四国ペンギンズ
四電ペンギンズ
丸亀マラソン2026
第78回 丸亀マラソン大会
2026年2月1日(日)、第78回香川丸亀ハーフマラソン大会が開催された。
毎年、ペンギンズの初レースは1月の満濃公園リレーマラソンだけど、あれは動物チームで出る遊び半分て言うか遊び全部の行事であり、真剣勝負のレースとしては、この丸亀ハーフマラソンが初レースとなる。
(支部長)「満濃公園リレーマラソンは遊びやなんて言いながら、今年も歴史的な大惨敗で悔しいやろ?」
(幹事長)「あれだけ大惨敗すると悔しさも無くなったよ」
1週間前の満濃公園リレーマラソンの忌まわしい記憶は忘れて、とにかく丸亀マラソンは正真正銘の真剣勝負だ。
このレースは、ほとんど坂が無い国際陸連公認の高速コースを走るってことで、良いタイムが期待できる。そのため、毎年、このレースはやる気まんまんで出場してきた。
そして2019年、2020年には2年連続で大会自己ベストを出した。この年代になって大会自己ベストを出せたので、とても嬉しかった。
て事で、ますます絶好調で臨もうとした2021年大会だが、なんと2021年は新型コロナウイルス騒ぎのせいで大会が中止になってしまった。
事の発端は2020年の丸亀マラソンが開催された翌月の2020年3月1日の東京マラソンの一般ランナー参加中止だ。これに続き、3月8日の第9回名古屋ウィメンズマラソンも一般市民ランナーの参加が中止になった。
その後、状況はますます悪くなり、遂に3月22日の徳島マラソンは全面的に中止になり、その後も全国的にマラソン大会が次々と中止になっていった。
このマラソン大会の中止と言う非科学的で情緒的でヒステリックな対応は3年ほど続き、丸亀マラソンも2021年、2022年と中止が続いたが、2023年にようやく復活した。
そして、2024年、2025年に続き、今年も無事に開催される事になった。
〜 エントリー 〜
丸亀マラソンは、高速レースとして全国的にも名高いことで、以前から人気が高かったが、昨今の異常なまでのマラソンブームのせいで、毎年、さらに参加者が増加してきた。
ただ、会場の丸亀陸上競技場はキャパが大きいため、定員には余裕がある。
そのため、一応、定員は1万人となっていて、申込者が1万人に達すると受付は終了してしまうが、それとは別枠で、大会前日に会場へ行けばエントリーが可能だった。
この前日受付OKというシステムは一体どういう意味があるのか、よく分からない。申込し損ねた人のためかなとは思うけど、なぜ前日だけなのか分からない。
ただ、2023年から前日受付という不思議なシステムは無くなった。コロナ騒ぎのせいかなとは思うが、元々からして意味が分からないシステムなので、無くなった理由も分からない。
て言うか、コロナのバカ騒ぎによるマラソン大会の中止と言う非科学的で情緒的でヒステリックな対応が3年も続いたため、その間にマラソン大会参加者の数は全国的に激減し、いまだに多くのマラソン大会が定員割れに苦しんでいる。
マラソン大会の中止と言う何の意味も無いヒステリックな対応を取った自業自得なので、主催者には猛省を促したいが、実は古くからのマラソン愛好家である我々にとっては好ましい事態だ。
コロナのバカ騒ぎ前は、異常なまでのマラソンブームのせいでエントリーの競争が極端に厳しくなり、エントリーするのに必死になっていた。エントリーが成功したら、それでマラソン大会が終わったような気にすらなっていた。
それが正常な姿に戻ったのだから、コロナのバカ騒ぎによるマラソン大会参加者の激減は、必ずしも悪い事ではない。
この丸亀マラソンはハーフマラソンの部の定員は以前と同じ1万人で、それに対して今年の参加者は11250人だから、定員の1割増しってとこか。
1割も多いってことは、もしかしたら今は定員に達しても受付を継続しているのかもしれない。
定員いっぱいで参加できないっていう人が出ないのなら、少しくらいオーバーしても問題ないだろう。
参加すると分かるが、1万人規模のマラソン大会は走りにくくなる。最初から最後まで混雑が続くからだ。そのため、2017年から一般部門がB部門とC部門に分けられた。
以前はエリートランナーがA部門で、一般ピープルはB部門だったが、一般ピープルがB部門とC部門に細分化された。
A部門がスタートした後、次にB部門がスタートし、最後にC部門がスタートすることになったのだ。
タイムはシューズに着けたチップでネット計測してくれるから、後ろの方からスタートしても構わないように思うかもしれないが、後ろの方からスタートしたら大混雑で身動きが取れなくなる。
遅いランナーを追い抜きたくても、仲間同士でおしゃべりしながらゆっくり走るおばちゃん軍団なんかに邪魔されて追い抜くこともままならない。
昔は参加者が少なかったから、邪魔なランナーがいても、そのうちバラけて空いてきたが、1万人も参加するようになってからは、最後の最後まで混雑は緩和されず、最後までおばちゃん軍団に前を邪魔されたままになるので、それは避けなければならない。
その打開策として導入されたのがB部門とC部門の分離だ。部門分けの基準になるのは過去3年間のタイムだ。丸亀マラソンの記録だけでなく、正式な記録を提出できれば、他のマラソン大会のタイムでも良い。
B部門のエントリー条件は男子の場合は過去3年間で1時間50分を切るタイムを出していることだが、女子の場合はだいぶ緩やかで、過去3年間で2時間10分を切るタイムを出していればいい。
ただ、ペンギンズの2大女王様であるゾウさんとのらちゃんは、二人とも1時間50分くらいでは走るので、男子の基準でも問題無いくらいであり、今年もB部門での出場だ。
私は2020年の大会で1時間50分を切ったので、2024年まではB部門で出られていた。B部門の中では後ろの方だったが、それでも仲間同士でおしゃべりしながらゆっくり走るおばちゃん軍団がいないので、とても走りやすかった。
ところが、大会が再開された2023年、2024年と連続で惨敗して条件を満たさなくなったため、2025年からはC部門でのエントリーとなった。
他には支部長もC部門だ。
(幹事長)「C部門って走りにくくない?」
(支部長)「C部門の前の方だと走りやすいよ」
支部長の話の通り、C部門でも前の方だと、仲間同士でおしゃべりしながらゆっくり走るおばちゃん軍団はいないので走りやすかった。
B部門の後ろの方でも、C部門の前の方でも、どちらにもおばちゃん軍団はいないようだ。部門分けは成功だったようだ。
他に加藤選手もC部門でのエントリーだ。
一方、長谷選手、倉石選手は速いのでB部門での出場だ。
〜 駐車場 〜
12月中頃になり、のらちゃんから連絡が入る。
(のらちゃん)「幹事長も駐車場の抽選に当たってるよ」
いつの間にかホームページで発表されている、との事だ。調べてみたら、他にも何人か当選していた。
駐車場に関しては、以前は私は安心しきっていた。絶対に誰かは当選するだろうと思っていたからだ。
私自身は、たま〜に丸亀競技場の駐車券をゲットすることもあるが、たいていは遠く離れた三菱電機の臨時駐車場の券をゲットしてきた。それすら外れた事も無いことは無いが、たいていは三菱電機の臨時駐車場は当たっていた。
三菱電機の臨時駐車場なんて、福引きの残念賞のポケットティッシュと同じで、丸亀競技場の駐車場が当たらなかった人のための残念賞だと思っていた。
それに、どこの駐車場も当たらなかったっていう人もいるけど、我々は毎年10人くらいは参加しており、メンバーのうち誰か一人でも当選していれば、みんなで乗り合わせて行けるので、全員が外れるなんていう世紀末的な事態にならない限り問題は無い。
確率から言えば、全員が三菱電機の臨時駐車場すら外れるなんて事は、数百年に一度くらいだろう。
なーんて油断しきっていたら、なんと2023年はメンバー全員が落選してしまった。
いくら駐車場券の競争率が高くなったとは言え、ここまで末期的な状況になっているなんて、そんな事があるだろうか?あり得るだろうか?
