第24回 北山林道駆け足大会(自主開催)

〜 炎天下で惨敗レース 〜



2022年6月12日(日)高知県津野町において第24回北山林道駆け足大会が開催されるはずだった。

津野町と言われてもピンとこないが、旧葉山村だ。
この北山林道駆け足大会は2016年に高知のおんちゃんから誘われて初めて参加し、それ以来、2019年まで4年連続で出場していた大会だ。
おんちゃんに教えてもらうまで聞いたこともなかった超マイナーなレースだが、本当にめちゃ楽しいレースなので、もう出ない訳にはいかないのだ。

名前からして「北山林道駆け足大会」だなんて聞いただけでもそそられる。「林道」で「駆け足大会」とくれば、もう、怪しさ爆発だ。しかも定員500人てことは、完全なる草レースだ
ランネットでエントリーできないのはもちろん、ネットで調べても、情報はほとんど出てこないような超マイナーな草レースだ。
怪しいマラソン大会には目がない我々としては、見過ごすわけにはいかないレースなのだ。

なので、2020年もウズウズしながら待ってたんだけど、それなのに、ああ、それなのに、なんと2020年は新型コロナウイルス騒ぎのせいで大会が中止になってしまった

事の発端は2020年3月1日の東京マラソンの一般ランナー参加中止だ。これに続き、3月8日の第9回名古屋ウィメンズマラソンも一般市民ランナーの参加が中止になった。
ただ、これらの大会は東京オリンピックのマラソン代表選考会を兼ねていたため、エリートランナーの部は開催された。
しかし、その後、状況はますます悪くなり、遂に3月22日の徳島マラソンは全面的に中止になってしまった。あまりの事に呆然とした。
そして、その後も、全国的にマラソン大会が次々と中止になっていった

これらのマラソン大会中止騒ぎってのは、どう考えても、あまりにも非科学的で情緒的でヒステリックな対応だ。

(ピッグ)「この説明って、去年でおしまいになると思ってましたよねえ」
(幹事長)「ほんと!まさか、今年もまた、この説明を延々と繰り返す羽目になるとは思わなかったよ」

バカみたいな
マラソン大会の中止騒ぎ庵治マラソンでおしまいになり、この説明もおしまいになると思っていたのに、またまた繰り返す事になろうとは!
ともかく、素人が見たら、マラソン大会ではランナーが密集しているように見えるかもしれない。しかし、毎日乗っている満員電車に比べたら、はるかにスカスカだ。そうでないとぶつかって走れない。
しかも密室の満員電車に比べて、屋外のマラソン大会はウイルスが蔓延できる環境ではない。新型コロナウイルスは感染した人の咳やくしゃみの飛沫による飛沫感染でうつっていくが、飛沫感染は屋外で走っている時に感染なんかしない。
多くの国民が新型コロナウイルスを非常に恐ろしいもののように勘違いしているが、決して、エボラ出血熱のように極めて致死率の高いウイルスでもなければ、風疹のような感染力の強いウイルスでもない

多くの国民がヒステリックに踊らされているのは、視聴率さえ稼げればいい下品なマスコミがキチガイみたいに煽り立てるのと、新型コロナウイルスの新規患者数をゼロにしようなんていう狂信的な妄想に取り憑かれた医療関係者の独善のせいだ。
さらに、それに付け込んで何でもかんでも政府を批判する無能な民主党が調子に乗ってギャアギャア騒ぐからだ。
いい加減に、このようなヒステリックな対応は止めて欲しいのだが、新型コロナウイルスの蔓延よりも、このようなヒステリックな対応の蔓延の方が遙かに早い。

もちろん、大会主催者側は苦渋の決断というか、断腸の思いだろう。なぜなら、大会の成功を一番願っているのは大会主催者なんだから。だから、私も大会主催者を責める気は、さらさらない。
悪いのは、こういう状況に大会主催者を追い込んだ世間のプレッシャーというか、コロナ自警団に代表される、社会を覆い尽くすバカ騒ぎだ。

そして、恐れていた通り、その後も5月のオリーブマラソン、6月の北山林道駆け足大会、7月の汗見川マラソンと、続々とマラソン大会の中止が発表になり、このままではマラソン大会もサイクリングイベントも全滅になりそうな雲行きになってきた。もうお先真っ暗だ。


〜 マラソン大会を自主開催 〜


って嘆き悲しんでいた時、ピッグが突然ナイスなアイデアを提示した。

(ピッグ)「この話も、去年でおしまいになると思ってましたよ
(幹事長)「ほんと、ほんと!

2020年5月のオリーブマラソン以来、自主開催してきたマラソン大会の記事にはしつこく書いてきたエピソードだが、これを外す訳にはいかないので、しつこくピッグに提案してもらう。

(幹事長)「お待たせしました!はい、どうぞ!」
(ピッグ)「中止になった大会を
ペンギンズで自主開催しましょうよ」
(幹事長)「え!?」


あまりのナイスなアイデアに一瞬、言葉が出なかったが、これは画期的なアイデアだ。そうなのだ、大会が中止になったのなら、
我々で独自に勝手に自主開催すればいいのだ。

(幹事長)「なんて素晴らしいアイデアだ!君がこんな素晴らしいアイデアを出したのは実に23年ぶりやぞ」
(ピッグ)「ハイハイ、分かりましたってば」


1997年に我々がペンギンズを立ち上げた時
クラブの名前を何にしようか相談したんだが、幹事長の私の意見を差し置いて、ピッグが「ペンギンズにしましょう」なんて言い出し、押し切られてしまったのだ。
しかし、よくよく考えてみれば、むやみにスピードを追求するのではなくマイペースでゆっくり走る我々のスタンスは、まさに「
ペンギンズ」の名前がピッタリであり、素晴らしいネーミングだったと思う。
ピッグがナイスなアイデアを出したのは、その時以来、実に23年ぶりのことだった。

と感心していたのだが、2020年5月にオリーブマラソンを自主開催して走っていた時、同じように一人で走っている女子がいて、支部長が聞いたところ、彼女も自主開催していた事が分かった。
また7月に汗見川マラソンを自主開催して走っていた時も、同じように走っているカップルがいて、支部長が聞いたところ、彼らもやはり自主開催していた事が分かった。
さらに2021年5月のオリーブマラソンに至っては、胸に大きく「
勝手に小豆島オリーブマラソン」なんて書いたTシャツを着て自主開催しているグループがいた。
つまり、
マラソン大会の自主開催ってのは、誰でも思いつくような平凡なアイデアだったことが分かったので、ピッグに対する賞賛は雲散霧消した。

(ピッグ)「ハイハイ、分かりましたってば

てなわけで、その後は中止になったイベントは、できる限り自主開催することとなった
その第1弾が2020年5月17日に開催した
サイクリングイベント第7回ツールド103であり、これが思いのほか楽しくて大成功だった。
続いてマラソン大会として5月の小豆島オリーブマラソン6月の北山林道駆け足大会7月の汗見川清流マラソン8月の四国のてっぺん酸欠マラソン9月の龍馬脱藩マラソン11月の庵治マラソン12月の瀬戸内海タートルマラソンを自主開催してきた。

これらも例外なく、とても楽しくて大成功だったが、そうは言っても正式な大会ほどのやる気と達成感は得られないため、願わくは、コロナのバカ騒ぎは2020年で収束して、2021年はマラソン大会が復活して欲しかった。
ところが、
2021年になってもコロナのバカ騒ぎが終わらず、マラソン大会の中止が続いたため、2月の丸亀マラソンを自主開催し、続いてトレラン大会である2月の善通寺五岳山空海トレイルも自主開催した。

この善通寺五岳山空海トレイルは、2020年はギリギリでなんとか本大会が開催され、コロナのバカ騒ぎでマラソン大会が軒並み中止になる前の最後の大会だった。
それから
まる一年が経ってマラソン大会の中止騒ぎも一周したので、そろそろバカ騒ぎを止めてマラソン大会を再開して欲しかったところだが、2020年に最初に中止になった徳島マラソンは、なんと2年連続で去年も中止になってしまった
コロナのバカ騒ぎによるマラソン大会中止が2年目に突入したのだ。そのため、徳島マラソンの代替大会として3月の香東川マラソンを自主開催した。

