第21回 北山林道駆け足大会

〜 暑さを吹き飛ばす快走 〜



2019年6月9日(日)高知県津野町において第21回北山林道駆け足大会が開催された。
津野町と言われてもピンとこないが、旧葉山村と言えば良く分かる。3年前に高知のおんちゃんから誘われて初めて参加し、それ以来、今年で4年連続4回目の出場だ。おんちゃんに教えてもらうまで聞いたこともなかった超マイナーなレースだが、本当にめちゃ楽しいレースだ
名前からして「北山林道駆け足大会」だなんて聞いただけでもそそられる。「林道」で「駆け足大会」とくれば、もう、怪しさ爆発だ。しかも定員500人てことは、完全なる草レースだ。ランネットでエントリーできないのはもちろん、ネットで調べても、情報はほとんど出てこないような超マイナーな草レースだ。怪しいマラソン大会には目がない我々としては、見過ごすわけにはいかないレースだ。


〜 山の中を駆け巡る超激坂コース 〜


おんちゃんは実力者で、四万十ウルトラマラソンの100kmの部にも出ており、どちらかと言えば、坂のある厳しいコースが好きなM系ランナーだ。そういうハード系ランナーから誘われたレースなので、最初は恐る恐るの参加だったが、誘ってくれて本当に良かったと思える楽しいレースだ。
何が楽しいかと言えば、コースが超面白いのだ。このレースは名前も怪しいが、そのコースはトンでもないのだ距離は12.8kmしかなくて、かなり短い。しかし、最初3kmほど平坦な道を走って林道の入口に入ると、いきなり極端な急登となる。パンフレットの図面には、上り勾配は10%と書いてあり、それだけでも厳しいが、これは平均の勾配であり、当然ながらもっと急な部分もある。実際のところ、何度あるのかは分からないが、とても厳しい坂だ。
急登が終われば尾根道を走るが、尾根道も決して平坦ではなく、かなりアップダウンがある。そして尾根道が終われば下りになる。下り勾配は19%なんて書いてあり、これだけでもトンでもなく急な下りだが、もちろんこれも平均の勾配であり、当然ながらもっと急な部分がある。まさに転がり落ちるように走って下るようになる。
激坂の下りが終われば最後は少しだけ平坦な道が残っているが、基本的には急な坂道を上がったり下ったりするのがメインのマニアックなコースだ。道は全て舗装されているからトレイルレースとは異なるが、アップダウンで言えば、まるでトレイルレースのようなコースであり、普通のマラソン大会ではない。

こう書くと、とても厳しいレースで、楽しめるようなレースではないと思うかもしれないが、これが実に楽しい。3年前に初めて参加した時は、恐る恐るの出場だったが、予想をはるかに上回る楽しいレースだった。上り坂はあまりに激し過ぎるから、辛いと言うより笑ってしまい、むしろ面白く感じられる
それに、厳しいと言っても、所詮、上り坂の区間は数kmしかなくて、それが分かっているからペース配分なんか考える必要が無く、とにかくがむしゃらに子供みたいに走ればいい。終盤は下り坂が続いて、思いっきり駆け下りるのも楽しかった。要するに、全体でも距離は13km足らずで、ペース配分なんて考える必要がなく、最初から最後まで全力で走ればいいので、本当に楽しかった。こんなに面白くて楽しいレースは久しぶりだった。
あまりに楽しいから、ゴールする時は顔がニコニコしてしまう。上り坂が苦手な支部長でさえ、上り坂の急勾配区間では歩いたものの、下り坂は他のランナーをごぼう抜きして、嬉しそうにゴールした。

考えてみれば、我々はもともと山岳マラソンには慣れている2005年に高松市に合併吸収されるまで塩江町で毎年開催されてい た塩江マラソンは距離はハーフマラソンで、最大標高差350m、獲得標高550mの山岳マラソンだったし、今はなき四国カルストマラソンもハーフマラソンで、標高1000mを超える高原を走る山岳マラソンだった。マラソンブームなんて来る以前は、マラソン大会なんて平地ではなかなか開催できなかったから、山間部での開催が多かったのだ。
それに比べればこのレースは最大標高差は300m程度なので未知の世界ではない。それに、塩江マラソンは急勾配の坂を下りてからも延々とフラットなコースが続いて足が棒のようになって撃沈するのが常だったが、このレースは距離が短く、急勾配の坂を下り終えて少し走るとゴールとなるので、走りやすく楽しい気持ちのままゴールすることができる。また最近は、四国のてっぺん酸欠マラソンだとか龍馬脱藩マラソンのように、もっと極端に激坂が続くレースにも出るようになったので、この北山林道駆け足大会は苦しさじゃなくて楽しさしか感じないイベントとなっている。

また、坂だけでなく、コースレイアウト自体も魅力的だ。マラソン大会のコースと言えば、折り返し点で折り返して往復するコースが一般的だが、この大会のコースは山の中をグルッと回って一周するという周回コースなのだ。山の中をグルッと一周するってのが探検的で面白いし、山の上は見晴らしが良いし、なんとなく遠足しているような気分になれる。

さらに、この大会はレース後の抽選会が楽しい。おんちゃんチームが4年前に6人中5人もが当選したって聞いていて楽しみにしていたんだけど、実際に3年前に初参加したときは我々も5人中4人が当選するという高確率だった。景品も、私とピッグはミカンだったが、ヤイさんと小松原選手はビール24本入りケースという豪華景品だった。続いて2年前も3人中2人が当選したから、やはり、かなり高い確率での当選だ。ところが昨年は参加した3人とも何も当たらなかった。そんな事もあるのだ。ただし、おんちゃんのグループは何人か当たっていたから、平均すればやはりかなり高い確率で当たるのは間違いない


〜 6月の貴重なレース 〜


このように楽しいレースなんだけど、開催時期が6月ってのが、また嬉しい。一般的にマラソン大会は秋から冬、せいぜい初春までに開催される。気温が低い季節の方が走りやすいからだ。5月末のオリーブマラソンは、既に時季外れの大会であり、今年のように天気が良いと炎天下の厳しいレースになる。そのため、6月から9月にかけてはマラソン大会の閑散期になり、出場できるレースが少なくて困ってしまう。なので6月に開催されるこの大会は、とても貴重な大会だ
なぜか四国においては、高知には夏場のマラソン大会がある。この6月の北山林道駆け足大会のほか、7月には汗見川マラソンが、9月始めには四国のてっぺん酸欠マラソンが、10月始めには龍馬脱藩マラソンが開催される。これらが開催される5ヵ月もの間、他の県ではほとんどマラソン大会は無い。暑いからだ。
なぜ他ではマラソン大会が無いような暑い時期に高知でだけマラソン大会が頻繁に開催されるかと言えば、高知の山の中は標高も高いし、夏場でも涼しいと思われがちだからだろう。もちろん、これは完全なる事実誤認であり、実際にはいくら高知の山の中と言っても、夏は暑い。とっても暑い。12年前の汗見川マラソンなんて、開催された日の日本の気温は、レースが開催された高知県本山町が全国で一番暑かったという、トンでもない状況だった。四国の山の中は暑いのだ。