この非常事態を乗り切るために、電車で行こうか、とか、民間の駐車場を利用しようか、とか、色々検討を進めていたが、レース直前になって石材店が丸亀競技場の駐車券を入手してくれたので救われた。
それ以来、毎年、石材店にお願いし、同じように丸亀競技場の駐車券をゲットしてもらっている。なかなか手に入らない黄金のチケットだ。
足の故障で最近はあまりレースに参加できてない石材店だが、素晴らしい貢献をしてくれている。
〜 前日受付 〜
レースの受付は前日と当日があり、どっちでもいいが、私は前日の午後に開催されるジョギング教室に参加するので、その時に受付も済ませた。
一緒にジョギング教室に参加するのらちゃんも前日受付をした。
受付と言っても、去年と同様、ゼッケンや計測チップは事前に送られてきているので、受付ではパンフレットなんかをもらうだけだ。
ゼッケンと計測チップが事前に送られてきているのだから、パンフレットだって一緒に事前に送ってきたら良いのにと思うのだが、理由は分からない。
パンフレットの他にもうどんやスポンサーからのお土産をくれたので、郵送するのが大変なのかもしれない。
一昨年までずうっとTシャツだった参加賞は、去年はランナーローブってものに変わった。
ランナーローブとは、東京マラソンなんかでも配布されているようだが、タオル地のポンチョのようなもので、ゴール後の防寒に適している。そのため、事前配布ではなく、ゴール後に配布してくれた。
多くのマラソン大会の記念品がTシャツなので、同じようなTシャツが毎年、積み上がっていくから、たまには違ったものも良い。
ただ、ランナーローブは使い道が限られるので、何枚ももらっても困るなあ、なんて思ってたら、今年の参加賞は大きなバスタオルになっていた。
これも事前配布ではなくて、ゴールした時にかけてくれるとの事だ。大きいタオルなので、ゴール後の防寒に適しているからだろう。
パンフレットには第78回と書いてあるが、もちろん、これは嘘だ。
よく「幹事長は何回くらい出てるんですか?」って聞かれて「第1回から出てるよ」って答えると、みんな私を仙人でも見るかのようにひれ伏して崇めてくれるが、もちろん私は78歳にはなっていない。
本当の第1回大会は77年前ではなくて、29年前の1997年に丸亀城築城400年記念大会として開催された。当時はまだこのホームページを開設してなかったため記事は残っていないが、翌年の1998年の第2回大会からは毎年記事を掲載している。
そのまま第4回までは正直な回数だったのに、2001年の第5回大会のとき、突然50回も上げ底されて第55回になった。1997年の第1回大会の前年の1996年には第50回香川ロードレースが開催されていたので、いきなりその50回分を足したのだ。
香川ロードレースというのは、陸上競技の専門家しか出ない閉鎖的な業界内の大会であり、市民マラソンとなった今の丸亀マラソンとは似ても似つかない全く別のレースだった。
長距離レースではあったものの、距離だってフルマラソンの時もあれば35kmレースなんて中途半端な距離の時もあったが、ハーフマラソンが種目だった年は一度も無い。レースの性格が全く異なっていたのだ。
水増しの事情については、第56回(本当は第6回)の記事に詳しく書いているが、理由はもちろん、回数が多い方が伝統がある由緒正しいレースのように聞こえるからだ。
もちろん、私は回数の水増しを非難するつもりは毛頭無い。私の故郷である丸亀のマラソン大会であり、回数が多い由緒正しいレースのように聞こえた方が、知らない人に対しては格好良いから、それでいい。
第1回と言うか第51回から数年間は、毎年、コースがコロコロ変わり、私の実家のすぐ裏の農道に毛が生えたような道を走ったりしていた草レースだった。
それが、今や国際陸連公認の高速コースになって全国的にも有名になり、1万人規模の大会になっただなんて、地元の私としては嬉しい限りだ。
前日には小学生の駅伝や、中高生が主体の3kmレースが開催されるが、我々が行った時には既に競技は終わっていた。
以前は3kmレースもハーフマラソンの当日にやっていたが、最近は前日にやっている。ハーフマラソンの参加者が増えて肥大化してきたから、3kmレースも同じ日に開催すると大混乱するからだろう。
3kmレースは定員1000人だが、実際の参加者は男子が137人、女子が76人、合わせて213人と、かなりこじんまりしたレースだ。
〜 ジョギング教室 〜
3kmレースが終わると、今年も金さんのジョギング教室がある。毎年、誰かしら有名な女子選手を相棒にしており、去年の相棒は高橋尚子さまだったが、今年の相棒は千葉真子だ。
ゲストが高橋尚子さまなら万難を排しても参加しなければならないが、千葉真子では参加するかどうかちょっと悩むところだが、毎年、前日受付をしたついでに出ているので、今年も参加した。
もちろん、このようなレース前日のジョギング教室で何か参考になるような即効性のあるノウハウを期待してはいけない。明日のレースにすぐに役立つような魔法のノウハウなんて存在しない。
大半の参加者もそれくらい分かっていて、単に金さんやゲストと一緒に楽しく過ごすイベントと割り切っている。
私もそうだ。最近は毎年参加してて、なんとなく楽しいので今年も参加するものだ。
ジョギング教室への参加は当日でも会場で受付をやってるんだけど、最近は事前にインターネットで予約する事もできるようになった。
過去、何度も参加した事があるが、たいていは直前に行っても大丈夫だった。一応、定員はあるけど、定員がいっぱいになるほど参加者が集まる事は珍しいからだ。
ただ、2020年はQちゃんがゲストだったので、万が一って事もあるので事前に予約した。そしたら、なんと500人の定員が早々にいっぱいになってて、キャンセル待ちを申し込んでる人が150人もいた。
今年はゲストが千葉真子なので、定員オーバーになる心配は皆無だが、事前に予約しておけば当日ギリギリに行っても大丈夫なので、今年も事前に予約しておいた。
ジョギング教室は13時30分から始まるが、昼食のうどん屋で想定外に時間がかかったため、2分くらい遅刻していったら、既に始まっていた。
ジョギング教室の内容は、毎回同じで、ストレッチの仕方や、自分の目標ペースのペースランナーと一緒に走るペース走や、質疑応答だ。
今日は天気は良くて、雨の心配は全く無いが、むちゃくちゃ寒い。先週の満濃公園リレーマラソン以来、日本列島は寒気団に襲われており、今日も激寒だ。
あまりに寒くて体が冷えてきたので、まずはいきなりウォーミングアップのためにトラックを走った。全員揃ってゆっくりとトラックを2周した。
体が温まったところで、ペースランナーの紹介があった。
ペースランナーは今年も四国電力の陸上部OBを中心に構成されているが、その元締めは矢野選手だ。彼は陸上部OBではなくペンギンズOBだが、このペースランナー部隊を掌握する元締めとして大活躍している。
