第33回 汗見川清流マラソン大会(自主開催)
2020年7月26日(日)、高知県本山町において第33回汗見川清流マラソン大会が開催されるはずだった。
このレースは、暑い暑い四国の真夏に開催される大変貴重なマラソン大会だ。
以前は、真夏の四国のレースとして、ほかにも四国カルストマラソンがあった。真夏に開催されるというだけでなく、かつての強烈登山レース塩江山岳マラソンに匹敵するものすごい急な坂が延々と続くという異常に厳しい20kmコースだったので、強烈な日射しにより地獄のような暑さで体が焦がされる中、走るのが不可能なほど急な坂をよじ登るという発狂するようなレースだった。
しかし、この殺人レースは、あまりの厳しさのため危険すぎるってことで、数年前に廃止になってしまった。(ちなみに、その後継レースとして出来た龍馬脱藩マラソンは、季節は10月で走りやすい時季になったが、フルマラソンの部は最大標高差560m、累積の標高差は860mという、四国カルストマラソンを遙かに上回る発狂しそうな超厳しいコース設定となっている)
他にも夏場の山岳レースとしては、9月初めに開催される四国のてっぺん酸欠マラソンもあり、ここ5年間は連続でエントリーしてきたが、夏場の山岳レースとは言え、9月に入っているので、灼熱の炎天下というほどではない。ロクに日陰が無いコースだから天気が良いと炎天下にはなるが、7月末に比べたら随分マシだ。逆に、天候が悪いと寒くなるくらいで、5年連続でエントリーしたが、なんと、そのうち3回は悪天候で中止になっている。
てことで、汗見川清流マラソン大会は真夏の四国のレースとして唯一の貴重なレースになった。四国で真夏のレースが少ないのは、あまりにも暑くて走るのが大変だからだ。
でも、だからと言って真夏にレースに出ないと、夏の間、ランニングをサボってしまいがちになる。レースが無くても地道にトレーニングできる真面目な人ならいいんだけど、我々のように心が弱いと、レースが無いとどうしてもサボってしまう。
(ピッグ)「レースがあっても、こう暑いと練習はサボりがちになりますけどね」
レースが無いと完全に休養してしまう心が弱い我々としては、少しでもモチベーションを維持するため、この時季にレースを1つ入れたいわけだ。
なので、今年もウズウズしながら待ってたんだけど、それなのに、ああ、それなのに、なんと今年は新型コロナウイルス騒ぎのせいで大会が中止になってしまった。
事の発端は3月1日の東京マラソンの一般ランナー参加中止だ。これに続き、3月8日の第9回名古屋ウィメンズマラソンも一般市民ランナーの参加が中止になった。ただ、これらの大会は東京オリンピックのマラソン代表選考会を兼ねていたため、エリートランナーの部は開催された。
しかし、3月22日の徳島マラソンが中止になった頃から雲行きが怪しくなってきた。全国的にマラソン大会が次々と中止になり始めたのだ。
これらのマラソン大会中止騒ぎってのは、どう考えても、あまりにも非科学的で情緒的でヒステリックな対応だ。
(ピッグ)「しつこく訴えてますね」
(幹事長)「腹が立って仕方ないから、自主開催を続けているうちは、いつまでも訴えるぞ」
素人が見たら、マラソン大会ではランナーが密集しているように見えるかもしれない。しかし、毎日乗っている満員電車に比べたら、はるかにスカスカだ。そうでないと走れない。
しかも密室の満員電車に比べて、屋外のマラソン大会はウイルスが蔓延できる環境ではない。新型コロナウイルスは感染した人の咳やくしゃみの飛沫による飛沫感染でうつっていくが、飛沫感染は屋外では感染しない。
多くの国民が新型コロナウイルスを非常に恐ろしいもののように勘違いしているが、決して、エボラ出血熱のように極めて致死率の高いウイルスでもなければ、風疹のような感染力の強いウイルスでもない。
(幹事長)「コロナなんてちょっとした風邪じゃないか」
(ピッグ)「ブラジルのボルソナーロ大統領ですか」
多くの国民がヒステリックに踊らされているのは、視聴率さえ稼げればいい下品なマスコミがキチガイみたいに煽り立てるのと、新型コロナウイルスの新規患者数をゼロにしようなんていう狂信的な妄想に取り憑かれた医療関係者の独善のせいだ。
いい加減に、このようなヒステリックな対応は止めて欲しいのだが、新型コロナウイルスの蔓延よりも、このようなヒステリックな対応の蔓延の方が遙かに早い。
もちろん、大会主催者側は苦渋の決断というか、断腸の思いだろう。なぜなら、大会の成功を一番願っているのは大会主催者なんだから。だから、僕も大会主催者を責める気は、さらさらない。
悪いのは、こういう状況に大会主催者を追い込んだ世間のプレッシャーというか、コロナ自警団に代表される、社会を覆い尽くすバカ騒ぎだ。
そして、恐れていた通り、その後は5月のオリーブマラソン、6月の北山林道駆け足大会、7月の汗見川マラソンと、続々とマラソン大会の中止が発表になり、このままでは今年はマラソン大会もサイクリングイベントも全滅になりそうな雲行きになってきた。もうお先真っ暗だ。
って嘆き悲しんでいた時、ピッグが突然ナイスなアイデアを提示した。
(ピッグ)「しつこく、この話をするんですか?」
(幹事長)「これは避けて通れまい」
5月のオリーブマラソンや6月の北山林道駆け足大会の記事にも書いてきたエピソードだが、これを外す訳にはいかないので、しつこくピッグに提案してもらう。
(ピッグ)「中止になった大会をペンギンズで自主開催しましょうよ」
(幹事長)「え?」
あまりのナイスなアイデアに一瞬、言葉が出なかったが、これは画期的なアイデアだ。そうなのだ、大会が中止になったのなら、我々で独自に勝手に自主開催すればいいのだ。
(幹事長)「なんて素晴らしいアイデアだ!君がこんな素晴らしいアイデアを出したのは実に23年ぶりやぞ」
(ピッグ)「このくだりも、しつこく説明するんですね」
23年前に我々がペンギンズを立ち上げた時、クラブの名前を何にしようか相談したんだが、幹事長の私の意見を差し置いて、ピッグが「ペンギンズにしましょう」なんて言い出し、押し切られてしまったのだ。
しかし、よくよく考えてみれば、むやみにスピードを追求するのではなくマイペースでゆっくり走る我々のスタンスは、まさに「ペンギンズ」の名前がピッタリであり、素晴らしいネーミングだったと思う。
ピッグがナイスなアイデアを出したのは、その時以来、実に23年ぶりのことだ。
と感心していたのだが、5月にオリーブマラソンを自主開催して走っていた時、同じように一人で走っている女子がいて、支部長が聞いたところ、彼女も自主開催していた事が分かった。