でも、暑いとは分かっているが、それでも6月に開催される貴重なレースだし、コースもとっても面白そうなので、3年前におんちゃんからお誘いがあったとき、即答で飛びついた。飛びついたのは私だけでなく、私以上に超マイナーな草レースの探求に飽くことのないピッグも飛びついた。彼は過去、赴任先の徳島や青森でも、その鋭い嗅覚で数々の草レースを開拓してきたパイオニアだから血が騒いだようだ。一方、坂が嫌いと言うか苦手な支部長は渋っていたが、我々が強引に引きずり込んだ。

ところが、いざ申し込もうとして困った。いくら探しても申込先が全然分からないのだ。超マイナーな草レースだからネットで申し込めないのは当然だろうけど、津野町のホームページにも情報が無い。いったいどういうことだろうと思っておんちゃんに問い合わせてみると、「葉山ランニングクラブの中山さんか津野町教育委員会に電話してみて」との返事だった。葉山ランニングクラブがどういう団体なのか分からないが、電話しようとしても高知の山奥だから電波が通じない。それで津野町教育委員会に電話したら優しそうなお姉さんが出てくれて、すぐに話が通じて申込書を送ってもらった。一度参加すると、翌年からは申込書が送られてくるようになった。

ネットでエントリーできないってのは、今どき不便だが、逆に、それだからこそ我々に取っては参加しやすい大会だ
かつて汗見川マラソンもネットではエントリーできなかった。そのため一時は大会の存続すら危ぶんでいたが、ランネットでエントリーできるようになったら、あっというまに人気の大会となってしまい、今年も僅か数分で定員いっぱいになって私以外のメンバーは全員、エントリーに失敗してしまった。

(幹事長)「やる気あるんか?」
(ピッグ)「幹事長から連絡があって、即、エントリーしようとしたんですけど、もう手遅れでしたよ」


今年は私も気付くのが遅くて、ギリギリになって気付いて、慌ててエントリーを済ませてから他のメンバーに周知したんだけど、その時点で既に定員いっぱいでアウトだったのだ。
ネットでエントリーできても、定員が多い大会なら問題ないが、定員が少ない大会だと、ネットで申し込めるようになったら、あっという間の瞬間蒸発になってしまうのだ
定員1300人の汗見川マラソンですらそうなのだから、定員僅か500人の北山林道駆け足大会がネットで申し込めるようになったら、1分くらいで定員いっぱいになるかもしれない。そうなると、なかなか容易にエントリーできなくなってしまう。現状のように、ネットでは情報すらほとんど得ることができないマイナーな状態だからこそ、知ってる人だけが参加できる居心地の良い大会になっているのだ。

なぜいつまで経ってもネットでエントリーできないマイナーな状態が続いているのかと言うと、なんとこの大会は実質的に個人がやっているのだ。名目としては主催者は葉山ランニングクラブとなっているが、どう見ても、この葉山ランニングクラブは会長の中山さんが一人で切り盛りしているような感じだ。津野町の教育委員会も全面的に手伝っているものの、基本的に行政は主体ではない。行政が主体でない民間のマラソン大会なんて存在は極めて珍しい。そして、それが今年で21回も続いているなんて驚きだ。
運営は完全にボランティアだろうと思うけど、小さい村でこんなに大勢のボランティアを動員できるって、すごい。本当に地域に根付いたイベントになっている。また、小学校の体育館を会場に使っているし、行政と一線を画しているとは言え、小さな山村のことなので、住民が一体となって開催しているのだろう。すべては中山さんの力だろうと思うけど、中山さん自身は、ランニングクラブを主催しているような体型でもない。昔はやっていたのかも知れないが。

て事で、毎年参加している支部長ピッグには案内が送られてきて、すぐに申し込むことができた。そのほか、3年前にエントリーはしたものの出場はしなかったヤイさんにも案内が送られてきたので、それを使って徳島マラソンにも出た有望新人加藤選手がエントリーしたので、全員で4人が出場することになった。


〜 津野町へ出発 〜


レース当日の天気予報は「晴れ時々曇り、そのうち雨かも」てな感じだったが、朝、早朝に起きると、高松は雲一つない晴天だった。

この時期は梅雨時期なので、これまで参加した3年間は、毎年、雨が降っていた。3年とも天気予報は「雨模様」だったが、香川県の方言では「雨模様」ってのは「雨が降りそうに見えるかもしれないけど、結局は全然降らないよ」って言う意味だ。だが、土佐弁で「雨模様」ってのは「いきなり土砂降りになるから流されないように気をつけてね」と言う意味になる。雨が降るかどうかではなく、雨の程度の問題だ。いくら梅雨どきと言っても、日本一雨が少ない香川県地方ならカラ梅雨ってこともあるが、日本一雨が多い高知県では絶対に毎日雨が降り続いている時期なので、高知の天気予報で「雨模様」になってると、雨が降るのは間違いない
事実、3年前は、かなり激しい雨が降っていて、屋外に出るのが躊躇われるくらいの雨だったし、2年前は3年前ほどではないが、かなりの雨が降っていたし、去年も小雨が降っていた。つまり、この時期に高知で開催されるマラソン大会は絶対に雨の中のレースになる。雨が前提だ。

ただし、今の我々は雨を恐れていた昔の我々ではない。昔の我々なら、雨のマラソン大会なんて走る気が起きなかった。朝から雨が降っていると、空を見上げながら連絡を取り合って、結局、みんな揃って欠場って事も多かった。
しかし、9年前のオリーブマラソンで考えが変わった。その日は朝からものすごい土砂降りの雨だったので、みんなで欠場の相談をしていたら、我がペンギンズのエース城武選手から「雨がどうしたんですかっ!何を考えてるんですかっ!」と一喝され、渋々参加した。ところが、土砂降りの雨は、走りにくいどころか、気温が低くなって走りやすくて、後半の大きな坂も全然、苦にならず、最後までペースダウンすることなく、というか、坂が多い後半の方がペースアップしてタイムが良くなるという考えられないレース展開でゴールし、2時間を大幅に切る大会自己ベストとなった。私だけでなく、ピッグも支部長も快走した。それ以来、暑い季節には、むしろ雨を好むようになったのだ
このレースにおいても、3年前には、主催者の中山さんが「雨が降って絶好のマラソン日和になりました」って言ってたけど、この時季は雨でも降らないとマラソンには暑すぎて、討ち死に間違いなしになるので、雨の方が大歓迎だ

ところが、今年の天気予報は「雨模様」ではなく「晴れ時々曇り、そのうち雨かも」ってな感じだ。これは香川県の方言では「100%間違いなく炎天下です」って言う意味なので、厳しい炎天下での山登りレースが予想される。ただ、これも土佐弁では「いつ雨が降ってもおかしくないから油断したらあかんぜよ」って言う意味になるので、高松では快晴だが、高知の山間部では雨が期待できないわけではない。