そして、その後も2年連続のマラソン大会中止が続いたため、5月の小豆島オリーブマラソン7月の北山林道駆け足大会7月の汗見川清流マラソンを2年連続で自主開催してきた。
さらに、マラソン大会や自転車イベントに続く
初めてのトライアスロン大会として9月のサンポート高松トライアスロンを自主開催し、それに続いて10月の龍馬脱藩マラソン10月の四国のてっぺん酸欠マラソン11月の瀬戸内海タートルマラソン1月の庵治マラソンを自主開始した。

もちろん、これらも例外なく、とても楽しくて大成功だったが、そうは言っても正式な大会ほどのやる気と達成感は得られないため、私のタイムは2年連続で大惨敗続きだった。

(支部長)「それは根性の無い幹事長の話であって、私はこの2年間、絶好調を維持してるよ」
(幹事長)「おみそれしました!」


しかし、バカみたいなコロナ騒ぎもいよいよ収まり、マラソン大会の自主開催は庵治マラソンでおしまいになり、2022年にはマラソン大会が復活するはずだった。その第一弾が丸亀マラソンのはずだった。
実は全国的には2021年12月に奈良マラソンが開催された。たぶん、大きなマラソン大会としては、この奈良マラソンが復活の第一号だっただろう。
奈良は県知事が「
緊急事態宣言とかマンボウとか全く意味が無い。経済が打撃を受けるだけで、感染防止には何の効果も無い」という正論を断固として貫いており、そのおかげで奈良マラソンは開催された。

緊急事態宣言やマンボウが何の効果も意味も無い事は明らかだ。そんな事をしようがしまいが、感染が広がる時には広がるし、収束する時には収束する。当たり前だ。誰が考えたって分かる簡単な事だ。
ところが、一部のヒステリックで愚かな市民やバカで自分勝手なマスコミに批判されるのを避けようとする自己保身に凝り固まった多くの県知事は、何も考えずに見境なく緊急事態宣言やマンボウを乱発する。
そのせいで多くのマラソン大会が中止に追い込まれているのだ。

そして、四国でも唯一、香川県知事だけがマンボウに手を挙げ、丸亀マラソンも中止に追い込まれた。本当にバカみたいな話だ。
てな訳で、怒り狂いながら2月の丸亀マラソンを自主開催し、さらに続いて2月の善通寺五岳山空海トレイルを自主開催した。


〜 大会中止が3年目に突入 〜


この善通寺五岳山空海トレイルは、2020年はギリギリでなんとか開催され、コロナのバカ騒ぎでマラソン大会が軒並み中止になる前の最後の大会だった。
それからまる2年が経って2周もしたので、そろそろバカ騒ぎを止めてマラソン大会を再開して欲しかったところだが、2020年に最初に中止になった
徳島マラソンは、なんと3年連続で今年も中止になってしまった
コロナのバカ騒ぎによるマラソン大会中止が、信じられない事に3年目に突入したのだ。

ただし、大きな声で言っておかなければならないが、
全国的にコロナのバカ騒ぎによるマラソン大会中止が3年目に突入した訳では決してない
上に書いたように、事の発端は2020年3月1日の東京マラソンの一般ランナー参加中止だったが、東京マラソンは今年は開催された3月6日の開催だ。
また、2020年は東京マラソンに続いて一般市民ランナーの参加が中止になった名古屋ウィメンズマラソンも今年は開催され、ゾウさんが出場して完走した。東京マラソンの1週間後の3月13日の開催だ。

(ゾウ)「キャッホー!完走してティファニーのペンダントをゲットしたよ!」
(のら)「いいな、いいなあ」

人口が密集している大都市の東京や名古屋で大規模マラソンが開催されたんだから、この流れからいくと、当然、田舎の徳島マラソンは何の問題も無く開催されるだろうと思っていた。
それなのに、なんと!
田舎で沿道の観客だってスカスカの徳島マラソンは中止になったのだ
本当に何を考えているのか!信じられない。

なぜ人口が密集している東京や名古屋で大規模マラソン大会が開催されたのかと言えば、
コロナの感染者数が減ったからではない。相変わらず感染者数は高止まりしている。
しかし、
コロナのバカ騒ぎは収まりつつある。ようやく国民の多くはコロナがただの風邪に過ぎないって事が分かってきたのだ。
独善的な医療関係者と下品なマスコミが、あたかもコロナを恐ろしい病気のようにヒステリックにわめきたてるもんだから、国民の多くが理解するまで2年もかかったが、ようやくコロナなんてただの風邪に過ぎないっていう理解が進んできたのだ。
テレビニュースだって、ウクライナ情勢と知床半島観光船沈没事故の話題ばかりで、コロナの事なんて言わなくなった。本当にスッキリする。
それなのに、
一体なんで徳島マラソンは3年目になっても中止にするんだ!?もう、全く理解不能だ。

2020年の徳島マラソン中止は全国的なマラソン大会の中止の先駆けとなったので許せなかったが、
今年の徳島マラソン中止は全国的なマラソン大会復活の流れに水をさす中止となったので、やはり許せない。
などと怒りは収まらないが、
無力な我々にできることは自主開催だけなので、徳島マラソンの代替大会として4月の香東川マラソンを自主開催し、その中止の流れに乗るかのように3年目の中止となった5月のオリーブマラソンも自主開催した。

そして、これらに続くマラソン大会として、今回の
北山林道駆け足大会3年目自主開催となったわけだ。

ただ、多額の参加費をとっておきながら、いつも直前になってドタキャンされ続けてきた徳島マラソンなんかに比べて、
北山林道駆け足大会は募集する前に中止が発表され、丁寧に案内葉書をくれるなど、対応が非常に誠実だ
主催者である
葉山ランニングクラブ中山さんのお人柄が滲み出ている暖かい対応だ。
なので、北山林道駆け足大会も3年連続での中止にはなったが、それほど怒り狂う事もなく、淡々と
今年も3年連続で自主開催することとなった


参加メンバーは去年と同じく私、支部長、ピッグ、D木谷さん、のらちゃんだ。
私と支部長、ピッグは2016年から2019年まで本番に4年連続で出場しているが、D木谷さんは本番には出たことが無い。

(D木谷)「今年で3年連続で走ってますが、本番には出た事ないんですよねえ」

もちろん、のらちゃんも去年が初出場だったので、本番には出た事がない。
来年こそは本番が復活して欲しいぞ。


〜 自主開催が当たり前に 〜


ここまでマラソン大会の中止が続くと、自主開催が普通になってきた

(幹事長)「なんか、もう、自主開催が当たり前になってきたなあ」
(ピッグ)「これはこれで良いんですけどね」


確かに、
自主開催レースには色んなメリットがある
列挙すると、
  ・みんなの都合に良い日に開催できる
  ・天気が悪い時は延期できる
  ・勝手にスタート時間を決められるから早朝に出発しなくてもいい
  ・混んでないから駐車場に困らない
  ・混んでないからトイレに困らない
  ・終わってからも混んでないからスムースに帰れる
  ・参加費がかからない


というように、山ほどメリットはある。
一方、自主開催レースの唯一のデメリット
  ・正式な大会ほどは気合が入らないから良いタイムは出ない
ってことだ。
唯一ではあるが
極めて重大なデメリットだ。

ただし、これは人による。
私なんかは、本番でないと気合が入らない
本番なら参加者が大勢いて、たくさんのスタッフがサポートしてくれて、沿道の声援も多いから、やる気がみなぎる。