つまり、マラソン大会の自主開催ってのは、誰でも思いつくような平凡なアイデアだったことが分かったので、ピッグに対する賞賛は雲散霧消した。
(ピッグ)「幹事長は全く思いつかなかったんですよね」
てなわけで、今年は中止になったイベントは、できる限り自主開催することとなった。
その第1弾が5月17日に開催したサイクリングイベントの第7回ツールド103であり、これが思いのほか楽しくて大成功だった。
続いてマラソン大会として5月のオリーブマラソン、6月の北山林道駆け足大会を自主開催したが、これらもとても楽しくて大成功だった。
それに続く自主開催マラソン大会の第3弾が今回の汗見川マラソンだ。
〜 人気の大会 〜
練習もロクにできない発狂しそうなほど暑い四国の真夏に、マラソン大会に出たいって思う人がそんなにいるとは想像しにくいかもしれないが、実は汗見川マラソンの人気は高くて、申し込むのが大変だ。
(ピッグ)「定員が1300人と少ないってのも大きな理由ですけどね」
以前は、申し込み期間が過ぎてからでも、役場に電話してお願いしたら出場させてもらえていた。2007年に初参加した時や、その翌年の2008年に参加した時なんかは、ざっと見て300人くらいしか参加してなかったから、人が集まらなくて大会が消滅しないか心配していたくらいだ。
場所が四国の山の中で不便なうえ、いくら標高が高いと言っても、山の中の盆地なので真夏はクソ暑いし、コースが川沿いの道を延々と10kmも登り続ける厳しいコースだから、人気が無くて当たり前だったのだ。
それなのに、しばらく四国を離れていたあと、四国に戻ってきた2012年に久しぶりに出てみようと思ったら、申し込もうと思ったときには既に定員に達して受付終了になっていた。申し込もうとした時期が遅かったのは確かだが、それでも定員オーバーだなんて、かつての汗見川マラソンを知っている者なら、信じられない現象だ。しばらく四国から離れていた間に、人気レースになっていたのだ。
近年の異常なマラソンブームの中、真夏の四国のレースとして唯一の貴重なレースになったため、人気が沸騰したのだろう。種目も、10kmコースのほか、ハーフマラソンの部や6kmコースも出来たので、超マイナーな山奥の草レースが、メジャーな大会になりつつあるのだ。
(ピッグ)「定員僅か1300人なんだからメジャーってのは言いすぎですけどね」
こんなに人気沸騰しているのだから、今どき定員1300人だなんて少な過ぎるような気がするが、狭い山道のコースを考えると1000人程度が限界のようにも思える。こじんまりした和気藹々とした大会の雰囲気も好ましいので、エントリーしにくくなったとは言え、定員は増やさないほうが良いのかもしれない。
てなことで、2013年はエントリー受付がいつ始まるのか、毎日、注視し、受付開始の情報を聞くや否や、慌ててすぐさま申し込み、なんとかエントリーできた。
ところが2014年は再びエントリーに失敗。
続く2015年と2016年は出場できたが、2017年は富士登山競走のエントリーに成功したため、そちらに出場した。
そして2018年は富士登山競走のエントリーに失敗したため、再び汗見川マラソンのエントリーに挑み、なんとか無事にエントリーすることに成功した。ところが、なんと大会は中止になってしまった。
その理由が信じられないことに、なんと「3週間も前の豪雨」だった。3週間も前の豪雨により、マラソンコースの道路に崩落の危険箇所があるから、という理由なのだ。豪雨により道路が崩落して通れなくなった、と言うのなら理解できるが、豪雨は3週間も前の事であり、その豪雨によって崩れてはいないのだ。一体、何を恐れているのだろうか?
て事で、怒り狂ったのだが、それでも貴重な夏場のマラソン大会なので、気を取り直して去年2019年もエントリーした。大好きな大会への3年ぶりの出場だったから、ワクワクのウキウキだったが、エントリーできたのは私が一緒にエントリーしたのらちゃんのほかは支部長だけだった。
あれほど私が毎年、口を酸っぱくしてエントリーを促していると言うのに、相変わらず他のメンバーはやる気が乏しく、多くのメンバーがエントリーに失敗したのだ。私がこれだけ必死になってエントリーしているのに、他のメンバーの動きが悪いのは、このレースの坂と暑さに腰が引けてしまい、イマイチやる気が無いからだ。
確かに「一体どうして、こななクソ暑い時期にマラソン大会が存在するんだろう?」という単純で素朴な疑問はある。もう33回にもなる歴史ある大会なので、もしかしたら32年前は、7月下旬といえども、四国山地の真ん中の高原地帯は涼しかったのかもしれない。夏の真っ盛りだけど高地なので気温も下界に比べたら低めだろう、って事で始まったのではないだろうか。
しかし、こなな山の中でも高温化は確実に進んでいて、。2007年に初参加した時は、この世のものとは思えないようなあり得ない暑さで、「四国山地の真ん中の高原で、こんなに暑いんだったら、下界は地獄のような暑さだろうなあ」なんて思っていたら、なんと、その日は、汗見川マラソンが開催された高知県本山町が全国で一番暑かったという、トンでもない状況だった。
昔は涼しかったのだろうけど、少なくとも今は、高原だからと言って涼しさを期待してはいけない事だけは確かだ。
てことで3年ぶりに参加した去年の大会だったが、なんと直前に降った大雨による土砂崩れで道が途中で通行止めになってしまい、ハーフマラソンのコースがとれなくなったとのことで、急遽、コース変更になってしまった。
土砂崩れになった場所は10kmコースの折り返し点、すなわち5km地点のすぐ向こうだったので、10kmコースは予定通り行われた。それならハーフマラソンの部もみんな10kmコースに振り替えれば良いような気もするが、なぜか土砂崩れ地点のギリギリまで走ることになり、そのため11kmだなんて中途半端な距離になった。
しかし、ハーフマラソンを走るつもりで来ていたのに、急に11kmレースになると言われても、心の準備ができていない。
ハーフマラソンならペース配分が重要になる。しかし11kmレースになると、ペース配分なんかは気にせず、最初から最後までがむしゃらに走るしかない。これは非常に苦しい。距離が短い方が楽だろうと思うのは素人で、距離が短い方が最初から最後まで全力疾走になってペースが速いから、むしろきつい。
それに11kmレースのタイムなんて、なんの実績にも参考にもならないから、イマイチやる気が出ないまま走り、結局、平凡なタイムに終わった。