丸亀マラソンのペースランナーは2009年に初めて導入されたもので、大会のプロデューサーを務める金さんから新城プロに人選の依頼があった。そのため我々にも声がかかり、2009年の第63回大会と2010年の第64回大会では我々がペースランナーを務めた。
しかし、その後はペースランナー体制を強化するために、我々のようなド素人ではなく、陸上部OBなどのプロに変えた。
少し寂しい気もするが、ペースランナーを務めている限り、この高速レースに出場して好タイムを出すことができないので、どうせならペースランナーより選手として参加したい。
次は色んなストレッチのやり方の指導がある。
1ヵ月前にも青山剛コーチによる丸亀マラソン攻略クリニックなんてイベントがあった。
一昨年、「本番の直前に即効性のある指導なんてある訳ないじゃん」という私の忠告にも拘わらず、のらちゃんが「やだ。行きたい行きたい!」と駄々をこねるもんだから、仕方なく付き合って一緒に初参加したイベントだ。
すると、思った通り1ヵ月後の丸亀マラソンに向けた即効性のあるアドバイスなんて全く無かった。それどころか、ランニングの指導すらほとんどなくて、専らストレッチの指導だった。
それまで、私はストレッチを避けていた。
小出監督が言ってたように、我々のような一般ピープルには通常のマラソン大会では体力を無駄に消耗するウォーミングアップは百害あって一利無しだ。どうせ序盤は大混雑でまともに走れないので、その時がウォーミングアップだ。
その教えを忠実に守る私は、さらにストレッチまで目の敵にし、ストレッチも一切やってこなかった。
ところが青山コーチの話を聞いて開眼した私は、さっそく彼の本を3冊も購入し、それ以来、ランニングの前にはストレッチをやる事にした。
ただ、そういうのはついついサボりがちになり、いつしかやらなくなっていた。
それで去年も1ヵ月前に同じ丸亀マラソン攻略クリニックに参加し、ストレッチの重要性を再認識した。
ただ、その直前の一昨年12月に八ヶ岳でアイスクライミングをやった時に右肩を痛めてしまい、右腕が痛くて全く上がらなくなってしまった。肘から先は動くんだけど、肩は上がらないだけでなく、ほとんど動かすことができない状態だ。
そのため、ストレッチは不可能な体になってしまった。
ストレッチだけでなく、日常生活にも大きな影響がある。右肩が動かないと、ものすごく不便だ。ご飯を食べるのも大変だし、お風呂に入って体や頭を洗うのも大変だし、着替えをするのも大変だし、トイレに行くのも大変だし、コタツや布団から出るのも大変だし、車の運転も大変だし、靴紐を結ぶのも大変だし、もうありとあらゆる事が大変だ。
また、肩が痛くてうずいて夜もロクに寝られない。横になってじっとしていても痛くてなかなか寝付けないし、眠っていてもすぐ痛くなって30分〜1時間おきくらいに目が覚める。慢性的な睡眠不足になってしまった。
さらに、肩を動かせないと腕振りができないのでランニングにも多大な影響がある。
腕を振れないから完全に下半身だけで走る事になる。足だけで走っていると、スピードが出ないだけでなく、すぐに疲れる。
あれから1年経った今も体は元に戻らず、肩が上がらないし、ロクにストレッチをする事もできないので、今年は丸亀マラソン攻略クリニックには私は参加しなかった。のらちゃんは一人で参加した。
その青山コーチが今日も来ていて、前の壇上にいてストレッチの指導をしている。もちろん、私はほとんどできない。
ストレッチが終わったら、自分が目標とするタイムのペースランナーに着いてペース走を行う。
いつもなら、どれくらいのペースメーカーに着いて走るべきか悩むところだが、今年は体が元に戻らずまともに完走できるかどうかも不安なので、とりあえず一番遅いペースメーカーに着きたかった。
ところが一番遅いペースメーカーは「丸亀マラソンに初めて参加する人」が対象との事で、ちょっと論外っぽかったので、2時間半のペースメーカーに着いて走った。
体調は絶不調だが、さすがに2時間半のペースランナーに着いていくのはそれほど大変ではなく、なんとか無事に6周を走った。
走り終わったら少し質疑応答なんかをやって解散となった。
去年はゲストが高橋尚子さまだったため、大勢のファンに囲まれて大変だったが、千葉真子はそんなに人気は無く、何人かがサインしてもらっているだけだった。
って思って見てたら、なんとのらちゃんの永遠のライバルであるライバルネコさんがサインを貰っていた。超ベテランのライバルネコさんも、まだまだミーハーなところがあるようだ。
てな事で、今年も楽しいジョギング教室だった。
〜 突然の欠場 〜
て事で、体調は悪いものの、なんとかやる気を出していたところ、直前になってのらちゃんが欠場することになった。
(幹事長)「どしたん?」
(のら)「肉離れになっちゃって」
(幹事長)「なんやてーっ!」
なんと肉離れになったんだそうだ。
それも、トレーニングの最中とかではなくて、台所に立って炊事をしている時に突然痛みが走り、翌日に病院へ行ったら肉離れと診断されたらしい。
その日の午前中に一緒に軽くトレーニングはやったんだけど、レース前なのでとても軽めのトレーニングで済ませたし、トレーニングの最中は全く何の違和感も無かった。
なので、たぶん慢性的な筋肉疲労による肉離れではないかと思う。
なので、それほど深刻な重症ではなく、しばらく安静にしていれば回復しそうだ。
ただ、丸亀マラソンへの出場は医者に止められた。さらに1週間後の坂出天狗マラソンも駄目だ。
いつまで駄目なのかは症状の回復次第だけど、せめて3月の名古屋ウィメンズマラソンや香川マラソンには出たい。
ただ、それじゃあ、それまで徹底的に安静にしていれば良いかと言うと、これが難しい。あんまり安静にし過ぎると、その間に筋肉が弱ってしまい、元のようには走れなくなってしまう。
なので、患部は安静にしつつも、他の筋力は維持できるようにリハビリもやらないといけない。難しいところだ。
何にしても、のらちゃんは去年の丸亀マラソンはタイムがイマイチのだったので、今年はリベンジを期してかなりトレーニングを頑張っていただけに、本当に残念だ。頑張り過ぎたのかもしれない。
彼女もガックリだが、イスタンブールマラソンと言い松江城マラソンと言い、ここんとこ彼女に頼りっぱなしだった私もショックだ。
私のように根性が無い人間は、ロクに頑張ってトレーニングする事もできないから、故障とは縁が無いが、彼女のように根性がある人間は無理してしまうので、どこまで頑張ればいいのか難しいところだ。
(幹事長)「ゾウさんは体調はどうなん?」
(ゾウ)「完走できるかどうかの瀬戸際です」
ゾウさんは相変わらずテニスでは向かうところ敵なしの快進撃を続けているが、体の故障が絶えず、今日も痛み止めを飲みながらの出場だ。
痛みが出なければそんなに悪いタイムにはならなさそうだが、痛みが出るとペースダウンを余儀なくされる。
のらちゃんと言い、ゾウさんと言い、女子部員は根性があるから練習をやり過ぎて故障がちになる。
(支部長)「私らとは別世界やからな」
(幹事長)「根性があるのも善し悪しやな」
〜 会場に到着 〜