私がマラソン大会に出たのは、1995年の瀬戸内海タートルマラソンが初めてだ
当時はマラソンブームが起きるはるか以前の事で、ジョギングする人だって滅多にいなかったから、全国的にもマラソン大会は数が少なく、たまにあっても出場するのはマニアックな人ばかりという状況だった。
なので、一般人にはマラソン大会に出るなんて発想は無かったんだけど、タートルマラソン大会のCMがテレビで流れていて、「
ゆっくり走るタートルマラソンだから誰でも出られるよ」なんて甘い言葉で誘われて、ついフラフラと軽はずみな気持ちで申し込んでしまったのが最初だ。
もちろん、右も左も分からないど素人が一人で初参加したので、とんでもない大惨敗だったが、初めて出場したマラソン大会は感動的なものだった
誰でも参加できる市民マラソン大会を走っているだけなのに、
沿道の住民からは熱い声援があり、まるでオリンピックを走る一流選手になったような気分になれたからだ。
今思えば、人口が少ない地域の小さな大会だから、もっと大きな都市部の大会に比べたら、沿道で声援を送ってくれる人の数は少なかったんだろうけど、他人から声援を受けて走るなんて事は、義務教育を終えてからは初めてだったので、とても快感だった。

この初参加が、あまりにも楽しかったため、それから色んなマラソン大会にどんどん出るようになった。
なので、私はマラソン大会が大好きだ。
本番になると、アドレナリンが出まくって普段以上の力が出る
逆を言えば、
本番でないと、どうしても気合が入らない。いくら頑張ってるつもりで、からっきし駄目だ。

ただ、これは私の個人的な問題であり、
女子部員のゾウさんやのらちゃんは、普段の練習でも本番と同じようなペースで走っている。練習の質がとても高いのだ。
このように練習の時ですら本番と同じようなスピードで走れるゾウさんやのらちゃんなら、自主開催レースでも正式な大会と同じようなタイムを出すことも可能だ。
でも、私なんて、どんなに頑張ってみても、本番のようなペースを練習で出すのは不可能だ。
自主開催レースなら、永遠のライバルである支部長やピッグと一緒に走るから、独りで練習している時よりはマシだが、それでも
大したスピードは出ない

さらに、常に大勢の参加者が周りにいるため緊張感が持続する本大会と違って、参加者が少ない自主開催レースだと、
他のメンバーから少し遅れてしまうと、すぐに一人旅となり、その時点で緊張感もやる気も無くなり、トボトボと足を引きずりながら撃沈する。

(幹事長)「やる気なくなるよな?」
(ピッグ)「完全になくなりますね」


一方、女子部員は精神力が強靭なので、一時的に他のメンバーに離されても決してくじけないから、粘り強く走り続け、終盤に逆転できたりする。

女子部員にとっては自主開催レースはデメリットが無いので、怖いもの無し
なのだ。


〜 山の中を駆け巡る超激坂コース 〜


この大会に最初に誘ってくれた高知のおんちゃんは実力者で、四万十ウルトラマラソンの100kmの部にも出ており、どちらかと言えば、坂のある厳しいコースが好きなM系ランナーだ。
そういうハードコア系ランナーから誘われたレースなので、最初は恐る恐るの参加だったが、誘ってくれて本当に良かったと思える楽しいレースだ。

何が楽しいかと言えば、コースが超面白いのだ。このレースは名前も怪しいが、そのコースはトンでもないものだ
距離は12.8kmしかないから、マラソン大会としては短いと言える。
しかし、最初3kmほど平坦な道を走って林道に入ると、いきなり極端な急登となる。パンフレットの図面には、上り勾配は10%と書いてあり、それだけでも厳しいが、これは平均の勾配であり、当然ながらもっと急な部分もある
実際のところ、何度あるのかは分からないが、とても厳しい坂だ。
急登が終われば山の中腹の道を走るが、そこも決して平坦ではなく、かなりアップダウンがある
そして中腹の道が終われば下りになる。下り勾配は19%なんて書いてあり、これだけでもトンでもなく急な下りだが、もちろんこれも平均の勾配であり、当然ながらもっと急な部分がある
まさに転がり落ちるように走って下るようになる。

激坂の下りが終われば最後は少しだけ平坦な道が残っているが、基本的には急な坂道を上がったり下ったりするのがメインのマニアックなコースだ。
道は全て舗装されているからトレイルレースとは異なるが、アップダウンの激しさで言えば、まるでトレイルレースのようなコースであり、普通のマラソン大会ではない。

こう書くと、とても厳しいレースで、楽しめるようなレースではないと思うかもしれないが、これが実に楽しい
2016年に初めて参加した時は、恐る恐るの出場だったが、予想をはるかに上回る楽しいレースだった。上り坂はあまりに激し過ぎるから、辛いと言うより笑ってしまい、むしろ楽しく感じられる
それに、厳しいと言っても、所詮、激しい上り坂の区間は3kmほどしかなくて、それが分かっているからペース配分なんか考える必要が無く、とにかくがむしゃらに子供みたいに走ればいい
終盤は下り坂が続いて、思いっきり駆け下りるのも楽しかった。

コース全体でも距離は13km足らずだから、ペース配分なんて考える必要がなく、最初から最後まで全力で走ればいいので、本当に楽しい。
こんなに面白くて楽しいレースは久しぶりだった。あまりに楽しいから、ゴールする時は顔がニコニコしてしまう
当時は上り坂が苦手だった支部長でさえ、上り坂の急勾配区間では歩いたものの、下り坂は他のランナーをごぼう抜きして、嬉しそうにゴールした。

考えてみれば、我々はもともと山岳マラソンには慣れている2005年に高松市に合併吸収されるまで塩江町で毎年開催されてい た塩江マラソンは距離はハーフマラソンで、最大標高差350m、累積の獲得標高550mの山岳マラソンだった。
今はなき四国カルストマラソンもハーフマラソンで、標高1000mを超える高原を走る山岳マラソンだった。マラソンブームなんて来る以前は、マラソン大会なんて平地ではなかなか開催できなかったから、山間部での開催が多かったのだ。
それに比べれば北山林道駆け足大会は最大標高差は300m程度なので未知の世界ではない。
それに、塩江マラソンは急勾配の坂を下りてからも延々とフラットなコースが続いて足が棒のようになって撃沈するのが常だったが、このレースは距離が短く、急勾配の坂を下り終えて少し走るとゴールとなるので、走りやすく楽しい気持ちのままゴールすることができる
また最近は、四国のてっぺん酸欠マラソンだとか龍馬脱藩マラソンのように、もっと極端に激坂が続くレースにも出ているので、この北山林道駆け足大会は苦しさではなくて楽しさしか感じないイベントとなっている。

激坂だけでなく、コースレイアウト自体も魅力的だ。マラソン大会のコースと言えば、折り返し点で折り返して往復するコースが一般的だが、この大会のコースは山の中をグルッと回って一周するという周回コースなのだ。山の中をグルッと一周するってのが探検的で面白いし、山の上は見晴らしが良いし、なんとなく遠足しているような気分になれる。

さらにオマケだが、この大会はレース後の抽選会が楽しい
このお楽しみ抽選会は、主催者の葉山ランニングクラブの中山さんが村内きっての有力者で、町内のあらゆる商店から寄付をかき集めてくるため、景品がめちゃめちゃ多くて多彩だ
ランニングシューズから始まり、扇風機やピクニックチェアなど、普通の抽選会では出てこないような大きな景品が色々と出てくる。釣りたての鮎なんかもいっぱい出てくる。

そして景品の数が多いから、当然ながら当選確率が異常に高い
おんちゃんチームが数年前に6人中5人もが当選したって聞いていて楽しみにしていたら、実際に2016年に初参加したときは我々も5人中4人が当選するという高確率だった。
景品も、私とピッグはミカンだったが、ヤイさんと小松原選手はビール24本入りケースという豪華景品だった。
続いて2017年も3人中2人が当選したから、やはり、かなり高い確率での当選だった。
2018年は参加した3人とも何も当たらなかったので、そんな事もあるのかなあ、なんて落胆したけど、2019年は再び支部長にパンの詰め合わせセットが当たり、また加藤選手がビール1ケースをゲットし、4人中2人の当選となった
やはり平均すれば高い確率で当選するのは間違いない

てな事で、とても楽しみな抽選会だが、今年は自主開催なので、当然ながら実施されない。

このように、とても楽しいマラソン大会だが、それに加えて、開催時期も貴重だ
一般的にマラソン大会は秋から冬、せいぜい初春までに開催される。気温が低い季節の方が走りやすいからだ。
5月末のオリーブマラソンは、既に時季外れの大会であり、天気が良いと炎天下のレースになる。
一般的には6月から9月にかけてはマラソン大会の閑散期になり、出場できるレースが少なくて困ってしまう。なので6月に開催される北山林道駆け足大会は、とても貴重な大会だ