て事で、今年こそは4年ぶりのハーフマラソンの部で気合を入れて走ろうと思っていたのに、コロナのバカ騒ぎで中止になってしまったのだ。
(ピッグ)「自主開催で久しぶりのハーフマラソンを走ればいいじゃないですか」
(幹事長)「ま、そやな」
今回の参加メンバーは5月のオリーブマラソンと同じく、私、支部長、ピッグ、D木谷さん、T村選手の5人になった。
一見、少ないようだが、過去の汗見川マラソンの参加人数と比べれば、過去最多の出場選手だ。
支部長は2016年、2019年に一緒に出たし、ピッグは2015年、2016年に一緒に出たが、D木谷さんとT村選手は初参加だ。
〜 会場へ出発 〜
当日は、高知の山奥まで日帰りなので、当然ながら早めに出発しなければならない。しかも、かつては10時スタートだったので、6時に出発したら楽勝だったんだけど、なぜかスタート時刻が少しずつ早まり、去年は一気に1時間も早くなってスタート時刻が8時40分になってしまったので、5時に出発した。
大会案内を見ると「安全対策のためスタート時間を早めています」なんて書いてたので、暑くなる前に終わらそうと言う魂胆なんだろう。
実は4年前の大会では、衝撃的なアンケートが手渡された。
「このマラソン大会は夏の真っ盛りに開催してきたけど、近年、地球温暖化のせいで非常に暑くなっており、事故の危険性も出てきてるので、開催時期の変更を検討しています。どう思いますか?」
なんていうトンでもない内容だったのだ。
もちろん我々は、
「何を言うてるんや!他のマラソン大会が開催しないような、このクソ暑い時季に開催するからこそ存在価値があるんやないか。開催時期を変えるんやったら参加せんぞ!」
と怒りの声をぶつけた。
おそらく、大半の参加者は同じような意見だったと思う。こんなマイナーな大会が人気を集めているのは、他にマラソン大会が皆無の酷暑の時期に開催されるからだ。
そういう参加者の圧倒的多数の声を聞いて、開催時期の変更を断念した事務局が、仕方なくスタート時間を早めたって事だろう。
しかし、今年は自主開催なので、我々で勝手にスタート時刻を決めることができる。天気が良くて炎天下のレースが予想される場合は早めにスタートして早く終わらせたいが、天気予報では雨の予想なので、そんなに急ぐ必要はなく、7時に高松を出発することにした。去年より2時間も遅いから楽勝だ。
今年はピッグ様が車を出してくださいまして、支部長、D木谷さん、T村選手を乗せて7時にやってきてくれた。
今年の梅雨は異常なまでに雨が多く、全国で洪水や土砂崩れの大災害をもたらした。今年に限らず、ここ近年、極端な豪雨が多く、毎年のように豪雨災害が発生している。温暖化による異常気象なのだろうか。やはり二酸化炭素を排出しない原子力発電を強力に推進しないと地球環境は激変してしまうだろう。
(ピッグ)「いきなり持論を展開しないでくださいな」
今年は異常なまでに雨が多いとは言っても、降雨量がとても少ない香川県地方では、今日も朝から雨は降っていない。天気予報では香川県地方も「雨模様」になっていたが、香川県の方言では「雨模様」ってのは「雨が降りそうに見えるかもしれないけど、結局は全然降らないよ」って言う意味になる。
しかし、土佐弁で「雨模様」ってのは「いきなり土砂降りになるから流されないように気をつけてね」と言う意味になる。雨が降るかどうかではなく、雨の程度の問題だ。
しかも、今日の天気予報では会場の本山町は「大雨」になっている。土佐弁で「大雨」ってのは「トンでもない雨が降って土砂崩れや洪水になるから気をつけてね」と言う意味になる。もはや雨の量より災害に注意してねというレベルだ。
実際に、2年前は3週間前に降った豪雨により土砂崩れの危険個所があるからと中止になったし、去年は直前に降った豪雨により土砂崩れが発生してコースが変更となった。
つまり、高知で大雨になると土砂崩れの発生は当たり前なのだ。今年の大会はコロナ騒ぎで中止になってしまったが、コロナ騒ぎが無くても、豪雨のために中止になっていたかもしれない。
ただし、今の我々は雨を恐れていた昔の我々ではない。
普通ならマラソン大会の日の天気は晴天が好ましいのが当たり前で、昔の我々なら、雨が降っていたら、空を見上げながら連絡を取り合って、結局、みんな揃って欠場って事も多かった。
しかし、10年前のオリーブマラソンで、土砂降りの雨の中を、私だけでなく支部長もピッグもみんな揃って快走してからは、暑い季節には、むしろ雨を好むようになった。雨が降ると走りにくいどころか、気温が低くなって走りやすいことが分かったのだ。特に暑さに弱い支部長にとっては雨は天の恵みだ。
(支部長)「雨が降らないんやったら夏場のレースは参加せんよ」
この汗見川マラソンにおいても、10kmの部しかなかった2007年、2008年や、ハーフマラソンができた2015年、2016年は炎天下で地獄の暑さに苦しんだが、2013年だけはスタート直前に土砂降りの雨が降ったため、一気に気温が下がり、なかなか快調に走れた。
つまり、過去、参加した年は、2007年、2008年、2015年、2016年が灼熱の炎天下で、2013年、2018年、2019年は直前に豪雨が降ったわけだ。
(幹事長)「豪雨か炎天下なんて、極端だよなあ」
(支部長)「豪雨でも良いから雨は降って欲しいぞ」
炎天下と豪雨とどっちが良いかと言えば、炎天下は絶対に避けたいから、土砂崩れにならない限りは豪雨の方が良い。
支部長の希望通り、瀬戸内海側から高速道路を飛ばして高知の山の中に入っていくと、雨がポツリポツリと降り始めた。良い兆しだ。
いつもより遅い時間だが、それでも朝の高速道路は空いていて、順調に進んだ。
車の中で朝食を食べる。もちろん、朝食はおにぎりだ。以前はレース中にお腹を壊すことが多かったので、用心して朝食と一緒に下痢止めの薬も飲んでいたが、5年前の徳島マラソンから朝食を菓子パンからおにぎりに変えてみたら、その後は一度もお腹を壊さなくなった。
パンに含まれるフルクタンという糖類は消化に悪く、下痢になりやすいが、お米に含まれている糖類は消化が良いので、おにぎりを食べれば、もう下痢を心配する必要は無いのだ。
なーんて、すっかり油断してたら、なんと2月の高知龍馬マラソンで5年ぶりにレース中にお腹を壊して20分もトイレにこもってしまった。原因は分からない。でも、少なくともおにぎり路線が悪い訳ではないだろう。