天気予報ではレース当日は曇りって1週間も前から言っていた。前日のジョギング教室の時は晴れていたし、雨の心配は無さそうだ。
ただし、前日と同様に、ものすごく寒い。寒い上に風も強い。極寒の中のレースになりそうだ。
車は支部長に出してもらった。
7時半前に加藤選手を乗せた支部長車が迎えに来てくれた。
その後、途中でゾウさんやのらちゃんを乗せて、8時半頃に丸亀競技場に着いた。
のらちゃんは突然、出られなくなったが、みんなの応援のために来てくれた。
レースのスタート時間は、エリートランナーが10時35分、一般ピープルB部門は10時45分、C部門は10時55分だ。
支部長は前日受付をしてないので、まずは受付をしなければならないが、当日の受付は10時までだ。
なので、もっと遅く行っても問題は無いんだけど、何かトラブルでも発生したら遅れるので、余裕をもって早めに行ったものだ。
会場に着いたら場所取りをしなければならない。
天気が良い年はいつも、お日様が当たって気持ち良いバックスタンドの北の端っこの客席に陣取る。今年も天気は良いので、バックスタンドに陣取った。
ただし、風が強く、スタンドは超寒い。そのため階段や通路に陣取っている人たちも多い。
長谷選手や倉石選手や高橋選手もスタンドに出てくるのは寒いと言って、中の通路で待機している。
あまりにも寒いので、なかなか着替えをする気力が湧かないが、10時になったので、ようやく着替えを始める。
ウェアの選択はマラソン大会において最も重要な要素だ。寒いのは大嫌いだけど、暑くなるとバテてしまうから避けなければならない。
今日は極寒なので、寒さ対策が極めて重要だ。
まず、長袖シャツの上に半袖Tシャツを着るという組み合わせは決まりだ。
ただ、どの長袖シャツを着るかが問題だ。
その日の天候を予想して、それに合わせたウェアだけを用意してくると、予想外のコンディションになった時に困るので、最近は何があっても対応できるように色んな準備をしてくるようにしている。
長袖シャツとしては、強烈な風雪の中を走った2018年に着た防寒用の分厚い長袖ランニングシャツや、雨の可能性があった2019年に着た雨で濡れてもベチョベチョしない登山用の吸湿性と速乾性に優れた薄手の長袖インナーウェアや、その中間の厚さの長袖シャツなんかを揃えて持ってきた。
かなり悩んだが、中間の厚さの長袖シャツにした。
その上に着るTシャツは一昨年のホノルルマラソンで貰った完走Tシャツだ。せっかくわざわざハワイまで行ったので、これ見よがしに着るものだ。それに、色もカットもセンスが良くて、とても格好いいのだ。
さらに、最近、登山で愛用しているメッシュのアンダーシャツも着た。これは登山の時に素晴らしい性能を発揮してくれており、どんなに汗をかいても、全然ベチョベチョしない。
今日はそれほど汗をかくとは思えないが、後半に汗が冷えて寒くなる恐れもあるので、中に着てきたのだ。
ただ、これだけ着てもまだまだ寒そうだ。
普通に元気に走れる状態だったら体が熱を発散するだろうけど、最近の異常なまでの調子の悪さを考えると、後半はトボトボと歩く可能性もあり、体は熱くならず、急速に冷えていくだろう。
歩かないにしても、終盤は疲れて足をひきずって歩くようなスピードになりそうなので、歩いているのと同じように体は冷える。
特に後半は冷たい向かい風になるのは確実なので、寒い中を震えながら歩くのだけは絶対に避けたい。
て事で、上にウィンドブレーカーかビニール袋を被る事にした。
ビニール袋を被ったランナーはチラホラいるし、ビニール袋くらいで良さそうな気もするが、ビニール袋では腕が寒い。
ふと横を見ると、あれだけ暑がりで汗っかきの支部長がウィンドブレーカーを着ている。支部長がウィンドブレーカーを着てるんだったら、私もウィンドブレーカーを着よう。
マラソン大会でウィンドブレーカーを着て走る事なんて滅多に無いが、寒さをしのげるのなら着た方が良い。
問題は、ウィンドブレーカーを着るとゼッケンが見えなくなる事だ。そのため、一応、ゼッケンを腰の辺りでとめるゼッケンベルトを持ってきた。
(支部長)「ゼッケンが見えなくても誰もチェックなんかしないよ」
(幹事長)「確かにそうやな」
(支部長)「何か言われたらファスナーを開けて見せたらええがな」
って事で、ゼッケンはウィンドブレーカーの中のTシャツに着けたままで走る事にした。
タイツは、今日もランニングタイツではなく普通の薄手の防寒タイツを履いた。
私はもともとランニングタイツはなるべく履かない主義だった。ランニングタイツを履くと足が突っ張って走りにくくなり、履いてない方が走りやすいような気がするからだ。
でも、ランニングタイツには筋肉疲労を防止する効果もあるという事を聞いてからは、寒い季節には防寒用も兼ねてランニングタイツを履いていた。
だが最近は、ランニングタイツをやめて、代わりに普通の防寒用タイツを履いている。防寒用と言っても、一番薄手のものなので、足は突っ張る事なく動かしやすい。
その代わりに、筋肉疲労を防止するため、タイツの下に脹脛サポーターを履いてたんだけど、今回は履かなかった。て言うか、履けなかった。
一昨年の年末の八ヶ岳アイスクライミングで肩を痛めてから、生活のあらゆる面で苦労している。
脹脛サポーターはとってもきつくて思いっきり力を入れないと履けないんだけど、肩が痛くて力を入れる事ができないので、脹脛サポーターを履く事ができないのだ。
普通のTシャツですら、脱いだり着たりするのに大変な苦労をしている状態だ。
手袋はいつも履いている薄手のランニング用グローブの中に分厚い手袋も重ね履きした。これで手がかじかむのは防げるだろう。
汗は手袋で拭くとして、ポケットティッシュを短パンのポケットに入れた。
シューズはアシックスのマジックスピードにした。
着替えが終わったところで、みんな揃って記念撮影だ。寒さに負けない良い子が気合を上げる。

寒さに負けない良い子のメンバー
例年なら、会場に着いてから朝食を食べる事が多いが、今日は出発がゆっくりしていたので、既に家で食べてきた。
私は朝食を食べたらトイレで大が出るようになるので、自宅で早目に食べて家を出る前にトイレを済ませるのが理想だ。なので、今日も早めに食べて、トイレも済ませてきた。
駐車場が近いと何かと便利だ。
ただ、以前、「朝食はゴールの5時間前」という説を聞いた事があるが、今日はスタートの5時間前に食べた事になる。
ちょっと早すぎたので、ここでカロリー補給のためにゼリーを食べた。
スタンドからトラックを見下ろすと、招待選手たちがウォーミングアップで走っている。最初は軽く走っていたが、そのうちスピードが上がってきて、我々にとっては短距離走のようなスピードで走り出した。
(幹事長)「一瞬でも着いていけないスピードやなあ」
(のら)「宙を飛んでるよ」
彼らは最初から全力で飛ばすシリアスなランナーなのでウォーミングアップが不可欠だろうが、我々のような一般ピープルにはウォーミングアップは百害あって一利無しだ。
どうせ序盤は大混雑でまともに走れないので、その時がウォーミングアップだ。