なぜか四国においては、高知にだけ夏場のマラソン大会がたくさんある。この6月の北山林道駆け足大会のほか、7月には汗見川マラソンが、9月始めには四国のてっぺん酸欠マラソンが、10月始めには龍馬脱藩マラソンが開催される。
これらが開催される5ヵ月もの間、他の県ではほとんどマラソン大会は無い。暑いからだ。

なぜ他ではマラソン大会が無いような暑い時期に高知でだけマラソン大会が頻繁に開催されるかと言えば、高知の山の中は標高も高いし、夏場でも涼しいと思われがちだからだろう。
もちろん、これは完全なる事実誤認であり、実際にはいくら高知の山の中と言っても、夏は暑い。とっても暑い。
2007年の汗見川マラソンなんて、開催された日の気温は、レースが開催された高知県本山町が全国で一番暑かったという、トンでもない状況だった。四国の山の中は暑いのだ。

それでも、6月に開催される貴重なレースだし、コースもとっても面白そうなので、4年前におんちゃんからお誘いがあったとき、即答で飛びついた。
ところが、いざ申し込もうとして困った。いくら探しても申込先が全然分からないのだ。超マイナーな草レースだからネットで申し込めないのは当然だろうけど、津野町のホームページにも情報が無い。
いったいどういうことだろうと思っておんちゃんに問い合わせてみると、「葉山ランニングクラブの中山さんか津野町教育委員会に電話してみて」との返事だった。
葉山ランニングクラブがどういう団体なのか分からないが、電話しようとしても高知の山奥だから電波が通じない。
それで津野町教育委員会に電話したら優しそうなお姉さんが出てくれて、すぐに話が通じて申込書を送ってもらった。一度参加すると、翌年からは申込書が送られてくるようになった。

ネットでエントリーできないってのは、今どき不便だが、逆に、それだからこそ我々にとっては参加しやすい大会だ
かつて汗見川マラソンもネットではエントリーできなかった。そのため一時は大会の存続すら危ぶんでいたが、ランネットでエントリーできるようになったら、あっというまに人気の大会となってしまい、定員が少ないこともあり、エントリーするのが大変な大会になってしまった。
定員1300人の汗見川マラソンですらそうなのだから、定員僅か500人の北山林道駆け足大会がネットで申し込めるようになったら、1分くらいで定員いっぱいになるかもしれない。そうなると、なかなか容易にエントリーできなくなってしまう。
現状のように、ネットでは情報すらほとんど得ることができないマイナーな状態だからこそ、知ってる人だけが参加できる居心地の良い大会になっているのだ。

なぜいつまで経ってもネットでエントリーできないマイナーな状態が続いているのかと言うと、なんとこの大会は実質的に個人がやっているのだ。
名目としては主催者は葉山ランニングクラブとなっているが、どう見ても、この葉山ランニングクラブは会長の中山さんが一人で切り盛りしているような感じだ。
津野町の教育委員会も全面的に手伝っているものの、基本的に行政は主体ではない。

行政が主体でない民間のマラソン大会なんて存在は極めて珍しい。そして、それが2019年まで21回も続いているなんて驚きだ。
運営は完全にボランティアだろうと思うけど、小さい村でこんなに大勢のボランティアを動員できるって、すごい。本当に地域に根付いたイベントになっている。

また、行政と一線を画しているとは言え、小学校の体育館を会場に使っているし、小さな山村のことなので、住民が一体となって開催しているのだろう。
すべては中山さんの力だろうと思うけど、中山さん自身は、ランニングできるような体型ではない。昔はやっていたのかも知れないが。

このような超マイナーなアットホームな大会なので、他の大規模なマラソン大会が中止になっても、この大会だけは開催してくれるかなあと微かな期待を抱いていたが、残念ながら2020年は中止になってしまった。
そして2021年も中止になってしまったし、今年も中止になってしまった。本当に残念だ。
単に残念なだけでなく、中山さんの個人的な尽力に依存したとてもマイナーな大会なので、3年間も中止が続いたら、もうこのまま消滅してしまうんじゃないかって、とてもとても心配だ


〜 津野町へ出発 〜


今年はD木谷さんが車を出してくれて、我が家には5時50分頃に迎えに来てくれた。
こんな早朝に出るとなると、5時には起きないといけないが、高齢化してきたので、それくらいの早起きは許容範囲だ。
早いと言っても、5時過ぎには港に並んで奴隷船に乗り込まなければならないオリーブマラソンより、よっぽどマシだ。
その後、みんなを拾いながら最終的に7時前には丸亀を出発した

(ピッグ)「最近、幹事長は県外遠征の時は絶対に車を出しませんね」
(幹事長)「年寄りになってくると、車を運転するのがしんどくてのう」
(ピッグ)「その割には、こないだも登山で本州を大縦断してましたよねえ」
(幹事長)「そうやったかいのう。最近ボケて物忘れがひどくなってのう」


今週は、ようやく梅雨がやってきたかのような愚図ついた天気だったが、この日は朝から良い天気だ
このレースは開催時期が梅雨どきなので、初参加の時から3年連続で、毎年、雨が降っていた2016年は、かなり激しい雨が降っていて、屋外に出るのが躊躇われるくらいの雨だったし、2017年もかなりの雨が降っていたし、2018年も小雨が降っていた
2019年は初めて雨が降らなかったが、この時期に高知で開催されるマラソン大会は基本的に雨の中のレースになる事を覚悟しなければならない。雨が前提だ。

ただし、今の我々は雨を恐れていた昔の我々ではない。昔の我々なら、雨のマラソン大会なんて走る気が起きなかった。朝から雨が降っていると、空を見上げながら連絡を取り合って、結局、みんな揃って欠場って事も多かった。
しかし、2010年のオリーブマラソンで考えが変わった。その日は朝からものすごい土砂降りの雨だったので、みんなで欠場の相談をしていたら、我がペンギンズのエース城武選手から「雨がどうしたんですかっ!何を考えてるんですかっ!」と一喝され、渋々参加した。
ところが、土砂降りの雨は、走りにくいどころか、気温が低くなって走りやすくて、後半の大きな坂も全然、苦にならず、最後までペースダウンすることなく、というか、坂が多い後半の方がペースアップしてタイムが良くなるという考えられないレース展開でゴールし、2時間を大幅に切る大会自己ベストとなった。
私だけでなく、ピッグも支部長も快走した。それ以来、暑い季節には、むしろ雨を好むようになったのだ
この北山林道駆け足大会においても、初参加の2016年には、主催者の中山さんが「雨が降って絶好のマラソン日和になりました」って言ってたけど、この時季は雨でも降らないとマラソンには暑すぎて、討ち死に間違いなしになるので、雨の方が大歓迎だ
特に、極端に汗っかきで暑さに弱い支部長は隠れて雨乞いをしているくらいだ。

高知へ行くには高速道路を飛ばして四国山地を越えて行くんだけど、毎年、いくら瀬戸内海側が快晴でも、高知の山の中に入っていくと、だんだん天気が怪しくなってきて、空には雲が立ちこめ、そして遂には雨が降り始める。
今日も例によって四国の山の中に突入すると、辺りがガスで覆われ、不穏な空気が漂っていた。
ところが、四国山地を抜けて太平洋側に出たら、朝から快晴だ。久しぶりに炎天下のレースになるかもしれない。