今日はピッグが車を出してくれて、支部長と加藤選手を乗せて私んちに来てくれて、6時に高松を出発した。葉山村は高知の山の中とは言え、須崎市までは高速で行けるので、2時間ちょっとで着くから、6時に出れば8時過ぎには着いてしまう。スタートは10時だから随分、早い到着になる。
しかし、遠方のレースの場合は、途中で何かトラブルでもあると遅刻するので、早めに出なければならない。
事実、去年は、途中まで順調に進んだが、途中で交通事故のため高速道路が通行止めになっていて、一般道路を迂回させられたため、予定より1時間ほど遅れてしまった。また、今年2月の海部川マラソンでも、工事してる区間があって、トンでもない渋滞となり、やはり予定より1時間ほど遅れてしまった。そういう事があるので、用心して早めに出るのだ。
以前なら、少しでも遅くギリギリに家を出ていたが、最近は高齢化してきたため、多少の早起きは苦痛ではない。それに、早いと言ったって、5時過ぎには港に並んで奴隷船に乗り込まなければならないオリーブマラソンより、よっぽどマシだ。

交通量の少ない早朝の高速道路を順調に走りながら、快晴の瀬戸内海側から高知の山の中に入っていくと、案の定、天気が怪しくなってくる。空には雲が立ちこめ、そして遂には雨が降り始める

(幹事長)「やっぱり高知の雨は裏切らないな」
(支部長)「ええ感じやな」

みんな雨を願っているのだ。その後、太平洋岸まで出ると雨は止んだが、怪しい雲は立ちこめており、少なくとも炎天下のレースは避けられそうだ

少しお腹が空いてきたので朝食を食べる。トイレの事を考えると、家を出る前に朝食を食べてトイレを済ませたいところだが、いくら早起きが苦痛でなくなったとは言え、普段より早い時間に朝食を食べるとお腹を壊す可能性が高いので、家では食べず、車の中で食べるのだ。朝食はおにぎり2個だ。
以前はレース中にお腹を壊すことが多かったので、用心して朝食と一緒に下痢止めの薬も飲んでいたが、4年前の徳島マラソンから朝食を菓子パンからおにぎりに変えたため、その後は一度もお腹を壊さなくなった。パンに含まれるフルクタンという糖類は消化に悪く、下痢になりやすいが、お米に含まれている糖類は消化が良いので、おにぎりを食べれば、もう下痢を心配する必要は無いのだ。特に最近は腹持ちの良い餅米の赤飯おにぎりに固執している。
オリーブマラソンではおにぎりを3個も食べたため、バナナやゼリーを食べるとお腹が少し苦しくなってしまったため、今日はおにぎりは控えめに2個にした。

初参加の時から毎年お世話になっているおんちゃんに「もうすぐ着きます」ってメールを送るが、返事が無い。まさか今年は欠場なんだろうか。て言うか、返事が無いってことは、何かあったんだろうか。少し心配。

(ピッグ)「今年は軍手は忘れてませんか?」
(支部長)「うん、持ってる」
(ピッグ)「ソックスも?」
(支部長)「ソックスも持ってる」


支部長は毎年のようにソックスや軍手を忘れてパニックになっていたが、特に認知症が進んでいる訳ではないようで、今年は準備に滞りない。

(加藤)「このレースはタイムはどうやって計測するんですか?」
(支部長)「スタッフの手作業やな」
(加藤)「え?どうゆう事ですか?」

この大会は超マイナーな草レースなので、ゴール地点でスタッフが横目で時計を睨みながらタイムを計測してくれる。こんなレースのタイムなんて何の参考にもならないので、タイムなんて適当で構わないのだ。

(幹事長)「いっそのこと自分の時計で計測する自己申告制度でもいいくらいだよな」

その後も順調に高速道路を走って須崎西インターで下り、道の駅かわうその里すさきでトイレ休憩を取って現地に着いたのは、8時過ぎだった。


〜 会場へ到着 〜


早めに到着したので、今年は割と近めの駐車場に案内され、会場の葉山小学校の体育館に到着した。
受付すると、おや?ゼッケンやパンフレットと一緒にタイム計測チップが配られた。

(加藤)「チップでタイム計測するみたいですよ」
(支部長)「あ、そうやったわ!」
(幹事長)「そや、一昨年から変わったんや!」

3年前までは計測チップなんか無くて、ゴール地点で係の人が横目で時計を睨みながらタイムを計測してくれていたけど、2年前からチップ計測になったのだった

(加藤)「過去3回出場しているうちで目測だったのは最初の年だけで、既に一昨年からチップで計測してたんですか?」
(支部長)「そういう事になるな」
(幹事長)「すっかり忘れてたわい」


人間の手作業でタイム計測するという原始的な手法が強烈な印象に残っていたため、その後、チップ計測に変わったことを忘れていたのだ。救いは、私だけでなく支部長もすっかり忘れていたって事だ。

(幹事長)「普通の人なら忘れるって事だな」
(加藤)「二人とも同じように認知症が進んでるって事ですがな」


でも、この超マイナーな草レースでチップでタイムを計測する必要性なんて無いような気がする。距離は12.8kmという他に例を見ない中途半端な距離だし、コースは斜度が19度もある過激な山道だし、こんなレースのタイムなんて何の参考にもならないので、タイムなんて適当で構わない。
しかも、計測チップと一緒に、以前と同じように無記名の完走証が最初から配られている。自分で適当に名前を書き込む完走証だ。タイムはチップで正確に計測しながら、完走証は自分で適当に書くってのは、どういう趣旨なんだろう。

早めに着いたと思ったが、体育館の中は既に満員状態だった。いつも陣取る辺りを見ると、なんとおんちゃんが手を振ってくれている。無事、来てたようだ。良かった。おんちゃんグループの近くに我々も陣取る。

(幹事長)「まさか今年は来てないのかと思いましたよ」
(おんちゃん)「悪い悪い。携帯を持ってくるのを忘れてしまってね」
(ピッグ)「調子はどうですか?」
(おんちゃん)「忙しくて全然練習できてなくて体重が増えるばかりで、完走できれば良い状態やなあ」


もちろん、おんちゃんは元が速いから、調子が悪いと言ってもレベルは違う。

(幹事長)「今日は珍しく炎天下になるかもしれませんねえ」
(おんちゃん)「この時期に晴れてるのは珍しいよねえ」


しばらくすると開会式が始まった。色々と注意事項の周知があった後、お楽しみ抽選会のお知らせもある。今年もステージ上には既に抽選会の景品が山のように積まれている。レースそのものよりも抽選会の方が楽しみになってくる大会だ。
開会式が終われば、いよいよ着るものを決めなければならない。