〜 集合 〜
10時10分になって集合開始となった。
B部門は10時25分までに、C部門は10時35分までに集合すればいいし、集合は細かくブロック別に分かれるので、急ぐ必要は無い。
ただ、風が吹き抜けて寒いスタンドより、ランナーが密集しているグランドの方が寒くないので、そそくさと降りていく。
集合場所は、A部門は競技場の外だけど、B部門とC部門はグランドの中で、ゼッケンに書かれたアルファベット順にAブロックから整列していく。B部門はAブロックからFブロックまで、C部門はGブロックからSブロックだ。
長谷選手や倉石選手やゾウさんらはB部門に並び、私は支部長や加藤選手と一緒にC部門に並んだ。
しばらくすると開会式が始まり、続いてストレッチの時間となった。昨日のジョギング教室でも登壇していた青山コーチが登壇し、それに合わせてストレッチする。
昨日のジョギング教室ほど念入りなものでもないし、混雑しているのであまり大きな動きはできないが、そもそも肩が痛くてまともにストレッチする事もできない。
それでも、少しは関節の動きがスムーズになったような気がしないでもない。
10時35分になると、招待選手を始めとするA部門のトップランナー達がスタートした。
一般ピープルB部門は10分後の10時45分がスタートで、さらに10分後の10時55分にC部門がスタートする。
A部門がスタートしたので、それに続いて一般ピープルの移動が始まり、少しずつ進んでいく。
スタート時間が迫ってきたので、本日の目標を設定せねばならない。
もちろん、どんな時でも、どんなレースでも、大会自己ベストの更新を狙うのが良い子の有るべき姿だ。しかも、この丸亀マラソンはほとんど坂が無い高速コースなので、良いタイムを狙いたいのが常だ。
ただ、死守しなければならない最優先タイムは、自己ベストではなく1時間50分だ。1時間50分を切れば3年間はB部門からスタートできるからだ。
もちろん大会自己ベストが出れば1時間50分もクリアしたことになるが、大会自己ベストが出なくても、最低でも1時間50分は死守したい。
もともと丸亀マラソンのコースは、ほとんど坂が無い国際陸連公認の高速コースだし、気温が低い2月だから、良いタイムが期待できる。
ただ、そのため、ついつい調子に乗って序盤からガンガン飛ばしてしまい、結局、終盤に大撃沈して失速するというワンパターンが多い。
理想的な走り方と言うのは、序盤は抑えめに走って、後半にペースアップするというネガティブ・スプリットだ。タートルマラソンやオリーブマラソンでも、好タイムを出した時は、たいていネガティブ・スプリットになっている。
オリーブマラソンなんて、前半はフラットで後半に坂が続くから、後半の方が遅くて当たり前なんだけど、好タイムを出した時は必ず後半の方がペースアップしている。
逆に、この丸亀マラソンのコースは終盤に失速するのが必至のコースだ。支部長は「最後の直線区間の直前にある17km地点の給水所の水には毒が入っているから直線区間に入ったら失速は避けられない」という毒入り説を信じて疑わない。
確かに、最後の給水所からゴールの丸亀競技場までの直線部分では、それまでどんなに快調に走っていても、必ず失速してしまう。
私は17km地点の給水所では、もう水分を取らないので、毒入り説には否定的だが、最後の直線コースは緩やかだけど上り坂になっているからペースダウンするのかもしれない。
て事で、2019年や2020年は、前半を抑えて走った結果、終盤での撃沈を避ける事ができ、1時間50分を切って大会自己ベストの更新を続けた。
そして、コロナ騒ぎが終わって大会が復活した2023年も同じようなペースで入った。「仮に大惨敗したところで、失うものは何もない。1時間50分をクリアできなければ、ギリギリでオーバーしようが大幅にオーバーしようが同じ事だ」っていう発想からだった。
ところが、コロナのバカ騒ぎでマラソン大会の中止が続いている間に、私の走力はものすごく落ちていた。
マラソン大会がほとんど無かったので、モチベーションがダダ下がりだったと言うのも大きな理由の1つだろうが、それ以上に老化の進展によるスピードダウンも非常に大きいようだ。
いずれにしても、久しぶりの本大会となった2023年は惨憺たる大撃沈となった。最初の3kmまでは2020年と同じペースで入ったが、その後はどんどんペースが落ちていき、終盤は見るも無残な大撃沈となったのだ。
続く2024年も、ほぼ同じタイムで、惨敗の域は脱せなかった。
それでも今になって考えると、2023年や2024年の惨敗タイムは、それほど悪くはなかった。少なくとも2時間をオーバーするなんていう大惨事ではなかったからだ。
それが2025年は、2時間を大幅にオーバーするという丸亀マラソンではあり得ないような大惨事を引き起こしてしまった。
理由は、まず圧倒的な練習不足だった。練習不足は今に始まった事ではなく、昔からそうなんだけど、特に前回はひどかった。
何も、サボりまくっていた訳ではない。ひとえに異常な猛暑のためだ。あまりにも暑くて、少し走っただけで足が動かなくなるため、あまり走れなかったというのが言い訳だ。
もちろん、いくら言い訳したところでタイムが良くなる訳ではない。おんちゃんや酸欠姉ちゃんなんかは、まだ涼しい真っ暗なうちから猛練習をして、今年も素晴らしいタイムを出し続けている。要するに、やる気の問題だ。
さらに追い打ちをかけたのが一昨年12月に八ヶ岳でアイスクライミングをやった時に右肩を痛めてしまい、右腕が痛くて全く上がらなくなってしまった事だ。
肩を動かせないと日常生活の様々な面に大きな影響があるが、肩を動かせないと腕振りができないのでランニングにも多大な影響がある。
腕を振れないから完全に下半身だけで走る事になる。足だけで走っていると、スピードが出ないだけでなく、すぐに疲れる。
そして、この状況は1年経った今もあまり改善していない。
肩の痛みはだいぶ軽減されたが、その間に筋力や走力はどんどん落ちてしまい、去年は出るレース出るレース、過去とは次元の違う空前の大惨敗を繰り返してきている。
なので、この丸亀マラソンだって去年の大惨事のタイムすら高い目標だ。
(支部長)「今年の目標は?」
(幹事長)「現実的には2時間半を切る事を目指すよ」
(支部長)「同じくやなぁ」
2時間半だなんて、以前なら「歩いてもいけるんちゃうか?」ってバカにしてたようなタイムだが、今の私には現実的な目標だ。
もちろん、歩かなければ2時間半はかからないだろうけど、終盤は歩く可能性が高い。
歩かなかったとしても1km平均7分もかかればトータルで2時間半くらいになる。
支部長も最近の低迷を考えると、似たような戦いになりそうだ。
去年は残り3kmを切ってから先行していた支部長に追い着き、ギリギリで勝利した。今年も同じような勝負になりそうだ。
競技場から出てゆっくり移動していくと、ようやく競技場の南側の国道に出て、スタート地点の表示が見えてきた。
気温は低いが、ランナーの集団の中にいると風を感じないので、そんなに寒くない。このままだと悪くないコンディションだ。