エネルギーをいっぱい摂取しようと思って、おにぎりの他に、バナナやゼリーも食べたりしていたが、それらを控えるべきかもしれない。あんまり無理してレース前に食べすぎるのは禁物だ。
高速道路を降りる直前の立川パーキングエリアでトイレに行っておく。いつもなら会場に仮設トイレが設置されているが、今日はそんなものは無いので、今のうちにトイレを済ませておく。
毎年、レースの日には参加するランナー達で大賑わいになるPAだが、今年は大会が中止になったため、ガラガラだ。
〜 会場到着 〜
車はその後も順調に進み、レース会場の吉野クライミングセンターに着いた。
大雨を覚悟していたが、路面が濡れているからさっきまで雨は降っていたようだが、今は上がっている。
(幹事長)「このまま曇りのままスタートして、途中でしんどくなってきたら雨が降り出して、ゴールしたらまた雨が上がるってのがベストやな」
(ピッグ)「そんなうまいこといきますかねえ」
いつもは早明浦ダムの下の広い河川敷駐車場に車を停めるが、今年は大会が無いので、クライミングセンターの前の駐車場に車を停めることができた。
また、いつもはクライミングセンターの裏にあるグラウンドの芝生の上に大きなテントが張られ、その中にテーブルとイスが並べられて待機場所になるが、今日はクライミングエリアの前の屋根付きスペースを自由に使える。これなら雨が降り出しても大丈夫だ。
(支部長)「心おきなく着るもので悩めるな」
(幹事長)「今日の天候を考えると、悩んでしまうなあ」
ウェアの選択は、どんな季節のマラソン大会であっても最も重大な問題だ。
この時期は晴れると炎天下になるが、曇っていても蒸し暑い。なので、通常なら、オリーブマラソンで愛用している秘密兵器のメッシュシャツか、北山林道駆け足大会で着た薄手の袖無しランニングシャツの選択となる。
しかし、今日は大雨の予想だ。土砂降りになると、寒いかもしれないし、雨に打たれて皮膚が痛くなるかもしれない。
(幹事長)「てことで、長袖を用意してきました」
雨が降って濡れてもベチョベチョしないように、登山用に愛用している吸湿性と速乾性に優れた長袖のインナーウェアだ。
(D木谷)「え!?長袖?」
(支部長)「夏に長袖は暑いってば!」
(幹事長)「激しい雨に打たれたら腕の皮膚が痛くなるやろ?」
(支部長)「ヒョウやアラレが降る訳やないで!」
みんなにバカにされたので長袖は諦め、半袖Tシャツを着た。寒い時期の雨ならビニール袋を被って走るのが常だが、今の時期にビニール袋を被ると蒸し暑くてムレてしまうので、結局、3年前のタートルマラソンでもらったショッキングピンクのTシャツ1枚になった。
下は練習の時にいつも履いている短パンを履いた。これは濡れてもベチョベチョしないから、雨の日も走りやすい。
タイツも悩んだ。最近は筋肉の疲労防止のために、寒い時期ならタイツを履くが、今の時期にタイツを履くと暑すぎるので、北山林道駆け足大会では脹脛サポーターを履いた。でも今日は激しい雨が降っているので、完全防備のためにタイツを履くべきではないだろうか。
(D木谷)「え!?タイツ?」
(支部長)「夏にタイツは暑いってば!」
(幹事長)「激しい雨に打たれたら足の皮膚が痛くなるやろ?」
(支部長)「ヒョウやアラレが降る訳やないってば!」
みんなにバカにされたのでタイツも諦め、脹脛サポーターを履いた。支部長とD木谷さんも脹脛サポーターを履いている。
ランニングキャップは嫌いだが、強烈な雨を除けるために今日は必要だろう。一方、サングラスや日焼け止めクリームは不要だ。もちろん手袋も不要だ。
ポケットには顔を拭くハンドタオルとティッシュのほか、一応、足攣り防止用のドーピング薬2RUNも入れた。自主開催なので誰か迷子になる可能性もあるため、イザと言う時のためにスマホも持っておく。
自主開催なので給水所が無いため、水分の補給は自己責任で何とかしなければならない。雨が降ってるので、北山林道駆け足大会の時と同じように給水は不要かなとも思ったが、今日は距離も長いし、雨は降っても汗はかくので、やはり給水は必要だ。
D木谷さんとピッグは飲料ボトル用ホルダーを腰に巻いているが、私は腰に着ける飲料ボトル用ホルダーは揺れて気になるので、トレランリュックにスポーツドリンクを入れて背負って走る。この方が少し重いが安定している。
支部長も同じトレランリュックにスポーツドリンクを入れている。
(幹事長)「今日はちゃんと準備したんやな」
(支部長)「オリーブマラソンで失敗したからな」
オリーブマラソンでは支部長は14km地点にある自動販売機で何か買って飲めば良いと言って、小銭だけ持って走ったんだけど、そこまで何も飲まなかったせいで、レース後に体調不良になったんだそうだ。レースでは私やピッグにせり勝ったんだから、特に失敗だったとも思えないが、支部長は尋常ではない汗かきなので、脱水症状になったのかもしれない。
(支部長)「2本も入れたら重いなあ」
脱水症状を恐れる支部長はスポーツドリンクを2本も入れているが、私は小さなボトル1本にした。
スタート前に緊張を隠せないメンバー
(左からT村選手、ピッグ、幹事長、支部長、D木谷さん)
準備が終わったところで、初参加者がいるのでコースを確認する。コースはとてもシンプルで分かりやすい。
スタート地点は会場のクライミングセンターの前だ。そこをスタートして、すぐ県道264号線を北に入る。その後は早明浦ダムの下で吉野川に合流する汗見川という川に沿って県道264号線を延々と北上し、10.5km上った冬の瀬というところで折り返して帰ってくる。前半の10.5kmはひたすらずっと上り坂、後半は全て下り坂の往復21kmだ。
ただ、汗見川は急流という訳でもないし、川に沿った坂は、そんなに激しいアップダウンではない。北山林道駆け足大会は、絶壁のような急坂をよじ登り、よじ降りてくるという過酷なコースだが、それに比べたら大した勾配ではない。
特に、前半はずうっと上り坂とは言え、そのうちの前半の前半である5km地点までは大した傾斜ではない。緩やかに上っているだけだ。5km地点から折り返し点までがきつい上り坂となっている。
(D木谷)「道に迷いそうな場所は無いですか?」
(幹事長)「たぶん大丈夫ですよ」
途中にいくつか分岐はあるが、明らかに脇道なので、ボウッと走っていても間違うことはない。
最初は汗見川の左岸(前半は川を遡っているから川の右側)を走り、5kmを過ぎてしばらくして橋を渡って右岸(前半は川の左側)に渡り、10kmの少し手前で再び左岸に渡る。
(幹事長)「橋を渡るのは2回だけやからね」
