第22回 北山林道駆け足大会(自主開催)
2020年6月14日(日)、高知県津野町において第22回北山林道駆け足大会が開催されるはずだった。
津野町と言われてもピンとこないが、旧葉山村だ。
この北山林道駆け足大会は4年前に高知のおんちゃんから誘われて初めて参加し、それ以来、去年まで4年連続で出場している大会だ。おんちゃんに教えてもらうまで聞いたこともなかった超マイナーなレースだが、本当にめちゃ楽しいレースなので、もう出ない訳にはいかないのだ。
名前からして「北山林道駆け足大会」だなんて聞いただけでもそそられる。「林道」で「駆け足大会」とくれば、もう、怪しさ爆発だ。しかも定員500人てことは、完全なる草レースだ。ランネットでエントリーできないのはもちろん、ネットで調べても、情報はほとんど出てこないような超マイナーな草レースだ。怪しいマラソン大会には目がない我々としては、見過ごすわけにはいかないレースなのだ。
なので、今年もウズウズしながら待ってたんだけど、それなのに、ああ、それなのに、なんと今年は新型コロナウイルス騒ぎのせいで大会が中止になってしまった。
事の発端は3月1日の東京マラソンの一般ランナー参加中止だ。これに続き、3月8日の第9回名古屋ウィメンズマラソンも一般市民ランナーの参加が中止になった。ただ、これらの大会は東京オリンピックのマラソン代表選考会を兼ねていたため、エリートランナーの部は開催された。
しかし、3月22日の徳島マラソンが中止になった頃から雲行きが怪しくなってきた。全国的にマラソン大会が次々と中止になり始めたのだ。
これらのマラソン大会中止騒ぎってのは、どう考えても、あまりにも非科学的で情緒的でヒステリックな対応だ。
素人が見たら、マラソン大会ではランナーが密集しているように見えるかもしれない。しかし、毎日乗っている満員電車に比べたら、はるかにスカスカだ。そうでないと走れない。
しかも密室の満員電車に比べて、屋外のマラソン大会はウイルスが蔓延できる環境ではない。新型コロナウイルスは感染した人の咳やくしゃみの飛沫による飛沫感染でうつっていくが、飛沫感染は屋外では感染しない。
多くの国民が新型コロナウイルスを非常に恐ろしいもののように勘違いしているが、決して、エボラ出血熱のように極めて致死率の高いウイルスでもなければ、風疹のような感染力の強いウイルスでもない。
多くの国民がヒステリックに踊らされているのは、視聴率さえ稼げればいい下品なマスコミがキチガイみたいに煽り立てるのと、新型コロナウイルスの新規患者数をゼロにしようなんていう狂信的な妄想に取り憑かれた医療関係者の独善のせいだ。
いい加減に、このようなヒステリックな対応は止めて欲しいのだが、新型コロナウイルスの蔓延よりも、このようなヒステリックな対応の蔓延の方が遙かに早い。
もちろん、大会主催者側は苦渋の決断というか、断腸の思いだろう。なぜなら、大会の成功を一番願っているのは大会主催者なんだから。だから、僕も大会主催者を責める気は、さらさらない。悪いのは、こういう状況に大会主催者を追い込んだ世間のプレッシャーというか、コロナ自警団に代表される、社会を覆い尽くすバカ騒ぎだ。
そして、恐れていた通り、その後は5月のオリーブマラソン、6月の北山林道駆け足大会、7月の汗見川マラソンと、続々とマラソン大会の中止が発表になり、このままでは今年はマラソン大会もサイクリングイベントも全滅になりそうな雲行きになってきた。もうお先真っ暗だ。
って嘆き悲しんでいた時、ピッグが突然ナイスなアイデアを提示した。
(ピッグ)「中止になった大会をペンギンズで自主開催しましょうよ」
(幹事長)「え?」
あまりのナイスなアイデアに一瞬、言葉が出なかったが、これは画期的なアイデアだ。そうなのだ、大会が中止になったのなら、我々で独自に勝手に自主開催すればいいだけだ。
(幹事長)「なんて素晴らしいアイデアだ!君がこんな素晴らしいアイデアを出したのは実に23年ぶりやぞ」
(ピッグ)「なんですか?23年前って」
23年前に我々がペンギンズを立ち上げた時、クラブの名前を何にしようか相談したんだが、幹事長の私の意見を差し置いて、ピッグが「ペンギンズにしましょう」なんて言い出し、押し切られてしまったのだ。しかし、よくよく考えてみれば、むやみにスピードを追求するのではなくマイペースでゆっくり走る我々のスタンスは、まさに「ペンギンズ」の名前がピッタリであり、素晴らしいネーミングだったと思う。
ピッグがナイスなアイデアを出したのは、その時以来、実に23年ぶりのことだ。
と感心していたのだが、先月のオリーブマラソンを自主開催して走っていた時、同じように一人で走っている女子がいて、支部長が聞いたところ、彼女も自主開催していた事が分かった。
(幹事長)「他にも自主開催してる人がいるんやなあ。ピッグが思いつくくらいやから、誰でも思いつく平凡なアイデアだったか」
(ピッグ)「幹事長は全く思いつかなかったんでしょ?」
ピッグに対する賞賛は雲散霧消したが、今年は中止になったイベントは、できる限り自主開催することとなった。
その第1弾が5月17日に開催したサイクリングイベントの第7回ツールド103であり、これが思いのほか楽しくて大成功だった。
続いてマラソン大会として初めて自主開催したのが5月24日の第43回オリーブマラソンであり、これもとても楽しくて大成功だった。
このため、正規大会が復活するまで、今後も自主開催を続けていくことになった。
て事で、自主開催のマラソン大会の第2弾として開催するのが今回の北山林道駆け足大会だ。
ただメンバーの都合で、日程は1週間ずれた。本来の大会は6月14日の予定だったが、1週間遅れて2020年6月21(日)の開催となった。
(ピッグ)「開催日も柔軟に変えられるし、スタート時間も好きな時間に設定できるし、自主開催の方が良いですよね」
(幹事長)「金もかからないし、来年、正式な大会が復活しても、これからは我々で勝手に独自開催していこうか」
なーんてのは嘘で、やっぱり自主開催では本大会の楽しさは得られないし、本大会の緊張感が無ければ良いタイムは出ない。
なので、我々としても本大会の復活をキリンさんのように首を長くして待っているんだけど、それまで自主開催で頑張ろう。
〜 山の中を駆け巡る超激坂コース 〜
この大会に最初に誘ってくれた高知のおんちゃんは実力者で、四万十ウルトラマラソンの100kmの部にも出ており、どちらかと言えば、坂のある厳しいコースが好きなM系ランナーだ。そういうハードコア系ランナーから誘われたレースなので、最初は恐る恐るの参加だったが、誘ってくれて本当に良かったと思える楽しいレースだ。