久しぶりのマジなレースなので、さすがにやる気が湧いてきた。
スタート地点には千葉真子がいて、大きな甲高い声で声援を送ってくれている。
〜 スタート 〜
いよいよC部門のスタートの号砲が鳴り、スタート地点までダラダラと動き始める。
みんな一斉にスタートしていた時はスタート地点を越えるまで10分くらいかかったりしてたけど、今日はC部門では前の方なので1分もかからずスタートラインを越えた。
スタートラインを越えたら、すぐに普通に走る事が可能となった。以前はスタート地点を越えてもしばらくは歩くようなスピードだったから、だいぶマシだ。
これまでは序盤がウォーミングアップ代わりだったが、もうウォーミングアップ無しで早々に普通に走れるようになった。
(支部長)「それは良い事なんか?」
(幹事長)「ウォーミングアップが必要かもしれんなあ」
「スタート直後は大混雑でまともに走れないので、その時がウォーミングアップであり、一般ピープルにはウォーミングアップは疲れるだけで百害あって一利無しだ」と言う小出監督の教えを忠実に守ってきた我々だが、最初から普通に走れるとなると、考え直す必要があるかもしれない。
混雑していると前の人にぶつかりそうになるし、だからと言って右へ左へ他人をかき分けながら追い越して走るのは、体力と精神力を無駄遣いする割りには大してペースアップできないので、混雑が無いのは嬉しい。
でも、最初から自由に走れるとなるとオーバーペースになる恐れがある。なので、あまり無理せず自然体で走って行く。
しばらく走ると最初の1km地点の表示がある。ここで時計を見てビックリ。なんと最初の1kmのラップは6分15秒もかかっていた。驚異的な遅さだ。ちょっと遅すぎる。
例年なら最初は1km5分前後のペースで入っていた。最初からペースを抑えて走った年でも5分15秒くらいだった。
それが去年は5分半もかかっていて、あまりの遅さに愕然とした。
だが、しかし、今年は次元が違う。例年より1分も遅いのだ。やはり恐れていた通り、今年は別次元の遅さになったようだ。
しかも、ここから少しずつでもペースを上げていけそうな感じがしない。全くしない。これよりペースダウンしないようにするのが精一杯だろう。
救いは、永遠のライバル支部長がすぐ近くを走っている事だ。
参加者が多いマラソン大会なので、ランナーは多いが、C部門でも走りにくいような混雑はない。やはり部門分けは効果的だったようだ。
調子よく走ってるつもりだったが、次の2km地点で時計を見て再びガッカリ。ほんの少しだけど、ペースが落ちている。ペースが上がれば良いなと思っていたけど、やはり難しいようだ。
ほんの少しだけだが、支部長が前の方に離れていく。ことさら支部長がペースアップしたようでもないので、私のペースが早くも落ちているようだ。
まだ2kmしか走ってないのに、こら一体どうした事だ?
次の1kmも丸亀城に向かう直線区間で、走ってる感覚としてはまだまだ快調だ。
それなのに3km地点でもほんの少しだけど、ペースが落ちている。
そして支部長の背中は少しずつだけど確実に前の方に離れていく。
次の4km地点では、さらに6分半にまで落ちていた。大惨敗した時の終盤でも、こんなに遅かった事は無い。
頑張れば、もう少しはスピードアップできそうだが、そんな事をしたら終盤で力尽きるのが見えているので、そこそこの力で走って行く。
支部長の背中はどんどん遠ざかっていき、見えなくなってしまった。支部長との勝負は最後の直線区間だから、それまでは泳がせておこう。
この辺りで早くもトップランナーが折り返してきたのとすれ違う。
いくらなんでもすれ違うタイミングが早すぎる。こっちはまだ5km地点の手前だと言うのに、彼はもう終盤だ。
先頭はやはり黒人で、ものすごく速い。軽やかに飛ぶように走っていく。同じ人間とは思えない走りだ。
トップ選手を写すテレビ車のカメラに向かって手を振ってみたが、後から録画しておいたテレビ放送を確認したけど、残念ながら映ってなかった。
次の5km地点でもペースは同じで、もうペースアップが無理なのは明らかだ。
相変わらず空気は冷たく、天気は曇ったままだが、恐れていた風が弱い追い風なのでそれほど寒くもない。これなら絶好のコンディションと言えよう。
て言うか、むしろ少し暑いくらいだ。さすがにウィンドブレーカーを着てると暑い。
でも、ウィンドブレーカーを脱ぐのも面倒だし、どうせ後半は向かい風になって寒くなるだろうから、そのままウィンドブレーカーを着て走る。
5km地点には最初の給水所がある。混雑しているし、まだレースは始まったばかりで喉は渇いていないので、給水はパスしたいところだ。
もともと私はあんまり喉が渇かない体質なので、ハーフマラソンなら給水無しでも全然平気だ。しかも冬場はあんまり汗もかかない。
ただ、足の攣りを防止するためには水分の補給は欠かせない。そもそも「給水は喉が渇いてからでは遅く、早め早めに給水しろ」ってのが鉄則だ。
て事で、最近は全ての給水所で少しでもいいから水分を補給する事にしている。混雑しているので少しタイムをロスするのが痛いところだが、ここまでペースが遅くなっていると、もうタイムロスなんて関係ない。
だいぶやる気を失くし始めたところだったが、なんとここで航路さんの後姿が見えた。高炉さんとは時々マラソン大会で会うだけだが、随分久しぶりだ。
声を掛けようとしたが、私よりほんの少し速いので、なかなか追い着けない。そのまましばらく追いすがったが、結局、追い着けなかった。とても残念だ。
ただ、香炉さんに追い着こうと思ってスピードアップしたおかげで、6km地点、7km地点、8km地点とほんの少しずつペースアップした。全然、大した事はないが、少なくともとめどもないペースダウンからは脱した。
9km地点の手前には2つ目の給水所があり、やはり喉は全然渇いてないが、ここでも少しだけ水を口に含む。
やがて、コース最大の難所である田尾坂が現れる。難所と言ったって、田尾坂なんて緩い緩い坂だ。
北山林道駆け足大会や酸欠マラソンや脱藩マラソンや汗見川マラソンと言ったマニアックな山岳マラソンはもとより、タートルマラソンやオリーブマラソンや庵治マラソンに繰り返し出てくる坂に比べたら全然大した坂ではない。
それでも毎年、少しペースダウンする。今日も9km地点のラップはなんと遂に1km6分半をオーバーしてしまった。例年より1分以上も遅い。
絶望的と言えば絶望的だが、最初から絶望しているので、まあこんなもんだろう。
坂が終わったらペースアップできたような気がしたんだけど、10km地点でも大して変わりは無かった。
少し進むと折り返し点がある。
その少し手前からすれ違うメンバーの顔を探していると、だいぶ前に支部長が走って行った。距離にして6〜700mほど離されている。
こんなに離されているとは予想外だ。まだ中間点とは言え、これを逆転するのは簡単ではなさそうだ。
ただ、支部長は暑がりなので、ウィンドブレーカーを脱いで腰に巻いている。彼が暑さにバテたら追い着ける可能性が出てくる。