スタート時刻を考えると、そろそろ車の中で朝食を食べなければならない。
朝食はおにぎりだ。以前はレース中にお腹を壊すことが多かったので、用心して朝食と一緒に下痢止めの薬も飲んでいたが、2015年の徳島マラソンから朝食を菓子パンからおにぎりに変えてみたらその後は一度もお腹を壊さなくなった
パンに含まれるフルクタンという糖類は消化に悪く、下痢になりやすいが、お米に含まれている糖類は消化が良いので、おにぎりを食べれば、もう下痢を心配する必要は無いのだ。
なーんて、すっかり油断してたら、なんと2020年2月の高知龍馬マラソンで5年ぶりにレース中にお腹を壊して20分もトイレにこもってしまった。原因は分からない。でも、少なくともおにぎり路線が悪い訳ではないだろう。
これまでは、おにぎりの他に、バナナやゼリーも食べたりしていたが、それらを控えることにした。レースに備えようと思ってレース直前に食べすぎるのは禁物だ
て事で、今日は少し控えめに、おにぎりだけにした。


〜 会場へ到着 〜


葉山村は高知の山の中とは言え、須崎市までは高速で行けるので、順調に行けば2時間ちょっとで着く。今日も9時前に会場の葉山小学校に到着した。

ところが、例年と様子が違う。いつも日曜日なので人気の無い小学校が、妙に人が多いし、周辺には車が溢れている。なんと、小学校で運動会をやってるではないか
マラソン大会の自主開催そのものは小学校でやる訳ではないので、運動会をやってても問題は無いが、いつも車を停めている小学校の裏のスペースは車がびっしりと停まっている。
それに、交通整理のスタッフが立っているので、とても我々が勝手に車を停める余地はない
ただ、小学校の周辺の施設では、普段は勝手に入れないような土地が、ことごとく運動会を見に来た人用の駐車スペースになっていて、逆に停め放題になっていた。
て事で、なんだか分からない土地に車を停めさせてもらい、準備を始める。

車から降りて外に出ると、いきなり強烈な日差しで暑い

(幹事長)「今日は久しぶりに炎天下のレースになるぞ。ワクワク。楽しみ楽しみ」
(支部長)「嫌な暑さやなあ」

最近は支部長が絶好調を維持しているので、炎天下のレースにならない限り勝ち目は無い。今日は久しぶりに勝てるかもしれない。

て事で、さっそく準備を始める。
まずはウェアの選択だ。「何を着るか」は、どんな季節のマラソン大会であっても最も重大な課題だ
寒いのは大嫌いだけど、暑くなるとバテてしまうから避けなければならない。
今日は快晴なので、暑さ対策が重要だ

てことで、今日は去年や一昨年のこの大会でも着た袖無しのランニングシャツを選択した。
時々オリーブマラソンで着る秘密兵器のメッシュシャツほどではないが、このシャツも背中側は少しメッシュになっているし、袖も無いから、普通のTシャツに比べるとかなり涼しい
下は練習の時にいつも履いているランニングパンツを履いた。これは汗で濡れてもベチョベチョしないから走りやすい。
さらに脹脛サポーターを履く。筋肉の疲労防止のために、寒い時期ならタイツを履くが、今の時期にタイツを履くと暑すぎる。
ところが、いつも私と色違いの脹脛サポーターを履いているピッグは今日は履いていない。

(幹事長)「どしたん?」
(ピッグ)「今日は距離が短いから要らないかなと思って」
(幹事長)「舐めとんか!」


私たちの脹脛サポーターは異常なまでにきつくて、履いたり脱いだりするのが大変なので、ピッグは今日は履かないらしい。明らかに今日のレースを舐めている
一方、支部長とD木谷さんはタイツを履いている。支部長は最近、冬に限らず、夏のレースでも常にタイツを履いているが、D木谷さんは珍しい。
しかもD木谷さんは短パンを履かずにタイツが剥き出しだ

(幹事長)「それって、ちょっとセクシー過ぎますよ」
(D木谷)「なんかスースーして気持ち良いですよ」


確かに、走るのには軽そうだけど、ちょっと恥ずかしいぞ。
支部長は、あれだけ暑さに弱いというのに、タイツだけでなく、汗を拭くために手袋も履いている。
私も汗を拭くために手袋を履こうかなと思ったが、さすがに鬱陶しそうなので止めて、汗を拭くためのハンドタオルをポケットに入れた。

炎天下だけど、木陰も多いので、嫌いなランニングキャップは被らない。もちろん、他のメンバーは全員、キャップを被っているが、彼らはどんな時でも被っている。
晴れている時は本当はサングラスも必携だ。眩しいからと言うより、歳とってくると紫外線による目への悪影響が強まって白内障の危険性が出てくるので、サングラスをかけるようにしている。
でも、今日は距離が短いし、木陰も多いので、止めておく。日焼け止めクリームも持ってきたが、今日は距離が短いし、木陰も多いので、面倒なので塗るのを止めた。

(ピッグ)「完全に舐めてますね!」

自主開催レースなので給水所が無いため、水分の補給自己責任で何とかしなければならない。
そのため、いつもならトレランリュックにスポーツドリンクを入れて背負って走る。ただ、これはちょっと鬱陶しい。

(幹事長)「今日は距離が短いから水分無しでもいいや」
(のら)「私もいいや」
(ピッグ)「私もいいです」
(D木谷)「私もいいです」
(支部長)「みんな舐めとんかーっ!」


ただ、念のため足攣り防止用のドーピング薬2RUNや、お腹を壊した時のためのティッシュペーパーはポケットに入れておく。

準備が終わったら、恒例のスタート前の記念撮影を行う。
最近、ジャンプした写真を必ず撮ってるが、これはなかなか大変だ。カメラのタイマーに合わせてジャンプするんだけど、みんなバラバラに飛んでしまい、なかなか全員が揃って飛び上がった写真が撮れない。
でも今日は、なんと1回で全員が自己最高点に達する驚異のジャンプを揃えた。

(幹事長)「奇跡の一枚やな」
(のら)「最近、みんな慣れてきたからね」


いつも好き勝手に合成しているので、こういう奇跡的な写真も合成だと思われるかもしれないが、今回は合成でない奇跡の本物の写真だ!

全員が揃って最高点のジャンプを決めた


記念撮影が終わったら、近くのコンビニでトイレを使わせてもらい、スタート地点に移動する


〜 スタート前 〜


iスタートが近づいてきたので、コースを確認する。コースはそれほど複雑ではない。
スタート地点は三嶋様という三嶋神社の前で、ゴール地点葉山小学校の横だ。三嶋神社は葉山小学校の400mほど西にある

(のら)「え?じゃあスタート地点からゴール地点まで400m走って終わり?」
(幹事長)「毎年お決まりのボケをありがとうございます」

もちろんわざわざ高知まで400m走をやりに来た訳ではない。
スタートしたら東に向かって走り、ゴール地点を通り過ぎて、そのまま狭い道を1kmちょっと走る。そこで狭い道から国道197号線に出る。
国道197号線を1kmちょっと走ったら国道から離れて左折し、北側にある山に向かって狭い道へ入っていく
しばらく走って3km地点あたりからが上り坂となる。特に4km地点くらいからが強烈な急こう配になる。
6km地点過ぎで急こう配が終わり、山の中腹の緩やかな上り坂の林道を走る。これを2kmほど走ると、8km地点過ぎ最高点に達する。
そこから1kmほど緩やかな下り坂を走ると、9km地点過ぎで今度は下界に向かって一気に降りる強烈な急こう配の下り坂になる。
急な下りを3kmほど走ると一瞬だけ国道197号線に出るが、すぐさま左折して狭い道に入り、スタート地点に戻ってくる
スタート地点を通り越して400m走るとゴールだ。

スタート地点からゴール地点までの400mほどはコースがダブっている
もう少しスタート地点とゴール地点を離せば13kmちょうどになるし、逆にスタート地点を前にずらせば12kmちょうどにもできるんだけど、わざわざダブり区間を作って12.8kmなんていう中途半端な距離にしているのは意味不明だ。
最初から最後まで信号機は無いし、交通量も非常に少ないので、交通安全上は安全なコースだ。

ちょっと迷うような分岐がいくつかあるが、コースは基本的に反時計回りだから、基本的に分岐では左折すればいい
ただ、9km地点を過ぎて急こう配の下り坂に突入する三叉路は、左折ではあるものの、左斜め後ろに鋭角に曲がる狭い道に入っていくため、ボウッと走っているとそのまま右斜め前方に行ってしまう可能性があるので、要注意だ。
そのほか、いつもなら分岐点にはスタッフが立っていて指示してくれるから何も考えずに走っているが、自主開催では自分で道を判断しなければならないから、ボウッとしててはいけない。
とは言え、分岐があったら基本的に左折すれば良いので、ほとんど道に迷う心配はない