何が楽しいかと言えば、コースが超面白いのだ。このレースは名前も怪しいが、そのコースはトンでもないものだ。
距離は12.8kmしかないから、マラソン大会としては短いと言える。しかし、最初3kmほど平坦な道を走って林道に入ると、いきなり極端な急登となる。パンフレットの図面には、上り勾配は10%と書いてあり、それだけでも厳しいが、これは平均の勾配であり、当然ながらもっと急な部分もある。実際のところ、何度あるのかは分からないが、とても厳しい坂だ。
急登が終われば山の中腹の道を走るが、そこも決して平坦ではなく、かなりアップダウンがある。そして中腹の道が終われば下りになる。下り勾配は19%なんて書いてあり、これだけでもトンでもなく急な下りだが、もちろんこれも平均の勾配であり、当然ながらもっと急な部分がある。まさに転がり落ちるように走って下るようになる。
激坂の下りが終われば最後は少しだけ平坦な道が残っているが、基本的には急な坂道を上がったり下ったりするのがメインのマニアックなコースだ。道は全て舗装されているからトレイルレースとは異なるが、アップダウンの激しさで言えば、まるでトレイルレースのようなコースであり、普通のマラソン大会ではない。
こう書くと、とても厳しいレースで、楽しめるようなレースではないと思うかもしれないが、これが実に楽しい。4年前に初めて参加した時は、恐る恐るの出場だったが、予想をはるかに上回る楽しいレースだった。上り坂はあまりに激し過ぎるから、辛いと言うより笑ってしまい、むしろ楽しく感じられる。
それに、厳しいと言っても、所詮、激しい上り坂の区間は3kmほどしかなくて、それが分かっているからペース配分なんか考える必要が無く、とにかくがむしゃらに子供みたいに走ればいい。終盤は下り坂が続いて、思いっきり駆け下りるのも楽しかった。コース全体でも距離は13km足らずだから、ペース配分なんて考える必要がなく、最初から最後まで全力で走ればいいので、本当に楽しい。
こんなに面白くて楽しいレースは久しぶりだった。あまりに楽しいから、ゴールする時は顔がニコニコしてしまう。上り坂が苦手な支部長でさえ、上り坂の急勾配区間では歩いたものの、下り坂は他のランナーをごぼう抜きして、嬉しそうにゴールした。
考えてみれば、我々はもともと山岳マラソンには慣れている。2005年に高松市に合併吸収されるまで塩江町で毎年開催されてい た塩江マラソンは距離はハーフマラソンで、最大標高差350m、累積の獲得標高550mの山岳マラソンだった。つい2ヵ月前に久しぶりに自転車で塩江マラソンのコースを走ってみたが、やはりトンでもないコースだったってのが分かった。
(幹事長)「今度は久しぶりにランニングで走ってみる?」
(支部長)「もう止めて!今の私らには不可能や!」
また、今はなき四国カルストマラソンもハーフマラソンで、標高1000mを超える高原を走る山岳マラソンだった。マラソンブームなんて来る以前は、マラソン大会なんて平地ではなかなか開催できなかったから、山間部での開催が多かったのだ。
それに比べれば北山林道駆け足大会は最大標高差は300m程度なので未知の世界ではない。それに、塩江マラソンは急勾配の坂を下りてからも延々とフラットなコースが続いて足が棒のようになって撃沈するのが常だったが、このレースは距離が短く、急勾配の坂を下り終えて少し走るとゴールとなるので、走りやすく楽しい気持ちのままゴールすることができる。また最近は、四国のてっぺん酸欠マラソンだとか龍馬脱藩マラソンのように、もっと極端に激坂が続くレースにも出ているので、この北山林道駆け足大会は苦しさではなくて楽しさしか感じないイベントとなっている。
激坂だけでなく、コースレイアウト自体も魅力的だ。マラソン大会のコースと言えば、折り返し点で折り返して往復するコースが一般的だが、この大会のコースは山の中をグルッと回って一周するという周回コースなのだ。山の中をグルッと一周するってのが探検的で面白いし、山の上は見晴らしが良いし、なんとなく遠足しているような気分になれる。
さらに、この大会はレース後の抽選会が楽しい。このお楽しみ抽選会は、主催者の葉山ランニングクラブの中山さんが村内きっての有力者で、町内のあらゆる商店から寄付をかき集めてくるため、景品がめちゃめちゃ多くて多彩だ。ランニングシューズから始まり、扇風機やピクニックチェアなど、普通の抽選会では出てこないような大きな景品が色々と出てくる。
そして景品の数が多いから、当然ながら当選確率が異常に高い。おんちゃんチームが5年前に6人中5人もが当選したって聞いていて楽しみにしていたら、実際に4年前に初参加したときは我々も5人中4人が当選するという高確率だった。景品も、私とピッグはミカンだったが、ヤイさんと小松原選手はビール24本入りケースという豪華景品だった。続いて3年前も3人中2人が当選したから、やはり、かなり高い確率での当選だった。
2年前は参加した3人とも何も当たらなかったので、そんな事もあるのかなあ、なんて落胆したけど、去年は再び支部長にパンの詰め合わせセットが当たり、また加藤選手がビール1ケースをゲットし、4人中2人の当選となった。やはり平均すれば高い確率で当選するのは間違いない。
てな事で、とても楽しみしていた抽選会だが、今年は自主開催なので、当然ながら実施されない。
(幹事長)「みんなで不用品を持ち寄って自主開催してもいいけどな」
(支部長)「幼稚園のバザーみたいな事は止めよう」
〜 6月の貴重なレース 〜
一般的にマラソン大会は秋から冬、せいぜい初春までに開催される。気温が低い季節の方が走りやすいからだ。
5月末のオリーブマラソンは、既に時季外れの大会であり、天気が良いと炎天下のレースになる。ただし、今年は自主開催のため、スタート時刻を通常より2時間ほど早めることができて、通常のスタート時刻の10時には終了することができた。暑くなる前に終わったので、暑さに極端に弱い支部長が圧勝するという番狂わせとなった。
(支部長)「暑くなる前で本当に良かったわい」
(ピッグ)「自主開催の良いところですね」
一般的には6月から9月にかけてはマラソン大会の閑散期になり、出場できるレースが少なくて困ってしまう。なので6月に開催されるこの大会は、とても貴重な大会だ。
なぜか四国においては、高知にだけ夏場のマラソン大会がたくさんある。この6月の北山林道駆け足大会のほか、7月には汗見川マラソンが、9月始めには四国のてっぺん酸欠マラソンが、10月始めには龍馬脱藩マラソンが開催される。これらが開催される5ヵ月もの間、他の県ではほとんどマラソン大会は無い。暑いからだ。