(支部長)「10kmの部はどこで折り返すんやったっけ?」
(幹事長)「知らんわ!」
去年、支部長だけはやる気を出してエントリーしてくれたと喜んでいたら、なんと、こっそりと10kmの部にエントリーしていたのだ。
以前、10kmの部しかなかった頃の10kmコースは、今のハーフマラソンのコースの前半とほぼ同じで、延々と上り坂を10km上り続ける厳しい片道コースだった。スタート地点とゴール地点が異なっていたのだ。
ところが、ハーフマラソンができてからはゴール地点がスタート地点と同じになったため、10kmコースも片道コースじゃなくて、5km上って5km下ってくるコースになった。かつてのようなひたすら10km登り続ける過酷なコースではなくなったのだ。
しかも、5km地点までは上り坂と言っても、たいした傾斜ではない。つまり、10kmコースはハーフマラソンに比べて距離が短いだけでなく、坂の傾斜も緩やかな楽勝コースなのだ。
遠路はるばる高知の山の中までやってきて、そんな楽勝コースを走ってお茶を濁すなんてつまんないと思うんだけど、暑さと上り坂が苦手な支部長はハーフマラソンを回避したのだ。
しかし、今年の支部長は、去年までの支部長とは別人だ。圧倒的な練習量により、強靭な肉体改造を成し遂げ、上り坂を全く苦手としなくなり、5月のオリーブマラソン、6月の北山林道駆け足大会と2レース連続で圧勝したのだ。
しかも、今日は大雨だから暑さの心配も要らない。
(幹事長)「今年はハーフマラソンで問題ないやろ」
(支部長)「仕方ないなあ」
それに他の4人が全員ハーフマラソンを走るのに、一人だけ10kmで終わったら時間を持て余す。
オリーブマラソンの時も、私がせっかく支部長のために14kmの部を新設してあげたのに、それを無視して「途中で力尽きたら帰ってくるよ」などと言いながらハーフマラソンを走り、結局、圧勝したくらいだから、今日も優勝候補の筆頭だ。
〜 スタート前 〜
こんな雨の日にクライミングセンターに来てるのは私たちだけかと思ったら、若い夫婦連れっぽい二人がやってきた。クライミングをやるのかと思ったら、なんと私たちより一足先に走り始めた。
車のナンバーを見ると香川ナンバーだ。わざわざ走りに来たのか?我々と同じ自主開催なのか?それなら声をかけて一緒にスタートすれば良かった。
我々もそろそろスタートしなければならない。クライミングセンターのトイレも自由に使えたので、最後の用を済ませる。
スタートする前に本日の目標を立てなければならない。
もちろん、どんな時でも、どんなレースでも、常に大会自己ベストを狙うのが良い子のランナーとしてあるべき姿だ。
マラソンはコースや季節によってタイムが大きく変わってくるため、違うレースのタイムを比較するのは不適当なので、どんなレースに出ても、とりあえず大会自己ベストを狙うのが良い子の正しい道だ。特に、このレースは坂が厳しいから、他のレースとの比較は意味が無い。
なので、目安はあくまでも過去のタイムだ。
この大会は、トンでもなく暑い時季の山岳マラソンなので2時間を切るのは不可能だろうと思っていたけど、2013年にはスタート直前にスコールが降り、高気温が少し和らいだおかげで、2時間を切ることができた。これがこの大会の唯一まともなタイムなので、今日の目標はその時のタイムだ。
汗見川マラソンとしてはまともなタイムではあるが、なんとか2時間を切った程度なので、他のマラソン大会のタイムに比べたら惨敗レベルのタイムだ。なので、今日のような雨中のレースなら、もっと良いタイムが出る可能性はゼロではない。
今日の戦略は、前半からペースを抑えるなんて事はせず、自然体で思うままに走っていくことにした。
(ピッグ)「それって、前半に調子に乗って飛ばして終盤に失速するという、今まで何百回も失敗したパターンですよね。
最近はようやく大人になって、前半のペースを抑える事を学んだんじゃないんですか?」」
確かに、前半に無理して飛ばして貯金したって、無理が祟って終盤に失速したら元も子もないって事は分かっている。フルマラソンのような長いレースなら、最近は前半から徹底的に抑えて走っており、そのおかげで終盤に足を引きずって歩くって事は無くなった。
しかし、このコースは前半は登りで、後半は下るだけだ。なので勝負は前半だ。後半は惰性で降りてこられるから大きな失速は無いだろう。
(幹事長)「それに、序盤から抑えて走ると、そのペースが基準になってしまい、レース全体のペースも遅くなってしまうからな」
(支部長)「そうそう。私ら、どんなに前半でペースを抑えても、途中からペースアップするなんて事はできんからな。
最初が遅かったら最後まで遅いからな」
とは言え、5月のオリーブマラソンや6月の北山林道駆け足大会の結果を見ても分かるように、正式な大会でもないのに自己ベストを出すのは不可能のような気がする。
ゾウさんやのらちゃんら女子部員は精神力が強いから、練習の時でも本番同様のスピードで走ることができる。しかし私なんかは練習になると、どんなに気合を入れようとしてみても、本番のような気持ちの高まりを得る事はできないため、アドレナリンの分泌が皆無になる。
今日はみんなで走るので、単独での練習よりは気合も入るだろうと思うが、そうは言っても正式な本番とは比べ物にならないスローペースになるのは目に見えている。
それに相変わらず練習不足は解消されていない。
徳島マラソンが中止になり、その後のマラソン大会も続々と中止が発表されてきたため、3月以降はロクに練習する気が起きず、やたら登山ばかりにうつつを抜かしてきた。登山に行かない日は、できるだけ練習はしようとは思ってきたものの、気合が入らないので、せいぜい1日5km程度の練習でお茶を濁してきた。
その結果がオリーブマラソンでの惨敗だ。暑い時期の、しかも坂が多いオリーブマラソンで支部長に負けるだなんて、これほど衝撃的な屈辱は無い。例年と違って今年は自主開催だったため早めにスタートし、暑くなる10時にはゴールしたという事情があるにせよ、支部長の力強い走りを後ろから見ていて「こら、あかんわ」って思ったのは事実だ。
それで慌てて自主トレを強化しようとしたんだけど、長い間のサボりのせいで、長い距離を走ろうとしてもすぐ力尽きてしまい、なかなかまともに練習できない。そのため北山林道駆け足大会でも惨敗してしまった。
おまけに、今回は1週間前に里山登山に行って足を打撲して大きく腫れ上がってしまい、まだ痛みが残っている。
(ピッグ)「北山林道駆け足大会の直前にも登山で足を痛めてましたよね?」