他のメンバーも探したが、この大会は参加者が多いため、他のメンバーは誰一人分からなかった。
この大会は参加者が多く、しかも遅い人たちも大挙して参加しているのが良いところだ。
今日は本当に遅くて、どう考えても順位は半分以下だと思うが、それでも折り返してから後続のランナー達を見ると、後から後からはるか遠く天竺まで続く地平線のかなたまで、呆れるばかりの夥しい数のランナーが走ってくる。
かつて制限時間が2時間5分だった頃は、僕らのような劣等生ランナーの後ろには、もうほとんどランナーはいなかったのだが、今は制限時間が3時間になっているため色んな人が参加するようになり、僕らのような低レベルのランナーが相対的に上位になってしまっている。
まるで自分たちが速くなったような気分になれて、大変気持ち良いのだが、決して速くなった訳ではなので勘違いしてはいけない。
折り返した後半は西向きになり、正面からモロに西風を受けるようになる。風の抵抗はあるし、体が冷えて寒くなる。そのため、風が強い時は風よけになってくれるランナーを見つけなければならない。
と心配してたんだけど、西向きになっても思ったほど向かい風は強くない。強風に耐えて走るって感じではない。なので、ことさら風よけランナーを探す必要は無い。
ただ、寒いのは寒い。とても寒い。前半は弱い追い風だったため、ほとんど寒さを感じなかったが、さすがに向かい風になると寒い。
それでも、ウィンドブレーカーを着ていると、耐えられないような寒さでもない。ウィンドブレーカーを着てきて本当に良かった。
寒さは厳しくなったけど、向かい風は思ったほど強くないため、折り返してからもそれほどペースダウンはせず、11km地点のラップも12km地点のラップも似たようなものだった。
12km地点を過ぎると再びコース最大の難所の田尾坂が現れる。決して大した坂ではないけど、かなり疲れてきた足には大いに堪える。明らかに大きくペースダウンしている。
田尾坂を下り終わった辺りに3つ目の給水所があり、ここでも少しだけ水を口に含む。坂と給水所のせいで13km地点では再び6分半をオーバーしてしまった。
その先には2023年から設けられた給食所が現れた。フルマラソンなら給食は一般的と言うか、42kmも走るのに給食が無いとエネルギーが枯渇してダウンしてしまうので、給食は必須だ。
でもハーフマラソンでは給食は不要だ。21kmくらい、事前に食べたエネルギーで走り切れる。なので丸亀マラソンでもこれまで給食なんて無かった。
ところが2023年から給食所が2箇所できた。その1つ目の給食所が13km過ぎに設置されたのだ。
何があるのかと思っていたら、スタッフが「羊羹とゼリーがありますよ」なんて言ってる。羊羹とかゼリーなら食べやすいし、とても気になったが、割りと混雑していたし、あんまりタイムを無駄にしたくなかったのでパスした。
ところが給食所をパスした割りには14km地点も15km地点もペースは同じ様なものだった。
次の16km地点では例年通り、少しペースアップしていたが、それでも例年に比べたら1分くらい遅いままだ。
これで残り5kmだ。もう終盤だ。ここからが本当の勝負だ。
たいていはこの辺りからペースダウンしてしまう。2019年は逆にここからペースアップして1時間50分を切ることができたが、そんな事は滅多にない。。
今年はトンでもない大惨事ペースになってしまっているが、それでも頑張ってなんとか奇跡を起こしたい。
この辺りでのらちゃんが応援してくれているはずなんだけど、見つけられなかった。なかなか見つけられないもんだ。
16km地点を過ぎると最後の小さい坂である土器川の橋を渡る。これを越えれば、もう細かなアップダウンは無い。
てことで、気持ちをラストスパートモードに切り替える。もちろん5kmもスパートが持つはずはないが、気持ちの問題だ。
橋を渡ると今度は下り坂になるので、ここで一気にペースアップして走ろうとするんだけど、足が疲れて動かない。せっかくの下り坂なのにスピードが上がらない。
坂を下ってしばらく走ると17km地点があるが、再び大幅にペースダウンしている。なかなか厳しい戦いだ。
こうなると、悪魔の囁きが聞こえてくる。「どうせ大惨事のタイムなんだから、これ以上、辛い思いをして頑張っても何の意味も無いよ」って言っている。
確かに、2時間すら切れない空前の大惨敗が確実なんだから、ここで頑張って1分や2分タイムを縮めたって何の変わりもない。それなら、もう辛い思いをして頑張るのは止めて、早く楽になりたいと思い始めた。
17km過ぎには最後の4つ目の給水所がある。支部長が毒が入っているという給水所だ。どうしようかと迷ったが、今日はそれほど汗はかいてないし、必要ないと思ってパスした。
ここからゴールの丸亀競技場までの直線部分は、たいていは失速してしまう区間だ。それも少しずつペースダウンするんじゃなくて、いきなりガクンと大失速する。
それまでどんなに快調にペースを維持していても、この最後の直線部分でいきなり大幅にペースダウンするのだ。
この最後の直線区間は、なかなか自覚できない程度なんだけど、ゆる〜い上り坂になっている。
ゾウさんによると、このコースで最も標高が高いのは、途中にある田尾坂ではなくて、スタートとゴール地点の丸亀競技場なんだそうだ。
とは言っても、3kmで10m上るくらいの超緩い坂だ。斜度0.3%くらいだ。完全に誤差の範囲だ。
それでも、疲れた足にはものすごく堪えるようで、足が動かなくなってしまう。
今年も18km地点でのラップは、やはりペースダウンを続け、なんと1km7分が近づいてきた。
去年はここで支部長の後姿が見えた。そして、必死に走って支部長を追い抜き、さらに必死で走ってそのまま逃げ切った。
この支部長との激烈な終盤の戦いのおかげでだいぶペースアップする事ができた。それでもトータルのタイムには焼け石に水だったんだけど、終盤でペースを上げる事ができたのが嬉しかった。
だが、しかし、今年は支部長の後姿が見えない。ここまで見つけられなかった。折り返し点ではだいぶ差をつけられていたので、追い着けなくても不思議ではない。
いくら疲れていても、目の前に目標があれば頑張れるんだけど、目標が無いと、いくら頑張ろうとしても力は大して出ない。
その先には2つ目の給食所が設置されていた。ここではおまんじゅうみたいなお菓子が配給されていて、とても気になったが、もう疲れてお菓子を取りに行く余力は無かった。
お菓子を我慢して走り続けた割りには、次の19km地点でのラップもほとんど変わらなかった。
もう後2kmなので一気にゴールへ駆け込む気構えなんだけど、次の区間は、過去の全ての大会において大きくペースダウンする区間だ。自己ベストを出した時も例外なく大きくペースダウンしてきた。理由は分からないが、もしかしたら距離表示がおかしいのかもしれない。
なんとか頑張って走り続けたつもりだったけど、やはり20km地点のラップは大きくペースダウンして、再び7分に近づいてしまった。
しかし、もう、いよいよ最後の1kmだ。コースは道路から競技場の敷地に入っていく。