なぜ他ではマラソン大会が無いような暑い時期に高知でだけマラソン大会が頻繁に開催されるかと言えば、高知の山の中は標高も高いし、夏場でも涼しいと思われがちだからだろう。もちろん、これは完全なる事実誤認であり、実際にはいくら高知の山の中と言っても、夏は暑い。とっても暑い。13年前の汗見川マラソンなんて、開催された日の気温は、レースが開催された高知県本山町が全国で一番暑かったという、トンでもない状況だった。四国の山の中は暑いのだ。
それでも、6月に開催される貴重なレースだし、コースもとっても面白そうなので、4年前におんちゃんからお誘いがあったとき、即答で飛びついた。
ところが、いざ申し込もうとして困った。いくら探しても申込先が全然分からないのだ。超マイナーな草レースだからネットで申し込めないのは当然だろうけど、津野町のホームページにも情報が無い。いったいどういうことだろうと思っておんちゃんに問い合わせてみると、「葉山ランニングクラブの中山さんか津野町教育委員会に電話してみて」との返事だった。葉山ランニングクラブがどういう団体なのか分からないが、電話しようとしても高知の山奥だから電波が通じない。それで津野町教育委員会に電話したら優しそうなお姉さんが出てくれて、すぐに話が通じて申込書を送ってもらった。一度参加すると、翌年からは申込書が送られてくるようになった。
ネットでエントリーできないってのは、今どき不便だが、逆に、それだからこそ我々にとっては参加しやすい大会だ。
かつて汗見川マラソンもネットではエントリーできなかった。そのため一時は大会の存続すら危ぶんでいたが、ランネットでエントリーできるようになったら、あっというまに人気の大会となってしまい、定員が少ないこともあり、エントリーするのが大変な大会になってしまった。
定員1300人の汗見川マラソンですらそうなのだから、定員僅か500人の北山林道駆け足大会がネットで申し込めるようになったら、1分くらいで定員いっぱいになるかもしれない。そうなると、なかなか容易にエントリーできなくなってしまう。現状のように、ネットでは情報すらほとんど得ることができないマイナーな状態だからこそ、知ってる人だけが参加できる居心地の良い大会になっているのだ。
なぜいつまで経ってもネットでエントリーできないマイナーな状態が続いているのかと言うと、なんとこの大会は実質的に個人がやっているのだ。名目としては主催者は葉山ランニングクラブとなっているが、どう見ても、この葉山ランニングクラブは会長の中山さんが一人で切り盛りしているような感じだ。津野町の教育委員会も全面的に手伝っているものの、基本的に行政は主体ではない。行政が主体でない民間のマラソン大会なんて存在は極めて珍しい。そして、それが去年まで21回も続いているなんて驚きだ。
運営は完全にボランティアだろうと思うけど、小さい村でこんなに大勢のボランティアを動員できるって、すごい。本当に地域に根付いたイベントになっている。また、行政と一線を画しているとは言え、小学校の体育館を会場に使っているし、小さな山村のことなので、住民が一体となって開催しているのだろう。すべては中山さんの力だろうと思うけど、中山さん自身は、ランニングクラブを主催しているような体型でもない。昔はやっていたのかも知れないが。
このような超マイナーなアットホームな大会なので、他の大規模なマラソン大会が中止になっても、この大会だけは今年も開催してくれるかなあと微かな期待を抱いていたが、残念ながら中止になってしまったのだ。
そのため自主開催となった今年の大会だが、これまで4年連続で出場していた私、支部長、ピッグのほかD木谷さんも参加することとなった。D木谷さんはこれまで正規の大会には出たことがないんだけど、我々がコースの面白さを力説するもんだから初参加したものだ。
さらに高知のおんちゃんにも声を掛けてみたが、やんごとなき事情により、残念ながら不参加となった。
(ピッグ)「おんちゃんさんは元気そうでしたか?」
(幹事長)「マラソン大会が全滅して運動不足になり、お腹が妊婦さんのようになってるらしいよ」
やっぱり、みんな、マラソン大会が無くなると、運動不足になるのよねえ。
〜 津野町へ出発 〜
車は支部長さまが出してくれて、D木谷さんとピッグを乗せて私んちに6時に来てくれて高松を出発した。
(ピッグ)「最近、幹事長は県外遠征の時は車を出そうとしませんね」
(幹事長)「歳とってくると長距離の運転が大変でのう」
(ピッグ)「支部長も似たような歳ですけど」
葉山村は高知の山の中とは言え、須崎市までは高速で行けるので、2時間ちょっとで着くから、6時に出れば8時過ぎには着いてしまう。しかし、遠方のレースの場合は、途中で何かトラブルでもあると遅刻するので、早めに出なければならない。2年前は、途中まで順調に進んだが、途中で交通事故のため高速道路が通行止めになっていて、一般道路を迂回させられたため、予定より1時間ほど遅れてしまった。
それに今年は自主開催なので、早く着けば早くスタートして暑くなる前に終了することができる。
以前なら、少しでも遅くギリギリに家を出ていたが、最近は高齢化してきたため、多少の早起きは苦痛ではない。それに、早いと言ったって、5時過ぎには港に並んで奴隷船に乗り込まなければならないオリーブマラソンより、よっぽどマシだ。
朝、早朝に起きると、高松は雲一つない晴天だった。これは珍しい。
この時期は梅雨時期なので、4年前の初参加の時から3年連続で、毎年、雨が降っていた。3年とも天気予報は「雨模様」だったが、香川県の方言では「雨模様」ってのは「雨が降りそうに見えるかもしれないけど、結局は全然降らないよ」って言う意味だ。
だが、土佐弁で「雨模様」ってのは「いきなり土砂降りになるから流されないように気をつけてね」と言う意味になる。雨が降るかどうかではなく、雨の程度の問題だ。いくら梅雨どきと言っても、日本一雨が少ない香川県地方ならカラ梅雨ってこともあるが、日本一雨が多い高知県では絶対に毎日雨が降り続いている時期なので、高知の天気予報で「雨模様」になってると、雨が降るのは間違いない。
事実、4年前は、かなり激しい雨が降っていて、屋外に出るのが躊躇われるくらいの雨だったし、3年前もかなりの雨が降っていたし、2年前も小雨が降っていた。去年は初めて雨が降らなかったが、この時期に高知で開催されるマラソン大会は基本的に雨の中のレースになる事を覚悟しなければならない。雨が前提だ。