(ピッグ)「着るものに超心配性な幹事長は今日も悩みまくるんですか?」
(幹事長)「一番重要な事だから、微妙に悩むなあ」


炎天下のレースなら、この時期はオリーブマラソンで着た秘密兵器のメッシュシャツに限る。一方、雨になれば山の中では肌寒くなるかもしれないので、普通のTシャツで良いだろう。今は晴れているが、山の向こうを見ると暗雲が立ち込めてきていて、レースが始まる頃には雨になる可能性も高い。

(幹事長)「メッシュのシャツにするか普通のTシャツにするか、難しい問題だ」
(支部長)「どっちでも構わんがな」


かなり悩んだ挙句、どっちの事態にも対応できるように、オリーブマラソンで着た秘密兵器のメッシュシャツではなく、袖無しのランニングシャツを選択した。オリーブマラソンで着た秘密兵器のメッシュシャツは、まるで何も着ずに裸で走っているような感覚になれるが、このシャツはそこまで涼しくはない。でも、背中側は少しメッシュになっているし、袖も無いから、普通のTシャツに比べるとかなり涼しい。

(幹事長)「これなら炎天下でも暑くないし雨が降っても寒くない。ベストセレクションやな」
(支部長)「炎天下ならそこそこ暑いし、雨が降ったらそこそこ寒い中途半端なセレクションやな」


下も、オリーブマラソンで履いた青森勤務時代に作った陸上部のユニフォームの超短いランニングパンツではなく、少し短めのランニングパンツを選択する。

(幹事長)「上も下もベストチョイスやな」
(支部長)「上も下も中途半端なチョイスやな」


支部長はオリーブマラソンの時と同じように去年の丸亀マラソンのTシャツを着ている。

(幹事長)「最近、そればっかり着てるなあ」
(支部長)「これ肌触りが良いんよ」


薄着の私とピッグに対して、タイツも履いて重装備の支部長と加藤選手という2大グループが形成された。おんちゃんも支部長と同じく重装備グループに加わったが、どっちが好タイムを出すか、お楽しみだ。

おんちゃんと一緒に記念撮影
(左からピッグ、支部長、おんちゃん、幹事長、加藤選手)


日焼け対策で日焼け止めクリームを塗る。オリーブマラソンの前日にクライミングのジャパンカップを見に行って真っ赤に日焼けしてしまった反省から、最近は日焼けに神経質になっているのだ。今日のウェアはむき出しの部分が多いので、丁寧に塗りまくる。
ランニングパンツのポケットには顔を拭くハンドタオルティッシュを入れる。 朝食を変えてからお腹を壊すような事もなくなったので、もうティッシュは不要かもしれないが、何があるか分からないから私にとっては必携だ。
雨が強ければ雨よけでランニングキャップも必要だろうけど、せいぜい小雨だろうから嫌いなキャップは被らない。こないだのオリーブマラソンでは炎天下の暑さ対策でランニングキャップを被ったけど、途中で鬱陶しくなってずっと手に持って走ったので、今日は最初から被らない。

着替えが終わり、最後にバナナを食べて準備万端だ。参加者が少ないマイナーな大会なので、トイレの混雑は少なく、最後の小をする。

10時のスタートの20分くらい前に「スタート地点に移動してください」なんて館内放送されたので、外に出る。期待した雨は降りそうになくて、むしろ雲が晴れて青空が広がってきた。4年目にして初めて雨が降らない炎天下のレースになりそうな気配だ。


〜 スタート前 〜


スタート地点は三嶋様という三嶋神社の前で、会場の葉山小学校から数百m西にある。ゴール地点は会場の小学校の横なので、スタート地点からゴール地点までの400mほどはコースがダブっている

(加藤)「スタート地点からゴール地点までだけ走るのなら楽ですね」
(幹事長)「それやったら400m走やがな」


もう少しスタート地点とゴール地点を離せば13kmちょうどになるし、逆にダブり区間を無くせば12kmちょうどにもできるんだけど、わざわざダブり区間を作って12.8kmなんていう中途半端な距離にしているのが意味不明だ。しかも以前は、スタート地点がさらに50mほど西にあったから、距離が12.85kmだったらしい。50mの移動ってのも意味不明だ。

(支部長)「ま、所詮、12kmちょうどや13kmちょうどにしたところで、中途半端な距離やけどな」
(幹事長)「そらそやな」


それほど中途半端な距離なのに、正確にチップでタイムを計測して、一体どうするんだ!?

参加者が500人ほどの小さな大会なんだけど、スタート地点の道はとても狭いため、かなり混雑して熱気が溢れているうえ、空はますます晴れて日差しが照りつけるから、どんどん暑くなる。少しでも日差しを除けるため、勝手にその辺の家の軒先の日陰に身を寄せる。一応、ご主人らしき方に「すんません」って頭を下げる。

だが、いよいよスタート時間が近付いてきたので、仕方なく暑いけど日差しの下に出て、スタンバイしているランナーの中に入っていく。
参加者500人のマイナーな大会なので、普通ならスタート地点での位置取りなんか気にする必要は無い。最後尾からスタートしてもタイムのロスは少ない。
しかし、この大会は特有の事情がある。この大会は行政が関わっていない草レースなので、交通規制は一切ない。スタートやゴールは葉山小学校前の狭い道なので車もほとんど通らないけど、しばらく行って国道197号線に出ると、車道は走れず、歩道を走らなければならない。国道自体がそんなに広い道じゃないから、歩道も非常に狭くて走りにくい。なので、基本的に歩道を走る区間は追い越しはできない。完全に禁止ではないんだけど、歩道から転げ落ちるリスクもあるので、みんな自重して行儀良く走る。
そのため、スタートしてから国道に出るまでの1kmちょっとの間に、自分が走る適切なポジションを確保しておかなければならない。自分の本来のペースより後ろの方になると、もっと前へ出たいのに出られないフラストレーションが溜まる。逆に前の方に行き過ぎると後ろからランナーがぶつかってくる。なので適切なポジション取りが必要になってくる。そのためには、スタートの時点である程度の位置取りを考えておかなければならない。
て事で、真ん中より少し前の方に位置取りする。

(支部長)「あっ、しもた!軍手履いてくるの忘れた!」
(幹事長)「せっかく忘れずに持ってきたのにぃ」

今年は忘れずに軍手を持ってきたというのに、荷物の中に入れたまま体育館に忘れてきてしまったのだ。

(支部長)「軍手が無かったら汗が拭けない!」
(幹事長)「もう今日は駄目やな」

支部長にとっての軍手は、私にとってのウェアと同じくらい重要な要素なのだ。
周囲を見回すと、今年も結構、女性が多い。定員は500人で、パンフレットには478名の名前が載っているが、そのうち女性が110人で、男性が368人だ。こんな厳しいコースの大会に女性が1/4近くも参加してるってのに感心する。女性は持久力があるからマラソンには向いていて、フラットなコースの大会だと、終盤で力尽きて足を引きずってノロノロと走っていると、一定のペースを確実にキープしたおばちゃんやおばあちゃん達に次々と追い越されてガックリするが、今日のような厳しいコースにも女性が大勢参加するって、本当にすごいなあ。
なーんてキョロキョロしてると、高野くんがいた。高野くんはオリーブマラソンで序盤に飛ばしすぎた私を追い抜きながら「幹事長にしたら飛ばし過ぎですよ!」と注意してくれた高速ランナーだ。