ここまで来るとゴール間近になるため、否が応でも気分は高まり、例年ならどんなに疲れていても短距離走のつもりで必死で走る。それは私だけでなく、他の大半のランナーも最後は一気にペースが上がる。
と思って走っているのに、なかなかペースが上がらない。足が全然前に出ない。疲れ果てて足が限界なんだろう。
〜 ゴール 〜
競技場の中に入ると、残りはトラック半周の200mだ。頑張れば残り1分だ。
でも、自己ベストが出るわけでもないし、必死で走るモチベーションが無いのでスピードは上がらない。
て事で、最後までパッとしないペースでゴールに駆け込んだ。
空前の大惨敗だった去年より、なんと7分以上も遅い空前の大惨事のだ。
コロナ騒ぎで中断する前の2020年に比べたら、なんと27分も遅い。1km当たり1分以上も遅くなっている。あり得ない遅さだ。
ゴールすると大会役員をやっている友人が出迎えてくれた。
(友人)「お疲れさん。その体調で完走できるなんて凄いな」
(幹事長)「もうボロボロや」
スタンドに戻ると、いち早くゾウさんが戻っていた。
(幹事長)「どうやったん?」
(ゾウ)「痛みが出なくて無事完走できましたよ」
痛みが出なかったため、順調に2時間を切ってゴールしたそうだ。素晴らしいなあ。底力を見せつけられた。
一方、気になっていた支部長は、私より少し遅れてゴールした。
(幹事長)「見失ってしまったけど、どこかで追い抜いたんかなあ?」
(支部長)「終盤は歩きまくったからなあ」
去年を大幅に上回る大惨事の私だが、支部長はさらにひどく、去年は私より3分半遅かったのが、今年は6分以上も遅くなっていた。
支部長の敗因は明らかに前半のオーバーペースだろう。序盤は私と同じペースで走っていたのに、折り返しでは6〜700mも先行していた。
以前ならそれでも控えめなペースと言えるレベルだっただろうけど、今の我々にはオーバーペースなんだろう。
私は自分の大惨事を肩の故障のせいにしているが、もしかしたら支部長ともども老化が原因なのかもしれない。
そんなボロボロの支部長だが、なんときっちりお菓子は貰ってきており、私もおすそ分けを頂いた。
加藤選手は去年よりはほんの少しだけマシだったが、今年もかなり遅かった。
(幹事長)「今年も写真撮りながら時間調整してたん?」
(加藤)「いえいえ、滅相も無いですよ」
あと何年かしたら、私と支部長も加藤選手とガチで勝負するようになるかも。
加藤選手の後にも、後続のランナー達はいつまで経っても次から次へとゴールしてくる。3時間の制限時間が近づいてきても、まだまだ後から後からゴールしてくる。
トボトボ歩いている人も多いが、意外にしっかりした足取りでゴールする人も多い。
(幹事長)「あれだけしっかりした足取りで走れるんやったら、もっと早くゴールできるんと違う?」
(加藤)「幹事長も余裕が残ってますよ」
確かに、若い頃はゴールしたらへたり込んで、足が痺れてもう歩けなくなっていた。
それが今では、大惨事だと言うのに、平気で歩き回れる。以前は、スタンドのこんな高い所まで戻ってくるのが辛かったのに、今では平気で階段を登ってこられる。
決して頑張ってない訳ではないと思うんだけど、やはり頑張れてないんだろうなあ。
ウルトラ三兄弟のエースの長谷選手は、今年も1時間31分という驚異的なスピードでゴールしたし、倉石選手も1時間40分だったから、相変わらず素晴らしいタイムだった。
例年、熾烈な競争をしているライバルネコさんは我々と同様に確実に老化によるペースダウンが続いており、今年も2時間をオーバーしていたが、それでも私よりは遥かにマシだった。
私やのらちゃんの小学校の時の同級生である忍ちゃんは、膝の故障で欠場するって言ってたけど、土壇場になって「高い参加費を払っておきながら欠場するのはもったいない」という素晴らしい心がけで出場し、なんとか制限時間内で完走した。
痛み止めを飲みながらの出場であり、もしかしたら今年が最後の出場になるかもしれない。
前半に後姿を見かけながら追いつけなかった香炉さんは私より3分も速かったから、やはり追い着くのは難しかったようだ。
優勝は男女ともに予想通り黒人選手で、男子は大会記録を出しての優勝だったため、賞金300万円を獲得した。
女子は3年連続の優勝だったが、大会記録は出なかった。
〜 反省会 〜
レースが終わるとうどん屋へ反省会に繰り出さないといけないので、駐車場に戻って速やかな脱出を図る。
競技場から出て左(東)へ曲がる高松方面は渋滞で身動きが取れなくなっているので、ここは敢えて右(西)の善通寺方面に向かう。こちらは道が空いている。
少し走るとうどん屋があるので、そこへ行ってみた。すると、もう3時近くになると言うのに、駐車場も店内も満員状態だ。
うどん屋の多くは日曜日は定休日だし、営業していても2時には閉店するので、丸亀マラソンを走り終えた人がまだ開いているうどん屋に殺到している状態だ。
うどんを食べながら反省しなくてはならない。
(幹事長)「毎年惨敗が続いてきたと言っても、ここまでの大惨事になるとは思わなかったなあ」
(支部長)「ここまで一気にタイムが落ちるとは思ってなかったよ」
直接的な原因は明らかに練習不足だろう。最近は練習量が圧倒的に不十分だ。
大会自己ベストを出した2020年大会の前は、2ヵ月連続で月間練習距離が300kmを超えて最長距離を達成した。大会自己ベストは、明らかに練習量が多かったおかげだ。
それに比べたら、最近は練習量がガタ落ちだ。なにもサボっているからだけではない。練習量を増やすと疲れがたまり、不調に陥ってしまう。練習すればするほど遅くなるという状況だ。老化が進むと疲れの回復が遅くなるのだ。
なので、老化は直接的なスピード低下だけでなく、練習不足にも結びついており、魔のスパイラルから抜け出すのは不可能に思えてくる。
以前からD木谷さんに指摘されているように、ただむやみに練習距離をかせぐだけじゃなく、スピード練習をやらないといけないのだろう。
一応は、個人練習でも速く走ろうとはしてるんだけど、明らかに甘いとは思う。精神力が弱いから、練習では本番のようなペースでは走れないのだ。
その点、のらちゃんやゾウさんのような女子部員は練習でも本番と同じようなハイペースで走っている。なんとか見習わなければいけない。
とは言え、女子部員たちは練習で気合が入り過ぎて故障がちだ。そのバランスが微妙なところで難しい。
(支部長)「来週は坂出天狗マラソンやな。距離が短いから逃げ切れるかも」
(幹事長)「去年と同じパターンやなあ。マズいなあ」
1週間後には坂出天狗マラソンが開催されるが、距離がハーフマラソンより短い15kmだ。
今日は18〜19km辺りで支部長に追いついたようだけど、距離が15kmなら追いつく前にゴールされてしまう可能性が高い。
実際に、去年は支部長に逃げ切られてしまった。
今年もこのままでは負けそうだ。
〜おしまい〜
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