ただし、今の我々は雨を恐れていた昔の我々ではない。昔の我々なら、雨のマラソン大会なんて走る気が起きなかった。朝から雨が降っていると、空を見上げながら連絡を取り合って、結局、みんな揃って欠場って事も多かった。
しかし、10年前のオリーブマラソンで考えが変わった。その日は朝からものすごい土砂降りの雨だったので、みんなで欠場の相談をしていたら、我がペンギンズのエース城武選手から「雨がどうしたんですかっ!何を考えてるんですかっ!」と一喝され、渋々参加した。
ところが、土砂降りの雨は、走りにくいどころか、気温が低くなって走りやすくて、後半の大きな坂も全然、苦にならず、最後までペースダウンすることなく、というか、坂が多い後半の方がペースアップしてタイムが良くなるという考えられないレース展開でゴールし、2時間を大幅に切る大会自己ベストとなった。私だけでなく、ピッグも支部長も快走した。それ以来、暑い季節には、むしろ雨を好むようになったのだ。
この北山林道駆け足大会においても、初参加の4年前には、主催者の中山さんが「雨が降って絶好のマラソン日和になりました」って言ってたけど、この時季は雨でも降らないとマラソンには暑すぎて、討ち死に間違いなしになるので、雨の方が大歓迎だ。
今年は事前の天気予報では「晴れ時々曇り、もしかしてそのうち雨かも」てな感じだった。
これは去年の天気予報と同じで、香川県の方言では「100%間違いなく炎天下です」って言う意味だが、土佐弁では「いつ雨が降ってもおかしくないから油断したらあかんぜよ」って言う意味になる。
実際に去年は、快晴の瀬戸内海側から高速道路を飛ばして高知の山の中に入っていくと、だんだん天気が怪しくなってきて、空には雲が立ちこめ、そして遂には雨が降り始めた。ただ、レースが始まると雨は降らず、時折日差しが出てくるという初めての晴れのレースとなった。
今年も高松は朝から快晴で、炎天下のレースも予想されたが、四国山地の中に入ると、空はぶ厚い雲に覆われ始めた。まさに去年と同じ様相だ。
スタート時刻を考えると、そろそろ車の中で朝食を食べなければならない。ところが、今日は食欲が無い。て言うか、今日は非常に体調が悪いのだ。原因は不明で、全く心当たりが無い。
実は昨晩、寝るときから頭痛があって、体調は良くなかった。今朝も起きるとき、目覚まし時計で無理矢理目は覚ましたものの、とても寝起きが悪く、頭痛は治まらないし、少しフラフラするような感じもあり、体調は悪化していた。そして今、食欲も出てこない。
しかし、マラソン大会の朝に何も食べないのは良くない。いくら13km足らずの短距離とは言え、何も食べないとエネルギーが完全に枯渇してしまう。なので、車の中で強引に食べる事にする。
朝食はおにぎりだ。以前はレース中にお腹を壊すことが多かったので、用心して朝食と一緒に下痢止めの薬も飲んでいたが、5年前の徳島マラソンから朝食を菓子パンからおにぎりに変えてみたら、その後は一度もお腹を壊さなくなった。パンに含まれるフルクタンという糖類は消化に悪く、下痢になりやすいが、お米に含まれている糖類は消化が良いので、おにぎりを食べれば、もう下痢を心配する必要は無いのだ。
なーんて、すっかり油断してたら、なんと2月の高知龍馬マラソンで5年ぶりにレース中にお腹を壊して20分もトイレにこもってしまった。原因は分からない。でも、少なくともおにぎり路線が悪い訳ではないだろう。これまでは、おにぎりの他に、バナナやゼリーも食べたりしていたが、それらを控えるべきかもしれない。あんまり無理してレース前に食べすぎるのは禁物だ。
と言うか、今日は体調が非常に悪く、おにぎりを1個食べただけで、それ以上は喉を通らなくなった。しかも、しばらくすると吐き気が出てきた。支部長の車の中で吐くと大迷惑なので、なんとか必死に耐えて我慢できたが、危うい状況だった。
〜 会場へ到着 〜
吐き気をこらえながら歯を食いしばっていると、なんとか会場の葉山小学校に到着した。車から降りて外に出ると、雲が空を覆い、暑くないと言うより、少しひんやりするくらいだ。
しばらくしゃがみ込んで休んでいると、なんとか吐き気は治まってきただ。ただ、なおも頭痛とフラフラは続いている。しかし、わざわざここまで来て、走らないという選択肢は無いので、準備を始める。
まずはウェアの選択だ。「何を着るか」は、どんな季節のマラソン大会であっても最も重大な課題だ。
(支部長)「また悩みまくるんかいな?何を着ても同じやってば」
(D木谷)「秘密兵器のメッシュのシャツを着るんですか?」
(幹事長)「いや、今日は着ません」
炎天下のレースなら、この時期は秘密兵器のメッシュシャツに限る。
5年前や6年前のオリーブマラソンで炎天下にもかかわらず好タイムを出せたのは、メッシュのシャツのおかげだと思う。それまで炎天下のレースでは惨敗続きだったのが、急に快走できるようになった理由は他には見当たらない。間違いない。
しかし、その後はこの秘密兵器のメッシュのシャツを着ても惨敗することがあった。なので、メッシュシャツを着たからと言って必ずしも快走できる訳ではないってことが分かった。
まして今日は雲が立ち込めて、全然暑くないし、この先も晴れそうにはないから、メッシュのシャツを着る必要はない。
それに、そもそも今年は正式な大会でないため、ロクなタイムが出ないことは分かりきっている。ゾウさんやのらちゃんなんかは精神力が強いから、練習の時でも本番同様のスピードで走ることができる。なので、もし今回、参加していれば、自主開催であっても、正式な大会と同レベルのタイムを出せるだろう。
しかし私なんかは練習になると、どんなに気合を入れてみても、本番とはほど遠いペースに落ちぶれてしまう。なので、自主開催の今日は正式な本番とは比べ物にならないスローペースになるのが目に見えている。
こんな状態なので、秘密兵器のメッシュシャツを出してくるのは止めておいた。なぜなら、秘密兵器のメッシュシャツはいつ買ったのか忘れてしまったが、もう古くてボロボロになっていて、いまにも破れそうなのだ。だからここぞと言う時のために大切に保管しておかなければならない。どんなにあがいてもロクなタイムが出そうにない今日なんかに着るのはもったいないのだ。
てことで、今日はオリーブマラソンでも着た袖無しのランニングシャツを選択した。去年のこの大会でも着たものだ。秘密兵器のメッシュシャツほどではないが、このシャツも背中側は少しメッシュになっているし、袖も無いから、普通のTシャツに比べるとかなり涼しい。
(D木谷)「これも、なかなか良いですね。涼しそう」
確かに、これもかなり涼しいが、秘密兵器のメッシュシャツは、まるで何も着ずに裸で走っているような感覚になれるが、このシャツはそこまでの解放感は無い。