(幹事長)「こんなレースにも出てるんかあ」
(高野)「幹事長こそ、よく出てますねえ」


スタートする前には本日の目標を定めなければならない。もちろん、どんな時でも、どんなレースでも、大会自己ベストの更新を狙うのが良い子のあるべき姿だ。マラソンはコースや季節によってタイムが大きく変わってくるため、違うレースのタイムを比較するのは不適当なので、どんなレースに出ても、とりあえず大会自己ベストを狙うのが良い子の正しい道だ。特に、このレースは距離も中途半端だし、坂も異常に厳しいから、他のレースとは比較のしようがない。なので、目安はあくまでも過去のタイムだ
今年で3回目の出場だが、2年前のタイムは参考にならない。その前年の年末に交通事故で怪我して長期休養を余儀なくされ、その怪我が癒えた大会1ヵ月前に登山事故で怪我して再び安静させられていたため、全く練習ができなかったので空前絶後の大惨敗となった。走る力が極端に落ちていたため前半の上り坂でも苦労したが、トンでもない急勾配を転げ落ちるように駆け下りる後半の激坂は、怪我していた膝が悪化しそうで本当に怖くて、あんまりスピードを上げられなかった。また、去年は怪我の影響も無くなり、満を持して出場したんだけど、なぜか力が湧いてこず、パッとしなかった。
て事で、目標タイムは3年前の初出場の時のタイムだ。あの時は初出場だったので全く見当がつかず、取りあえず何も考えずに走ったら、1時間13分ちょっとだった。去年もそれを目標に走ったんだけど、なぜかだいぶ悪かったから、今年こそは3年前のタイムを上回って大会自己ベストを出したい。もっと高い目標を掲げるべきかもしれないが、去年は駄目だったから、取りあえず今年の目標タイムは1時間13分だ
今年に入ってからのレースの結果は、丸亀マラソンや徳島マラソンは良いタイムだったが、海部川マラソンでは惨敗したし、2週間前のオリーブマラソンは平凡なタイムだったから、特に好調の年とはいえない。なので大会自己ベストが出るかどうか全く分からない。

目標はあまり高くないが、作戦はシンプルだ。このレースは距離が12.8kmしか無いうえ、急激な上り坂や下り坂が続くので、作戦なんて考えても仕方ない。レース序盤に無理すると、終盤になって一気にツケが回ってきて失速するのがマラソン大会の常なんだけど、このレースは事情が異なる。
序盤の3kmほどのフラットな区間が終わると、その後は急な上り坂になるので、そこまでの序盤を無理して飛ばそうが自重しようが、どっちみちペースは落ちるので、最初のフラットな区間は飛ばせるだけ飛ばしていい。その後に続く急激な上り坂ではどんなに頑張っても大したスピードにはならないし、終盤は急勾配の下り坂が続いて転がり落ちるように全力で駆け下りるから終盤になって失速するってこともない。なので、前半は抑えるべきだとか、最後まで一定のペースを維持するとかいった普通のマラソンでの作戦は意味をなさない。とにかく最初から最後まで全力で飛ばすしかないのだ。

(幹事長)「『最初から最後まで全力疾走作戦』と命名しよう」
(ピッグ)「『何も考えずに玉砕する作戦』ですね」


〜 スタート 〜


いよいよスタート時間の10時となった。スタート1分前のアナウンスはあったが、去年はカウントダウンが無かったような気がしていたので、待ち構えていると、やはりいきなりスタートのピストルが鳴った。
参加者が少ないので、それほどタイムロスすることなく、割りとすぐにスタート地点まで達し、そんなに混雑することもなく走り始めることができた。普通のマラソン大会なら、スタート地点を越えても、しばらくは混雑でまともに走れないが、人数が少ないうえに、こんな厳しいレースに出ようっていうランナーはレベルが高いと言うか、あんまり遅い素人ランナーは少ないため、スタートしてすぐに結構、速いペースとなる

普通のマラソン大会なら序盤はあんまり飛ばさずにペースを抑え気味に走って様子を見るってのが鉄則だが、このレースでは序盤からのんびり走ってはいけない。上に書いたように、国道に出たら狭い歩道の上を行儀良く走ることになって追い越しはできないので、それまでの1kmちょっとの間に、自分が走る適切なポジションを確保しておかなければならない。どこが適切な位置かよく分からないんだけど、とりあえず頑張って速めなペースで走る。どうせ歩道を走るようになるとペースは落ちるからだ。
しばらくするとピッグが前の方に抜けていく。ピッグは永遠のライバルだ。過去、様々なレースで勝ったり負けたりで、総合すると五分五分ってところだったが、近年は私の年齢による衰えのせいか、あるいはピッグが年甲斐も無くスピードアップしているのか分からないけど、負ける事が多くなった。このレースでも、3年前は私が逃げ切ったが、2年前と去年は私が連敗している。なので、今年はリベンジしたいところだ。だから、序盤からピッグに離されるのは避けたい。
しかし、いくら最初から最後まで全力疾走作戦とは言っても、あんまり無理すると、そのうち力尽きるのは自明なので、取りあえず自制してピッグの先行を許す。すると、なんとおんちゃんもピッグと一緒にどんどん先へ進んでいく
さらに続いて高野くんも追い抜いて行く。高野くんが追い抜いて行くのは理解できるが、ピッグが高野君よりハイペースで飛ばしていくのは少し驚きだ。て言うか、ちょっと無謀じゃないのか?