なーんて言ってたのに、なんと去年、トップを走っていた支部長が分岐で右折してトンでもない道に入って行ってしまい、それにD木谷さんも着いていき、なんと私までもがボウッと着いていってしまった。
私の後ろを走っていたのらちゃんだけは、初参加で道を知らないにもかかわらず間違いに気づいて、慌てて呼び止めてくれた。

(幹事長)「初参加で道を知らないのに、よく間違いが分かったよなあ」
(のら)「だって分岐があったら左へ行けって言ってたじゃん」
(幹事長)「分岐があったことすら気付かなかったよ」


どう見ても、普通に走っていれば迷い込むような道ではないのに、なぜか支部長は躊躇なく変な脇道に入って行き、D木谷さんは「ちょっとおかしいな」とは思いつつも、あまりにも支部長が何の迷いも見せずに力強く曲がって行ったので着いて行き、私は要注意個所はいくつか頭に入れていたが、そんな所に道を迷うような場所は無かったはずなので、盲目的に支部長に着いて行ったのだ。

(幹事長)「なので、しつこいようだが分岐ではひたすら左折すること!」
(支部長)「分岐があることすら気付かなくなるんよねえ」


本日の目標大会自己ベストだ。どんな時でも、どんなレースでも、常に大会自己ベストを狙うのが良い子のランナーとしてあるべき姿だ
マラソンはコースや季節によってタイムが大きく変わってくるため、違うレースのタイムを比較するのは不適当なので、どんなレースに出ても、とりあえず大会自己ベストを狙うのが良い子の正しい道だ。
特に、このレースは距離も中途半端だし、坂も異常に厳しいから、他のレースとは比較のしようがない。
なので、目安はあくまでも過去のタイムだ。この大会の自己ベストは2019年のものなので、それが目標となる。

ただ、正式な大会でない自主開催レースで自己ベストを出すのは難しい
上にも書いたように、ゾウさんやのらちゃんら女子部員は精神力が強いから、練習の時でも本番同様のスピードで走ることができる。
しかし私なんかは練習になると、どんなに気合を入れようとしてみても、本番のような気持ちの高まりを得る事はできないため、アドレナリンの分泌が皆無になる
今日はみんなで走るので、単独での練習よりは気合も入るだろうと思うが、そうは言っても正式な本番とは比べ物にならないスローペースになるのは目に見えている。

それに練習不足だ。丸亀マラソンを目指していた1月や徳島マラソンを目指していた3月は月間走行距離200km前後を走っていた。
しかし、丸亀マラソンも徳島マラソンもドタキャンで中止になってやる気が無くなってしまったので、その後は登山ばかりにうつつを抜かし、月間100kmを超えるのが精一杯だ。
相変わらず月間走行距離200kmを維持している支部長と差がつくのは当然だ。
なので、大会自己ベストが難しいのは分かっているが、他に目標が思いつかないので、取り合えずそれでいこう。

作戦はシンプルだ。このレースは距離が12.8kmしか無いうえ、急激な上り坂や下り坂が続くので、作戦なんて考えても仕方ない
レース序盤に無理すると、終盤になって一気にツケが回ってきて失速するのがマラソン大会の常なんだけど、このレースは事情が異なる。
序盤の3kmほどのフラットな区間が終わると、その後は急な上り坂になるので、そこまでの序盤を無理して飛ばそうが自重しようが、どっちみちペースは落ちるので、最初のフラットな区間は飛ばせるだけ飛ばしていい
その後に続く急激な上り坂ではどんなに頑張っても大したスピードにはならないし、終盤は急勾配の下り坂が続いて転がり落ちるように全力で駆け下りるから終盤になって失速するってこともない。
なので、前半は抑えるべきだとか、最後まで一定のペースを維持するとかいった普通のマラソンでの作戦は意味をなさない。とにかく最初から最後まで全力で飛ばすしかないのだ。

(幹事長)「『姑息な作戦は考えない骨太作戦』と名付けよう」
(ピッグ)「『何も考えずに突っ走る無鉄砲作戦』ですね」

タイムの計測は、もちろん自己計測だ。自主開催なので当たり前だ。
そもそも、この大会は超マイナーな草レースなので、以前はスタッフがゴール地点で時計を睨みながらタイムを計測してくれていた。それがなぜか突然、2017年にチップ計測になった
この超マイナーな草レースでチップでタイムを計測する必要性なんて無い。距離は12.8kmという他に類を見ない中途半端な距離だし、コースは斜度が19度もある過激な山道だ。
こんなレースのタイムなんて何の参考にもならないので、タイムなんて適当で構わない。
なので、今年は自己計測だが、何の問題も無い。


〜 スタート 〜


スタート時間が近づいてきたので、主催者の幹事長からありがたいお言葉が発せられ、開会式が10秒ほどで終わり、事務局の幹事長から注意事項がアナウンスされた

(幹事長)「昨日の雨の後で路面は濡れているから、急勾配の下り坂は滑りやすいので気を付けましょう」
(支部長)「特にグレーチングは滑りやすいから気を付けないとな」


天気はますます良くなり、かなり暑くなってきた

(幹事長)「炎天下は厳しいけど、支部長に勝てるチャンスが出てきたぞ」

圧倒的に豊富な練習量に支えられて驚異的な実力アップを成し遂げた支部長には、ここんとこ負けてばかりだが、支部長は極端に暑さに弱いため、暑くなると私に勝機が出てくる
去年のこの大会でも暑さでヘロヘロになった支部長に圧勝した。

(幹事長)「あれを再現したいぞ」
(支部長)「去年は道間違いのダメージも大きかったな」


去年、支部長はトップで走っていたのに、道を間違ったことから精神的に動揺し、一気にペースがガタガタになった。

(支部長)「今年は慎重に走ろう」

9時半になり、支部長のカウントダウンにより一斉にスタートとなった。

普通のマラソン大会なら、序盤はあんまり飛ばさずにペースを抑え気味に走って、その日の自分の調子を見るってのが鉄則だ。周囲のランナーにつられてハイペースで飛び出すと、オーバーペースになって終盤に撃沈する要因になる。
しかし、この大会は特有の事情がある。この大会は行政が関わっていない草レースなので、交通規制が一切ない
スタートやゴールは葉山小学校前の狭い道なので車もほとんど通らないけど、しばらく行って国道197号線に出ると、車道は走れず、歩道を走らなければならない
国道自体がそんなに広い道じゃないから、歩道も非常に狭くて走りにくい。なので、基本的に歩道を走る区間は追い越しはできない。完全に禁止ではないんだけど、歩道から転げ落ちるリスクもあるので、みんな自重して行儀良く走る。
そのため、スタートしてから国道に出るまでの1kmちょっとの間に、自分が走る適切なポジションを確保しておかなければならない
自分の本来のペースより後ろの方になると、もっと前へ出たいのに出られないフラストレーションが溜まる。なので、国道に出るまでは、みんな全力疾走となるのだ。

もちろん、今日は自主開催なので、そこまでシビアに走る必要はない。
だが、自主開催とは言え、わざわざ高知の山奥まで来て走っているんだから、頭の中では本番を想定して走るべきだ
なので、序盤からオーバーペース気味に駆け出していく。

そもそも自主開催レースでは、常に序盤は私が先頭を走っている。序盤はコースが分かりにくい事が多くて、道に迷う人が出るといけないので、分かりやすい道になるまではコースを把握している私が先導しているのだ。
自主開催レースが始まって以来、常に同じパターンだ。あわよくば、そのまま最後まで先頭で逃げ切りたいところだが、逃げ切れたのは酸欠マラソンくらいで、たいていは序盤のうちに支部長に追い越されていく。
この大会も自主開催は3年目になるが、それでも去年のように道を間違える可能性はあるので、行けるところまで私が先頭を走りたい。