(ピッグ)「秘密兵器のメッシュシャツは、実際に、何も着てないに等しいじゃないですか。ほとんど裸ですよ」
下は練習の時にいつも履いている短パンを履いた。
さらに今日は忘れずに脹脛サポーターを履いた。筋肉の疲労防止のために、寒い時期ならタイツを履くが、今の時期にタイツを履くと暑すぎる。前回のオリーブマラソンでは持ってくるのを忘れて何も履かなかったが、今日は脹脛サポーターを忘れずに持ってきた。
D木谷さんもいつものように脹脛サポーターを履いている。暑さに弱いくせにこれまでは夏場でもタイツを履いていた支部長も、今日は脹脛サポーターを履いている。去年の那覇マラソンで買ったピンクの脹脛サポーターだ。ところが、ピッグだけは脹脛サポーターを履いていない。
(幹事長)「先月のオリーブマラソンでは履いてたやん?」
(ピッグ)「今日は距離も短いし、不要かなと思って」
(幹事長)「舐めとんか」
脹脛サポーターは、とてもきつくて脱着が大変なので、今日は面倒くさいから履かないんだと言う。完全に今日のレースを舐めている。
そのほか、ツールド103(自主開催)では思いがけず真っ赤に日焼けしてしまったので、オリーブマラソンの時は腕から足から顔まで日焼け止めクリームを入念に塗ったが、今日は曇っているので、もう塗らないことにした。
曇っているから嫌いなランニングキャップも被らずにすむし、サングラスも不要だろう。
一方、支部長は暑くても手袋を欠かさない。汗を拭くためだ。これまでは常に軍手を履いていたが、今日は普通のランニンググローブを履いている。
自主開催なので給水所が無いため、D木谷さんは飲料ボトル用ホルダーを腰に巻いている。一方、支部長とピッグは小さなウエストバッグを着けただけだ。財布とスマホくらいしか入っていない。先月のオリーブマラソンの時のように、自動販売機で飲み物を補給しようと考えているのだろうか。
(幹事長)「オリーブマラソンと違って今日は山の中を走るから自動販売機は無いよ」
(支部長)「今日は距離も短いし、飲み物は不要かなと思って」
(幹事長)「舐めとんか」
支部長は極端に暑さに弱く、尋常ではない汗かきなので、すぐに脱水症状に陥る。それなのに何も飲み物を持たないなんて、完全に今日のレースを舐めている。
ピッグと言い支部長と言い、ちょっと今日のマラソンを舐め過ぎてるんじゃないだろうか。D木谷さんだけは脹脛サポーターを履いて飲料ボトルも腰に付けてランニングキャップやサングラスも着けているというのに。
私は腰に着ける飲料ボトル用ホルダーは揺れて気になるので、トレランリュックにスポーツドリンクを入れて背負って走ろうと思って準備してきた。この方が少し重いが安定しているのだ。だが、しかし、今日の天気では13kmくらいなら給水は不要かなと思い、トレランリュックを背負って走るのは止めにした。
スマホだけランニングパンツのポケットに入れて走ろうかとも思ったが、ポケットが揺れて邪魔になるので、それも止めて、ポケットには顔を拭くハンドタオルとティッシュだけを入れた。距離が短いので、足攣り防止用のドーピング薬2RUNも不要だろう。
(ピッグ)「ひとの事を非難した割には、自分が一番軽装ですよね」
(支部長)「舐めとんか」
スタート前に弾けるメンバー
(左から支部長、幹事長、D木谷さん、ピッグ)
トイレは葉山小学校の運動場のトイレを使わせてもらった。
相変わらず体調は悪いままだが、待っていても良くなりそうもない。本来のスタート時刻は10時だが、準備もできたので、そろそろスタートする事にした。
〜 スタート前 〜
初参加者もいるのでコースを確認する。コースはそれほど複雑ではない。
スタート地点は三嶋様という三嶋神社の前で、ゴール地点は葉山小学校の横だ。三嶋神社は葉山小学校の400mほど西にある。
(D木谷)「え?じゃあスタート地点からゴール地点まで400m走って終わりですか?」
(幹事長)「お決まりのギャグをありがとうございます」
もちろんわざわざ高知まで400m走をやりに来た訳ではない。
スタートしたら東に向かって走り、ゴール地点を通り過ぎて、そのまま狭い道を1kmちょっと走る。そこで狭い道から国道197号線に出て、さらに1kmちょっと走ったら国道から離れて左折し、北側にある山に向かって狭い道へ入っていく。
しばらく走って3km地点あたりからが上り坂となる。特に4km地点くらいからが強烈な急こう配になる。6km地点過ぎで急こう配が終わり、山の中腹の緩やかな上り坂の林道を走る。これを2kmほど走ると、8km地点過ぎで最高点に達する。
そこから1kmほど緩やかな下り坂を走ると、9km地点過ぎで今度は下界に向かって一気に降りる強烈な急こう配の下り坂になる。下りを3kmほど走ると、スタート地点に戻ってくるので、スタート地点を400m通り越してゴールする。
スタート地点からゴール地点までの400mほどはコースがダブっている。もう少しスタート地点とゴール地点を離せば13kmちょうどになるし、逆にスタート地点を前にずらせば12kmちょうどにもできるんだけど、わざわざダブり区間を作って12.8kmなんていう中途半端な距離にしているのは意味不明だ。
(D木谷)「道に迷いそうな場所は無いですか?」
(幹事長)「たぶん大丈夫だとは思うんだけど」
ちょっと迷うような分岐がいくつかあるが、コースは基本的に反時計回りだから、基本的に分岐では左折すればいい。ただ、9km地点を過ぎて急こう配の下り坂に突入する三叉路は、左折ではあるものの、左斜め後ろに鋭角に曲がる狭い道に入っていくため、ボウッと走っているとそのまま右斜め前方に行ってしまう可能性があるので、要注意だ。
そのほか、いつもなら分岐点にはスタッフが立っていて指示してくれるから何も考えずに走っているが、今回は自分で判断しなければならないから、もしかしたら分かりにくい分岐があるかもしれない。
(D木谷)「ちょっと不安なのでみなさんに着いていきますよ」
スタートする前に本日の目標を定めなければならない。
もちろん、どんな時でも、どんなレースでも、常に大会自己ベストを狙うのが良い子のランナーとしてあるべき姿だ。 マラソンはコースや季節によってタイムが大きく変わってくるため、違うレースのタイムを比較するのは不適当なので、どんなレースに出ても、とりあえず大会自己ベストを狙うのが良い子の正しい道だ。特に、このレースは距離も中途半端だし、坂も異常に厳しいから、他のレースとは比較のしようがない。
なので、目安はあくまでも過去のタイムだ。去年、大会自己ベストを出しているので、目標は去年のタイムだ。
