半からスローペースだったから足は攣らなかったし、痛くならなかった。タイムは悪くても、最後まで足が痛くならずに走れたら、それはそれで結構なことではある。また、途中でリタイアした去年に比べたら、少しはマシになった。それだけが救いだ。
さて、次のレースは5月末のオリーブマラソンだが、そろそろ暖かくなってきたので、自転車部の活動も再開しなければならない。
(ピッグ)「支部長が、早く琵琶湖一周サイクリングの計画を立ててくれって言ってましたよ」
(幹事長)「そやな。できればオリーブマラソンまでに実行に移したいな」
去年は乗鞍岳自転車登山を実現させたので、今年は是非、琵琶湖一周サイクリングを実現させよう!
〜おしまい〜
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