しばらく走ると1km地点の表示がある。時計を見ると5分を少し切っている。スタート直後の混雑は少なかったとは言え、多少はタイムロスがあったことを考えると、普通のマラソン大会なら飛ばし過ぎだが、このレースなら気にすることはない。良いペースだ
そこから300mほど走ると国道に出る。歩道はとても狭く、無理したら追い抜けないこともないが、追い抜くには車道側を走らなければならないので、歩道から落ちてしまうリスクがある。どこかに遅いランナーがいたら、そこで詰まってしまうので、全体的にペースは落ちてしまう。だが、今年はそうでもない。前の方からスタートしたため、周囲に遅いランナーはいないからか、全体として、みんな調和して集団で良いペースで走っていく。前のランナーも後ろのランナーも同じくらいのペースだ。

狭い歩道を走っていると2km地点の表示がある。この1kmも5分を少し切っている。歩道は狭くて走りにくいけど、ペースは悪くない。毎年、この序盤は同じようなハイペースで飛ばすんだけど、過去自己ベストだった3年前も、パッとしなかった去年も、この序盤のハイペースは呼吸が苦しかった。周りに着いていくのがやっとの状態だった。ところが今年は息が楽だ。あんまり苦しくない。今以上にスピードアップするのは足が着いて行かないと思うけど、少なくとも心臓は苦しくない。
ただ、高野くんは当然としても、ピッグもおんちゃんもどんどん遠ざかっていくのが気がかりだ。

そこから500mほど走ると国道から離れ、いよいよ山の方に向いて上がっていく。狭い道だが、国道と違って車道と歩道の区別が無いので、ランナーとしては走りやすい。車が来れば避けなければならないが、交通量は少ない。て言うか、去年も2年前も3年前も、この林道の区間は最後まで車は1台も来なかった。地域の人も協力して通らないようにしてくれているのだろう。
山道に入ったとは言え最初のうちは傾斜はとても緩やかで、3km地点で見たタイムはやや落ちたが1km5分ちょっとくらいだった。まだまだ順調だ

ただ、3km地点を過ぎると、少しずつ傾斜が強まってくる。まだまだ大したことはないが、確実にペースは落ちてくる。
天気は相変わらず晴れだが、少し薄雲が出てきて、それほどジリジリ焦がれるような暑さではない。袖なしの薄いシャツを着ているので、とても快適だ。
しばらく走ると最初の給水所が現れた。以前は、どんなマラソン大会でも、前半の給水所はパスする事が多かったけど、去年の奥四万十トレイルレースで主催者の奥宮さんが「給水も給食も、できるだけこまめに取ってください」って言ってたので、それ以降は、まだそんなに喉が渇いてないレース序盤から給水所では必ず水分補給することにしている。まして今日は晴れの暑いレースで、既に喉が渇いているので、早速スポーツドリンクをもらう。

坂の傾斜はどんどん厳しくなってきて、次の4km地点で見たタイムは、一気に1km6分近くにまで落ちていた。でも、それは毎年の事なので気にしない。
怪我で全く練習のできなかった2年前は、なんとこの辺りの上り坂で支部長に追い抜かれた。何が衝撃かと言って、支部長に上り坂で追い抜かれるほど衝撃的な事は無い。支部長とも永遠のライバルだが、負けることは少ない。なので、支部長には負けること自体が衝撃だ。しかも、支部長は下り坂区間は異常なまでに速いが、上り坂には極端に弱いから、上り坂で支部長に負けるなんて絶望的状況であり、その時点で心は完全に折れてしまった。
なので、今年も後ろから支部長が追い抜いて行くんじゃないかっていう恐怖心が常に心の片隅にある。今年は私は不調ではないし、逆に支部長は2週間前のオリーブマラソンで大惨敗したように、あまり好調とは言えないので、追い抜かれる可能性は少ない。でも、2年前の体験があまりにも衝撃だったので、今年も恐怖心は払拭されていない

4km地点を過ぎたら、本格的に急勾配の上り坂になる。この辺りから傾斜は10%を超えたようだ。さすがに厳しくて超スローペースになる。でも、歩きたいなんていう気持ちは沸いてこない。早くも歩いている人が時々いるけど、私より前を走っていたような実力者なのに早くも歩いてるなんて、どういう事だろう?
この辺りで、例年通り、道ばたでメガホンを持ったおじさんが「あんた○○番」って叫んでくれている。僕は136番って言われた。思ったよりは後ろで、イマイチだが、勝負はこれからだ。

林道はますます山深くなり、道の上を木々が覆い被さり、薄暗くなってくる。しばらく登ると5km地点の表示があり、この1kmは一気に7分半近くかかっていた。ものすごいペースの落ちようだ。そこまでペースダウンしているような気もしないんだけど、これ以上頑張ったら、すぐに足が動かなくなりそうなので、仕方ない。

その後、少しだけフラットな区間が現れて一息つけるが、その直後には傾斜20%を超える激坂が待っている。以前はガッカリしたこともあるが、4回目の出場でコースが分かっているので、心づもりはできている。このレースは、もう上り坂は終わりと見せかけて、何度も裏切られ続けるのだ。
そして、なんとここで、前方におんちゃんの背中が見えた。ピッグはいない。おんちゃんだけがペースダウンしたようだ。しかもペースダウンの度合いが著しく、どんどん背中が近付いてくる。あっという間に追いついて声をかける。

(幹事長)「どうしたんですか?」
(おんちゃん)「もう限界」


調子が悪いってのは本当だったようだ。
さらに激坂が続くなか、6km地点の表示があり、この1kmは8分半以上かかっていた。去年と同じくらいかかったような気がする。今年はここまで去年より快調だと思っていたため、こんなにペースダウンしてるとは思わなかった。体感的にはさきほどまでと変わらないペースで走れていると思ったのに。3年前の自己ベストよりだいぶ遅いはずだ。これでは大会自己ベストの更新は苦しくなってしまう。

6km地点からしばらく進むと、ようやく激坂区間が終わり、尾根道になる。もちろん、尾根道になってもフラットになる訳ではなく、しばらくすると再び上り坂になる。ただ、斜度はもう大したことはない。たまに急傾斜の坂もあるけど、すぐに終わり、基本的には緩やかな坂が続く。先ほどの激坂を走った後なので、緩やかな坂だと、まるでフラットに感じられてしまう。とにかく、激坂区間が終わったと思うと、ホッと一安心だ。
しばらく走ると2つ目の給水所がある。このレースは距離は短いけど、給水所は3箇所も設置されている。暑い激坂レースなので、給水は嬉しい。
この辺りにくると、木々に囲まれた山の中なので、暑さは和らぎ、なんとなく涼しくなってきた。とても走りやすい空気だ。

そろそろ7km地点があるはずだ、なんて探していたんだけど、なかなか見当たらない。なぜか見落としてしまったらしい。これは少し困った。まだ上り坂は続いているが、だいぶフラットになっているので、良いペースで走りたいところだけど、今のペースが分からないから手探りだ。
なんて思っていたのに、さらに次の8km地点も探していたのに見つからなかった。完全にペースが分からなくなってしまい、困惑してしまう。おかしいなあ。
いくらなんでも8km地点は過ぎているだろうなあと思いながら進むと、ようやく下り坂が出現する。ここからは少し上り坂が出現しても、基本的には下り基調の区間になる。ピークの標高は335mで、下の国道からの標高差300mほどを駆け下りることができる。

ホッとして一気に全開で大股でガンガン駆け下りる。とは言え、最初は思ったほど急な傾斜ではない。駆け下りても滑ったり転んだりする心配が無くてちょうど良い傾斜なんだけど、本格的な下り区間に入った訳ではない。
大股で気持ち良く駆け下りていくと、遂に9km地点の距離表示を見つける。ようやくペースを確認できる。すると、ここまでの3kmの区間の平均で1km6分ちょっとだった。期待したほどすごいペースではないが、絶望的なほどのスローペースでもない。残り4kmを18分で走れば1時間13分の記録となる。1km平均4分半だ。普通ならラスト4kmを1km4分半で走るのは無理だけど、このレースはここから急激な下り坂になるため、不可能でもない。