天気は良くて日差しは強くなってきたが、湿度が低いせいか、それほど暑さは感じない
大勢のランナーと競いながら真剣勝負する正式大会ほどマジで走れる訳ではないが、それでもみんなと走っているので、単独で練習している時に比べたら、だいぶ気合が入り、清々しい気分でしっかり走れている。競い合う感じが心地いい。
それに、今日は何となく調子が良いような気がする
最近、疲れがなかなか抜けなくて弱っていたが、この1週間、完全休養したのが良かったのかもしれない。

(ピッグ)「ここんとこイベントをやり過ぎなんですよ」

確かに、先週は尾瀬ヶ原方面に登山遠征に行ってたし、その前の週は七宝山トレラン大会を開催したし、その前の週は蒜山トレラン大会を開催したし、その前の週はオリーブマラソンを開催したし、その前の週はツールド103を開催したりサイクリング里山登山に行ったし、その前の週は高仙山にサイクリング登山したし、その前の週は香東川マラソンを開催し、その前の週は奥白髪山で野点登山したし、その前の週は日本アルプス雪山ツアーに遠征するなど、4月に入って以降、毎週何かしらのイベントを開催してきた
そのせいか、ここんとこ慢性的に疲れが残ってて、なかなかスッキリ回復しない。

(幹事長)「でも、なんだか今日はいけそうな気がするぅ〜」
(ピッグ)「久しぶりのフレーズですね」


もちろん、「なんだか今日はいけそうな気がする」と思うのは、ほとんどの場合は勘違いだ。過去何百回と経験してきたので分かる。何百回経験しても、なかなか勘違いから抜け出せない魔の感覚だ。
レース序盤は興奮状態でアドレナリンが分泌しているので力が漲っているような気がするが、それはあくまでも勘違いであり、すぐに力尽きて撃沈するパターンだ。
でも、最近の自主開催レースでは、この勘違いさえ起きなくっている。緊張感も無ければ興奮状態も無いからアドレナリンが分泌されないのだ。
なので、「なんだか今日はいけそうな気がする」と思える事だけでも嬉しい。
そのせいか、今日は後ろから付いてくるみんなの足音が小さい。少し差を付けているようだ。

そのまま国道に出て、狭い歩道に入っていくが、相変わらずみんなの足音は小さい。まだ誰も迫ってきてないようだ。
調子に乗ってしばらく走り続けると、国道から離れ、いよいよ山の方に向いて上がっていく
狭い道だが、国道と違って車道と歩道の区別が無いので、ランナーとしては走りやすい。車が来れば避けなければならないが、交通量はとても少ない

少し上り坂になってくるが、そのまましばらく先頭で走り続け、去年、支部長が道を間違えた分岐を通過する。今年はまだ私が先頭を走っているので、誰も道を間違える事はない。
ただ、なんとなく後ろの足音が近づいてきたような気がする。
そして、さらに傾斜が急になりかけた頃、遂にD木谷さんが私を追い抜いていく。D木谷さんと一緒に、ピッグも追い抜いていく
いつもなら支部長が真っ先に先頭に躍り出るんだけど、今回はレース展開が少し異なっている。
と思ったが、しばらくすると支部長が追い抜いていき、最後にのらちゃんも追い抜いていく

結局、全員に追い抜いていかれるってのは、去年と同じだ。ただ、去年はそこから一人また一人と抜き返して行ったので、焦りはしない。
ただ、去年はかなり疲れを感じていたのに、今年はあんまり疲れは感じていない。それなのに、みんなに着いていけないってのは情けないが、まだまだ挽回できそうな感じはある。

なーんて思ってたんだけど、みんなとの差はみるみる広がり、あっという間に誰の後姿も見えなくなってしまった。ペースがダダ下がりしているようだ。
後から考えると、まだまだ挽回できると思って油断して、緊張感が欠如していたようだ。

完全に一人旅になったが、まだまだ余裕はあった。全然、疲れは感じていないし、いつでもみんなに追いつけるような自身があった。
後から考えると、単にペースがすごく遅かったから楽に感じていただけなんだけど、その時は気付かなかった。

だんだん上り坂の傾斜が強まってきて徐々にペースが落ちていくのは分かるが、どうせみんなもペースダウンして、そのうち誰か脱落してくるだろうと楽観的にタラタラ走っていく。
すると、いきなりのらちゃんの後姿が見えた。早くも歩いている。しめしめ。案の定、みんな脱落し始めたぞ。
とほくそ笑んでいたら、のらちゃんが近づいてくる私の姿に気づき、後ろを見たかと思うと、ビックリして再び走り始めた。
いくら走り始めても、もうすっかり疲れ切っていて、大したスピードは出ないだろう、なーんて思ってたが、そんな事はなくて、あっという間に再び見えなくなってしまった
後から考えると、私のペースがすごく遅かったから、再び差を広げられたんだろう。

しばらく走ると、前方がよく見える区間になった。するとのらちゃんは思っていた以上に遠く離れてしまったが、そのすぐ先に、支部長の後姿が見える。完全に歩いている。
これなら、のらちゃんだけでなく、支部長にも一気に追いつけるかもしれないと思い、なんとかペースを上げようと頑張ってみる。
もちろん、坂の傾斜はますますきつくなったので、そんなに速くは走れない。て言うか、競歩の定義から言うと、明らかに自分も歩いている
しかし、それでも完全にダラダラ歩いている支部長とはペースが違うので、これなら追いつけるはずだ。

なーんて思ったんだけど、道は早くも激坂区間が終わり、傾斜が少しなだらかになる。まだまだ上り坂は続くけど、斜度はもう大したことはない
たまに急傾斜の坂もあるけど、長くは続かず、基本的には山の中腹の緩やかな上り坂になる
こうなると支部長はいきなり息を吹き返す。再び走り始めたかと思うと、一気に見えなくなってしまった。
しかも、この辺りはずうっと木陰の道なので、少しひんやりして暑くなく、走りやすい。これだと支部長も元気に走り続けるだろう。

普通のマラソン大会なら「激坂は早く終われ」なんて思いながら走り、激坂区間が終わるとホッとする。
しかし、激坂に弱い支部長と戦っている場合は、できるだけ激坂が続いた方が良い。激坂が続く限り支部長との差は縮まっていくからだ。
しかし、思いのほか激坂が早く終わってしまったので、非常に厳しい戦いとなった。

支部長だけでなく、のらちゃんもペースを上げたようで、どんどん背中が遠ざかって行く。
道はつづら折れに曲がりくねった山道になってきたので、少し離れると後姿が見えなくなる。少なくとものらちゃんはそんなに遠くまで行ってないと思うんだけど、全然分からない。
また、道には落石が多く、注意して走らないと危険だ。それでも、自分ではまだまだ疲れていないような感覚なので、なんとか追いつこうと頑張って走る。
でも、後から考えると、一人旅ではどうしても気が緩んでしまい、ペースは上がってなかったんだと思う。

かなり走り続けるが、なかなか最高点にならず、緩やかながらも上り坂が続く。でも、それはもう分かっているので焦りはしない。むしろ、上り坂が続いた方が、支部長が脱落してくる可能性が残るので、大歓迎だ。
上り坂と言っても、傾斜は緩やかなので、スピードを緩めることなく走って行くと、ようやく下り坂が出現する。やっと最高点を過ぎたようだ。
ただ、そのまま下り坂が続く訳ではなく、しばらく走ると再び上り坂が現れる。ただ、道は基本的には下り基調の区間なので、短い上り坂が終わると、再び下り坂になる

緩やかな下り坂を走って行くと、再び上り坂が現れる。まだ上り坂が残っていたのか、と驚く最後の上り坂だが、もう知っているので慌てはしない。
その後も、緩やかな道は意外なほど長く続く
一昨年は、もしかして道を間違ったのか、それとも曲がらなければならない分岐の三叉路を見落としたのか不安を爆発させながら走ったが、もう十分に分かっているので安心して走り続ける。