(幹事長)「すんませーん」
普段の正式なマラソン大会なら、少なくとも2週間前からは用心して登山は控えてるんだけど、自主開催だから油断してしまった。それほど重症ではないが、今日の激坂コースを激走するには大いに不安がある。
てなわけで、自己ベストは無理だろうが、一応目標として2時間切りを目指すことにした。
〜 スタート 〜
天気は薄曇りと言うか、なんとなく薄日が射してきて、少し暑くなってきた。想定外の事態だ。長袖を着なくて良かった。
ただ、山の方を見ると霧が立ち込めており、どう考えても、そのうち雨は降りだすだろう。
主催者の幹事長からありがたいお言葉が発せられ、開会式が10秒ほどで終わり、支部長のカウントダウンにより一斉にスタートとなった。
タイムはもちろん自己計測だ。自主開催なので当たり前だ。
いつもなら周囲のランナーもいきなり最初から一斉にガンガン飛ばすため、連られて一緒にハイペースで走り出す。
このコースは前半は坂道をひたすら登る過酷なレースなので、ペース配分を考えて無理せずにゆっくりと走り出すランナーが多いと思われがちだが、実は逆で、こんな過酷なレースに出場する選手はレベルが高くて、最近のメジャーなマラソン大会に大挙して出てくるような初心者はあまりいないから、スタートの合図と共に、みんなすごい勢いで一斉に駆け出す。彼らがペース配分を考えていないのではなく、私のレベルからすれば速すぎるという訳だ。
しかし、今日は参加メンバー5人の自主開催だから、取りあえずは何も考えずに自然体で走る。
大勢のランナーと競いながら真剣勝負する正式大会には程遠いが、みんなと走るので、単独で練習している時に比べたら、だいぶ気合が入り、清々しい気分でしっかり走れている。競い合う感じが心地いい。
前半は上り坂とは言え、最初の5kmくらいは大した上り坂ではないので、スタート直後の元気なうちは、あんまり苦にならない。
例によって他のメンバーは取りあえず私の後ろをついてくる。このまま一気に引き離せれば気持ち良いところなんだけど、みんなの足音はピタッと付いてくる。
1kmほど走ったところで、1人の足音が後ろから迫ってきた。誰かと思うと、T村選手だった。彼は高速ランナーなので不思議はない。オリーブマラソンでは後半まで一緒に走り、その後ダッシュして消えて行ったが、今日は最初から飛ばす気のようだ。
しばらく追走しようかと思ったが、T村選手の後姿は少しずつ離れていき、序盤から無理するのは良くないと思って、早々に着いていくのは諦める。
さらに2kmほど走ったところで、再び足音が迫ってきた。今度は誰かと思ったらピッグだった。しかも、ピッグの背後に支部長がピタッと付いている。T村選手とは最初から競うつもりはないので気にしなかったが、永遠のライバルであるこの2人には、そう簡単に追い抜かれるわけにはいかない。
なーんて思ったんだけど、ジワジワと差が開いていく。ここで無理すると後半で潰れそうなので、早々に諦める。本番のレースなら、もっと気合も入るが、やっぱり自主開催じゃあすぐに腰砕けになってしまう。
支部長とピッグの背中はジワジワと遠ざかってはいくものの、T村選手と違って、それほど急激には遠ざかって行かない。そのうち、ようく見ると、いつの間にか支部長の方が微妙に前に出ている。北山林道駆け足大会と同じ展開だ。支部長の力強い走りには、ピッグも付いていけないのだ。相変わらず支部長は絶好調だ。
D木谷さんだけは私の後ろを走ってくる。彼は初参加なので前半はコースを確認しながら走っているのだろう。実力者なので、後半になると一気にペースアップしそうだ。
5人で走っているが、超高速ランナーのT村選手と実力者のD木谷さんを除いて、私が実質的に競い合っているのは、永遠のライバルである支部長とピッグだ。この2人に早々に先を越されたので、かなり危機的な状況だ。
オリーブマラソンでは支部長には競り負け、ピッグには競り勝った。北山林道駆け足大会では、私は体調がものすごく悪かったので惨敗したが、支部長とピッグの争いでは支部長が圧勝した。今日は私も体調は悪くないので支部長にリベンジしたいところだが、あの力強い走りには付いて行けそうにない。
本番なら私だって、もう少し必死で喰らいついていくところだが、「所詮は自主開催だし、そんなに必死で無理することもないか」なーんて思い始めると気持ちが緩み、一気に差は開いていく。
天気は変わらず、曇ったままなので暑くはならないが、坂は徐々に傾斜がきつくなっていく。
支部長はどんどん遠ざかっていくが、ピッグの後ろ姿は見え続けているので、なんとか踏ん張って走っていくんだけど、5kmほど走ったところで遂にD木谷さんが後ろに迫ってくる。
(D木谷)「前半の途中までは坂は緩やかだって言ってましたけど、この先もっときつくなるんですか?」
(幹事長)「ここまでは緩やかですけど、1つ目の橋を渡ってからは坂がきつくなっていきますよ」
(D木谷)「ここまででも十分きついですよ」
と言いつつ、D木谷さんが私を抜いていく。これで最下位だ。いかんがな。
ここで1つ目の橋を渡って川の上流に向かって左側に移る。ここから前半の後半に入ると、それまではちらほら田んぼもある風景だったのが、山深くなってきて、だんだん坂が厳しくなっていく。全体的に傾斜がきつくなると言うより、所々に急な坂が出てくるようになる。
ただ、北山林道駆け足大会のような激坂ではないし、龍馬脱藩マラソンのように延々と厳しい坂が続くわけでもない。勾配が10%以上の急坂が何度も出てくるが、そういう急坂の区間がずっと続くわけではないから、 なんとか乗り切れる。なので、歩きたいなんて気持ちは湧いてこない。
去年は土砂崩れのためにコースが短縮となったが、今年は特に問題になりそうな場所は見当たらない。このまま、なんとか無事に自主開催できそうだ。
D木谷さんとの差もジワジワと開いていくが、北山林道駆け足大会の時のように、姿が見えなくなるって事にはならない。くねくね曲がりくねった道なので、後姿は見え隠れしている。そのため、なんとか踏ん張る事ができる。
D木谷さんとの差を時計で計測すると、だいたい3〜40秒ほどだ。私とD木谷さんの差と、D木谷さんとピッグの差と、ピッグと支部長の差が似たようなものだと仮定すると、支部長との差は2分ほどだ。それくらいの差は、相手がバテたら挽回可能だ。
しかし、支部長相手では難しい展開だ。なぜなら支部長は上り坂には弱いが下り坂には滅法強い。だから支部長に勝つには前半の上り坂のうちにリードしておかないといけない。後半の下り坂では絶対に負けるはずだ。それなのに、前半の上り坂で逆に差をつけられたら絶対に逆転は不可能だ。