なーんて思ったとたんに、再び上り坂が出現する。まだ上り坂は終わってなかった。そう言えばそうだったような気がする。でも、その上り坂はすぐ終わり、その後には遂に本格的な急勾配の下り坂区間が始まったものすごく、きつい!きつ過ぎる!傾斜20%を超える下り坂が続く。
もともと交通量の少ない林道なので、路面は苔むしていて、雨模様の時は濡れた苔が滑りやすいので危険だ。でも、今年は路面が渇いているので、滑る心配はない。落ち葉には気を付けなければならないから、できるだけ落ち葉や苔を避けて駆け下りていくが、滑る心配が無いので、大股でガンガン走って降りる。
とは言え、あまりに急な下り坂のため、体に足が着いて行かない。体は重力で転がり落ちるように前に前に倒れこむが、足がそんなに早く回転しないから、前につんのめって転びそうになる。そのため、適度にブレーキを掛けないといけない状態だ。
そのせいで、次の10km地点でのラップは4分半はおろか、5分半すら大きく超過するスローペースだった。これは非常にマズい。

10km地点を越えると傾斜が少し和らぎ、まだまだ急勾配とはいえ、ブレーキをかけずに思いっきり駆け下りられる程度になる。足の回転と体の落ち込み方が同じくらいになるので、これくらいが一番速く走れる。ガンガン駆け下りるから膝を痛めそうだが、あと3kmくらいだから何も考えずに駆け下りる。
この辺りは急勾配のつづら折りの道になっているので、下の方に前方のランナーが見える。そしたら、去年の同様、ピッグが少し前を走っているのが見えた。しかし、去年はもっと近くにいたのに追いつけなかったくらいだから、今年も追いつくのは無理だろうなあ。

思い切って駆け下り続けると、11km地点が現れ、この1kmは一気に4分少々にまでペースアップできた。とても良い感じ。気持ち良い。このペースを最後まで続ければ1時間13分でゴールできる。俄然やる気が湧いてきた。
とは言え、やはり足の回転が遅いように感じられて、まどろっこしい。若い頃は、下り坂になると、中山選手と一緒に重力走法と称して、重力に任せて転がり落ちるようにガンガン駆け下りていたのに、今は足が思ったように回転しないから、せっかくの重力を十分に活用できず、スピードが上がらないのがじれったい。

その後、下り坂の傾斜は徐々に緩やかになっていくが、下り坂が終わるわけではない。傾斜が緩やかになるにつれペースも落ちていくが、下っている限り、足の疲れは感じない。もう残りは2kmも無いので、後悔しないように全力で駆け下りる。
てなつもりだったが、12km地点でのラップは1km5分近くにまで落ちていた。いかん。そこまで落ちると非常に厳しい。この時点で1時間13分は絶望となった。つまり大会自己ベストは絶望となった。ガッカリだ。

ぶっちぎりの快走で独走する幹事長


最後はフラットな区間になるが、それまでの下りの勢いがあるので、そんなにペースダウンはしない。
大会自己ベストが絶望となった今、モチベーションを維持するのは難しいが、それでも1秒でも速くゴールしようという気持ちを維持することができたため、最後まで気は抜かず、最後の力を振り絞って走る。


〜 ゴール 〜


スタート地点の三嶋神社の前を通り過ぎるとゴールゲートが見える。もう残り400mだ。ここで頑張っても仕方ないんだけど、何があるか分からないから、そのまま全速力で走り続けてゴールした
最後の区間は1km平均4分半くらいのペースだった。普通のマラソン大会なら終盤には出せないスピードなので、その意味では気持ちの良い走りだった。でも、1時間13分を切れず、大会自己ベストを更新できなかったのが悲しい。

なーんてガッカリしていたら、勘違いだった。3年前の自己ベストは1時間13分台だったけど、13分台の後半で、なんと今年のタイムの方が14秒だけ速かった。たった14秒だけど、大会自己ベストを更新できたのはとっても嬉しい。1秒差や2秒差で大会自己ベストを更新できなかった時は悔しくて夜寝られなくなるが、1秒だろうが2秒だろうが、大会自己ベストを更新できた時は非常に嬉しい。何があるか分からないのだから、やはり最後まで力を抜かずに全力疾走するのが重要だ

今日は序盤のフラットな区間をハイペースで走っている時も全然苦しくなかったし、激坂を登ってる時も歩きたいなんて思わず、淡々と登っていけたから、快感だった。もしこれで大会自己ベストを更新できなかったら、もっと苦しくなるまで頑張るべきだったと反省しなければならないところだったが、大会自己ベストも出たので、今日の走りは反省する必要は無い。敢えて言えば、5〜6kmの区間で緩めすぎでペースダウンしすぎた点だが、そこを修正すれば次回はもっと良くなるだろう。
また、終盤の下り坂では足の回転が上がらず、思ったようにスピードが出ていないと思ったんだけど、過去のレースと同等以上のスピードは出ていたようだ。まだ足が動かなくなるほど老化は進んでいないようだ。良かった。

順位も男女合計では上位1/3に入れたし、最初から最後まで気持ちよく走れて、本当に楽しかった。上り坂はあまりに激しくて辛いと言うより面白いし、所詮その上り坂区間も数kmしかなくて、それが分かっているからペース配分なんか考える必要が無くて走れたし、終盤は下り坂が続いて思いっきり駆け下りるのも楽しかったし、そのままの勢いでゴールに駆け込めるのも楽しい。

最後まで追いつけなかったピッグも、なかなか良いタイムで、途中で抜かれた高野くんともそんなに大きな差ではなかった。

また、かなり早い段階で撃沈したとおもったおんちゃんだが、なんと私と僅か17秒差で帰ってきた。順位も僅か3つしか違わなかった。僕が追い抜いた後、再び息を吹き返して猛追してきてたんだ。おお怖わっ!