なーんて言うのは可能性ゼロの妄想で、今日の体調の悪さを考えると、自己ベストはあり得ない。
そもそも、惨敗した先月のオリーブマラソンでも分かるように、正式な大会でもないのに自己ベストを出せるはずがない。
上にも書いたように、ゾウさんやのらちゃんら女子部員は精神力が強いから、練習の時でも本番同様のスピードで走ることができる。しかし私なんかは練習になると、どんなに気合を入れようとしてみても、本番のような気持ちの高まりを得る事はできないため、アドレナリンの分泌が皆無になる。
今日はみんなで走るので、単独での練習よりは気合も入るだろうと思うが、そうは言っても正式な本番とは比べ物にならないスローペースになるのは目に見えている。先月のオリーブマラソンだって、自分では結構、気合を入れて走ったつもりだったが、例年のタイムと比べたら大惨敗だった。
それに練習不足だ。
徳島マラソンが中止になり、その後のマラソン大会も続々と中止が発表されてきたため、3月以降はロクに練習する気が起きず、やたら登山ばかりにうつつを抜かしてきた。登山に行かない日は、できるだけ練習はしようとは思ってきたものの、気合が入らないので、せいぜい1日5km程度の練習でお茶を濁してきた。
その結果、自主開催のオリーブマラソンでは支部長に負けてしまった。暑い時期の、しかも坂が多いオリーブマラソンで支部長に負けるだなんて、これほど衝撃的な屈辱は無い。
(支部長)「以前にも確か一度勝ったことがあったよ」
(幹事長)「古いことは忘れた」
例年と違って今年は自主開催だったため、暑くなる10時にはゴールしたという事情があるにせよ、支部長の力強い走りを後ろから見ていて「こら、あかんわ」って思ったのは事実だ。
それで慌てて自主トレを強化しようとしたんだけど、長い間のサボりのせいで、長い距離を走ろうとしてもすぐ力尽きるし、ペースも遅いままだった。
おまけに、4日前に塩江の奥にある前山という里山に登山に行き、急な下り坂で左の足首を痛めてしまった。普段の正式なマラソン大会なら、少なくとも2週間前からは用心して登山は控えてるんだけど、今回は自主開催だから油断してしまった。それほど重症ではないが、今日の激坂コースを激走するには大いに不安があるのだ。
(支部長)「自分こそ完全に舐めとるなあ」
(幹事長)「すんませーん」
それに加えて、突然の原因不明の体調悪化だ。なんとか走り出すことはできそうだが、完走できるかどうか不安な状況だ。
なので、大会自己ベストどころか、ちゃんと完走できれば一安心だ。
作戦はシンプルだ。このレースは距離が12.8kmしか無いうえ、急激な上り坂や下り坂が続くので、作戦なんて考えても仕方ない。レース序盤に無理すると、終盤になって一気にツケが回ってきて失速するのがマラソン大会の常なんだけど、このレースは事情が異なる。
序盤の3kmほどのフラットな区間が終わると、その後は急な上り坂になるので、そこまでの序盤を無理して飛ばそうが自重しようが、どっちみちペースは落ちるので、最初のフラットな区間は飛ばせるだけ飛ばしていい。その後に続く急激な上り坂ではどんなに頑張っても大したスピードにはならないし、終盤は急勾配の下り坂が続いて転がり落ちるように全力で駆け下りるから終盤になって失速するってこともない。なので、前半は抑えるべきだとか、最後まで一定のペースを維持するとかいった普通のマラソンでの作戦は意味をなさない。とにかく最初から最後まで全力で飛ばすしかないのだ。
(幹事長)「『作戦なんて無い作戦』と命名しよう」
(ピッグ)「『何も考えずに玉砕する作戦』ですね」
タイムの計測は、もちろん自己計測だ。自主開催なので当たり前だ。
そもそも、この大会は超マイナーな草レースなので、以前はスタッフがゴール地点で時計を睨みながらタイムを計測してくれていた。それがなぜか突然、3年前からチップ計測になった。この超マイナーな草レースでチップでタイムを計測する必要性なんて無い。距離は12.8kmという他に類を見ない中途半端な距離だし、コースは斜度が19度もある過激な山道だし、こんなレースのタイムなんて何の参考にもならないので、タイムなんて適当で構わない。
なので、今年は自己計測だが、何の問題も無い。
〜 スタート 〜
開会式を簡単に10秒ほどで済ませ、いよいよスタートとなった。時刻は9時過ぎだ。
4人が横並びで一斉にスタートする。走り始めると、頭痛は気にならなくなり、吐き気やフラつきも治まったような気がする。やっぱり気合の問題だろうか。
例年なら序盤から全力疾走するんだけど、今日は穏やかなスピードで走り始める。
(幹事長)「今日はチンタラ走ってるけど、いつもは全力疾走なんですよ」
(D木谷)「え?そうなんですか?」
普通のマラソン大会なら、序盤はあんまり飛ばさずにペースを抑え気味に走って、その日の自分の調子を見るってのが鉄則だ。周囲のランナーにつられてハイペースで飛び出すと、オーバーペースになって終盤に撃沈する要因になる。
しかし、この大会は特有の事情がある。この大会は行政が関わっていない草レースなので、交通規制が一切ない。
スタートやゴールは葉山小学校前の狭い道なので車もほとんど通らないけど、しばらく行って国道197号線に出ると、車道は走れず、歩道を走らなければならない。国道自体がそんなに広い道じゃないから、歩道も非常に狭くて走りにくい。なので、基本的に歩道を走る区間は追い越しはできない。完全に禁止ではないんだけど、歩道から転げ落ちるリスクもあるので、みんな自重して行儀良く走る。
そのため、スタートしてから国道に出るまでの1kmちょっとの間に、自分が走る適切なポジションを確保しておかなければならない。自分の本来のペースより後ろの方になると、もっと前へ出たいのに出られないフラストレーションが溜まる。なので、国道に出るまでは、みんな全力疾走となるのだ。
しかし、今日は自主開催なので、そこまでシビアに走る必要はない。って事で、みんな揃ってチンタラ走り、ピッグ、私、支部長、D木谷さんの順番で国道の狭い歩道に入っていく。
しかし、それにしてもペースが遅い。体調不良の私が感じるんだから、これはだいぶ遅いはずだ。先頭のピッグは後続に配慮してペースを抑えてるんだろうか。「いくらなんでも、もっと速く走れ」と言おうとも思ったが、どうせ上り坂区間に入ると一気にペースダウンするだろうから、ここは自重する。
狭い歩道をしばらく走ると、国道から離れ、いよいよ山の方に向いて上がっていく。狭い道だが、国道と違って車道と歩道の区別が無いので、ランナーとしては走りやすい。車が来れば避けなければならないが、交通量はとても少ない。