すると、ようやく三叉路が現れた。左斜め後ろに鋭角に曲がる9km地点過ぎの三叉路だ。
そして、なんと、そこにのらちゃんが立っているではないか。

(のら)「道はこっちかなあ?」
(幹事長)「そうそう、そこで左折だよ」


慌てて左折するのらちゃんに続いて私も左折する。

(幹事長)「どうしたん?道を間違えたん?」
(のら)「うん、少し通り過ぎてしまって、おかしいなあと思って戻ってきたところ」


さきほどの三叉路は、このコースの中で唯一と言っていいくらい道を間違えやすいポイントだ。
去年はのらちゃんは初参加だったが、前後に他のメンバーがいたから迷わなかった。でも、今年は一人で通りかかったから間違えたようだ。

急角度の三叉路を曲がって狭い道に入ったら、ようやく本格的な急勾配の下り坂区間が始まるものすごく、きつい!きつ過ぎる!
傾斜20%の下り坂が続く。標高300m以上の所から下の国道まで標高差300mほどを一気に駆け下りるのだ。
のらちゃんは道を間違えダメージがあるはずなのに、急勾配の下り坂をガンガン飛ばしていく。こっちもまだまだ疲れは感じていないので、すぐ後ろをガンガン飛ばして着いていく。

もともと交通量の少ない林道なので、路面は苔むしている。そして、今日は雨の後なので、濡れた苔が非常に滑りやすくなっている
また枯葉もたくさん落ちていて、それもまた滑りやすくなっている。て言うか、苔も枯葉もない路面でも、なんだかヌメッと滑りやすくなっているので、非常に危険だ。
それでも、のらちゃんはスピードを緩めないし、私も必死で一緒に着いていく。

とは言え、あまりに急な下り坂のため、体に足が着いて行かない。体は重力で転がり落ちるように前に前に倒れこむが、足がそんなに早く回転しないから、前につんのめって転びそうになる。
そのため、適度にブレーキを掛けないといけない。そうなると、ますます滑りそうで怖い。
若い頃はもっと足が回っていて、下り坂になると、中山選手(元ダイエー、前ジュビロ)と一緒に重力走法と称して、重力に任せて転がり落ちるようにガンガン駆け下りていた。
でも今は、足が思ったように回転しないから、せっかくの重力を十分に活用できず、スピードが上がらないのがじれったくてもどかしい。

転がるような急斜面の区間を過ぎると、傾斜が少し和らぎ、まだまだ急勾配とはいえ、ブレーキをかけずに思いっきり駆け下りられる程度になる。足の回転と体の倒れ込み方が同じくらいになるので、これくらいが一番速く走れる。
この辺りまでくると木陰から抜け出し、日差しが当たるようになってくる。木陰から抜け出すと炎天下になって暑いけど、路面は渇いているので、滑る心配は少なくなる
この辺りは急勾配のつづら折りの道になっているので、前方のランナーが見える場所だ。

(のら)「支部長があんなに遠くにいる!」
(幹事長)「え?どこ?見えない」


のらちゃんは、遥か遠方の支部長の後姿を見たようだが、あまりに遠かったもんだから、愕然としている。私は、支部長の後姿を見る事すらできなかった。

まだまだ疲れはなく、ガンガン走り続けている感覚なんだけど、なんと少しずつのらちゃんとの距離が広がっていく
どういうこと?普通に考えると、彼女がペースアップしたとは思えないので、私がペースダウンしているのか?そんなアホな。
すぐ前をのらちゃんが走っているから、一人旅ではないのに、なぜかペースダウンしているようだ。自覚はないけど、まさか疲れ始めているのだろうか。

それでも下り坂ではそれほどスピードは落ちてないようだったが、長い下り坂が終わって、ほとんどフラットになると、いきなり疲れが出てスピードダウンするのが自分でも分かる。
こうなるとのらちゃんとの差はどんどん広がっていき、とうてい追いつけないような距離になる。
そして、国道197号線に出て、すぐさま左折して狭い道に入っていくと、スタート地点が見えてくる。


〜 ゴール 〜


スタート地点の三嶋神社の前を通り過ぎるとゴールの葉山小学校も見えてくる。ちょっと前をのらちゃんが走っていくが、すっかり差がついてしまった。
ゴール地点ではトップでゴールしたD木谷さんがカメラを構えていくれているので、ポーズを撮りながら笑顔でゴールした。

タイムを確認すると、去年よりも悪かった。
去年はかなりヘロヘロに疲れていたけど、それに比べたら今年は楽だったから、体調が良いのかと思ってたけど、単に去年よりペースが遅かったから楽だったという事だ。ガッカリ。
そもそも去年のタイムだって悪かった。なんと山で滑落して右足の靭帯を損傷した直後のためロクに走れなかった2017年のタイムとほぼ同じだったのだ。
そして、今年はそれよりさらに悪いのだ。愕然だ。

みんなのタイムを聞くと、トップのD木谷さんも、それほど速かった訳ではなかった。
結局、D木谷さん〜ピッグ〜支部長〜のらちゃん〜私、ほぼ似たような差で続いてゴールしたようだ。

今日は炎天下だったけど、湿度が低いせいか、蒸し暑くなくて走りやすかったような気がしたけど、全員、バテてスローペースだったという事だ。

のらちゃんの話によると、なだらかな坂が続く山の中腹区間では、支部長に何度も追いついてデッドヒートを繰り返したようだ。
なので、私も、もう少し頑張って追いついていれば、三つ巴のデッドヒートになったはずだ。
ところが、下り坂になったとたん支部長は不死鳥のごとく蘇って、ものすごいスピードで一気に駆け下りて差をつけられたんだそうだ。

(幹事長)「相変わらず下り坂は以上に速いなあ」
(支部長)「今日は下り坂区間では1km4分20秒くらいやったからな」


僕は最後の下り坂区間でもせいぜい1km5分くらいしか出なかったから、やはり支部長は下り坂に強い。


〜 反省会 〜


レースの後は温泉に入るに限る
本番のレースの時は、近くにある葉山の郷という施設の温泉に入らせてもらえる。しかし、これは、農村体験実習館施設のお風呂を貸してもらっているものであり、普段は入れない。
なので、今日は一昨年、去年に引き続き、須崎市のそうだ山温泉という温泉に入りに行く。漢字で書くと桑田山温泉だ。
山の中にある、こじんまりとした温泉で、自然の中の露天風呂がとっても心地よかった

温泉に浸かりながら反省する。
去年以上にタイムがとても悪かった。恐れていたような暑さもなく、体調も悪くなく、前半は快調に走れたような気がする。
でも、それは勘違いだったようだ。単にペースが遅かったから、楽に走れたような気になっていただけだ。
怪我の直後でロクに練習ができなかった2017年よりタイムが悪かっただなんて、愕然とする大惨敗だ。

原因は明らかに緊張感の欠如だろう。本番のレースなら、他にランナーがいっぱいいるから、常に緊張感を持って走り続けられる。
しかし、自主開催ではついつい気が緩んでしまう。特に最近のレースでは、ことごとく前半のうちに最下位に転落してしまっているので、焦りも感じなくなってしまった。
こんな事ではいけないんだけど、どうしようもないかもしれない。
早く本番のマラソン大会が復活する事を願うのみだ。

そして、次はいよいよ待ちに待った本番のレースが遂に復活する
マラソン大会ではないが、秋吉台カルストトレイルラン1週間後に開催されることが決定になった。

(幹事長)「ヤッホーッ!遂に本番のレースが復活だ!しかも大好きなトレランだ!」
(のら)「わーい、わーい、トレラン大会だ!」
(D木谷)「本番のトレラン大会は初めてなのでワクワクしますね」
(ピッグ)「本番のトレラン大会は初めてなので緊張しますね」
(支部長)「私は絶対に途中でリタイヤします!」

支部長は、ロングコース(40km)に出た2018年は途中リタイヤしたので、翌2019年はショートコース(20km)に出た
ところが、3年ぶりに開催される今年はショートコースが無くなったので、やむを得ず再びロングコースに出ることになったのだ。それで不安爆発なのだ。
ただ、あれから3年経ち、支部長は驚異的に体力が向上し、劇的にスピードアップしたので、もう平気だろう。
久しぶりの本番レースを元気いっぱい楽しむぞ!


〜おしまい〜




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