それでも、なんとなくだが、思っていたより坂は厳しくない。前半の後半は厳しい坂の連続っていうイメージだったんだけど、それほどでもない。歩きたいと思わないどころか、ぜんぜん厳しいとも感じないし、そんなにスピードダウンしている感じでもない。
天気が悪くて涼しいからだろうか。もしかしたら、汗見川マラソンが厳しいと感じられてきたのは、坂の厳しいさよりも暑さのせいだったのかもしれない。
オリーブマラソンもかつては坂が厳しいから良いタイムは出ないと思い込んでいたが、土砂降りの中で快走してからは、厳しいのは暑さのせいであり、雨が降って涼しければ良いタイムが出るってことが分かったため苦手意識が払しょくされたが、汗見川マラソンも同じかもしれない。
曇っているので、それほど喉は乾かない。でも、喉が乾いてからでは遅いので、時々スポーツドリンクを飲む。
走りながら飲むとむせてしまうが、これ以上、他のメンバーに離されるわけにはいかないので立ち止まらずに走り続ける。
9kmほど走った辺りで、一足先にスタートした夫婦連れとすれ違う。早めにスタートした割には差がそんなに開いていない。もしかしたら我々より遅いのだろうか。ただ、声を掛けあった感じでは、とても元気で余裕がありそうだったので、軽く走っているだけかもしれない。
さらにしばらく走ると、早くもT村選手が折り返してきた。さすがに速いわ。
さらに少し走ると2つ目の橋を渡り、再び川の上流に向かって右側に移る。もう折り返し点まで近いはずだ。
なーんて思っていると、突然、D木谷さんとピッグの姿が見えた。なぜか立ち止まっている。オリーブマラソンでは先行していた支部長とD木谷さんとT村選手がコースの途中で立ち止まっているから何をしているのかと思ったら、「天気が良いから景色の写真を撮っている」なんて言うので呆れたが、今日は何をしてるんだろう。
近付くと、ちょっと違う方向にいる。なぜか脇道に入り込んで、別の橋を渡ろうとしている。
(ピッグ)「こっちじゃなかったですか?」
(幹事長)「橋を渡るのは2回だけやがな」
初参加のT村選手だって道を間違えずに折り返してきたというのに、出場3回目のピッグが道を間違えるなんて、想定外だ。先行するピッグが道を間違ったため、それに連られてD木谷さんも間違った方向に行きかけたようだ。
慌てて引き返してくる2人と一緒に再び走り始める。いよいよ折り返し点が近いはずだ。
すると支部長が折り返してきた。
(幹事長)「もうすぐ折返しかな?」
(支部長)「あと100mくらいやな」
100m以上はあったが、間もなく折り返し点の冬の瀬に到着した。すぐさま折り返すと、すぐ後にピッグとD木谷さんも続く。
支部長との差は思っていた通り2分くらいだ。支部長が撃沈する要素があれば十分に逆転可能なタイム差だが、後半は下り坂なので追いつくことは不可能に近い。
折返しでのタイムを見ると、前半は1km6分をオーバーしている。厳しい上り坂も苦にせず頑張って走ってきたと思うんだけど、期待した以上に遅い。やっぱり本番に比べたら気合の入り方が全然足りないのだろう。
それでも、まだ後半を1km5分20秒ペースで走れば2時間は切れる。2月の丸亀マラソンでは後半もずっと1km5分ちょっとで走れたんだから、不可能なペースではない。丸亀マラソンの本番のように真剣には走れないが、後半は下り坂なので十分可能だろう。
折り返すと同時に、突然雨が降ってきた。いつかは降り出すだろうと思っていたが、こんなにいきなり降り出すとは思ってなかった。
後半の前半はかなり急な下り坂だ。急とは言っても、ブレーキを掛けなければ転がり落ちそうになる北山林道駆け足大会や酸欠マラソンほどの急坂ではなく、ちょうど気持ちよくガンガン走れる程度の下り坂なので、足を痛める不安もなく元気に駆け下りて行ける。気持ち良い。
雨はますます激しくなってきて、顔に当たって鬱陶しい。高知の雨を舐めたらあかんので、トレランリュックをおろして帽子を取り出して被る。
ついでに再びスポーツドリンクを飲むが、やっぱりむせてしまった。マラソン大会の給水所でもらう水は紙コップに入ってるので飲みやすいが、ペットボトルの飲料を走るながら飲むのは慣れてないと意外に難しい。
前方を走っている支部長の姿は全然見えない。逆に後ろからは2人が迫ってきてるはずだが、足音は聞こえないので、どこにいるのかは分からない。
実質的に独りで走っている状況なのでペースはダレがちだが、見えないメンバーとの戦いを意識して緊張感を持続するように努める。
雨はかなり降っているが、恐れていたような皮膚が痛くなるような雨ではないから、さほど走りにくくはない。
距離表示が無いので今のペースが分からないが、坂が急な後半の前半は、割と快調に走れているような気がする。でも、本当のところは分からない。
後半の前半の急坂区間の終わりを告げる1つ目の橋が見えてきた。残りは5.5kmだ。ペースを計算すると、折返し点からのペースは期待したほど速くはなかった。2時間を切るには、ここからゴールまで1km5分20秒で走る必要がある。ここからは下り坂とは言え、勾配はとても緩いので簡単ではない。
後の2人は一向に近付いてくる気配が無い。どうしたんだろう。
でも、油断してはいけない。ここからの最後の5kmが勝負だ。ここからは下り坂とは言っても、あまりにも緩やかなので、下っているのを全く感じなくなる。疲れて足が動かなくなってくるので、むしろ、なんとなく逆に上っているようにすら感じられてしまう。
ただ、炎天下のレースと違って、雨の中で暑くないので、息は全然苦しくない。
下流に来ると川の曲がりが緩やかになってきて、だいぶ先まで見通せるようになる。しかし、それでも支部長の姿は影も形も見えない。下り坂で、暑くもないから、支部長に追いつくのは難しいのは分かっていたが、やっぱり追いつくのは不可能だったか。
もう支部長に追い付くのは不可能になったので、残るは後ろの2人との勝負だ。なので、後ろを振り返ってみると、ちょっと離れてD木谷さんの姿が見える。まだまだ逆転される可能性はある距離だ。一方、ピッグの後姿は見えない。どうしたんだろう。撃沈してしまったのだろうか。
ここから先は後ろから迫ってくるD木谷さんとの一騎打ちだ。先行するランナーを追いかけるのはアドレナリンが爆発してやる気が湧いてくるが、後ろのランナーとの戦いは恐怖というかプレッシャーがきつくて精神的にしんどい。必死で逃げながら、足音が迫ってこないが耳を澄ませて走る。