山道に入ったとは言え最初のうちは傾斜はとても緩やかなので、みんな一列に並んで走り続ける。
ただ、3km地点を過ぎると、少しずつ傾斜が強まってくる。まだまだ大したことはないが、確実にペースは落ちてくる。
そうなると、ピッグに着いていくのが少しずつ難しくなってきた。なんとか踏ん張ろうとするが、ジワジワと差が開き始める。そんなにピッグが速く走ってるとも思えないので、やはり私の体調が悪いのだろう。
すると後ろにいた支部長が前に出て、ピッグにしっかり着いていく。さらにD木谷さんも同じように前に行く。D木谷さんはともかく、まだまだ序盤の、しかも上り坂で支部長に追い越されるなんて、かなり危機的な状況だ。
本番なら私だって、もう少し必死でくらいついていくところだが、所詮は自主開催だし、それに今日は体調が最悪なので、早々に着いていくのは諦めてマイペースで走ることにした。そうなると、差は一気に開いて行き、あっという間に後姿が見えなくなってしまった。
つづら折れに曲がりくねった山道なので、時々、後姿がチラッと見えることもあるが、だんだん、それも無くなっていき、完全に孤独な戦いとなった。こうなると一人で練習している時と同じ状態になり、何の歯止めも無くなり、どんどんスピードダウンしていく。
天気は相変わらず曇りで暑くはないが、さすがに全身汗びしょ濡れになってきた。でも、それほど喉の渇きは感じないので、飲み物を持ってこなかった事に対する後悔は無い。
坂の傾斜はどんどん厳しくなってきて、ますます超スローペースになってきた。まだまだ歩こうとは思わないし、自分では走り続けているつもりだが、歩いているのとスピードが変わらなくなっているのが自分でも分かる。ただ、この激坂区間は6km地点付近で終わるのが分かっているので、我慢して走り続ける。
問題は、今日は距離表示が無いことだ。一緒に走っていた3km地点までは、GPS付の時計をした支部長に距離を聞いてたけど、単独走となった今は、時計を見ながら、どの辺りを走ってるのか推測するしかない。だいぶ時間が経ち、もうそろそろ激坂区間も終わるはずなのに、いつまでも坂が続く。コースは間違ってないはずなので、思っている以上にペースが遅いのだろうか。
なんとか走り続けていると、だいぶ遅くなったけど、ようやく激坂区間が終わり、なだらかな坂道になる。まだまだしばらく上り坂は続くけど、斜度はもう大したことはない。たまに急傾斜の坂もあるけど、すぐに終わり、基本的には緩やかな上り坂だ。激坂区間が終わったと思うと、ホッと一安心だ。
この辺りにくると、木々に囲まれた山の中なので、とても涼しくて走りやすい空気だ。ただ、今年は落石が非常に多い。最近、大雨が降ったせいかもしれないし、いつもはレース前に整備してくれているのかもしれないが、とにかく今日は注意深く走らないと危険を感じるくらい落石が多い。車の通行も不可能だと思うが、もともと車の通行はほとんど無いから支障は無いのかもしれない。
だいぶ走って、もうそろそろ8km地点過ぎの最高点になるはずなのに、なおも上り坂が続く。おかしいなあと不安を感じながら走り続けていると、ようやく下り坂が出現する。やっと最高点を過ぎたようだ。思ってた以上に時間がかかっている。かなり遅いペースだ。
それにしても、なかなか左斜め後ろに鋭角に曲がる9km地点過ぎの三叉路が現れない。遅いから時間がかかってるのかもしれないが、いくらなんでも遅すぎる。もしかして、三叉路を見落として、そのまま右斜め前方に走ってきてしまってるのだろうか。もしそうなら、どこまで行ったら間違いに気づくのかが分からない。延々と間違った道を走り続け、トンでもない場所へ行ってしまうと困るから、どこかで見切りをつけて引き返してこなければならない。でも、どこまで行けば間違いだと確信できるだろうか。
道は、基本的には下り基調の区間だが、そんなに急こう配でもない。少なくとも、本格的な下り区間に入った訳ではない。不安を抱えながらしばらく走ってると、突然、再び上り坂が出現する。また上り坂が現れるなんて、やっぱり道を間違えてるような気もするけど、正しい道でも、最後の上り坂が残っていたような気もする。まだ分からない。
それにしても時間が経ちすぎている。ますます不安が高まってくる。
と思いながらも走り続けていると、ようやく三叉路が現れた。道は間違ってなかったのだ。それにしても、ものすごく時間が経っている。ここまで遅れているとは思わなかった。これじゃあトンでもないタイムになりそうだ。
この狭い道に入ったら、ようやく本格的な急勾配の下り坂区間が始まる。ものすごく、きつい!きつ過ぎる!傾斜20%を超える下り坂が続く。
標高300m以上の所から下の国道まで標高差300mほどを一気に駆け下りるのだ。
もともと交通量の少ない林道なので、路面は苔むしていて、雨模様の時は濡れた苔が滑りやすいので危険だ。でも、今年は路面が渇いているので、滑る心配はない。落ち葉や落石には気を付けなければならないが、滑る心配が無いので、大股でガンガン走って降りる。
とは言え、あまりに急な下り坂のため、体に足が着いて行かない。体は重力で転がり落ちるように前に前に倒れこむが、足がそんなに早く回転しないから、前につんのめって転びそうになる。そのため、適度にブレーキを掛けないといけない状態だ。
若い頃はもっと足が回っていて、下り坂になると、中山選手と一緒に重力走法と称して、重力に任せて転がり落ちるようにガンガン駆け下りていたのに、今は足が思ったように回転しないから、せっかくの重力を十分に活用できず、スピードが上がらないのがじれったくてもどかしい。
転がるような急斜面の区間を過ぎると、傾斜が少し和らぎ、まだまだ急勾配とはいえ、ブレーキをかけずに思いっきり駆け下りられる程度になる。足の回転と体の落ち込み方が同じくらいになるので、これくらいが一番速く走れる。ガンガン駆け下りるから膝を痛めそうだが、残り少なくなってきたから何も考えずに駆け下りる。
この辺りは急勾配のつづら折りの道になっているので、いつもなら下の方に前方のランナーが見える。しかし今日は、かなり遠方まで注意して見てみたが、誰の姿も見えない。やはりだいぶ離されてるようだ。
しばらく走ると、民家が現れてきて、1軒の家の前にいたおばちゃんが拍手して応援してくれる。嬉しくなって挨拶すると、声を掛けられた。
(おば)「今日は何かやってるんな?」
(幹事長)「本当はマラソン大会があったんですけど、中止になってしまって」
すると、おばちゃんの隣に立っていた若い女性が「先週やったんよね」なんて言ってくれた。