一方、支部長は前半の上り坂でかなり歩いたとのことで、だいぶヨレヨレになっていた。

(支部長)「やっぱり軍手が無かったのが敗因やなあ」

それでも下り坂が好きな支部長は、終盤はガンガン飛ばしまくったようだ。去年はあまりにも不調で、終盤は下り坂でも歩いてたから、軍手無でも去年に比べたらずっとマシだ。

さらに初出場の加藤選手は、たぶん居直ってゆっくりゴールするだろうから、冷たく置き去りにして、3人で先にお風呂に行く
去年と同じように、近くにある葉山の郷という温泉だ。レースの日は特別にタダで入れるうえに、マイクロバスで送り迎えしてくれる。なんて親切なシステムなんだ。ただ、温泉と言う割には、お風呂はとても狭い。名前を聞くとスーパー銭湯みたいなのをイメージするが、宿泊施設に付属した小さなお風呂で、洗い場は5人分しかないし、湯船もとっても狭い。なので、タイミングによっては、とても混雑する可能性があるので、取りあえず急いで出掛けた訳だ。
温泉に入ると、やはり混雑していて、洗うのに数人が並んで待っていた。でも取りあえず湯船に入って体をほぐしていたら、そのうち席も空いて、なんとか体も洗えた。マラソン大会の後の温泉は、本当に気持ちいい。特に今日みたいに雨で濡れた体を洗い流すのは気持ちいい。


〜 抽選会 〜


さっぱりして会場に戻ると、加藤選手もゴールして、既に食事も終えていた。思った通り、彼は居直って、前半の上り坂で徹底的に歩きまわり、写真をいっぱい撮っていた。しかも終盤の下り坂でも徹底的に歩いて写真を撮りまくっている。

(幹事長)「舐めとんか」
(加藤)「足が痛くて下り坂でも走れなかったんですってば」


下り坂も、と言うか、上り坂よりむしろ下り坂の方が足の筋肉は傷めやすい。ブレーキを掛けるときに大きな負担がかかるからだ。なのて、坂に慣れていない加藤選手が下り坂で歩いても不思議はない。
とは言え、加藤選手は上り坂で歩きながら走っているランナーをいっぱい抜いたらしい

(加藤)「歩いてる選手に抜かれると走ってる選手はやる気が無くなるみたいですね」

足が疲れて動かなくなって歩いてる時はペースが遅いけれど、加藤選手のように元気があるのに走らずにガンガン歩いていると、激坂でノロノロ走っているランナーより速かったりする。そういうガンガン歩いている選手に抜かれると、走っている方はガックリして一気にペースが落ちるのだ。

風呂上りでさっぱりしたので、我々もゆっくり食事をとる。食事は今年もソーメンとばら寿司が配給される。マラソン大会の後の疲れた体には、一般的なお弁当はおかずがフライものや焼き魚なんかが多く、なかなか喉を通りにくいから、うどんとかソーメンに限る。

そのうち表彰式が行われたが、我々には無関係なので食事に励む。
その後、去年は地元に伝わるお神楽があり、それが思いのほか面白くて、また見たいと思ってたが、今年は無かった。去年は第20回記念大会とのことで特別に記念行事があったようだ。

その後、1時前になって、いよいよお楽しみ抽選会が始まる。このお楽しみ抽選会は、主催者の葉山ランニングクラブの中山さんが村内きっての有力者であり、町内のあらゆる商店から寄付をかき集めてくるため、景品がめちゃめちゃ多くて多彩だ。今年もランニングシューズから始まり、扇風機やピクニックチェアなど、普通の抽選会では出てこないような大きな景品が色々と出てくる。シューズなんかサイズが違うと履けないが、当選した人同士で話し合って交換したりしていた。
そして景品の数が多いから、当然ながら当選確率が異常に高い。おんちゃんのグループは4年前は6人中5人が当選したというし、我々も初めて参加した3年前は5人中4人が当選したし、2年前も3人中2人が当選した。ここまで続くと偶然ではなく、大いに期待できるのだが、なぜか去年は残念ながら誰も当たらなかった。おんちゃんのグループも、2年前や去年はたくさん当選したが、3年前は誰も当たらなかった。なので、そういう事もあるのだ。それでも平均すれば高い確率で当選するのは間違いない

まず最初はランニングシューズとかから始まり、次々と色んな景品が出てくるが、当然ながら1つ1つ抽選のクジを引いて当選者を発表していくので時間がかかる。すると、すぐに支部長が寝始める。毎年のことだ。3年前は支部長だけが何も当たらなかったため、最後まで起こさなかったが、2年前は支部長のゼッケン番号が呼ばれたもんだから、慌てて叩き起こして賞品を取りに行かせた。
今年も支部長がすぐに寝てしまったので、ピッグと加藤選手と3人で4人分の番号を聞き漏らさないように必死で発表番号を聞く。普通のクジなら、まず当たらないだろうと思って真剣さが欠けるが、異常なまでの高確率なので、気合いを入れて聞き続ける。
すると、なかなか当たりが出なくて気が緩み始めたころ、突然、支部長のゼッケンが呼ばれたもんだから、慌てて支部長を叩き起こす。支部長はいきなり叩き起こされて、何が何やら分からない状態で、立ち上がることもできずにオロオロしていたら、係りの人がわざわざ景品を持ってやってきてくれた。支部長が当たったのはパンの詰め合わせセットだった。

(支部長)「何が何やら分からんかったから、感激がイマイチや」

当選したパンの詰め合わせセットを前に寝ぼけたままの支部長


支部長が当たったのはいいが、その後が続かない。おんちゃんのグループは次々と当選しているのに、うちはバッタリ途絶えたままだ。だんだん景品も残り少なくなってくる。でも、最後まで気は抜けない。て言うか、最後の方が良い景品があるのだ。最後は缶ビール24本入りケースが十数箱も山積みされているのだ。これだけあれば当たってもおかしくない。て言うか、3年前は、最後の最後に小松原選手とヤイさんが続けざまにビールが当たったくらいだから、今年も当たってもおかしくはない。
なーんて期待してたんだけど、当たらないままビールケースはどんどん無くなっていく。ああ、今年も駄目だったのかあ、なんて絶望しかけた瞬間、突然、加藤選手の番号が読み上げられた最後の最後でビールが当たった。やったーっ!良かったーっ!

スーパードライが当たって満面の笑みを浮かべる加藤選手


結局、私とピッグは当たらなかったが、4人中2人が当たったから、なんとか許してやろう。しかも加藤選手が当たったのは一番価値のあるビールだったから、文句は言えない。もらっても使いそうにない景品より、食べ物や飲み物の方が確実にありがたい。パンとビールを4人で山分けして、意気揚々と引き揚げた

さて、普通のランナーは、せいぜい先月末のオリーブマラソンがマラソンシーズンの終わりだが、我々はこの北山林道駆け足大会だけでなく、これからも夏場の厳しい山岳レースが毎月、続く。7月末には汗見川マラソンがあり、9月始めには四国のてっぺん酸欠マラソンがあり、そして10月始めには龍馬脱藩マラソンがある。今回も含めて全て高知の山の中で行われる夏場の高知山岳マラソンシリーズ4連戦だ。

その第2戦の7月末の汗見川マラソンは、早明浦ダムの周辺の山の中で開催されるが、いくら山の中と言っても、実は決して涼しくはない。12年前に出たときは、その日の全国一番の高温を記録したような場所だ。いくら標高が高くても、四国の山の中は暑いのだ。しかも、仮に下界よりは多少は気温が低かったとしても、山の上は直射日光がギラギラ照りつけてきて、体感温度はむしろ高い。でも、個人的にはその暑さが好きだから楽しみでワクワクする。頑張るぞ!


〜おしまい〜




戦績のメニューへ