正確な距離は分からないが、もう2時間切りは不可能だろう。でも、後ろから迫ってくる恐怖との戦いのためモチベーションは維持されている。
雨が降り続いて暑くはないため、最後まで呼吸は苦しくない。自分の足を見てみると、明らかに動きは遅くなっているが、それでも痛い所は全くないし、それほど疲れも感じず、スタスタ走れている。このまま頑張って逃げ切ろう。
〜 ゴール 〜
ようやくクライミングセンターの屋根が見えてきた。もうすぐゴールだ。
再び後ろを振り返るが、誰の姿も見えない。もう焦る必要は無いが、最後まで力を緩めずに、気持ちよくゴールできた。
でも、タイムは自己ベストはおろか、最低目標の2時間すら切れなかった。本番でないから競い合うランナーがほとんどおらず、ついついダレて緊張感が緩んでペースダウンしてしまうせいだろう。
この大会でハーフマラソンを走った3回のうち、最悪だった2015年のタイムよりはマシだったが、あの時は炎天下の灼熱地獄だったのに対し、今日は雨で暑くなかったんだから、速くて当たり前だ。
ゴール地点ではT村選手と支部長のほか、先行していた2人連れの男性の方が一緒におしゃべりしている。
(幹事長)「自主開催ですか?」
(男性)「ええ、いても立ってもいられなくなって」
やはり自主開催と言うのはピッグだけのナイスなアイデアではなくて、誰でも思いつく安易なアイデアだったようだ。
話を聞くと、かなりの実力者夫婦のようで、女性の方は本番では1時間30分を切るタイムを出しているそうだ。我々のメンバーで対抗できるのはT村選手だけだ。
「一緒にスタートしませんか」なんて声を掛けなくて良かった。恥かくところだった。
しばらくするとD木谷さんが帰ってきた。
(D木谷)「下りで追いつこうとしたんですけど、無理でしたね」
(幹事長)「いつ追いつかれるかとヒヤヒヤしましたよ」
さらに続いてピッグも帰ってきた。折り返し点の直前で道を間違えたため、心が折れてしまったようだ。
みんなに話を聞くと、レース中は意外な展開があったとのことだ。
前半は支部長があっさり独走したのかと思ってたら、なんと8km辺りの急坂で支部長は歩いたんだそうだ。それでピッグが追いついて「お疲れ様」って声を掛けたら、「なにお!まだ疲れておらんぞ」とムキになって再び走り出し、あっという間にピッグを置いてけぼりにしたんだそうだ。上り坂になるとすぐ歩き出す悪い癖は治ってないようだが、再び走り出すと、全然ペースダウンせず蘇ってしまうところが以前と違うところだ。
また後半でも18km辺りでしばらくトボトボ歩いたんだそうだ。もし、その背中を少しでも見ることができてたら、もっと頑張れたのになあ。
最終的には支部長の圧勝で、永遠のライバル関係にある私と支部長とピッグの3人の争いでは、自主開催マラソン大会3連戦で支部長が3連勝してしまった。すごい!あまりにもすごすぎる!
これまでの20年以上もの長い戦いの中で、本番のマラソン大会で支部長が私やピッグに勝利したのは、ほんの数える程度だ。それが3連勝なんだから、支部長は生まれ変わったとしか言いようがない。もう坂に弱いかつての支部長ではない。
暑さに弱い点は少しは残っているようだが、スタート時間や日程を勝手に変えられる自主開催では、暑さを避けることができるため、支部長には有利だ。このまま自主開催が続けば支部長の連勝が続くかもしれないぞ。
〜 川遊び 〜
一休みしたところで、いよいよ、このレースの一番の楽しみである冷たい川への飛び込みだ。かつて上りの片道10kmコースしか無かった時も、ゴール後に山奥の川に飛び込んでいたが、往復のハーフマラソンになってからも、会場近くで川に飛び込むことができる。
今日は雨が降っているから、そんなに暑くはないが、このマラソン大会の最大の楽しみが川遊びなんだから、飛び込まないともったいない。
走っている最中はかなり激しい雨も降ったりしたが、ゴールした頃には雨も小降りになった。「スタート時点では曇りで、途中でしんどくなってきたら雨が降り出して、ゴールしたらまた雨が上がる」っていう我が儘な要望が通ったようだ。
最近の豪雨で水は濁流になっているかと心配していたが、さすがは清流の汗見川だけあって、いつもの通りの澄んだ水だった。水蒸気で水面から霧が立ち込め、幻想的な良い雰囲気だ。
足を引きずって川に降りていき、そうっと足を入れてみると、やはりものすごく冷たい。でも、暑い日だと気温との差が激しくて強烈に冷たく感じるが、今日は体がそんなに暑くなってないから、相対的な温度差は少ないため、ジワジワと水に入っていくことができる。それでも肩まで浸かって少し泳ぐと、一瞬で体が凍りつく。心臓も止まりそうだ。
支部長やD木谷さんもキャアキャア言いながら水中で遊ぶ。そのうちピッグも恐る恐る入ってくる。ところがT村選手だけは入ろうとしない。無理矢理引きずり込もうとしたが「心臓が止まる!」なんて叫んで逃げて行った。
去年は滝のようになった所で鯉の滝登りごっこをして遊んだが、今年は最近の雨のせいで水量が多くて流れが速く、滝登りは無理だった。
川遊びをした後は、去年オープンした近くのモンベルのアウトドアヴィレッジに行ってお風呂に入った。
さっぱりしてお風呂から出て、ゆずアイスを食べながら反省会をする。
(幹事長)「支部長には、もう勝てないような気がする」
(ピッグ)「同じく、ですねえ」
(D木谷)「なんと言ってもフォームが安定してますからねえ」
(支部長)「ま、これが真の実力だな」
次のレースは9月の四国のてっぺん酸欠マラソンだ。
(ピッグ)「開催日も柔軟に変えられるし、スタート時間も好きな時間に設定できるし、自主開催の方が良いですよね」
(幹事長)「金もかからないし、来年、正式な大会が復活しても、これからは我々で勝手に独自開催していこうか」
なーんて言うのは嘘で、やっぱり自主開催では本大会の楽しさは得られないし、本大会の緊張感が無ければ良いタイムは出ない。
なので、我々としても本大会の復活をキリンさんのように首を長くして待っているんだけど、それまで自主開催で頑張ろう。
ただ、酸欠マラソンも、もし炎天下になれば我々にも勝機はあるが、暑くなければ支部長の連勝の可能性が高い。その後のレースは暑さが和らいでくるため、このままではどこまでも支部長の独走が続いてしまう。
なんとかしてリベンジしなくてはならないぞ。
〜おしまい〜
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