今日はここまで沿道には誰もいなかったけど、こうやって声援を受けると元気が出てくる。本番になると力が出るのは沿道の声援のおかげも大きいなあ。
時計を見る限り、思った以上にトンでもなく遅いペースで、今さら頑張っても何の意味も無いんだけど、おばちゃんからやる気も頂いたし、下り坂が続くこともあって、一生懸命大股でガンガン走り続ける。
その後、下り坂の傾斜は徐々に緩やかになっていくが、下り坂が終わるわけではない。傾斜が緩やかになるにつれペースも落ちていくが、下っている限り、足の疲れは感じない。
ようやくほとんどフラットになってきて、ここが踏ん張りどころかなと思ったとたん、国道に出て、すぐさま狭い道に入っていくと、すぐスタート地点だ。
〜 ゴール 〜
スタート地点の三嶋神社の前を通り過ぎるとゴールの葉山小学校が見える。目を凝らすと、先にゴールした3人が待っている。カメラを構えていくれているので、最後まで頑張って笑顔でゴールした。
タイムを確認すると、山で滑落して右足の靭帯を損傷した直後のためロクに走れなかった3年前のタイムより、さらに悪かった。いくらなんでも悪すぎる。体調の悪さが原因だろうけど、それにしても遅すぎるのは、ほぼ単独走となって緊張感が無くなったためだろう。
オリーブマラソンでは最後まで支部長の背中を追って頑張ったため、惨敗とは言え、今日ほどトンでもない結果ではなかった。
(支部長)「ま、体調が悪かったんやったら仕方ないやん」
(幹事長)「3人は同時にゴールしたくらい?」
(支部長)「ふっふっふ」
なんと支部長がダントツで圧勝したんだそうだ。レース展開を聞くと、激坂上り区間ではあとの2人も何とか支部長の背中を追っていたが、傾斜が緩やかな区間になったら支部長がガンガン飛ばして一気に離され、後姿が見えなくなったんだそうだ。
下り坂に異常に強い支部長に勝つためには、下り坂に入る前にリードしてないといけないのに、下り坂に入る前に逆に離されたのでは、他のメンバーに勝ち目は無い。
先月のオリーブマラソンでは、最後まで上り坂があったため、さすがの支部長も徐々にペースダウンしていき、最後まで背中が見えていたが、今日はあっという間に見えなくなったらしい。
(D木谷)「見通しの良い下り坂で支部長の姿が見えないから、てっきり三叉路で道を間違ったのかと思いましたよ」
あとの二人の戦いは、上り坂が終わった辺りでD木谷さんがピッグをかわし、最後まで僅差のリードを保って逃げ切ったとのことだ。
〜 反省会 〜
レースの後は温泉に入るに限る。毎年、このレースの後は近くにある葉山の郷という施設の温泉に入らせてもらえる。しかし、これは、農村体験実習館施設のお風呂を貸してもらっているものであり、普段は入れない。なので、今日は須崎市のそうだ山温泉という温泉に入りに行く。
山の中にある、こじんまりとした温泉で、自然の中の露天風呂が心地よかった。
温泉に浸かりながら反省する。
今日のレースは、自主開催のマラソン大会第2弾としては開催自体は大成功だった。例年通り楽しいレースで、あらためてこのコースの楽しさが分かった。
しかし、個人的には空前の大惨敗だった。大惨敗の理由は突然の体調悪化だ。それは間違いない。だが、その体調悪化の理由が分からないから反省のしようがない。
5〜6年ほど前に、フルマラソンの翌日に体調が悪くなり、めまいや吐き気が出たことが何度かあった。でも、それはフルマラソンの翌日なので、おかしな事ではない。今回はレース前の突然の体調悪化だ。こんな事が頻発するようになると困った事態だ。
一昨年の海部川マラソンの時も、行きの車の中で頭痛に苦しんだが、タイムはなかなか良かったから、あの時とは別物のようだ。
また、いくら体調が悪かったと言っても、山で滑落して右足の靭帯を損傷した直後のためロクに走れなかった3年前のタイムより悪かったってのは、ひどすぎる。
これは自分で限界を作っていたことが原因だろう。「無理して頑張って走ってると体調がさらに悪化するんじゃないか」とか「体調が悪いんだから遅くて当たり前だ」とか「どうせ自主開催なんだから無理しない方がいい」とか自分で言い訳ばっかり考えて、楽な方へ楽な方へ流されてしまったと思う。
これじゃあ、わざわざ高知の葉山まで来て走る意味が無い。
それに引き替え、支部長の大躍進ぶりは驚嘆せざるを得ない。先月のオリーブマラソンでも支部長の力強い走りに圧倒されたが、今日も圧倒的な力強さでダントツの圧勝だ。こんなのが2戦連続で続いたとなると、まぐれではなく、明らかに実力が急上昇したようだ。
急激な実力向上の理由は、豊富な練習量だろう。私が去年の12月、今年の1月と、月間300km走を続けた結果、丸亀マラソンで好タイムを出したと言うのを聞いて、なんと2月以降はコンスタントに月間200km以上を走ってるんだそうだ。マラソン大会がコロナ騒ぎで軒並み中止になってモチベーションが無くなって私がサボりまくっている間に、大きな差を付けられたのだ。
(幹事長)「やっぱり練習量は裏切らないなあ」
(支部長)「量だけやなくて質も大事やで」
以前は支部長はレフコのランニングマシーンの上で走るだけだったが、今は栗林トンネルの上り坂を走るのが日常となり、質量ともに圧倒的な練習を継続しているようだ。
練習の質と量が物を言うのは分かる。しかし、マラソン大会が全滅して私なんてモチベーションがゼロになる中、それだけの練習を維持できる精神力が凄い。
次は7月26日の汗見川マラソンだ。
このままでは次も支部長に完全に負けてしまう。頼みの綱は気象状況だけだ。オリーブマラソンは暑くなり始める10時にはゴールしたし、今日も曇りで涼しい条件だった。暑さに極端に弱い支部長に勝つには、炎天下のレースになる事を願うしかない。
汗見川マラソンは早明浦ダムの周辺の山の中で開催されるが、いくら山の中と言っても、実は決して涼しくはない。13年前に出たときは、その日の全国一番の高温を記録したような場所だ。しかも、山の上は直射日光がギラギラ照りつけてきて、体感温度はさらに高くなる。
去年は支部長は「暑いのに長い距離は走りたくない」なんて言って、ハーフマラソンではなくて10kmの部でお茶を濁していたが、今年は絶好調なんだから、ぜひともハーフマラソンに出てもらい、再戦してもらわなければならない。暑さに極端に弱い支部長に炎天下のレースで負けるようなことがあったら、もう二度と立ち直れないかもしれないから、私も必死で真剣勝負だ。
精神力を立て直さなければならないぞ!
〜おしまい〜
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